病める時もすこや物語 作:足洗
ご容赦願います。
『顔に傷のある奴隷がそんなに珍しいか』
『じろじろと気色悪いんだよ』
『いや、お前ら貴族は穴さえあれば獣でも犯すんだったな?』
『それとも拷問して虐め壊すか?』
『変態め』
『そんなに気になるなら試しに私を買ってみろ』
『寝所でお前のものを食い千切ってやる』
『その度胸があるならな』
『……まさか本当に買うなんて』
『はっ! 変態趣味の人でなしが』
『なんだここ。粗末な小屋だな』
『ここで、私は……っ』
『……は? ここが? お前の家?』
『嘘言うな。だって売人がお前のこと、貴族だって』
『……三男坊?』
『……ふん、口減らしに家を追い出された訳だ』
『だからどうした』
『屋根があって寝床がある』
『そんで孤児の物乞い娘を買う金もある!』
『……とんだ傷物だけどな』
『貧しいからなんだ。貴族は貴族だろ』
『で? その少ない貯えを切り詰めてまで奴隷を欲しがるのか』
『気持ち悪い』
『くたばれ』
『お前の言うことなど聞くものか』
『私を家に入れたこと、精々後悔しろ』
『……食い物を与えれば犬猫みたいに懐くとでも思ったか』
『うるさい』
『寄るな』
『善人面しやがって』
『奴隷を買うような変態が今更』
『……要らない』
『偽善者め』
『騙されないぞ』
『お前の本性は』
『お前達貴族は皆同じ』
『人でなしだ!』
『……っ!?』
『お前、いつから』
『……ああ、そうだよ』
『金目の物を奪って逃げようとしたんだ』
『ははっ、当たり前だろう?』
『逃げない理由がない』
『言われなくても知ってる。盗人は捕まれば殺される』
『貴族から盗めばなおさらね』
『どうだっていい……どうせ、私は独りで死ぬんだ』
『この指輪はもらってく』
『この家で価値がありそうな物なんてこれしかなかったし……』
『っ! 寄るな!』
『さ、刺すぞ!』
『うるさい! うるさいうるさい!』
『お前ら貴族に憐れみなんてあるものか! 平民の命なんて麦の袋より軽いんだろ!』
『そんなお前らの所為で……私の両親は死んだんだ!』
『────あぁ、なんだよ』
『どうして』
『こんなに血、いっぱい出てるのに』
『……どうしてそんな顔するんだよ』
『クソ、クソッ……!』
『わかってた』
『血は赤いんだ』
『お父さんもお母さんも、私も』
『……お前も』
『皆』
『なんで……なんでさ』
『同じなのに、なんで』
『なんで二人は……』
『……あ、やっと起きた』
『うるさいな……看病だよ。悪いかよ』
『行く当てなんてないし、仕方なく……』
『……ごめんなさい』
『出てけっていうなら出てく。つき出すっていうなら……従う』
『でも、でももし……もし許してもらえるなら……』
『……本当に?』
『だって私は』
『…………お人好しだね』
『どう? 様になってきたでしょ』
『家事は……まあ今後に期待ってことで』
『読み書き? 奴隷にそんなの必要かなぁ』
『……ごめんなさい』
『わかってる。もう奴隷じゃない』
『んー、でもそれなら私は使用人? それとも召使?』
『ふふ、いいよ。なんでも』
『御意のままに、旦那様』
『……なんてね』
『貴方に買われてよかった』
『ぷ、ふふふ、すっごい渋面』
『いいんですよ。憐れみでも』
『……それが旦那様の理想とする
『偽りない施しをくださった』
『大切にしてくださった』
『それだけで十分』
『嬉しかった』
『私、幸せです』
『貴方に』
『……会えてよかった』
『旦那様』
『その手紙は、どちらからの』
『……その封蝋の
『御本家のものですね』
『お見せください』
『……召集? 隣国との、戦に……旦那様を!?』
『ふざ』
『我が子を放逐して、何年経ったと……その間一度だって手紙の一通も寄越さなかった癖に……!』
『こんなもの』
『っ! 旦那様?』
『まさか』
『行かれるおつもりなのですか』
『馬鹿げてる!』
『何の義理が!?』
『貴方を捨てた家ですよ!?』
『家督の話ではありません。貴方を家族と認めなかった人々なのですよ!』
『それなのに、何故……』
『……貴顕、ですか?』
『領地を、領民を、守る?』
『ふ』
『ふは、あははははっ』
『どこにあると言うのです?』
『貴方の領地、貴方を崇め敬う領民が』
『どこにもない』
『貴方を貴族として扱う者などこの郷里には誰一人』
『……貴方は貴方です』
『私の主人、私の旦那様……』
『それでよいではありませんか』
『命一つ、ご自分の為に使って誰が咎めましょう』
『いいえ、たとえ咎められたとて』
『お祖母様……?』
『……そう、ですか。善い人だったのですね』
『旦那様を見ていればわかります』
『貴方をただ一人愛してくださった人なら』
『ですが』
『ならばこそ!』
『っ!? これ、って……あの時の、指輪? な、なんで、これ、どうして、えっ? 私に? ほ、本当に?』
『……形見? お祖母様の』
『……路銀って、どういうことです』
『私に、ここを出ていけと?』
『旦那様』
『お待ちを、待って旦那様』
『私は』
『そう、そうです!一緒に逃げましょう』
『この国を離れて、どこか遠くへ』
『どこでもいい』
『二人、静かに暮らしていければ』
『……いえ』
『一緒に、朽ちていけるならそれで』
『────どうして』
『どうしてわかってくれないんです』
『貴顕? 矜持? それがなんだというんです』
『その貴族の見栄で! 私の両親は死んだんです!』
『詫び状一つで避けられた戦を面子の為に泥沼にして』
『一国、挽き潰された』
『領民は死んで、けれど領主は自らに身代金を払いまんまと逃げ果せた』
『クソくらえだ』
『……旦那様』
『逃げましょう』
『一緒に』
『私は貴方さえ』
『旦那様さえいればそれで』
『それでいいんです』
『私にはもう旦那様だけなんです』
『行かないで』
『行かないで』
『行かないで!!』
『どう、して』
────■年後
「何度も言わせるな」
「金髪、隻腕、痩せこけの、立ち上がることはおろか歩くこともできない」
「その男を買うと言ったのだ」
「もう一度聞き返してみろ、命の保証はないぞバイヤー」
「売るのか、売らないのか」
「答えろ」
「……お目覚めですか」
「水を」
「大丈夫、ゆっくりと、そうです。落ち着いて」
「ここは私の屋敷です」
「私がわかりますか?」
「…………あぁ、そう、ですか、目が……もうほとんど……」
「手を、さあ」
「触れてください」
「この傷……」
「っ! はいっ、はい、そうです」
「私です」
「旦那様」
「貴方が行ってしまわれて一年もしない内に敗戦の報が届きました」
「虜囚となった貴方がどの収容所に送られたか当時の私に知る術はなかった」
「……一度、御本家を訪ねました」
「身代金が払われれば、いえ払うという意思表示だけでもあれば貴族は身の安全を保証される」
「きっと、実の子の為なら」
「……そんな風に考えた私が愚かでした」
「何度も門前払いされた末に『我が家にそんな名の子はいない』と言い捨てられました」
「縁切りした息子に情がなかったのか、ふふっ、もしかしたら本当に忘れてしまったのか」
「わかりません」
「私には、わかりません」
「何年も」
「何年も掛かった」
「貴方の居所を探す為に、貴方に教わった読み書きや教養で金を稼ぐ術を磨いて情報を掻き集めて国中を巡り国外を巡り……ようやく」
「こんな極東の地で貴方は」
「貴方」
「旦那様」
「あぁ」
「どうして、こんな」
「あぁ」
「あぁっ……!」
「…………旦那様」
「私は貴方を恨んでいます」
「貴顕、矜持。お祖母様のお言葉に殉じようとした気高い貴方を」
「……私を選んでくれなかった貴方を」
「だから」
「私は報復します」
「貴方を決して許さない」
「そして貴方をこんな目に遭わせた者共を許さない」
「……私ね」
「武器商人になったんです」
「金が必要でした」
「貴方を取り戻す為にはひたすらに金が必要でした」
「あの日あの時の私が取れる選択肢の中で一番儲かったのが」
「武器です」
「よく、売れました」
「あ、元手はこの指輪です」
「一度は他人の手に渡りましたがきちんと取り戻しましたよ」
「貴方が……私にくれたものですから」
「特に」
「北東の戦線に卸した際はそれはもう」
「戦場が丸ごと動くほどの勢いで飛ぶように売れました」
「それこそ貴方のご実家が挽き潰されるほどに戦況が激化してしまって……」
「え?何を驚かれますか」
「言ったでしょう。報復だと」
「────もうどこにもありません」
「貴方が拘泥した国など」
「どうかしましたか」
「聞こえませんでしたか」
「片耳を削がれたのはいつ頃です? 傷口が随分古いですね」
「足の腱を切られて、片腕は壊死した」
「目を侵されたのは炭鉱ですか」
「火傷の痕は拷問?」
「爪も歯も、いくつ取られましたか」
「……そこまでされて、どうしてまだ」
「貴方は、そんなにも……!」
「────貴方は私の奴隷です」
「私が買った、私だけのもの」
「旦那様」
「愚かな人」
「恨めしい人」
「貴方を……愛しています」
「気が狂うほど愛しています」
「だから貴方はこれから死ぬまで私に飼い殺されるんです」
「赤子のように愛でられるんです」
「絶対に手放しません」
「死んでも許しません」
「私達、一緒です」
「同じ傷物ですね」
「旦那様」
「もっと触れてください」
「私の傷に」
「貴方の奴隷に」
「……ふふっ、くすぐったい」