手続きをあらかた終え、シャーレに関する噂も沢山広まってきた頃。私の元に生徒達から助けを求める手紙が幾つか届いた。その中でも、アビドス高等学校と呼ばれる所からの要請が私は目に付いた。
善は急げである。早速必要な書類を鞄に詰め出張しようとした矢先、執務室のドアが開く音が聞こえた。
リンちゃんであれば手っ取り早い。今からアビドスに向かう事を告げようと振り返る。
「初めまして……ですね、先生」
見えているのか分からないほど細めた目に、ピンク色の髪。笑みを浮かべる顔には見覚えが無かった。だが服装からして連邦生徒会の所属なのは分かる。
「キヴォトス連邦生徒会所属、防衛室のカヤと申します。行政委員会の中における、安全保障周りを担当している者です」
「防衛室?」
「なるほど、あまりご存知ないようですね?リン行政官からお話など、聞いたことはありませんでしたか?」
「ごめん、あんまり……」
「まあ、リン行政官は口数が少ないですものね」
それから、カヤは私に連邦生徒会の仕組みや行政委員会の構造なんかを簡潔にまとめて教えてくれた。就任して間もないからありがたい限りだ。
「連邦生徒会長が失踪した時は不安要素に震えていましたが……あなたたちシャーレのお陰で私達の負担もある程度軽減され始めています。この場を借りて、お礼をさせてください」
「ううん、こちらこそ。ところで……要件はそれだけ?」
「ええ。本来はそのはずでしたが……」
カヤは首を動かし、私の後ろの机に目を向けた。机の上には鞄と書類に、アビドスからの手紙……後は私の私物だ。
私は大人だから、出会って間もない人に私物を見られても恐れたりはしない。むしろ自信しかないね。
「もしや、アビドスに行かれるので?」
「え、うん。そうだけど」
「でしたら……二つ程伝えるべき事がありますね」
私の趣味についてではないらしい。キヴォトスに私の趣味が通じる人物がいるかは分からないが、ノータッチだとそれはそれで来るな。
そんな私を他所に二本指を突き立てながらカヤは話を始めた。
「アビドスがどのような地域であるかは既に知っていますね?」
私は縦に頷いた。アロナが言うには街のど真ん中で遭難する程広い自治区であるらしい。
「あの地域では数ヶ月前から企業同士の争いが激化している傾向にあります。あくまで自治区であり、生徒の関わりも無いので我々は不干渉ですが」
「争いって、こう……物理的に?」
指鉄砲でジェスチャーをすると、カヤは頷く。
「そうです。もはやテーブルの下で足を踏むだけでは足らず、兵器を用いた戦争状態といっても差し支えないでしょう」
「アビドスの子達は大丈夫なの?巻き込まれたりとかは」
「そこは実際に確かめなければなりませんが……。そちらの手紙に企業の事は?」
言われ、再度手紙の内容を読み返す。しかしそこに企業の名前は無かった。
「その様子であれば、彼女達は相当タフなようですね。まあ戦争状態といっても、映画やテレビゲームのような派手なものではありません。公にはあくまで交渉であると発信していますからね」
「?」
「傭兵達による代理戦争ですよ……数ヶ月前はここまででは無かったんですけどね」
そう言ってカヤはため息を零した。どうやら大分頭を悩ませる事案らしい。
「傭兵?それってあの不良達みたいな……」
「それとは別です。不良から傭兵になるといったパターンが多いですね。……そういえば先生はあの場所にいたんでしたね。ならきっと分かるでしょう」
なにかに気づいたようで、白いポケットからスマホを取り出すとカヤは私に一つの動画を見せてきた。
どうやら映像に映る人影は不良達と敵対しているようで、一度ジャンプするなり戦車の上に着地し、小石のようなものを投げ込んだ後すかさず飛び上がる。追おうと画面から一度戦車が見切れると爆発音が。恐らくあの一瞬で戦車を破壊したのだろう。
再度カメラが人影を捉えると、今度は遮蔽物を高速で移動し、時には頭上を飛び越え、翻弄しながら一方的に打ちのめしていた。まるで羽ばたくようなその戦いぶりは、見ていてどこか鳥を彷彿とさせる。
「……ここです!」
カヤが白い手袋に包まれた手でタップすると、土煙舞う映像の中で不良を一掃した人影がこちらを向いて立っていた。
薄い青緑の髪に、赤く光るカメラみたいな眼帯。そして9と描かれたワッペンが特徴的なジャケット。土煙のせいで表情や顔は伺えないが、見る限りでは三年生位の子だと考えられる。因みにヘイローも確認できたが、ひび割れていて、それを縛り付ける様に赤い何かが巻きついている。
「彼女が企業間の戦争を激化させた張本人。レイヴンと名乗る独立傭兵です」
レイヴン……ワタリガラスの意味だっただろうか。
「私が得た情報では、彼女の任務達成率は100%。その上、依頼主を選ばない。企業が彼女に毎回物騒な依頼を与えるものですから、相手は報復として更に過激な依頼を申し込む。そして、結果が今の状態に繋がっています」
「……」
私にはとても信じられなかった。この画面に映る子が、そんな冷酷で苛烈な生き方をしている事を想像すると、思わず眉をひそめてしまう。
「カヤ、もしかしてこの映像って私がシャーレに来た直後の物?」
「その通りです。今回は敵でなくて良かったとヒヤヒヤしていましたが」
私がシャーレに来る時、今立っている部室に向かう道中で矯正局から脱出した不良達とヘルメット団による大規模な反抗作戦か行われた。幸いにもこちらには各学園の優秀な生徒達が集まっていたのでなんとか切り抜けられたが、一つチナツが気になることを言っていた。
【この戦力の異常な減り具合……皆さん、ルートを変更して下さい!】
【え?どうして……】
【例の傭兵が来ているかもしれません!だとしたら目的が分からない以上、今は先生の安全が優先です!】
チナツの言っていた例の傭兵は恐らくこの子を指しているはずだ。
「おっと、話が逸れてしまいましたね。先生、問題なのはこの傭兵が主に活動している地域がアビドスであるという事です」
「アビドスに?」
「今見た通り、彼女の戦闘力は烏合では相手になりませんからね。アビドスに向かわれるのであれば、いち早く現地の子達に接触し、保護してもらう必要があるでしょう」
「保護って……」
「先生、貴方はいわば不穏分子です。企業や他勢力がレイヴンを雇い、襲撃をしてくる可能性を頭に入れておいてください」
ピシャリと言い放つカヤ。まあ無理も無さそうだ。
「で、もうひとつの問題は?」
聞いてみると、カヤは頭を抱えながら少し唸る。
「こちらは先程よりもやや複雑であり、詳細な情報ではありませんが……アビドスには未踏破地区が存在します。これ自体は特に珍しいものではありません」
「そうなんだ……」
「しかしこの未踏破地区、企業の調査部隊がネジ一本残さず消息不明になったという噂が多くあります。最後に送られたメッセージには謎の二足歩行兵器の話もあるようで……」
どうやら私は今からとんでもないところに出張しようとしているらしいな。怖い。
「頭を悩ませるのがですね……この地区、何処にあるか分からないんですよね」
「分からない?分からないのに調査部隊を送ったの?」
「本来はその未踏破地区用の部隊では無かったらしく……偶然掘り当てたと言った方が正しいでしょうね」
再度カヤがスマホをいじると、画面がハザードマップじみた地図に切り替わった。
「これまでのやられ具合からして、この赤いエリアに足を踏み入れなければ大丈夫であると、企業は推測しています」
「企業が……。でも、なんでカヤはそんな重要そうな事を知ってるの?」
「防衛室長ですからね。生徒の安全を守る為、危険地域の情報を得るのは当然の仕事です!」
そう言ってカヤは薄い胸を張った。
「ああ因みに、この地区。企業間では【サイレントライン】と呼ばれています。くれぐれも気をつけて下さいね?」
「分かったよ。ありがとね、カヤ」
「いえいえ、私としましてもシャーレとは良い関係でありたいので。ではまた」
それから執務室を後にしたカヤを手を振って見送った後、私は荷造りを再開した。
……もしかしたらだけど、レイヴンと名乗るあの子も話せばなにか分かるかもしれない。というか傭兵なんだし、依頼すればいいのか?経費で落ちるかはまた別として、後でアロナに頼んでみるか。
その後、まさかの遭難に会い死にかけていたところをシロコに助けられるのは別の話……
「あれ?ナビと水が必要な事言うの忘れてましたね」
「クックック。レイヴン、私でも消息を追えないとは……どうやら大分身持ちが固いようですね」
「どうせ、ブサイクなオッサンでしょ?」
「面白い素材と聞いている、あの傭兵には期待しているぞ」
「おや、お二人共様子がおかしいですね。特にベアトリーチェ。ナニカサレましたか?」
「そういうこった!」
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