感想欄にも書かせていただいた通り、前回の機体はデヴィクセンです。
「大人とは【責任を負う者】、そう言いたいのですか?」
黒服の持つ、淡く白い光を発する眼らしき場所を睨みながら私はその発言に固く頷く。
「先生、その考えは間違っています」
───やはり、コイツと私とでは根本に根ざした価値観が違う。
相容れない存在というものだ。
「大人とは、望む通りに社会を改造し、法則を決めて、規則を決め、常識と非常識とを決め、平凡と非凡とを決める者です」
自分ではなく世界を変えようとする者。
「権力によって権力の無い者を、知識によって知識の無い者を、力によって力の無い者を支配する、それが大人です」
他者を利用する者。
「自分とは関係の無い話、なんてことはありません」
不思議なものだ。言葉は通じるのに、会話が通じないというのは。
その容姿も相まってか、得もしれぬ何かとドッジボールをしている気分だ。
「……あなたは、このキヴォトスの支配者にもなり得ました」
支配者という言葉が耳に入り、再度私は眉間に力が入ってしまう。
「この学園都市における莫大な権力と権限。そしてこの学園都市に存在する神秘。その全てが、一時的にとはいえあなたの手の上にありました」
懐に忍ばせているシッテムの箱を撫でる。確かに私に与えられたものは、強大だった。
使い方によってはどんな方にもこの場所の行き先を決めることが出来る。
「しかし、あなたはそれを迷わず手放した。理解できません」
黒服は上体を前に押し出し、心を覗くかのように語りかけてくる。
「一体その選択に、何の意味があるのですか?真理と秘儀、権力、お金、力、……その全てを捨てるなんて無意味な選択を、どうして!」
自然と脳裏に浮かぶのは対策委員会の面々だ。
この数日間の記憶がページをめくるように証明してくる。
「……言ってもきっと、理解出来ないと思うよ」
これは言葉で言い表すものでは無いのだから。
口に出したとしても、直ぐに腐ってしまうだろう。
「……良いでしょう。交渉は決裂です、先生。私はあなたのことを気に入っていたのですが……仕方ありませんね」
黒服は残念そうに姿勢を正し、重く呟く。
こちらとしても、その張り付いた笑顔の裏を確認できないのが惜しい。
「先生、あなたが本当に彼女を助けたいと望むなら……」
黒服は渋る態度ながらも話を続ける。
「ホシノは、アビドス砂漠のPMC基地の中央にある、実験室にいます【ミメシス】で観測した神秘の裏側、つまり恐怖。それを生きている生徒に適用することができるか──そんな実験を始めるつもりです。そう、ホシノを実験体として」
……信用に値する情報だろうか。
先程のやり取りを想起し、私は考える。
黒服は、自分に私を止めることは出来ないと思っている。
私の持つ力を。
こうして私と対峙し、情報を渡している。
偽の情報を渡してもなんの意味もないと、分かっているだろうな。
コイツが心の底から私を心配に思っているのだとすれば……気味は悪いが、それだけ受け取っておこう。
とにかく、私は黒服の言う情報には信じるに値すると考えた。
「そして、もしホシノが失敗したらあの狼の神が代わりに、と思っていたのですが……もういいでしょう」
黒服は諦めた様子で姿勢を崩し、今までとは違う立場で話し始めた。
この話しぶりは───敵ではない。
もとより私とて、そこまで争うつもりもないが……この転換ぶりには彼の表情が酷く効果を発揮している。
「先生、ここからは警告です。尤も、これがあなたに向けてなのか、それともあなた以外の誰か……いいえ、私に対してかもしれませんが」
いきなり何を言っているんだ……。そう突っ込みたくなるくらいには、纏まりの無い言葉が黒服の口から出た。
「失礼、先生。私としても不本意なのですが……この機会に話しておくべきでしょう、かの者について」
黒服の座るデスクに置かれたファイルの束。そのうち一つを手に取り、中から写真を一枚私に提示してきた。
「これは……」
写真に写っていたのは、二つの脚を備え、いくつかの武装を身に纏う白い兵器。
「あなた達があの企業に仕掛けた事は知っています。これはその時に同じ場所で撮影されました……心当たりはあるでしょう」
ホシノ達が現地で見たという機械人形とは───恐らくこの被写体で間違いないだろう。
疑っていた訳では無いが、いざ目にすると実在する事に驚きを隠せない。
あくまでフィクションだと、私は信じていたからだ。
あの画面越しに見ていた偶像が、この地にいるなど。
「CGでも、合成でも、AIでもありません……先生、この約10mの高さを持つ巨大ロボットは、実在するんです」
一言ずつ重くちぎって放たれたその言葉が、私の好奇心を強く刺激した事は言うまでも無い。
だって、そうだろう。
ずっと前から大好きだったんだから。
まるで鮮明に、色づいたように、私の過去がキラキラと思い出される。
おとぎ話や嘘ではなく、本物が。
「……先生?」
そう呼ばれ、私は意識を現在に引き戻す。
私は、先生だ。
正直複雑な気分だ。怒りと歓喜が私の脳を強く圧迫している。
タイミングが悪いぞ。性悪め。
「話を戻しましょう、先生。問題はこの機械人形がどこから来たのかについてです。そして、あのレイヴンについても」
【レイヴン】その名が黒服の口から出てくるとは思いもしなかった。
「キヴォトスの地において、このような兵器はまず見られません。大抵はどこかの研究機関が好きに数機作って満足する位が定石です」
そんな事ができるのも大概だと思うけど。
「ですがこの兵器は違う。明らかに量産を目的とし、実戦を想定し、そして敵を滅ぼすために用いる。こんな物を持ち出せる者は、限られてくるのです。それこそ片手程には」
敵を滅ぼすという言葉に私は嫌な想像がよぎる。
もしその矛先が生徒達に向けられたならば……。
前回はたまたま傍から見たら味方のような振る舞いに思えるが、実際はそんな単純ではない。
いくらホシノ達が強いからといっていきなり地図を書き換える必要がある危険物を放り込まれては肝も冷える。
「この片手の内に、時期や行動を照らし合わせた際に最も可能性が高い者……それが彼女です」
「……」
あの子がこのロボット達を運用していると、黒服は言っている。
傭兵といえどもそんな事が可能なのだろうか?
「彼女については我々ゲマトリアも元から狙いを定めていました。一目見た時から我々はその存在にイレギュラーを……求める何かを見せてくれると信じていたのです」
何を聞かされているんだ、私は。心なしか黒服の発言に熱が帯びて来ている気がするな。
「私は何度も彼女に接触を試みましたがその度に毎回逃げられてしまいました。キヴォトスの殆どの地で我々は目を見張っています。しかしあの場所だけは違います。サイレントラインだけは」
カヤが言っていた未踏破地区。サイレントラインに出没すると噂されていた二足歩行兵器は、きっとこのロボット達だろう。
ホシノ達が発見したPMCの基地はサイレントラインにかなり近かった。
綱渡りに等しい行動だったのだ。
「かつて……我々が想像するよりもずっと前から、あそこに存在したもの。我々が全く知らぬ物。あの機械人形達もその一つ。彼女の巣には静かな風が吹くのみ」
「たったそれだけで?」
黒服の言うことはつまり、サイレントラインに住まうのがレイヴンのみであるなら、レイヴン本人、もしくは彼女のみを通す誰かが番人をしているという事か。
「レイヴンとサイレントラインの出現はほぼ同時です。そして我々の観測したものもまた、この説を裏付けている」
一呼吸置き、黒服は喋る口を早める。
「かつての支配者……いえ、管理者。彼、もしくは彼女が目覚めている。あのレイヴンがそうなのか迄は確認できていませんが、間違いなく繋がりは強固。それこそ、混じり合うかのように」
「管理者?」
新しく出たフレーズに私は首を傾げた。
「我々の持つ古書の内、最も新しく、最も古い物。硝煙と火で刻まれた原始の記憶と網の監獄。その断片的な内容に記された、楽園に住まう鳥と管理者の存在。そして作られた空の向こうに羽ばたかんとする邪魔者。好きなように生き、好きなように死ぬ。そんな世界に生み出された望みと業」
私の事などお構いなしに黒服は話し続ける。
研究者というのは抽象的な発言が多い場合が見受けられるが、ここまで来るとは。
「自称する紛い物ではなく、あれは本物。だからこそ、我々には刺激が強すぎました。それこそ哀れんでしまう程。神秘と恐怖という肩書きではなく、側面。コインを弾いた後に見えるのは裏か表、そう考えるばかりに失念していた……どんな言葉も祈りも受け取ってはくれないのでしょう」
黒服の手が少し震え始めているのが視認できる。なにかに取り憑かれたように話す姿は、まるで狂人だ。
いや、実際に狂人であるか。
「古書にはこうも記されています。心正しい者の歩む道は、心悪しき者の利己と暴虐によって、行く手を阻まれるものなり。愛と善意の名によりて、暗黒の谷で弱き者を導きたる、かの者に神の祝福あれ。彼こそ兄弟を守り、迷い子たちを救う者なり。私の兄弟を毒し、滅ぼそうとする悪しき者たちに、私は怒りに満ちた懲罰をもって大いなる復讐を彼らになし、私が彼らに復讐をなす時、私が主であることを知るだろう、と」
「……」
「──────失礼しました」
そこまで言い終え、黒服の熱は一旦収まった。
「あくまで断片的ですので、混乱させてしまった事でしょう」
目を細め、黒服の顔に再度睨みをきかせる。
「ええ分かっています。だからこそ私は警告しなくてはなりません」
黒服が姿勢を整えて言い放つ。
「つまりは、サイレントラインには未だに灰を被った火種が残っているという事であり、この火種に対しての選択権が誰にあるのか分からない状態。火を消すのか、それとも燃やし尽くすのか。場合によってはあなたに危険が及ぶ……そういう事です」
「火種……」
「幸か不幸か、管理者であろう存在は一人の少女と共にいます。くれぐれも気をつけて……幸運を」
「あなたが知る事になるかどうかは分かりません。あれは