時刻 午前1時17分
湿った潮風に髪を揺らしながら、私はカイザーPMCの運営する港に潜入していた。
もう夜も遅く、いつもなら寝ている時間帯なのだが、今の私はあるひとつの感情で突き動かされている。
D.U.地区に設置されたこの港は、主にPMC達の物資や装備品などを運ぶのに使われている。カイザー程の資金力や権力があればそれくらいの事は可能だ。
流石はこのキヴォトスで最も発展している企業なだけある。もっとも、それがいつまで続くかは誰にも分からないけど。
『予定時刻までの余裕は既にない。速やかに行動しろ』
(分かった)
今回、私はある標的を追ってこの港まで来た次第である。別に弾薬や武器を強奪しに来た訳では無い。
標的の入ったコンテナはそろそろ船に積み込まれるようで、それまでに急いで接触しなければならない。
眼帯でズームしてみると、警備しているのはやはりPMC達で間違いないようだ。
もし民間の他企業によるセキュリティや、それこそヴァルキューレだったならかなり面倒ではある。
『デルタ1、問題なし』
後ろに目をやれば、直前に気絶させたPMCの無線機から通信が入っていた。
港に存在する四つの監視場所。その内の一つを私は既に制圧している。
『デルタ2、異常ありません』
この無線に応答する者がいなくては、パトロールの内の誰かが確認しに来るだろう。
『デルタ3、こちらもOK』
無線機を手に取り、スイッチを入れて回線を繋ぐ。
『デルタ4、ネズミ一匹いません』
直接の声による入力ではなくそれぞれの通信機に向けた音声ではあるが、気づく者はいない。
『こちらCP、了解。引き続き警戒を怠るな』
さっきの音声はラナによる声真似だ。本人は数少ない特技の一つだと話していた。
任務中、たまにラナが相手に向けて通信をする事があるが、だからといって私の言葉を相手に伝えてくれたりはしない。
【人づてに出された言葉に、本人の思いなど篭りはしない。無駄な事だ】
そう語るラナの声色には若干の怒気と深い悲しみがうっすらと感じ取れた。
気絶させていたPMCからサプレッサー付きのセミオートライフルを奪い取り、それぞれ三つの監視場所が見える屋上へと移動する。
丁度吹いていた風も止み、狙い撃ちするのには絶好のロケーションだ。
銃を構え、まずは倉庫近くの足場にいる者へ発砲。反動はあまり感じられず、正確な銃弾が相手の頭をノックする。
だが一発だけで足りるはずもないので、連続して更に撃つ。
気絶させた所で続いて二人目。弾倉を交換し、こちらも難なくダウンさせることに成功した。
(問題はあそこかな)
三人目のいる場所はクレーンである。気絶させた場合、もしかしたらそのまま落下して下のPMCにバレる可能性もある。
オートマタだし、そのくらいの落下で死ぬ事は無いだろうが。
(けど時間もないし……ま、いいや)
仮にバレたとしても、それまでに標的へ接触すればいいだけだ。
そう考え、三人目へ狙いを定めて撃つ。
相手は突然の攻撃に驚き、発砲された方角を確認しようとキョロキョロと辺りを見渡している。
その顔に再度連続で銃弾を飛ばし、意識を刈り取る。
(あっ……)
運悪く姿勢を崩してクレーンから落下してしまったみたいで、コンテナの谷へとその身体は消えていってしまった。
アビドスで戦っていたのと比べて練度も低いし、どうやらこの港はそれ程重要な地点ではないようだ。
だからこそ標的はここを選んだんだろうけど。
『CP、CPこちらパトロール。監視員が攻撃されたようだ、指示を頼む』
『こちらCP了解。付近の隊員は侵入者の捜索に当たれ』
念の為無線を傍受してみると、落下したPMCは下にいた隊員に見つかってしまったらしく、少し面倒な事態になった。
これが原因で予定時刻を早められてしまえば少し強引な手を使わなければいけなくなる。
幸い、標的の入ったコンテナの特徴は頭にある為、見つからなければ手間取ることは無いはずだ。
屋上から飛び降りると、下を巡回していたPMC二人に対して両手で頭を掴み、そのままアスファルトの地面に叩きつける。
一瞬火花を散らせると、金属の頭がぐったりと揺れる。
気絶したのを確認し、ホルスターからハンドガンを取り出して構える。
重力のみに身を任せた攻撃だった為、音はある程度周りに聞こえていたはずだ。
近くのコンテナの裏に身を隠し、頭だけ出すと、人影が二つ近づいてくるのが見える。
頭を引っ込めて息を押し殺すと、コツコツとした足音が耳に届く。
角からPMCのもつ銃が見えたのと同時、すぐさま自らの腕と身体の半身のみ飛び出し、一人目の首と腕を捕まえてこちらに引き込み、コンテナに叩きつける。
「ぐあっ!?」
やられた方の声とコンテナにぶつけられた事による衝撃音に気づいたようで、もう一人がこちらに向かってくる足音がする。
「誰だっ!」
咄嗟に飛び出し、相手が引き金に指をかけようとした所で私は接近し、脚を思い切り上方に振り上げる。
構えられていたライフルは宙に浮き上がり、そちらに視線を誘導された二人目に対してすかさず回し蹴りを放つ。
「うぐっ!?」
腹に加わった強い衝撃と、地面からの背中に向けた痛みが加わり、相手は悶える。
起き上がろうとモゾモゾ動く身体に追い討ちの発砲を行う。
「貴様っ!」
いつから見ていたのか、横から現れた警備兵が私に対してナイフを振り下ろしてくる。
黒く、艶を持たぬ刃が闇より出で、私は右腕で素早く受ける。
「なっ!?」
まあ、驚くのも無理はない。キヴォトスに住む生徒達は基本的に銃弾への耐性は個人差があるとはいえ、皆ある程度持ち合わせている。
だが刃物に対しては普通に貧弱である。料理で指を切ってしまうこともあるし、外科手術の際にメスが使えないのであれば意味が無い。
ナイフとは、キヴォトスにおいて普通に恐れられる物なのだ。
しかし、相手が悪い。
本来であれば腕の筋肉にまで到達するはずの刃は金属のフレームに防がれ、ジャケットの袖と人工皮膚を切り裂くに留まる。
ナイフを持ったままの右腕を左手で掴み、思いっきり力を込めて捻る。
「いだあっ!」
グシャリとなる金属の悲鳴と同時に三人目は右腕を抱えて狼狽える。
スパークする火花に、赤や青の配線と、粘土を捏ねたように変形してしまった右腕がよく映えている。
「ぐううっ……あぐっ!」
痛みに震えるその様子に若干可哀想とも思いはするが、どうせ直すのは簡単なのだからそこまで気にしなくてもいいだろうと切り替え、銃弾による気絶でその痛みから解放してやる。
(うわ〜、服縫わなきゃダメかな?)
切られた右腕から滴る人工血液が黒い地面にじんわりと跡を残す。
前よりも再生能力が高くなったこの身体だけど、痛いものは痛いのだ。
三人目が出てきたであろう物陰に隠れ、腰に備えたベルトから医療品を取り出して袖を捲ると、赤い傷口からフレームがチラチラと光って主張している。
慣れていたから最近の生活では感じにくくなっていたが、やはりこの腕が義手なのは間違いない。
そう実感させられ、嫌な感情と熱い痛みが私の心を包もうとしてくる。
適切な処置をして止血が完了した後、私はコンテナの上へと向かって飛び上がり、標的を確認する体制に入る。
(さて、一体どれかな?)
視界に飛び込むは無数の色とりどりのコンテナ達。これら全てに物資が入っていると言うのだからカイザーの資産はかなりのものだろう。
(よっと)
次から次へコンテナの上に飛び移り、時折下を走り回る警備兵達の動きや、サーチライト等に注意しながら標的を探す。
先に監視場所を襲撃しておいたのはこの為である。
(あれは……似てるけど、違うね)
そんな感じで走って、跳んで、色々探し回っていると、一つのコンテナが目についた。
なるべく足音を出さぬよう慎重に近づき、怪しいそのコンテナの上にたどり着く。
(……これだね)
ラナから聞いた特徴と完全に一致している。予定時刻まではほんの少し余裕があった。
……いざ目の前にすると、複雑な気持ちだ。
コンテナの縁から目下を覗くと、四人の警備兵が集まっていた。
一人一人倒していくにはそれぞれの距離が近すぎる。
こういう時は大体グレネードを使ったりするけど、ここはいつもの任務場所とは違う。
なるべく痕跡を残さないやり方が求められるのだ。
と、言う訳で私は飛び降り、まず一人を下敷きにして着地する。
「なんだ!?」
「おい!大丈夫か!」
「何があった!?」
困惑している三人の内、まずは一人目の持つ銃に左手を伸ばし、私の方へ思いっきり引っ張る。
そして急接近した胴体にハンドガンを二回撃ち込み、二人目へ向けて蹴り飛ばす。
左手に持っていたライフルを遠くに投げとばした所振り返ると、背後から来た三人目と目が合う。
咄嗟にハンドガンで発砲、後にそのまま殴りつけて怯んだのを見計らい、相手の首に手を、脚を胴体に回して抱きつくように転がる。
一瞬視界がグルグル回った後、相手を押さえつけながら静止させ、更に殴る。
これで一人は気絶。
「おい!侵入者だ!」
「とにかく撃て!」
そうしてる間に起き上がった二人が私へライフルを撃ってくるが、この位なら全然平気だ。
弾切れになったハンドガンを片方に向かってぶん投げると心地よい音が鳴り、そのまま気絶。
「なに!?」
すかさず私はもう片方の警備兵に向け、二つ目のホルスターから取り出したショットガンを発砲。
直撃した二つの銃弾が頭を揺らしたのを確認し、すぐさま相手の懐に潜り込む。
「ぬわぁっ!!」
首根っこを掴み、コンテナへと力任せに投げ飛ばした。
ガシャンと轟音が弾け、投げ飛ばされた先で犠牲になったコンテナは凹んでしまったが、まあ一つくらい大丈夫だろう。
(さて、じゃあお邪魔しよっか)
先程投げ捨てた銃を広い、弾倉を交換し、標的の入ったコンテナに歩を進める。
鍵なんて私の前では意味が無い。スチールの扉に力を入れて引っ張ると、止めていた鍵が引き伸ばされ、やがてちぎれて落ちる。
「なっ、何事だ!?」
無理やりこじ開け、できた隙間に身体を滑り込ませると、中から聞こえてきたのは突然恐怖に怯えながらもプライドを保とうとする声。
標的の声……。
───カイザーPMC理事の声であった。
今は元、ではあるが。生徒誘拐による指名手配から逃げる為にわざわざこんな所に隠れるとは。この港を選んだのも、情報が伝わりづらい僻地だからだろう。
懐からフラッシュライトを取り出し、理事に向かって点ける。
「ぐっ………その装備、ヴァルキューレではないな……?」
眩しさに目を細め……細めているのか?分からないけど、視界を焼かれたのは事実なようで、腕で目元を覆いながら理事は呟く。
「………なるほど、独立傭兵か。察するに、貴様がレイヴンだな?忌々しい害鳥め……」
どうやら今の状況を分かっていないらしい。
私は理事の両脚に向けてハンドガンを撃つ。
「ぐっ……うう……」
痛みに苦しむ姿。
どうやら逃げる気はないみたいだ。というより私が塞いでいるのか。
「何処からの差し金だ……、ムラクモか、それともネフティスか?」
どちらでもない。私は、私の為にここまで来たんだ。
「もしくは……対策委員会か……」
その発言に私の心は大きく揺れる。
対策委員会……後輩ちゃん達の居場所……ホシノちゃんの居場所……。
私は……。
「ふん、当たらずとも遠からずか。君のような生徒は知らぬからな」
私は理事に近づき、その顔を覗き込みながら喉元に銃口を近づける。
この程度で死ぬ事はないだろうと思っているからなのか、それとも別の理由があるのか。
余裕そうなその態度が崩れることは無い。
「………その顔、ああ……ハハハッ、なんだ迎えにでも来たのか?」
ホシノちゃんが言っていたような大人というのは、この人の事を指すのだろう。
「姿格好は真似しても……貴様が戻れるはずがあるか。その瞳で、その手で、のこのこと引き返せるはずがあるまい」
それは……違う。
私は、私達は引き返すことはしない。常に前へ進むのだ。
───その先に何があるかまで知らずとも。
既に戻りは、しないのだから。
「それともなんだ、もう捨てたのか?であるなら彼女らもいっそ全て捨ててしまえばいいものを……なぜ中途半端に残そうとする?」
捨てたりするものか。あの青い日々も、この燃える痛みも、これから見る数々の景色も……。
そんな私は欲張りで、夢見がち。かつ、全力。
中途半端だなんて言われようは無い。
私にとって幸福な生き方とは……そういうものだから。
誰が、どう言おうとね。
「……君の目的は私だろう……ならさっさと実行するといい。そうすれば報われるのだろう?君の望むことなら、どうぞ好きにやるといいさ」
─────望むこと、か。
ここに来るまで……、数多くのものを失った。もし失ってなかったらどうだったなんて、夢に見る事は毎日ある。
起きる度にソレが無いと知って……また眠りにふける。
そんな日々。
色褪せてしまった日々。
灯りの無い日々。
私から沢山のものを奪ったこの世界を、私は……。
膨れ上がる感情に比例し、引き金にかかる力が、次第に増大していく。
これから行う選択はきっと私の未来を大きく左右するだろう。
だから……深く深呼吸して、目を閉じて、私は考える。
ホシノちゃんが来てくれた日のこと。
一緒に宝探しをした日のこと。
騙された時に助けてくれた日のこと。
喧嘩しちゃった日のこと。
私が居なくなった日のこと。
そして────
私が目覚めた日のこと。
初めて任務をこなした日のこと。
迫り来る襲撃を迎え撃った日のこと。
またホシノちゃんに会った日のこと。
どれも大切な、私の記憶だ。
これまでのこと全部を思い出していくにつれ、自然に過去の自分の足跡がどんな道を歩んできたか。そのイメージが形となっていく。
私がどんな人物で、どんな選択をしてきたか。
そして今の私の進むべき道を、私のやるべき事を。
【君は自分を見失わない】
そう言ってくれたラナの声が私の心に深く食い込んで離さない。
────私には失ったものが数多くある。
けど、まだ手放していないものもある。
私の右腕は未だに覚えているのだ。
ホシノちゃんとの日々を。
それさえあれば……それだけでも残っているのなら、覚えていられるのなら、覚えていてくれるのなら、私は生きられる。
私自身の生き方を。
雨に濡れた復讐ではなく、日が差す青春を。
これが今の生き方だ。今の私の青春なのだ。
思考を反芻し、やがて約束で綴じると、私の両眼は見開かれ……深い吐息を響かせながらその剣は下ろされる。
───胸の奥に触れて、その色や、音、手触りを……手放してはいけないものを確かめる事が出来た。
「………………何故だ?」
長い沈黙を破って呟かれた言葉に、私は答える。燃える右腕からは既に熱は引いていた。
(私の使命は、このアビドスを再生する事……ホシノちゃん達の場所に帰ることだよ)
元理事に背を向け、私は一歩一歩を確かに踏みしめながら港を静かに去る事にし、一段と瞬く星達へと視線を移す。
吹き抜ける風は冷たく……だが、透き通った心地良さが私の髪を撫でる。
月へ羽ばたく鳥達も、白い翼に何かを乗せて飛んでいるように見えた。
そう……見ることが出来た。
なんだかいつもより鮮やかで、綺麗だ。
(ラナ)
『どうした?』
いつもより優しい声で答える声色が、ちょっと可笑しいな。
(ここにヴァルキューレを呼んで)
『分かった』
元理事が無事逃げ切るか、それともヴァルキューレに捕まるか。それは分からない。
知った所で、今の私にはそれ程重要では無いだろう。
───決着はついたから。
ここに来て良かったと私は思う。お陰で、私は新しい人生にようやく向き合えた気がするから。
私の人生にも多少の迷いはある。
これから先、もし選択を迫られたのなら……まずは過去だ。
かつての自分が、何をしてきたか、何を考えて選んだのか。
自らの定義と、未来へのヒントはきっとそこにある。
だって自分を納得させられるのは、自分だけ。
──────ここまで歩んできたのは、何者でもなくたった一人の自分なのだから、それが筋。
そうして選んだ先の結末ならば、納得もできるだろう。
例え進む道が闇だとしても、私の持つ明かりと、残してきた足跡からの確かな勇気は歩みへの糧として。
だがそれ以上になによりも……かけがえのないモノ。
私は、覚えているよ。
全部ね。
『ユメ』
(なぁに?)
『これは私的な言葉だが………君の選択が、君自身の可能性を広げる事を祈る』
らしくない言葉に少しだけ笑みがこぼれる。いつもはスパルタな癖に、たまにこうして父性や母性じみた言動をされると、ちょっぴり嬉しくなってしまう。
……そうだね。私は、これまでと、これからの自分自身の選択と可能性を、信じるよ。