「ねぇ、お姉ちゃん。いつまでこうしてれば良いの?」
そう呟くミドリに対し、モモイは口元に人差し指を立てて押し殺した声で返す。
「静かに。あっ先生、もうちょっと頭下げて……!」
指示された通り、私も頭を下げて瓦礫の内の一つに身を潜める。
視界の端では、武装したロボット達が侵入者を警戒して近くまでパトロールを進めている様子が確認出来た。
「……■■■、■■■■……」
「……■■■」
「■■■、■■」
瓦礫の隙間から見た感じでは、落ち着き払った状態で何かを話しているようだ。
どうやら彼らにはまだ見つかって居ないらしい。
もし見つかってしまえば……考えたくもない。今の時点においての戦力はゲーム開発部の二人だけだからね、分が悪い。
「……ひゅー、もう行ったかな?」
軽い口笛を鳴らしながらモモイが。続いてミドリも怪訝そうな表情で物陰から出てきた。
「よし、じゃあ行こう」
「よし、じゃない!」
ミドリの言う通りだ。いくらなんでも展開が早すぎる。ミレニアムを出る前にもう少し説明が詳細な欲しかった所。
その所為と言う訳では無いけど、彼女への依頼文に情報不十分な箇所が出てきてしまったのは事実だ。
しかし時は金なり。思い立ったが吉日という言葉もある様に、現在までの行動全てが咎められるかと言えば、そうでは無い。
「いったいここは何!?あんな謎のロボットが、数え切れないくらい動き回ってるし!
早口でまくし立てるミドリだが、モモイは意に介すことなく胸を張って堂々と告げる。
「何って……もう何回も言ってるじゃん。【廃墟】だよ」
モモイが親指で背後を指差す。その先に映っていたのは崩れ落ちて植物に支配されたビル群と、ひび割れて建物の欠片をまぶしたアスファルトの道路。
そして、未だどこに続くと知れぬ世界への入り口であった。
時刻は昼前。空を鈍色の雲が覆う中、私は二人の生徒相手に苦笑いで応じる。
「出入り禁止の区域っていうからまあ、ある程度の危険は覚悟してたけど。いやあ冷や冷やするね……」
何故私が廃墟に来ているのか。
何故ゲーム開発部の二人と一緒にいるのか。
事の発端はシャーレに届いた一通の手紙である。
【ゲーム開発部は今、存続の危機に陥ってます。生徒会からの廃部命令により破滅が目前に迫っている今、助けを求められる相手はあなただけです。勇者よ、どうか私たちを助けてください】
文面を見ると、かなり切羽詰まった状況という事がひしひし伝わってきた。
その後はミレニアムへ赴きこの二人と接触し、詳しい事情を聞いた。
要約すると、彼女達ゲーム開発部はまともな成果を挙げる事がこれ迄に無く、かつ部員も少ない為近々廃部になるとの事。
ちなみに、この事を話してくれたユウカの表情には若干の後ろめたさが見られた。
憎まれ役というわけだ。
これを打開する手段はただ一つ。
ミレニアム中の部活が各々の成果物を競い合う最大級のコンテスト、【ミレニアムプライス】で受賞することだ。
しかし、現在の実力不足な状況ではそれも夢のまた夢。だが幸運にも、それを解決するための切り札がこの廃墟に眠っているという。
ミレニアムプライスまでの期限は二週間。それまでに満足なゲームを作れなければゲームオーバーだ。
「あのロボット、一体何なんだろ……?ううん、それより、あんなのが幾つも徘徊してるこの【廃墟】って……一体なんなの?」
「うーん、私もヴェリタスからちょっと聞いただけだから、分からないことだらけだけど……本来、ここの出入りは厳しく制限されてた、ってとこまでは先生にも言ったよね?」
「うん、そこまでは聞いた」
「先生のステータスが混乱状態だし、もう一回説明しよっか。ここの出入りを制限して、存在自体を出来るだけ隠そうとしてたのは……連邦生徒会長だったの」
「連邦生徒会長って……あの、キヴォトスの生徒会長たちの頂点にいたのに、突然いなくなっちゃった人?」
連邦生徒会長……私は彼女の事について詳しくは知らない────筈だ。
ただ……何故か私の記憶にこびりついた残り香と結びついて離れない……。彼女は一体?
カヤから以前聞いた限りでは、まさしく超人と呼べる程、高い能力を持った人物らしい。
私が来てすぐの頃の様子から考えるに、相当な影響力を持っていたことには違いない。
そういえば、カヤについてだけど……最近は忙しいらしく日々の業務に励んでいるようだ。
アビドスの一件でカイザーの権力が揺らいだ事から、ムラクモを筆頭として現在の企業間のパワーバランスは不安定になっている。
きっと、その関係で目を光らせる必要があるのだろう。
ラナとの件については話していない。それが、良い関係を持つ上での条件だったからだ。
砂漠化解決の原因はラナもよく知らないらしく、解決の糸口を掴むのは大分先になりそうである。
やや思考が脱線したか。モモイの話に耳を傾けるとしよう。
「そう。あの人が居なくなってから連邦生徒会の兵力も撤収しちゃって、そのまま放置されてるみたい」
なるほど。さっきのロボットは所属不明であったが、少なくとも連邦生徒会のものでは無いようだ。
一体何処の誰が番をしているのか気になるな。
「そのおかげでこうして入り込めたんだけど……とにかく!連邦生徒会の警備がいなくなって、ヴェリタスの助けも得てこの場所に来られたわけだけど。ヒマリ先輩によると、ここは【キヴォトスから消えて忘れ去られたものが集まる、時代の下水道みたいな場所なのかもしれない】……って」
「ヒマリ先輩って……ヴェリタスのあの、車椅子に乗った美人のヒマリ先輩?」
ふむ。明言こそされてはいないが、ヒマリはこの廃墟の探索結果のレポートを欲しがっているのだろう。
好奇心ほど人を動かすものは無いしね。
「いつもRPGの賢者みたいに【私は何でも知ってますよ】って感じのヒマリ先輩が【かもしれない】って言葉を使うのも珍しいね……それくらい、未知の世界なんだ」
辺りを見渡しても人の気配は一切感じられない。動物もいなさそうだ。
何百年か前に建てられたであろう看板やビルには掠れた文字でなにやら書かれているが、損傷が激しく、読みとるのは厳しい。
「でも、なんでこんなところにG.Bibleが……あれ、ちょっと待って!?」
なにかに合点が言ったミドリが突然声を張り上げる。
「まさかとは思うけど……お姉ちゃんが【ここにG.Bibleがある】って言ったのは、【キヴォトスから忘れ去られたものが集まる】って聞いたから!?そ、それだけの理由でこんなところに!?」
こんなところ呼ばわりは……されてもおかしくはないか。
サイレントラインと同じ未踏破地区だからね。あっちはラナの庭だから安心出来るが、こっちは未だ不透明だ。
もし似たようなケースなら、ここの主と仲良くしたいものである。
「それだけじゃないよ。ヴェリタスにG.Bibleの捜索を依頼したら、座標を教えてくれたの。【最後にG.Bibleの稼働が確認された座標】をね。その座標が指してたのは、【普通の地図には存在しない場所】だった」
「っていうことは……!?」
「そう。その二つを合わせて考えると、G.Bibleはきっとここ……ずっと存在が隠されていた、【廃墟】にあるはず」
筋は通っている。けど、まだ重要なことが分かっていない。
私は小さく手を挙げてモモイに質問を投げた。
「G.Bible……って、結局何なんだっけ?」
「そういえば、それも説明の途中だったね。簡単に言うと昔のミレニアムには、ううん、昔のキヴォトスにはね……伝説的なゲームクリエイターがいたの。その人がミレニアム在学中に作ったのが、【G.Bible】」
人差し指を立てて説明するモモイの目には、少しの不安と多くの希望が見て取れた。
話し方にも熱が入っている。
「詳しい内容は分からないんだけど……その中には、【最高のゲームを作れる秘密の方法】が入っているんだって」
「………それ、どこかのゲームクリエイター学校の広告じゃなくて?」
冷めた目で見つめるミドリ。
モモイはそのG.Bibleの話を何処で耳にしたのだろうか?
「違うよ!G.Bibleはあるって!読めば最高のゲームを作れるようになる【ゲームの聖書】は、絶対にある!」
凄い自信だ。圧倒されてしまうぞ。
しかしゲームの聖書か。私はゲーム作りに明るい訳じゃないけど、本当にそんなものが存在するのだろうか?
思うに、ゲームというのは製作者の思考を加工して出されたものであるから、それぞれに特色がある。完成品に対するレビュアーの反応も様々だ。
なのに、読むだけで最高のゲームが作れるとは……やや誇大広告な気がしてならない。
現実的に考えるなら、プレイヤーに受ける要素や、盛り込むべきテクニックを記した教科書といったのが関の山か。
まあ、モモイの語る夢も、悪くはない。
私は生徒の味方だからね。もちろん信じるさ。
「そのG.Bibleを読めば、最高のゲーム……【テイルズ・サガ・クロニクル2】が作れるはず!」
テイルズ・サガ・クロニクルシリーズ。一作目はゲーム開発部唯一の成果らしいが、評価は……実際に遊んだわけではないので、保留しておこう。
「ヴェリタスから貰ったこの座標に向かって行けば、そこにきっとG.Bibleが……」
突然背後に嫌な気配を感じ、私は咄嗟に後ろを振り返る。
まさか──────
「……■■■ ■■■■!」
「あ、あれって……」
「ロボット!?」
瞬時に後ろへ下がり、腕を広げて二人を背中に隠れさせる。
どうやら先程のは招集らしく、様々な箇所から武装した仲間が建物の中からゾロゾロと湧いて出てきた。
かなり不味い状況だ。
「な、何だかすごい狙われてない!?こっちの方に集まってきてるし!?こ、このままじゃ包囲されちゃう!」
「うわわわ、ど、どうしよう!?」
チラッと背後を見やると、涙目で訴えるミドリと、焦るモモイの姿が。
……私では頼りにならないだろうという事実が、情けない。
何か無いかと思い、再度辺りを見渡す。すると、ビル郡の隙間の奥に何やら一風変わった建物がやけに目立っている。どうやら工場のようだ。
ここからでは詳しく見ることは出来ないが……他の建物とは違い、ロボット達が出現している様子は無さそうだ。
このままここで戦っても不利になるだけだ。受けの姿勢から転換すべく、私は指を指して二人に行き先を示す。
「あっち!工場みたいなのが見える!」
「え?こ、工場!?」
「お、先生ナイス!急いで!ロボットたちを突破して、あの工場に逃げ込もう!」
それにしても、ビル群の間に工場とは。アンバランスである。
ヒマリの言う通り、忘れ去られたものが集まるというのなら……もしや記憶や概念といった不定形のモノ達も漂着するのだろうか?
「先生、戦闘の指揮をお願いします!」
いや、そんな事を考えている時ではないな。この状況を変えなければ答えを得ることは難しい。
二人にはポジションや立ち回り等の指揮を飛ばし、私は放置車両へと身を隠す。
「──────!!!!」
するとその時、聞き慣れない機械の唸り声が聞こえ、さらなる援軍かと思いながら私は音のした方角に首を動かした。
それはたしかに、援軍であった。
一灯の光が次第に大きくなり、そのシルエットが近づくにつれ、詳細な情報へと置き換わっていく。
更にスピードを上げたのか、機械の甲高い絶叫は敵を威嚇し、こちらへと一直線に貫く。
操るは風に靡く薄い青の髪に、赤く光る片目。
カラスが──────来た。