お待たせしました。私生活がそろそろ落ち着いてきたので更新はぼちぼち再開出来そうです。
今回でパヴァーヌ一章は終了。次回からはエデン条約となります。
「………来たか、レイヴン」
演習場のバリケードに寄りかかっていたあたしは目の前のドアから現れた相手へと告げた。
数日前、アカネを仲介しての私的な依頼……もとい挑戦状。報酬金も無しという条件で送った訳だが、まさか本当に来てくれるとは。
頭上の壁に埋め込まれたデジタル時計を見やると、丁度あたしが提示した時刻と同じ。一分一秒遅れることなく、律儀である。
「自分で言うのもなんだけどよ……よく来たな。大してそっちにメリットなんてねぇだろ?」
そう尋ねると、レイヴンは後ろ手でドアを閉め、懐から端末を取り出しながら近づいてくる。アカネが言うにはコレで会話をするらしいな。
『確かにお金が欲しいのは事実だけど……今回は違うの』
「なら名声か?」
『それも、ちょっと違うかな』
「………ふぅん」
両者揃い、早速勝負を始める為に演習場中央へ共に歩みを進める。
『ネルちゃん、前に【お互いを理解するには、これが一番手っ取り早い】って言ってたの覚えてる?』
「"ちゃん"はよせ……………」
『あっ、ごめんね』
小さな不満を口から漏らすと、レイヴンは慌てて訂正し、申し訳なさそうに頭を垂れた。
「これから対等にやり合うんだ。あたしの事は呼び捨てにしろ。良いな?」
横目で鋭く指示してやると、彼女は『分かった!』と言って、先程までよりも笑顔な表情で親指を立てる。
感触としては、明るめだな。
「んで?あたしの言ったソレがどうかしたかのか?」
ぶっきらぼうに問いかけると、彼女はうんうんと首を上下に動かし、頷いた。
『気になるの、とても』
すると突然、レイヴンの顔があたしの視界いっぱいに埋まる。彼女が距離をグイッと一気に縮ませ、顔を覗き込んできたのだ。
眼帯の赤いレンズには光が反射して、キラキラした輝きが見える。
思わず、反射的に上体を仰け反らせてしまうも、視線の先は変わらず。
しかし、ほぼ初対面に近しい筈だがここまで距離を詰めるか?普通。
私としてはまあ、別にこの位慣れている……というか、身内に似たような奴がいるから気にはしないが。
「だから、自らでもってして実践を選ぶわけか」
『そういうこと』
「……随分と、熱心なこったな」
やがて演習場の中央に、二人で鏡合わせとなると、あたしはギャラリー席でちょこんと座っている筈のアカネに目をやろうとし……。
だが気づけば既に彼女はコントロールルームへと入室しており、いつでも開始出来るよう準備を終えているようであった。
心做しか、前よりもアカネは反応が良くなった気がするな。
言うより先に実行する頻度が増えてきている。
「レイヴン、今回はそっちがゲストだ。好きな条件があるんだったら今指定しろ。……このままの更地でタイマンしたいってんなら、即受けて立つけどよ」
『条件?』
「ロケーション、想定時刻、オブジェクト数……その他諸々。とにかく、なんでも良いから言ってみろ。合わせてやる」
レイヴンは首を傾げながら、顎に手を当ててじっと考え込む。
そりゃ、いきなり条件を決めろと言われても、そこまで細かい指定は難しいだろうな。初めてだろうし。
とはいえ、ここのシステムはかなり融通がきく。余程突飛な……それこそ重力操作なんてオーバーな機能はついちゃいねぇが、キヴォトス広しといえどここまでのものは無い。
地下駐車場なんかでやるよりは、ずっといいに決まっている。
『じゃあ……屋内戦と想定時刻は深夜。オブジェクトは、なるべく頑丈なのをお願い』
「分かった」
ふむ、屋内戦か。こなせなくは無いチョイスだが、屋外戦程得意ではない。
市街戦を選ばれるよりは、マシなのだが。
そんな事を考えながら、あたしは無線機越しにアカネへと語りかける。
『アカネ、ロケーションを屋内戦にセット。スタイルはランダム中心に、唯一オブジェクトのみ鉄筋コンクリートと防弾ガラスを指定。時刻は午前2時だ』
『かしこまりました』
アカネが短く告げると同時、あたし達の立っている地面が揺れ始める。
レイヴンは戸惑い、辺りをキョロキョロと忙しなく見回していた。
「足元に気ぃつけとけ」
あたしが忠告すると演習場の端にあるガレージから専用の大型機械達が出現した。その機械は二本のアームと、そこに取り付けられた器具を巧みに用い、備え付けられたダクトへ砂の地面を掃き出していく。そんな感じで足元を通過する装置をひょいひょいと何度か飛び越えてやれば、地面はもう、灰色の素肌を現していた。
お次にその地面からラインが分割され、分厚い鉄筋コンクリートの板があらゆる壁として、幾らかのパターンで文字通り生えてくる。
簡素な作りの窓やドアも含めて構成されていったそれらは超接近戦闘向きのレイアウトであり、半ば迷路のよう。
いや。折角防弾ガラスと鉄筋コンクリートを指定したんだし、簡素と切り捨てるには少し贅沢だな。
「こんなもんで充分か?」
『大丈夫!』
「なら良い」
ツイン・ドラゴンのレシーバーへ弾倉をセット。ついでに自分が今所持している弾倉の数を数える。
ハンドルを引いて初弾を薬室に押し込めてやれば、子気味良い音が戦闘への意欲を唆った。
「じゃ、ここを出た所で待機しておけ。開始の合図はアカネが送る。合図が鳴ったら、互いに侵入してやり合う……シンプルなもんだがそれで構わねぇな?」
『オッケー!』
威勢がいいな。声を持たないはずが、まるであるように錯覚してしまう。
そしてレイヴンも装備品の調子を確認し終えたのを見届けると、あたし達は二人とも背中を向けて開始地点へと移動しはじめた。
段々と夜間を模して暗く落ちていく照明達に視界が悪くなるも、だからといって大して壁にぶつかったりはせず、時間が経つにつれて慣れていく眼球から部屋の構造や位置関係を頭に叩き込み、スタスタとあたしは足を動かしていく。
若干くすんだ色の防弾ガラス越しに見やるとギャラリーの誘導灯達が、マッチ棒みたいに小さく揺れる。
アリーナにしては……観客もアカネ以外居ないし、施設の構造からして少々違うのだが。しかし決闘だ、気も引き締まる。
『ご武運を祈っていますね』
無線からボソッと聞こえるアカネの声に、不安は無い。だが、真剣な声色であった事も事実。
それは、レイヴンとの戦闘経験から来る情報がそうさせているのだろう。
『当たり前だ』
短く吐き捨てると、あたしは築10分のハリボテから抜け出し。ようやくスタート地点につく。
人工の月明かりがぼんやりと視界に補助を与えていくと、場内に大音量で声が響いた。
『両名の位置を確認。間もなくカウントを開始します』
アカネが、そう告げる。
プラプラと全身を脱力させた後─────疾走。
急速に引き伸ばされる視界へ飛び込んでくる壁達は自らの衝突という焦りを引き出すが、依然脚の加速は止めること無く。
反作用とバネから生じたロケットスタートによる瞬間時速が重低音を遅れて床面に響かせると、あたしは宙に身を投げ出された状態のまま、走る体勢だった後方の脚を前方へと向ける。
飛び蹴り?いや、違う。
あたしはそのまま両の脚を突き出し、突入。
一気に視界は狭まり、聳え立つ壁へと着地。この時発生したエネルギーをできるだけ余さず、可能な限り関節に押し止め……さらに解放。
そして次の壁へと着地し、またもや宙へと。
飛び回り続けるこの立ち回り。室内戦闘においてあたしが編み出した、専用の
目まぐるしく変遷を重ねる景色に気を取られず、更に加速。
時に壁を走り、時に地を蹴り。スカジャンがはためいて鋭く切り裂いた風は頬を打ち付ける。
(さて……どこにいやがる。レイヴン?)
闇に紛れるスニーキングなど知ったことかとばかりに加速を続け、囲われた迷路を疾走し続ける。
目標はただ一つ。紅く輝くあの光。
(この狭い空間で、そうそう発見から逃れるなんて事はねぇ。もし待ち伏せだってんなら、必ず返り討ちだ)
探し続けること数十秒。いや、これは体感であるからして、引き伸ばされた時間上本来ならもっと早かったかもしれないが。
あたしは視界の隅に蠢く何かを見た。ソレはすぐにどこかへ消えてしまったものの、向かった方向には大体見当がつく。
(挑発?……いや、むしろ良い!)
自らの実力という余裕と、初めての感触を齎す相手。そこから脳内回路が導き出した即決は、考える間もなく追跡。
(乗ってやろうじゃねぇか……!)
角を曲がり、窓枠を飛び越え……誘い込まれていると重々承知ながらも決して足を止めることはなく。
時折揺れて通過していく影と散らばる物音をただ無我夢中に、しかし至って頭は冷静に、自分の現在地の大まかな目星を立てた上でクリアリングも兼ねつつ追いかけ続けていくと、ひとつのドアを通り抜けてあたしは狭い一本廊下のセクションに移動した。
(……気配が一気に消えた。ここで仕掛けるつもり……だな)
荒々しいスキール音を鳴らしながら急減速を掛け、少々オーバースピードで突っ込みそうになるも、停止。
そこから姿勢を整えてクリアリングを実行してみると、どうやらやがてこの廊下が異様に静まり返っているのが分かってきた。
完全に空気感が違うと理解する頃には、先程まで躍動していた興奮と血液ポンプの落ち着きがハッキリと出てくる。
(視界が悪い。ステルスには確かに最適だが……これじゃ向こうも……いや、アレがあったか)
あの機械で出来た眼帯。恐らくは暗視装置も兼ねているに違いないな、と。足元を確認するので精一杯な程に暗い中であたしは気づく。
(ま、関係ねぇ。マズルフラッシュだけでもやってやるよ)
心の中で発言し、ハッタリに近くも、可能である事は己がよく知っている。
自らの呼吸音と、慎重な足音が這いずる長き廊下──────。
ヨーカイとかゴーストに出くわしても違和感の無いくらい、雰囲気の異なる場所にペースを飲み込まれぬよう精神を保ち。
ツイン・ドラゴンを握る手に力が入ると。
──────微かにだが、やや後方の上空に気配を感じた。
「ハッ!おいでなすったな!?」
咄嗟に視界を逆転。銃のグリップごと片手を付き、身体を捻って飛ばすとそれは視界前方への回避行動。
ジャラ、とツイン・ドラゴンを繋ぐ鎖が呻き、地面に触れて甲高く叩いた。
そしてあたしがやや不安定な前かがみで地に両足を付けるのと、レイヴンが片足からゆっくり着地するのは同時だった。
「中々良い隠密じゃねーか。結構ヒヤッとしたぜ?」
これは本音だ。あと少しでも反応が遅れていたなら、体格の差も相まって一発で抑え込まれていたであろう事は明白。付け加えてアカネから聞いたフィジカルの強さが事実であれば、抜け出すのも困難だろう。
見やればこの廊下、具体的な数値にして横幅は1.7m程。レイヴンの奴は突っ張り棒の要領を用いて頭上で待機していたのだろう。正解はニンジャだった訳だな。
左手を軽くスナップしてこちらへ銃口を向けるその姿を観察しながら、あたしも完全な構えに移行する。
紅く、小さな星を思わせる一点。
それが揺らめくと、まるで対象な色をした蒼い弾が素早く向かってくる。
「チィッ……!」
おしゃべりの口は無しか、と虚しく小言を吹かし、すかさず身を捩って後方へ回避。
スキップで二歩行けば届くほどの距離と射線の把握が困難な暗所にて、これは半ば偶然に等しく違い行動だった。己から一瞬のみ引き出された動体視力と反射神経の高さに、自分も驚くくらいには。
しかしまあ、完全な回避は無理だったようだ。6点連続射撃のバースト力による制圧力から、1発だけ肩を掠めてしまう。
ともあれ、かすり傷にも満たない。あるとすれば火傷に満たない熱だけがじんわりと伝わる。
ターンは回って反撃の一手、閉所における有利性は……こちらが上。
(お返しだ)
両手に携えたツイン・ドラゴン。奇しくもレイヴンの持つ銃と同じ9mm弾を装填した、軽機関銃2丁。
引き金を引けば嵐のような銃撃が、うねるようにしてレイヴンへと襲いかかった。
連続で放たれるマズルフラッシュは視界を眩しく照らし、用済みの空薬莢達が足元で鳴る。
するとレイヴンが左半身のみをこちらに向け、顔面を腕で覆いつつ防御の構えを取っているのが見えた。
回避しようとしてもスペースの無さと銃撃の圧力が勝り、それを許しちゃくれない。体格の差が顕著に出た瞬間だ。
正面からの被弾面積を可能な限り減らし、弱点を守ったとしてもいつかは倒れるだろう。
レイヴンも、その事には気づいている筈。ならばどんな手を打ってくるというのか。あたしは気になった。
(さて、今度はそっちの手番。……どう動く?)
空っぽになった弾倉を自重で落下させつつ目を見張っていると、光源を失い暗闇を取り戻した景色の中で紅い光が瞬く。
どうやらその直径は次第に大きくなり、つまりはこちらへの接近を表している。
(安牌を取らなかったな。まぁ逃げられるよりは全然─────)
カラン、コロンと背後から聞こえる。
耳に入ってすぐ、あたしは理解した。
こちらも突っ走るべきだと。
「粋だな」
誰かが下駄を鳴らすでも、鈴を転がす訳もなく、この場において正解は一つ。相手によって投げ込まれた手榴弾以外にほか無い。
駆り立てられたあたしは内心で笑みを浮かべつつ、距離を縮める。
そこからまず初撃は、レイヴンだった。アイツはまたもや6連の弾丸達を今度は横薙ぎに撃つ。扇状に形成されたダメージゾーンは確かに最適であり、下手に一点集中でやるよりかは、微量でも損傷を蓄積させられる一手。
しかしこれもまた、上体をバランスの崩れる直前まで前傾させる事でなんとか回避に成功する。
2、3発程が脳天を掠め、ややスリルを感じながらも懐へ飛び込んだ。
その場で深くしゃがみこみ、力を圧縮。短くも十分なフレーム数、一秒未満で完了させた後即座に解放。視界は天地を返し、宙返りに回転する身体は遠心力にて数倍の威力を付与。俗に言うサマーソルトキックだ。
「ッ!!」
鋭く速度を増したつま先はレイヴンの顎を穿ち、微かな呻き声をあげさせる。
衝撃力がヤツの頭部を反り返らせると、あたしは着地しつつそこへ両銃の射線を合わせて、めいっぱい引き金を引き続けた。
(!…………もう、か。早いな)
だが威力が足らなかったのか、もしくはコイツがタフなのか……。怯んだのはほんの一瞬の間のみだったようで。弾幕の隙間を貫いて来た青い光に目を見開く。
(なっ………レイヴンめ……一体何を撃ち込んでやがる!?)
6つの弾丸達は、的確にあたしの胸部……もっと詳しく言えば心臓の位置へとヒットした。しかし、そこからまず感じるのはいつも戦場で感じる痛みと衝撃ではなく思考をかき乱すほどに強烈な熱。まるで赤く熱した鉄パイプを押し付けられたかのような、そんな熱さに焼かれると、被弾箇所にひび割れのような痛みが後を引く。
今までに感じたことの無い感触だ。
(市販の9mmでここまで………ッ!)
動揺を隠せず意識がこのダメージに向いてしまった瞬間、レイヴンは間を開けず更に追撃を入れ込んできた。
咄嗟に両腕をクロスさせてガードするも……激しい熱と痛みは変わらず身を焼いてくる。
50口径のマグナムやM2ブローニングとは別のベクトルで厄介な代物……昨日アカネが【被弾は最小限に】と言った理由がよく分かった。
「おい……後でソレ、詳しく教えろよな……!」
口をこぼしながらも、未だ熱の残る両腕で弾倉を再装填。見えづらいがレイヴンも同様に再装填を行っているようで、あたしとの間に一瞬の沈黙が降りる。
(とにかく、また直撃を貰うのは御免だ。確実に耐えられるという保証がねぇ…当たり所次第じゃ…必ず意識が吹っ飛んじまう)
幸い胸の所……いや、心臓だからあまり良くは無いが。そこに当たってコレなのだから、眉間に連続でぶち込まれでもしたら気絶しかねない。
それ程までの説得力を持たせ、思考にアラートを繰り出す位のナニカが、あの攻撃にはあった。本能的に身体が恐れているのかも……しれないが。
だとしてもあたしはソレをねじ伏せ、レイヴンへと突っ込んでいく。
なぜならこれは闘い。
危険を冒す者が勝利するのだ。
(決着をつけるなら短期で仕留めるしかない……耐久戦に持ち込むには、分が悪すぎる)
適当に遮蔽物でも転がっていたならば、もう少し余裕のある戦いは出来るだろう。だが今回のロケーションでは少数の家具くらいしか転がっていない事は、レイヴンを追っていた過程で把握済み。その家具すらも今いる狭い廊下には皆無。
ジリジリと削る戦法で取りに行くならば、ここで戦い続けるのは悪手。
そんな風に考えていると、視界のど真ん中にレイヴンから突きつけられた銃口が鈍く輝いた。すぐさまあたしは跳躍し、空中で身を捻ってその銃撃をギリギリ回避する。
恐怖をスリルへと変換し、戦闘へのスパイスと位置付けるとそれは昂揚として原動力となった。
(狙いは極めて正確に近い。そこは流石といった所か)
まるで弾一つ一つが追尾するかのような射撃能力に賞賛を込めつつ、足の着く先はレイヴンとの超至近距離。引き金を引けば必ず当たる、そんな距離。
互いに銃口を向け合うも──────あたしは撃たなかった。身体を、地面に着くギリギリまで倒し……自前の足で地面を蹴って前方へと身を押し出した。
するとどうだ、あたしの小さな体躯は易々とレイヴンの股下を潜り抜ける事に成功する。やや遅れてレイヴンも足元へ撃つも、それより早くこちらが通過し、つま先をかすめるだけに留まる。
「惜しかったな!」
レイヴンの無防備な背を足がかりとして、あたしはその肩へと飛び乗った。
「!?」
突然の事にたじろいで、振りほどこうと抵抗されるも何とか食いつき、ツイン・ドラゴンを繋いでおく鎖をレイヴンの首へと一周させて引っ掛ける。
この拘束のみでダウンしてくれるなら簡単なんだが……そうはいかないだろう。
(なら、こうだ)
ツイン・ドラゴンがすっぽ抜けないよう強く握りしめ、肩から勢いをつけて飛び降り、そこに続けて地面へと叩きつけるように腕を動かした。
結果としてレイヴンは姿勢を大きく崩し、頭を強烈に打ち付けてしまう。かなり重く、低い音が床を伝って響いた。
「さぁて、どう巻き返す?リードはこっちのもんだぞ……」
首を鎖で締められていることによる酸素の不足と、頭部へのダメージから成る判断能力の低下。立ち上がるべくレイヴンは四肢を駆使するも、手綱を握られていては、ただただもがくだけで、それ以上までは行かなかった。
そんな状態ながらも、レイヴンは右手に持つハンドガンであたしを妨害すべく、狙いもつけず乱雑に撃ってくる。
「あぶねッ!?」
所々当たりかけはしたものの、やはりマトモに狙うのは難しいようで、計12発の弾丸は彼方へ散っていった。
ここでコイツは全弾を撃ち尽くし、スライドが虚しくホールドオープンの音を奏でる。加えて、弾切れになったハンドガンをダメ元とばかりにこちらへ放り投げてきたが、流石に無理だった。
ここからの逆転は、果たして可能だろうか?こんなに短時間で決着が着いてしまうのか?
答えが出るのは、すぐだった。
(こんなんで終わっちま──────)
レイヴンは、首元に手をかける。
「おいおいおい…………マジか」
明らかに異質。普通鳴って良いはずの無い、ギチギチという音が、ヤツの右手から叫ぶ。
ミシミシと、鋼鉄の鎖にヒビが入る。
驚愕の光景に思わず息を飲む。
本来であれば、追い討ちの為に銃をぶっぱなせば良いものを……あたしは何故か圧倒されてしまう。
まばたきを繰り返すだけに、行動が留まってしまっている。
視線と思考を惹き付けられてしまう。
「やってくれる………」
レイヴンは……自らの膂力のみで鎖を引きちぎった。
薄氷を割るように、引きちぎる事が出来てしまった。
破砕された鎖の破片がバラバラと星屑のように落ちて、ロード中だった思考にカンマを打つ。
そこからヤツはゆっくりと立ち上がり……振り向いて、紅い光を瞬かせる。
そんな様子を見てレイヴンには、コイツには何か──────何処か得体の知れない、異類の存在が組み込まれているのだと、あたしは直感で理解した。
その身にもつ暴力性だとか、注意必須の技術だとかよりも、もっと大きく恐ろしい何かが顔を覗かせているようで、ただの馬鹿力ではないと断言出来る何かがあった。
(とにかく……今はこうするしかねぇ!!)
ショックは後回しにし、今はただ勝つべく引き金を引く。
かなり近い位置関係であったから、両手にしっかりと握る二丁のMPXから放たれる弾達は一つも外れること無くレイヴンの顔面へと向かっていった。
少々の被弾を見せ、またもやレイヴンは急所を撃たせまいと腕を眼前に掲げる。この隙にあたしは一歩踏み出し、弾切れでボルトがストップするのと同時に腹部へと全力でドロップキックをかました。
「ッ………」
これを受け、レイヴンはややよろめく。まだ完全な復帰状態になるまでは、どうやら至っていないようだ。
それをチャンスと見て、再び接近。
しかし今度はまず蹴りではなく、目指すはチェストリグにて黒金に光るリング。滑り込むようにしてそれに手をかけ──────スターターロープの如く引き抜いた。
間髪入れずそこから胴体を蹴り飛ばし、あたしは多数の手榴弾による爆発から身を守るべく、着地してすぐ後方へとステップを刻む。
(幾ら装備してきたかは知らねぇけど……お前が万全の準備をしてきたのは確実。なら当然、切るカードを減らす意味も考えてベターだろうよ)
起爆までのカウントを数え数秒間、チクタクと胸打つ鼓動を弾ませつつ、油断無しの再装填。自爆を行った後でも平然とアカネを担いで戦線離脱した相手だ、こんなんでやられる筈もない。
そう考えていると……目を貫き、肺を破裂させるような激しい爆発が起きた。一つピンを抜かれた手榴弾からの連鎖ではあるものの、その間隔はかなり短かったのだろう、一見にはC4爆薬と見紛う強烈な爆風を生じさせる。
(
さっき背に食らった時に破片が余程飛んでこなかったことと、誘爆が成功したことから鑑みて、身内のエキスパートが言った通りだった。
曰く、死ぬほど痛いらしい。
クーリング・オフは勘弁願うぞ、と呟いてみれば空気中へ濃密に含まれていた火薬の香りと汚れた煙も徐々にだが時間をかけつつ晴れていく。
警戒を最大限に瞬きも許さぬ集中力は、未だ二足にて立つシルエットを捉えた。
半ばホラー映画じみた雰囲気で一度揺らいだかと思えば、レイヴンはこちらへと一直線に走ってくる。
幸い、奴に残された武器は徒手空拳と……あの隠し玉のみ。
「けっ、楽勝だ」
ギリギリまで引き付けた所で一歩、大きく踏み込んだレイヴンは叩き潰すような、それでいて杭を打つに等しい打撃を放つ。
バク宙でそれを避けつつ威力を確認してみれば、標的を外れた鉄槌はコンクリの地面へと大きくヒビを入れていた。
背筋を、嫌なものが走るのが分かる。
続く二撃、三撃もローリングやディレイ、身を屈めるなどして回避を続ける。しかし、あたしもただ防戦一方では無い。攻撃後の後隙、その合間合間にツイン・ドラゴンの連撃を織り交ぜることで撹乱を続けるように動いた。
(体力の減退も、蓄積しているはずの痛みからなる遅れも無い……一体どういったカラクリだよ……)
まるで、戦闘に特化されたマシーン。
無機質に、ただ目標を仕留めるまで止まらない不気味さ。
今相対しているのは、本当にあの生徒なのか……そういった疑問が浮かぶのは、当然の事だった。
どうにも会った時の感触と、さっきのショックが上手く噛み合わない。
何か一つ、コイツを理解する為のピースを見落としている気がする。
それからも連撃は止まず、時間と集中力、弾丸は等しく消費されていく。
いわば膠着状態……それもまた、あたしの方が先にバテる可能性がない訳でもない。持てる弾倉は、決して無限では無いのだから。
(ちっとばかし、用意が足らなかったか?)
こちらのMPX二丁のみでは、レイヴン相手への対処方法はシビアだ。全弾を一気に叩き込めば怯ませられるものの……そこから決めきるには格闘しか手がない。だがその格闘自体も、威力が足りるかどうか……。
(いや、ここで決め切るしかない……一か八かだ!)
低空から狙うカミソリのような蹴撃。レイヴンが繰り出すその技を、こちらは前宙で避けてみせ、足先へと遠心力の効果を上乗せし、盛大な賭けへと出る。
空中で半ば強引にも腰を捻り、足りないリーチと威力というネガティブを応用かつ組み合わせ技にて克服。土壇場で組み立てたにしては上出来だと言えよう蹴り技。
ややオーバヘッド気味に傾く強化型ボレーキックが──────相手の首元目掛けて一閃、差し込まれた。
……………しかし
「わぁってたけどよぉッ!?」
後少し、ほんの少し何かがズレていたならば……きっと直撃していたであろうその大技は。
(……このぉッ!)
スラグ弾二発同時発射という特大のペイバックに──────喰われてしまう。
ヤケクソに顔の前で構えた腕へと、強烈に射抜く痛みは想像以上で、余りにも高すぎる衝撃力はいとも容易く姿勢を崩す。
数日は跡が残るレベルの、迫力満点な直撃。
マグレ半分のガードが無ければどうなっていたか。考えるよりも早く、次の攻撃が来た。
再度防御姿勢を取るには時既に遅く、甘んじて受け入れる他無い。
「ガァッッ……!」
まるでダンプカーの衝突のように、でも確かに面ではなく点の、れっきとした蹴り技。
レイヴンは銃で堕としたあたしへ、中段蹴りという追撃を重ねてきた。
足先から伝わる強大な力にこの身体が耐え切れる訳もなく、飛ばされる。
重力のベクトルを疑うほど程に力強く、吹き飛ばされる。
(………痛ってぇ!)
直撃箇所である胸部の肺からは横隔膜を通じて空気を1cc残らず押し出され、肋骨が少し軋むように動いたのが分かる。
背中に何かを突き破る感覚を感じ、視界を木片が流れていく。その正体がこの身で撃ち抜かれたドアだと察しがついた頃には、思考と共に全身を鉄筋コンクリートの壁へと叩きつけられていた。
「……ッ…ゴホッゴホッ!」
パラパラと舞うコンクリの欠片が小雨のように散り、粉塵から成る煙が喉に入り込んで咳を生ずる。
手足はまだ動かせるが……はっきり言って背中の感覚が薄い。
けれども、痛みは根性で無視できる位である。
(こりゃ……ひとたまりもねぇ……そう何発も当たってやれるかってんだ……)
馬鹿正直な防御はナシだ。適当に上手く捌いて隙を作るか、さっきみたいに回避しながらチャンスを伺うか……そう考える中、ふと不安がよぎるが脳震盪を起こしたピンぼけな視界の中で恐る恐る手元に目をやってみれば、そこには愛銃がしっかりと両方握られていた。
自分自身のしぶとさを自画自賛しつつも少々ぎこちなく弾倉を再装填。弾薬が薬室にちゃんと送り込まれたのを確認しつつ、寄りかかっている壁を振り返ると、己の身長より倍くらいに巨大なヒビが入っている。
「全くよぉ……」
ため息を一つ吐いた所で、パキッと歯切れの良い音が鳴る。木材を踏みしめる音だ。
(…………あ?)
蹴り飛ばされた先はリビング。と言っても、あるのは小さいローテーブルと椅子、ソファに本棚程度だが……さっきまでと比べれば断然やりやすい。特に─────照明のあるなしは段違いだ。
白い蛍光灯に顔半分照らされながら、レイヴンはゆっくりとこちらへ近づいてくる。
先程までの暗がりでは見えなかったディテールが顕になって、あたしはどこか引っかかるものを覚えた。
「………………」
道中で取り戻したであろうハンドガンの銃口を向けながら射抜かんとする視線を睨み返しつつ、あたしの方もツイン・ドラゴンを構えたまま立ち上がる。
「………本気でやれよ?でなきゃ、どうにもならんぞ……これ以上はな」
一歩、一歩、互いの距離は縮めず、そこには見えない壁があるように緊張感が遮り、一挙手一投足に配られる集中は鋭く研ぎ澄まされる。
(残弾数から考えて、ここが決め時か…….)
レイヴンにこれといった消耗は依然見られない。向こうも残弾の制限がある以上、弾切れを起こさせた後に格闘戦へと持ち込むことも可能と言えば可能だが、そっちはスタミナ管理への不安要素が大きすぎる。
万が一、本当にコイツが万全のまま長時間動き続けられるのならば、肉体が先に悲鳴を上げるのはあたしの方かもしれないという予想だ。
ま、実際はやってみなければ分からないのだが。今回は除外。
………もし今後機会があったとしたら、その時に初めて分かるだろう。
やがてどれ位の間、神経の全アンテナをそばたてていただろうか。
しかし戦況は突然に変わってしまうもので、レイヴンが真っ先に予兆なく引き金を引く。
(うおッ……ギッリギリじゃねェか!)
持ち前の反射神経でもって、6連発の凶悪な銃撃をソファーを盾がわりにやり過ごしたのも束の間、淀みのない奴の狙いはあたしの眉間へ確かに指される。
だが、あたしは心を一切揺らがせる事無く至って冷静、かつ的確だと導いたコースでツイン・ドラゴンの片割れをレイヴンの顔目掛け投げ込んだ。
「!?」
猶予なく、今度は置かれていたテーブルを片手に持ちつつ跳ね飛ぶ。
突如銃を投げつけられたレイヴンは上体を傾けてそれを回避するも、続けてそこに今度は視界を塞ぐべく、注意を引くべくテーブルをフリスビーのようにして投げ、同時にあたしも宙へと身を投げ出す。
無論、レイヴンはテーブルを回避するかぶち壊すか。その二択。
奴は避ける方を選んだ。
(
回避の為に身をかがめた隙へと、無理やりにもねじ込み、飛び上がった状態からレイヴンの首元へと脚を絡めて組み付くことに成功。
そしてこの時、あたしはようやくレイヴンな戦闘中にどんな表情を浮かべているか──────何を考えて戦っているのか……これほど近く接近し、照明が照らす中でようやく、ギャップを繋ぎ合わせるピースを見つけた。
口角がニヤリと、吊り上がるのが分かる。
この期を逃す手はなく、己の身体を振り子のようにして、それはもうめちゃくちゃに動かしてやれば、鎖の時同様にコイツの体幹が崩れる。
そう待たずとも、すぐにまたレイヴンは重く低い音を鳴らして地に伏せてしまった。
ただし、この二度目では自身がまだ首元近くに居座りつつある。
ぬかりなく己の体重と脚部を利用してレイヴンを地面へと縫い付け、頭を上げられぬ様にし首と腕部を抑えたまま、片手に残しておいたもう一方の龍を向ける。
このまま抵抗するのであれば、全弾を眉間に叩き込んでやろうとでも思ったが。
押し倒された時点からもう、四肢は1mmたりとも動く気配を見せなかった。
「………………………」
レイヴンは目を瞬かせた後……向けられた銃口とあたしの顔を交互に何度か見やる。
深い沈黙が過ぎるとやがて、苦笑いを浮かべながら何かを呟く。
声は聞こえずとも、唇の動きからそれは簡単に読み取れた。
「……………良いのか?」
組み付かれた状態の為にそう大きくは動かせやしないが、それでもコイツがしっかりと上下に頷いた事は容易に理解出来る。
つまりは、レイヴンの降参。
あたしの勝ちだった。
──────
「ほらよっ」
言われた通りのボタンを押し、自販機からホットの缶コーヒーを取り出したあたしは、それを投げて渡す。
おろおろ慌てつつキャッチするとレイヴンは、ほっと胸を撫で下ろした表情を見せる。
(…………なんだかなぁ……)
戦いを終えて、理解する為の材料を手に入れても尚やっぱり違和感は拭えない。
こうやって今目の前で、あたしが奢った小さな缶を嬉しそうに両手で持つ姿を見ていると、そう思うのだ。
『ありがとう、ネル』
「ま、メイド部だからな。御奉仕だと思っとけよ」
言いつつ、あたしもミルクティーを選択。
静かなミレニアムの廊下にガコン、と一際大きな音が響いた。
「つーか、そもそも報酬無しのボランティアはそっちか」
報酬金は……変わらず要らないって顔だな。目で訴えかけてきやがる。
とはいえ、このままでは何だか心がスッキリしない。良い埋め合わせは無いか考えながら、あたしは手に取ったミルクティーの缶を開けた。
「んで……どうだ実際にやってみて。求めるものは見つかったか?」
『ん〜、あまり自信がないけどね。でも、戦ってる時のネルが生き生きしてるのはよく分かったよ」
「………おお」
言われて、悪い気はしない。
『逆に、ネルは戦ってみて何か分かった?』
「…あるけどよ、聞きたいか? それ」
レイヴンは大きくうんうんと頷く。
「……じゃ、テキトーにそこら辺座っとけ」
廊下脇にキッチリ並べられたソファ。レイヴンが腰掛けたのを確認し、こちらもその隣へと腰を下ろす。
缶の中身をちょっぴり口に含み、唇を濡らした所で間を置きつつも語り始める事にした。
「まず、一言だけ言うぞ。お前の……あたしからの、見え方をな」
これを言うのは、なんだか心が痛まないでも無いが……それ程ヤワなメンタルの持ち主でない事は、とうに分かっている。
ひと呼吸置き、黄金色の瞳を真っ直ぐに見つめながら、告げる。
「はっきり言ってレイヴン……お前は向いてない。戦うって事にな」
「…………」
衝撃を受けた様子は無かった。
やっぱり? とでも言いたげな表情を浮かべつつ、次に続ける言葉を目線で促される。
「別に戦闘技術の事を言ってる訳じゃない。そりゃ多少荒削りな所はあったが、それ込みでも悪くは無い部類だ」
火薬の汚れが付着した青緑の髪を少し揺らし、レイヴンは瞼をパチクリとさせた。
「そして一番はこれだな、肉体のスペック……。身体能力の高さは指折りに違いねぇ。少なくとも、この業界で知る限りはな」
決着をあたしの勝ちとし、こうして休憩にあたっている今であってもまだ、全身には痛みが残っている。
アカネに簡単な処置をしてもらったし、元来この身体は頑丈。特に心配は要らないのだが、問題はその怪我の原因が蹴り一発のみであったこと。
コイツはかなりの……パワーファイター。
「ただ、それだけの大きな力を持ちつつもお前は……とことん、人を傷つける事が苦手」
答え合わせはスムーズに進んでいく。
納得し、口元へ柔らかな微笑みをたたえつつ聞くに徹するレイヴンの姿は、ほんのり寂しく見える。
『もしかして……意外と分かりやすかった?』
「そんなの、顔見りゃ一発で分かるぞ……今回はちょっと手こずったがな」
『嘘ぉ……凄いね、ネルは。私はいつも通り頑張ってただけで何もしてないのに』
そう、頑張る。
レイヴンが頑張っていたから、間近で見なければ気づけなかった。確信が持てなかった。
一体、どんな表情で、どんな気持ちで闘いに臨んでいるのか。
「良いか?人には誰しも本性だとか、本音だとか、胸に秘めてることがある。今言ったようにレイヴンにも、勿論あたしにも。生きてる奴は皆そういったのを抱えてる……で、それらをもし伝えたい、知りたいってなった時、お前ならどうする」
『う〜ん………出来ることなら話したい、かな?』
「だろ? でもな、皆が皆そんな器用にやれる事は出来ない。どんだけ言葉を並べたって、思いを告げたって、全部が全部そのまま伝わる訳でもねぇし、受け取る側にも完全な信用は芽生えにくい……そこで、コレだ」
あたしが握り拳を胸に置くと、レイヴンもその仕草に倣った。
コツン、とその拳を小突いてやる。
「これはあたしの自論で実際どうかは専門家じゃねぇから分からんが……闘っている時にこそ、ソイツがどんな奴かが見えてくると思ってるぜ」
『たたかう時?』
「おう。誰だって戦う時には動きに個性が出る。銃を撃つタイミングや狙いも千差万別で、拳の振り方なんかには経験や思考が顕著に現れてくる……良くも悪くも、絶対にな」
不良やチンピラなら、統率はバラバラで動きはめちゃくちゃ。威勢とラッキーパンチだけで張り合おうとするのも多い。対して企業はと言えば、司令とマニュアル通りの冷たさでひたすら合理的にやってくる。とはいえ完全な機械では無いから、そこにやはり"らしさ"が出てくる。
「特に、独立傭兵なんてやってるのなら十人十色だ。強さを求めるヤツ、プライドに生きるヤツ、戦況を読めるヤツ。そんな中にも色々と」
レイヴンの顔を指さし、あたしは真剣な表情を返す瞳へと呼びかける。
「それはつまり……闘いってのは生きた力と生きた力との衝突ってことだ。結局所詮はエゴの押し付け合いで、フィクションに出てくるような聖戦なんてのは何処にも存在しない……どこにも、な」
これは決して絶望では無いと心の内で付け足しつつ、続ける。
「個人のエゴ。それらが戦っている内に最も現れるのは、顔だ。嫌味ったらしい考えのヤツはとことんムカつく笑い方をしやがるし、割り切ってるヤツは至って冷静」
皆、あたしが踏み越えていったヤツらは、心と表情を直結させて己の全てをさらけ出していた。
勝つ為には全力で挑まねばならなかったからだ。メッキで誤魔化せやしない。
「エゴが出るのは、戦っている時に出てくる言葉にもだ。確固たる信念を持ってる奴は……それが何たるかを叫んでくる時もある。身に覚えは?」
『多少は』
たったそれだけ、レイヴンはキーに打ち込んだ。
「んで、今言ったことを踏まえて……だ。お前、隠そうとしてるだろ。自分を」
レイヴンの瞳は大きく見開かれ、驚きの表情に満ちる。
「毎分毎秒そっちの表情を伺ってみたが、ろくにリアクション取らねぇからよ……こっちが撃ってる時も、逆に撃たれてる時も等しく、お前は眉一つ動かしてねぇように見えたぜ」
機械的で、ただひたすら目標を仕留め続けるために行動するその姿は強く印象に残っている。
「この際ハッキリさせときたいんだが……コイツは痛かったか?」
指先でツイン・ドラゴンをつつき、あたしは問い掛けた。
『痛かったよ。すっごく』
本当に本当。嘘なんて全くないと思わせる正直な顔でレイヴンは言ってのけた。
アカネからの情報とあたしの予測が正しければ、レイヴンは嘘をつくのも苦手。
「…………そうか」
きっと、事実なのだろう。
「けどお前はそんな痛み、おくびにも出さなかった……。だからまぁ、こっちも至近距離に近づくまでは完全には気づかなかったぞ」
レイヴンは頑張っていた。
表情を出さぬよう、感情に振り回されぬよう無表情に徹し続けていた。
「再度言うが、お前は戦うことが苦手。なのになんでこの業界に居るのか……詳しくは、聞かねえけどよ。でも苦手じゃなきゃあんな顔こぼさねえぜ」
脳裏に浮かぶのは、あの時に近づいて得たもの。噛み合わない矛盾を解消する要素だ。
「…………あんまり、無茶はすんなよ」
警告の色を差し込むと、あたしは缶に口をつけ紅茶を啜った。
レイヴンの抱えているものは……到底完全に理解できるものでは無いだろう。でも、こうやって共に同じ時間を過ごすくらいなら……できる。
いくらか自販機の稼働音が時の経過を刻み続け、長い沈黙がおりる。
穏やかな潮の満ち干きのような、ゆっくりとした時間だ。
『中途半端はしたくないんだ。やるなら全力で向き合っていかなきゃダメだって思うの』
「中途半端……な……」
『自分にできる範囲で、自分に出来る事を精一杯ね』
「何がお前を、そこまでさせるんだか……」
『私は……もう負けたくないだけだよ。誰にも、何にも』
「…………そういう所は、ちゃんと傭兵らしいな」
仄かな笑みと共にあたしは呟く。
それと同時に、ここでレイヴンはようやく缶コーヒーを開けた。
爽快で心地の良い開栓音が鳴る。
「ぬるくないか?」
『全然♪』
一口飲むと、レイヴンは映える笑顔で言った。
Type-23 JACKET
ACパイロット専用の防寒着としてクレスト系列の中小企業から発売されていたレザージャケット。特殊繊維製のボディーアーマーを各所に配置し、表地と裏地の間に縫い込むことで安全性と快適性を両立させている。
長い時を経てもまだ、そこに灰は燻り続ける。呪いともいえる火を受け継いだ彼の者は束の間の夢を見て、そして最期は笑顔で消えていった。
救いの手を拒み続ける彼は生きる事に不器用で、どうしようもなく優しさに溢れていた。
少なくとも、その温もりを知る者は確かにいた。