依頼主 ケミカルダイン
目標 下水道内での異変発見と撲滅
我が社の所有している土地付近で異音や悲鳴の報告が相次いでいます。様々な検証と調査を重ねた結果、その原因が地下の下水道にあるという事までは分かりましたが、それ以上の事は全く掴めていません。直ぐにPMCを雇い、ヴァルキューレの方にも探索の任務を依頼したものの未だ誰も帰還せず、問題も解決してないのが現状となります。
そこで至急、調査の方をお願い致します。
──────
(こんな依頼も来るんだね〜。風紀委員会って凄い……)
長く下に伸びる梯子をゆっくり慎重に降りつつ、私はラナに話しかけた。
狭いし暗いし、足を踏み外したくはない。
『正確に言うのなら、こういった依頼を寄越す理由はヒナの持つ能力と信頼だ。ゲヘナ自治区の者の何割かは、彼女に任せておけば何とかなると考えている節がある。中には"風紀委員会という組織はヒナに依頼を出す為だけのハリボテ機関"と見ている者もいるからな』
(う〜ん。やっぱりそれってあんまり良くないんじゃないかな?)
『その通りだ。友人として彼女が信頼されているという事自体は喜ばしいが、治安維持組織の在り方としては歪で脆弱すぎる。甘い毒の様なものだ』
(でも、この前私と組んでくれた子は違うよね。自分から何とかしようと頑張ってたみたいだし)
『らしいな。君が食堂でその事についての相談を受けていたのは知っている。戦闘に関しても、他の者たちに比べて及第点ではあった』
(……結局の所、私は何も良い考えとか出せなかったけどね)
任務終了後に保健室へ連行され、異常なしと判断された私は彼女に食堂へと誘われていた。フウカちゃんの作る料理はかなり美味しかったし、少し前の任務の時に無事助け出すことが出来て良かったと思う。
『あのような者が今後増え続けるのなら、風紀委員会も変わる事が出来るだろう。ヒナも後進の成長を受けて喜ぶ筈だ』
(そういえば、いつあの子とラナは友達になったの? 初めて聞いた時は私結構ビックリしたけど)
ゲヘナ学園とのコネクションがあると聞いた時は心底驚いたものだ。しかも相手は風紀委員長という、滅茶苦茶に位が高そうな立場。
けれどラナ曰く、手土産として持っていった情報無しでも私たちを受け入れてくれたらしいので、中々に……いや結構仲が良いのかもしれない。
『昔の話だ。全て話せば映画1本分位にはなる』
(どういうジャンル?)
『スパイアクションとでも思っておけ』
(なにそれ聞きたい! 面白そう!)
『………これについては一応話せるが、今日はダメだ』
(ええ〜……じゃあ、今度話してね?)
『ああ』
会話が区切るのと同時に、丁度足が床につく。作戦領域に到達……と同時に鼻をつく嫌な臭いに私は眉をひそめた。
『ガスマスクを持たせておいただろう。それを使え』
(ありがとね、ラナ)
チェストリグに掛けておいたガスマスクを手に取り、口元へ装備する。かなりタイトな着け心地ではあるものの、お陰で動くのに支障ないレベルまで鼻を落ち着かせることに成功した。
『先遣隊が音信不通となった原因は有毒ガスの可能性もある。指定座標周辺に限らず、任務中はマスクを付けたまま行動した方が良いだろう』
レンズ付きの眼帯にガスマスク……今の私ってかなり怖い見た目じゃないかな? 生憎、鏡なんて無いから見えないけれど。
眼帯の暗視モードを起動すると、下水道内部の構造がはっきりと目に入ってくる。道の真ん中を下水が、両脇に作業員用の通路が配置されるタイプのものだ。
これなら足元に不安は少ないだろう。
『マップは端末に送った通りだ。無論、道に迷った場合は私が指示する。ここは迷路みたいなものだからな』
端末を起動し、3Dホログラムで自分の現在位置と大まかな道のりを把握。
ここからそう遠くない場所に依頼主指定の調査ポイントがあるみたいだ。
確認を終えて端末を仕舞い、ハンドガンを両手で構えると、私は早速その目的地に向かって歩き始めた。
『道中に気をつけろ。妙なモノがうろついているかもしれん』
(妙なモノ? 捨てられちゃったワニとか野生のネズミじゃなくて?)
『いや、それらとは違う。しかしあくまで私の勘だ……油断せず進んでくれればそれに越したことはない』
(分かった!)
足音を抑え、中腰の姿勢で脚を動かす。
流れる水の音に主導権を渡し、この場に居ない者として努める。
つまりは良くやる
(かなり暗いみたいだね……点検とかの人は大丈夫なのかな?)
『作業員は事前に明かりを持って下水道へと入る。コスト削減の為には仕方の無いところだ。人に見せる物でもないしな』
好き好んで来る人は少ないだろうね。社会科見学だとしても、まだゴミ処理場の方が映える。
来るとしたら、何か特殊な事情を持つ人達。例えば逃亡中の囚人とかテロリストとか……どれもフィクションでしか知らないけど。
『しかし下水道か……ふむ』
(なにか縁でもあるの?)
『昔に少し』
(どんな?)
『実は、指名手配中の凶暴なテロリストとここで共謀を……』
(待って、本当なのそれ)
『さあ、どうだろうな』
むむむ、ラナの事だし完全に嘘って切り捨てられるか? 認めたくは無いけど所持している技術や兵器から考えるにその線はありそうなのが……。
いやでも──────やっぱり。
『もし事実だとしたら、私はこの上ない極悪人になるぞ。おおよそ世間に許容されない程、罪を重ねすぎた最低最悪の存在だ』
何処か自嘲的に、かつ自罰的に紡がれてしまう言葉へ私は"待った"をかけた。
(そこまで言う必要、あるかな?……過去はともかく、今私と居てくれてるラナがそんな人だなんて思えないけど……)
『…………』
(あっ、もしかして……照れてるでしょ!)
『そんな訳あるか。任務に集中しろ』
賢いだけじゃなく可愛い所もある。やっぱり私の知る限りじゃ、ラナは良い人だよ。
(ふふふ……)
若干口元が緩みながらも私は進み続け、下水が十時に交差する場所へと移動した。勿論下水をじゃぶじゃぶと渡る訳もなく、備え付けの細い通路を渡って私は目的地の方向に向かう。
渡り終えた所で少し進むと、1つ下の階層へと続く階段を発見。目的地はあと何階か下の階層に位置しているらしいので、そこも下りていく。
(現代のダンジョンって感じ……アリスちゃんに見せたら喜ぶかな?)
あの子が遊んでいた、ユズちゃん推薦のロマンシング物語というゲームにもこんな感じの下水道ステージが登場していたっけ。
場に合わず結構壮大なBGMで、下水道ステージの薄暗い雰囲気とは裏腹のメロディに私は驚いたものである。
階段を下り終え、下の階層に到着すると今度はT字路のようになっていた。
景色は変わらずの灰色で、壁を這うパイプや所々に着いているバルブも、分かりやすい目印とは言い難い。
マップをみて覚えた、曲がるべき道の順番を心の内で復唱しつつ私はその通りに進んで行く。
なにか不審な点が無いか、探しながら。
(流石にこの中には……何も居ないよね?)
スワンプマンが出てこない事を祈りつつ、酷く濁った汚水の流れへと視線を向ける。
水位はそこまで高くない筈だが、底は全く見えない。これがホラー作品のシチュエーションだとしたら、要注意スポットだ。
『この環境に適応できる生物は基本的に居ない。もし居たとしても、食べるなよ』
(いやいや、食べないよ。そんなに食い意地貼ってないし!悪食でもないから!)
『しかし君は任務帰りの途中に良く店へ寄るだろう?』
(それは……その……ほら! 動いた後ってお腹減るし! 色んな所行くから旅行みたいで楽しいし!)
『別に自由だから私は何も言わんが……大方、あのレーションから逃げているつもりか』
(………えっと……)
『気にするな。逃げる事を否定するわけじゃない』
(ラナ……!)
『そういう物とは言え、君に過度なストレスを強いるようでは却って不適切になる。"帰る途中で美味しい物を食べる為"という欲求さえあれば任務に失敗する事もそう無いだろう。気力を保ち続けることが肝心だ……生きて還る、という気力がな』
ラナがこれまでどんな生き方をしてきたのか、私は殆ど知らない。
戦争映画で見た戦地帰りの人みたいな語り草を時折する所からして、そう生易しい感じでは無かったのだろう。
『とはいえ、あまり食べ過ぎるなよ。出費がかさむと影響が出る』
(はーい!)
『まあ、今日だけは先にシャワーと洗濯を済ませておけ。通る物も通らん』
味を感じるのには嗅覚も大いに関わってくる。そうした方が良さそうだ。
やがて左、右、時には真ん中……正しく迷路と呼ぶにふさわしい道のりに頭が困惑しそうになるも、私は道中の梯子や階段を用いながら下へ下へと階層を下りていく。
(下水道にさ、お宝ってあると思う?)
『………無いとは言えないな』
(実はね、昔アビドス砂漠で下水道を探検した事があるの)
『幾つか、もう使われていない物が地表に露出していたのは覚えているが……』
(多分それだね。ちょっとだけ他のよりボロボロだったけど)
『めぼしいものは見つかったのか?』
(全然。でもここよりは狭かったよ)
『この下水道は合流式だ。君の入った方は恐らく、汚水と分ける分流式……尚且つ雨水だけが流れる雨水管だろう。分流式に使われる管は細いからな。加えて、設備施行に余裕がある地域や遅くに着手を始めた場所ではこちらの方が主流だ』
(てことは……昔のアビドスの発展具合が分かる資料って事だよね)
『そういう事になる』
(じゃあ、あの部屋とか落書きについて調べられたなら昔のアビドスについてもっと色々情報が出てきそう……!)
『部屋と落書き?』
ラナは訝しむ声で疑問を口にする。
そう、あれはまだホシノちゃんが入学してくる時より前の出来事だった……。
(お宝を探して管を進んでいく途中、広い空間を見つけたの。コンピューターじみた機械とか、用途不明の構造物、それに必要最低限の家具が置いてあってね……もしかしてだけど昔に誰かが住んでたりして)
今思えば、アリスちゃんを発見したあの工場とも似通ったデザインだった気がする。
見る限りだと秘密基地とか格納庫みたいな印象を感じたし、何か関係があるのかな。
『それで、落書きは?』
(うん。部屋に置いてあったホワイトボードに小さく書かれてて……多分何かを意味する文字だと思うんだけど、所々掠れちゃってて読めなかったよ)
他にもホワイトボードの周辺に何かの見取り図や写真が散らばっていたが、書かれている内容はさっぱり理解出来ず……。
因みに、落書きの文字は長さからして一言くらいの文章で構成されていた。
『……写真でもあれば、内容が分かるかもしれないぞ』
(うーん……撮ったと思うけど、データは前のスマホにしか無いから)
『そうか』
落胆するでもなく、ラナは至って普通の調子で言った。特にそこまで興味は無いのかな。
『古代の遺物だとして、君はそれについて知りたいと思うか?』
(興味ならあるよ。だって、昔に何があったとかどんな人が暮らしていたかとか……私みたいな後の時代の人が知れるって、素敵なことだと思わない?)
『…………どんな内容でも、か?』
(知る事に、価値と意味があるの)
私がホシノちゃんに託したのと同じように、誰かが後世に残そうとしたモノがある。また、そう意識せずとも残されたモノがある。
当人がいなくなっても生き続けるモノがある。
それは遺伝的情報ではない文化的情報。
つまり命とはまた別のバトンの受け渡し。
ロマンとして感情を震わすだけではなく、かつて誰が何のために生きて、何を思い、何を信じたのか……DNAに残ることの無い因子を通じて、私たちは知る必要がある。私はそう信じている。
過ちを─────繰り返さない為にも。
アビドスに私が拘る理由というのも、そういった事を多分に含んでいたりする。
熱砂の嵐に吹かれて消えたとしても、私たちが覚えていなくてはならない。
伝えていかなくてはならない。
『……その内、知る時が来るさ』
(楽しみにしておくね)
やがて進み続けること数十分。ようやく目的地の存在する階層へと到着し、私は一息ついた。
マップを確認してみると、どうやら現在地より数十メートル歩いた先に調査すべき場所があるらしい。
また変わらず灰色の、湿った床を1歩ずつ1歩ずつ。今までの階層より更に神経を尖らせながら歩いていると、突然ラナが声を上げた。
『待て』
(どうしたの?)
『足元をよく見てみろ』
そう言われ、しゃがみの姿勢で足元に目を凝らす。するとそこには、何やら液体らしきものが飛び散っていた。
(何これ……水溜まりにはどうも見えないけど……)
地面への広がり方や壁にも付着している様子からして、水飴のように粘性が高いものだとは予測できる。
暗視モードを解除し手持ちのフラッシュライトを当てて観察してみると、白い光に当てられたそれは、自然界に珍しい鮮やかな緑色をしていた。
ここまでの道のりにこんな物は無かった気がするが。
『あまり触れない方が良いだろう。もし薬品や何者かの体液であるなら、君の身に危険が及ぶかもしれん』
サンプリングキットでもあれば調べる事は可能かもしれないが、生憎手持ちには無い。
若干惜しいなと思いつつ、私は液体を避けて歩く。
だが先の曲がり角を見ると、どうやらこの液体は私の進もうとする方向に続いているようだ。
しかも何かが這いずりまわった後のように、ベッタリと──────
『慎重にな』
ラナの声掛けを支えに、再度暗視を起動した私は恐る恐るゆっくりと一歩を踏み出す。
重りを付けられたかのように重たい足取りで、迂闊に音を出さぬよう注意を払い、角の向こうを想像する。
……怪物に食い殺された死体とかが無い事を願おう。
マスクを通して出る呼吸音がやけに騒々しく、ハンドガンを握る手に力が入る。
(ふぅ………)
脳内でリズムを刻む事により深呼吸を促し、心を落ち着かせるべくジャケットの裾を強く掴んだ。
『敵に遭遇した場合、無理に戦う必要は無い。見て帰るだけが今回の仕事になる』
(そうだね……)
『もう少しの辛抱だ、やれるな?』
生唾を飲み込み、私は首を縦に振る。
いつからか手袋の中は汗でぐっしょりと濡れており、恐怖からか心臓は氷点下まで冷えているように感じた。
しかしここで立ち止まっていても、どうにもならない。私がやるしかないのだ。
意を決して自らにカウントダウンを課し、それがゼロを指した所で、私はパッと角の先を覗き込んだ。
(あれは──────ヴァルキューレ?)
視線の先、通路に横たわる人影とその子に被さるヴァルキューレの帽子が見えた。
咄嗟に私は詳細を確かめるべく駆け寄り、周囲のクリアリングを行う。異常はどうやら、あの液体が先程まで通過してきた道より多く散っていること以外には無いみたいだ。
(…………どうしよう)
一先ずの安全を確認し、私は暗視を解除しながら倒れている人影へと近づく。
見た限りでは全身に液体が付着しているだけでなく、所々怪我もしているようだ。こんな環境で長く放置されていては、傷口から入り込んだ細菌によって病気になってしまってもおかしくは無いだろう。
また、私が気づいた通りこの子はヴァルキューレ所属のようで、着ているベストにはK.S.P.Dの刺繍とポッケには警察手帳が入っていた。
依頼にあった話が正しいのなら、先遣隊の内の1人という事か。
「………ぅ……ぅぅ…」
顔面部にライトを当ててみると微かな反応が伺え、眩しさに目を瞬かせている。
多分毒ではないだろうと踏み、私は顔の周りの液体を取ってやることにした。いやにネバネバとしていて気味が悪いが、今はそんな事を気にしている場合では無い。
「誰……?」
喉の奥から絞り出すような声で彼女は言う。音信不通になってからかなり経つはずだ、きっと暫く飲まず食わずだったに違いない。
私は装備品から水筒を取り出し、彼女の口元へ運ぶ。
「あ………んぁ……」
最初の方はただ口内へ溜め込むばかりだったが、次第に意識と水が身体を循環し始めたのか、少し経った頃にはちゃんと飲み込めるようになっていってくれた。
「……はぁ……うぇ…ぁ…」
呻き声を上げながらも、彼女はゆっくりと上半身を起こす。
そして口元を触りながら、呂律の回りにくいであろう口で声を放った。
「ありがとう……」
『どういたしまして』
「お?……おぉ……」
少し驚かせてしまっただろうか。
無理もない。こんな暗闇の中で、眼帯とガスマスクをつけた人物がいれば普通警戒する筈だ。おまけに喋れないし。
「それで…えっとその……何だ……何しに来たんだ?……あっ!何しに、来たんですか?」
慌てて言い直しつつ、彼女は首を傾げた。
『あなた達の捜索が、私の依頼』
「え……あぁ成程。うん、分かりました!」
本当はちょっと違うけど。まぁ私の勝手でそうさせてもらうし、対して変わりはしないでしょ。
『他の子達が何処に居るか覚えてる?』
私が問いかけると、彼女は拙い動きながらも壁面のとある場所を指差す。
その方向に首を動かし眼帯のズームを活用して見ると、なんだか頑丈そうで物々しい佇まいを感じさせる赤い扉が設置されていた。
ユメ先輩の使ってる会話用端末の見た目はBlackBerryみたいな感じです。現代っ子だから新鮮な目で見ているぞ!
後、描写していませんが本作品のユメ先輩はニーハイを履いてます。実戦で素肌は目立つから仕方ない。