予想以上に長いぞ……困ったな。本当は今回で下水道の依頼を終わらせるはずだったのに……!
まだ補習授業部の"ほ"の字も出てきてませんよ!?
(よいしょっと……)
あれからAMIDAに遭遇することはなく、無事自らの入ってきた扉の場所へとたどり着き、私は安堵しながら先遣隊の子を白い部屋の中に優しく下ろした。
『残るは1人か』
それにしてもこんな所にたった3人で調査任務とは、大層恐ろしかっただろう。ろくに情報を貰っていないらしいし、これは依頼主に問題があるパターンだな。
(さっきとは別のルートで進んでみよっか。どこかに見取り図があるかもしれないし)
ここの構造はいまいちまだ理解しきれてはいない。コンテナに貼り付けられていたステッカーの通りなら、試験場とか調査区域らしいけど。それらしい場所は未だ見当たらず。
取り敢えず人の手が入っている場所なのであれば、闇雲に探すより先に地形やルートを確認した方が良いだろう。
場合によっては、残りの子が居そうな場所の目星もつくし。
『本来なら偵察ドローンを潜り込ませてやりたい所だが……やむを得ん。そうしてくれ』
室内における任務でない限り、いつもはラナがドローンで作戦開始前にある程度偵察をしてくれている。おかげでスムーズに遂行できるのは良いけど、ドローンの大きさがネックだ。
光学迷彩ユニットや燃料タンク、望遠カメラだけでなくキャノンやガトリングを装備しているおかげで、総じて図体が大きくなりすぎてしまう。よって、建物内の様子を確認する事が出来ない。これが室内での任務に持ち出せない理由である。
火力支援として要請できるのはいい所なんだけどね。
一応、もっと小さいのは作れないのかと聞いてみた所、その分のリソースは他の物に使いたいらしいし。私としても、頼りすぎるのはアレだ。
(ところで、ラナの方からハッキングでどうにか出来たりしないの? 施設があるんだとしたら色々情報を抜き出せそうだけど)
『無論既に実行済みだ。しかしかなり虫食いが多い……。加えて、幾らかはアナログで保管されているものもあるだろう。調査は継続するがあまり宛にしないでくれ』
(直接探るしか無いってことね)
扉を片手で閉め、バルブを回し終えたと同時に私は答える。
これでこの子は安全な筈。結構この扉頑丈っぽいし。
そして、いざ進もうと振り返った矢先……。
私は、岩の壁に写るうねうねとした影を捉えた。
警戒心がマックスに跳ね上がり、すかさずショットガンをその方向に向ける。先程の経験から自爆の威力はおおよそ見当がついているし、躊躇すればこちらが危ないと本能的には飲み込んでいる。
けれど、やはりどうしても、あの感覚は味わいたくない。
それにまた引き金を引くとして……重さはどれくらいだろうか。
1回目は、ただ駆られるがままだった。
2回目は?
私は慣れずにいられるだろうか。
引き金に指を添えつつ、私はじっくりとその影へ近づいていく。
抜き足差し足。マスクによって強調される自らの呼吸音だけが耳に届く。
だが妙だ。よく考えたらAMIDAにここまで長い触手器官は見受けられなかった筈。独自に進化している個体だとするなら説明はつくけど……もしかして。
淡い期待が脳を過ぎり、私は動く。
(………!)
咄嗟にひとつ飛び込んでみると、そこに居たのは紫と緑のパンケーキ擬き。それが地面に粘液を垂らし、触手を目一杯伸ばしている姿。
(よかったぁ……)
相手がAMIDAで無かったことが分かり、私は極限集中と思考の積層から抜け出す。すると少ないながらもバカにできない濃度の精神的疲労が一気に押し寄せ、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。
『ここまでついてきたのか』
(そうみたいだね)
パンケーキ擬きはぴょんぴょんと軽やかにジャンプしながら、私の方へ近づいてくる。勿論銃口を突きつけて警戒した方がいいに決まってはいるけれど……今はそんな気になれなかった。
(……AMIDAに比べたら、こっちの方が全然可愛いよ。自爆もしなさそうだし)
『可愛いのか? 私には理解できないが』
(…………AMIDAの方が好みだったり?)
『いや、どちらも拒否する』
即答だね。
そりゃ人を選ぶ見た目には違いないけれど、私にとってはまだ受け入れやすい。カサカサ動いたりしないのもいい点だ。
(わっ…!)
目前まで来ると、パンケーキ擬きは触手を引っ込め、体をジタバタと動かしながら何かを主張するような仕草をし始めた。
最初に会った時は威嚇と抵抗ばっかりだったはずだけれど……今の限りでは特にそういった素振りは見られず。どことなく敵対を避けようと主張する意思が覗いてるようにも感じる。
『中々利口なようだな……自分の立場を理解している』
(悪役みたいなこと言わないの)
とはいえ、確かに多少賢そうだ。
少なくとも向こうは自分のガードを下げて、自らが敵では無い事を伝えようとしているっぽいし。その点から考えて、一定の知能はありそう。
そこで私は、いい考えを思いついた。とは言っても内容は至極単純な事。
(視覚は機能しているんだろうけど……文字を読んでもらうってのは、難しいかな。だったら通信を繋げて……)
『……交渉するつもりか』
(いやそんなに大袈裟な事じゃなくて、ただの話し合いだよ。もしかしたら力になってくれるかもしれないじゃん)
『……どうだろうな。ふむ……』
(ものは試しだからさ? やってみようよ!)
馬鹿げた考えだと一蹴されればそれ迄だが、何も言わず無言で撃つよりはマシで、結果として争わずに済めばベストなのは、紛れも無い事実だ。
それに、歩み寄ろうとしてくれてるのならちゃんと応えてあげたいし。
せっかく選択肢があるんだから選んでみよう。
ラナなら了承してくれるに決まってるけどね。
『………まあ、好きなようにすればいい』
ほらやっぱり。
私は鼻をふんすと鳴らしつつ、良きマネージャーへの感謝と信頼を表す。
(ありがと。協力してくれる?)
『別に構わないが……どう話してやるのが正解だ』
文字を読んでもらうよりは、音声で話しかけた方が理解されやすいのではと、そういう考え。犬とか猫はそんな感じだし。あぁでも、イルカは聞き取れないんだっけ。
(とにかく、初対面の人と話す感じで良いと思うけど……高圧的になっちゃダメだからね?)
『…………努力しよう』
私にこの手のノウハウは全く無い。些か不安だけど、この子の持つ知能とラナの話し方に期待するのが精一杯。
私は腰につけた無線機のスイッチとダイヤルを操作して、出力先の変更及び内蔵のスピーカーを起動。これは普段滅多に使わない機能だから、ちょっとばかし新鮮な気分。
(さて、どうなるかな……?)
試しにパンケーキ擬きを持ち上げてみると、やはり抵抗は無い。されるがまま。その状態から私は膝の上に置いてやり、ラナに【話してみて】と促した。
『……………こちらは独立傭兵レイヴンです。私たちの声が、聞こえますか?』
スピーカーから発される音声は、いつもの強気な声では無かった。
それは普段よりも柔らかく、物優しげな印象を感じさせるもの。
あまりに突然声が変わるものだから、私は思わずドキッとして小さく一瞬、身が跳ねてしまう。
そこは置いておくとして、この呼び掛けに対しパンケーキ擬きがどう出たかと言うと……触手を1本だけ出し、それを動かすことで綺麗な輪っかを作った。
オッケーサインさながらである。
(……理解してるって事で、いいっぽい?)
適当に何かしらの反応を見せてくれれば上々かなと思ってはいたけど、仮に言語の理解が可能だとしたら遥かに僥倖だ。
『私たちはあなたに危害を加えるつもりはありません。もしも何かこちらの不手際で傷つけてしまったのであれば、ここに謝罪します』
次に深々と頭を下げ、心の内で"ごめんなさい"と唱える。
そのつもりが無くても、ファーストコンタクトは最悪だったから。
すると、この行動に対して相手の方はただ触手を左右にブンブンと小さく降るのみ。
……許してもらえたのだろうか。答えは分からずとも、何となく【気にしないで】と言っているように見える。
『今回私たちは、ヴァルキューレの先遣隊を救助する為に来ました。捕まえてどうこうなどではなく、ただ助けたい……それだけなのです。……信じていただけますか?』
こちら側の正直な思いをこめた言葉に、相手は身を1つ、大きく跳ねる。その仕草の意味するところは果たして肯定なのか。ちょっぴりの不安に私が俯くと、前髪が揺れる。
(──────!!)
ふと、髪が目へと入りそうになり……触手がそっと触れて、静かに払った。
(……ふふっ)
まるでおとぎ話のような状況だが、信用は現実として確かに。
『……ありがとうございます』
機嫌を良くしたのか、パンケーキ擬きの子はリズミカルに身を大きく揺らした。
『とにかく、助け出す為には情報が必要となります。先遣隊の一員について見覚えがあるのなら、是非教えてください』
丁度よく、この借り物のショットガンにはヴァルキューレの校章がプリントされている。その場所をコツコツと叩きながら暗に示してみよう。
『このようなエンブレムを身につけているのが特徴なのですが……』
そこまで問いかけると、喜ばしい事に向こうはハッキリとまた、丸い輪っかを作って答えてくれる。
『では、その方を見たという場所まで案内して頂けますか?』
単刀直入かつズバズバとスピーディーに切り込んでいくラナだが、パンケーキ擬きの子は気にした様子もみせず、再度丸を作った後に私の膝元から離れていく。
どうやら、成功と捉えて大丈夫そう。
(ふぅ……想像以上に上手くいったね。残りの子が居る場所についての情報も得られそうだし)
そうして少し先の道までジャンプしていった所で、こちらを振り返って触手で手招いてきた。どうやら【ついてきて】と言うことらしい。
私は立ち上がると同時に無線機をいつもの状態に戻して、ラナに対話の感想を聞くことにする。
(気分はどう? ちょっとは嬉しかったりしない? 言葉が通じて、その上協力してくれるなんて)
『……………否定はできんな』
返ってきた声は、既に聞き慣れた方のものへと戻っていた。……あっちのも良いけど、なんだかこっちのが落ち着く。そうした、安心感とも言える心地良さを噛み締めながらも、早速私は道案内に従うべく足を動かし始めた。
『だが別に異なる種を相手にした対話なら、今回が初めてという訳じゃないぞ。これまでに何度か経験はある』
(でも、流石にパンケーキ相手は初でしょ)
『……ああ』
(私は今凄く嬉しいよ。なんだか心が通じ合えたって感じで)
『君がそう思ってくれたのなら……手助けした甲斐があるというものだ』
(あ、そうそう。その事で聞きたいんだけど……どうやって声を変えてるの? ボイスチェンジャーでも使ってる?)
今さっきのケースに限らず、ラナの出す声は多種多様。気の弱そうな若い男性だったり、妙齢の女性だったり、それぞれがもはや向こうで中の人を変えてるとしか思えないくらいの完成度を誇っている。
この際だから、仕組みを知りたいぞ。
『前に1度言っただろう。ただの声真似だと』
(………本当の所はどうなの?)
流石にそれで丸め込まれる程馬鹿じゃないし。前々からずっと気にはなっていた。
『…………まぁ、今の君相手であれば話しても支障は無いな』
なんだか少し引っかかる言い方……。
しかし聞かせてくれる気になってくれたのなら、きちんと耳を傾けよう。
『これはいわゆるプリセット機能だ。既にサンプリングしてある物から、状況に応じた声を選んで用いている。ボイスチェンジャーと音声合成ソフトウェアを合わせた……と考えれば分かりやすいかもしれんが。付け足しておくと、元の声との誤差やイントネーションの違和感は1.6%以内に収めてある。基本的に暴露はされない筈だ』
(へぇ〜……それもラナの持ってる技術?)
『勿論だ』
サラッと言っているが、かなり凄い事じゃなかろうか。エンジニア部の子に話したら喜んで飛びついてきそうな内容に思える。
(ちなみにさっきのは誰の声だった、とかある? 例えば有名な学者さんとか)
『ある意味では有名人だが、キヴォトスにその事を知っている者が居るとは思えん。大分昔の人物だからな』
ネットで探したら出てくるだろうか。
おもむろに端末を取り出した私は電波表示が圏外でないことを確かめ、検索エンジンのアプリを開く。ラナの用意した特殊な通信方法とやらのお陰で、地下数十mはあろうこの場でも柱を4本維持できる性能を持っているけど……これもまた革命を起こしそうな技術だ。
(一応その人について調べてみたいんだけど、なんて名前なの?)
『どうせヒットはしないぞ』
(まあまあ、そう言わずにさ……ね?)
『…………フィオナ・イェルネフェルト。それが、サンプリング元である彼女の名前だ』
やや間を置きはしたものの、ラナはちゃんと答えてくれた。
……なんでかは分からないけど、今日の彼女は今までより情報の開示に積極的に感じられる。それだけ認められたと思っていいのかもしれない。
(フィオナっていうのね。分かった!)
基本的に明かされる事の無かった、ラナ自身やその過去、持っている技術の詳細について聞けることがこの先多くなってくれるかな……そうだといいな。
日々の楽しみが増えた、と顔を綻ばせつつ、私はキーボードの上で指を滑らせた。
(ありゃ………本当だ、出てこない)
『だから言っただろう……』
ラナが呆れたようにため息を零す。
検索してみた結果、虚しくも【フィオナ・イェルネフェルト】に関するヒット件数はゼロだったのだ。名前と姓のどちらかに絞れば幾つか記事が出てくるものの、これらは全くの別人を指していると見ていいし。
『彼女自身は……客観的に言ってしまえば、ただのオペレーターだ……歴史の転換点に立ち会ってしまったという事を除けばな』
(歴史の転換点?)
『……大昔、深刻な環境汚染と大規模な混乱を引き起こした"戦争"があった。種の絶滅を目前としても止まず、利己的な思考が互いを貪り合う戦争が。……その戦いで彼女は自らの救ったパートナーと共に足掻き続け、最後には共に故郷を去ったと……端的に述べるならそうなる』
(…………そんな事が……)
『どの道、全ては遠くに終わってしまった過去……万人が知る必要は無い』
(……喋り方もさ、ラナは真似したの?)
『…ああ』
(………そっか……うん……)
フィオナという人は、どんな人だったのか。考えようにも私が触れたのは彼女の残穢だけ。
でも……聴こえたのはとにかく、暖かくて優しい声で……傍にパートナーが居たのなら。多分そうだと、信じられるような気がする。
そう────信じることにする。それが私の得意だし。
であれば思うに……古今東西ままならぬ事があるのは変わらずなのか。虚しくも寂しい諸行無常の風が、心を軋ませた。
『話はここまでだ、任務に戻るぞ』
願わくば幸福があるようにと祈りを添えつつ、私は端末をポケットにしまい込む。ラナの言う通りこれ以上の長話は危険だし、私としても感情の乱高下でクラクラしちゃいそう。
さて、目の前に目を向ければ相も変わらずパンケーキ擬きの子がピョンピョンと飛び跳ね、私たちを案内してくれている。
……いい加減、呼び名は変えた方が良さそうだけど。仮に、"紫ちゃん"とでもしておくか。
周りの方はと言うと、入口付近や物資のあった通路とは、岩の色や質感が別物になってきた。道中では下り坂や階段も多く通ってきたし、かなり奥深くまで進んでいるみたい。
(ここまでAMIDAに遭遇はしなかったけど……)
道のりの中でAMIDAの肉片は少なからず散らばっていたし、更にはライフル弾の薬莢や空の弾倉も落ちていた。恐らくは先遣隊の方で数多くの群体相手になんとかやってくれたのだろう。
後で感謝を伝えなくてはならないが、とりあえずそういったお陰で順調かつ安全にここまで来ることが出来た。
─────しかし、突如紫ちゃんが曲がり角の途中で立ち止まった事により、それはここまでと察してしまう。
(なにか居る……?)
紫ちゃんは慌てたようにして引き返すと、触手をワナワナと震わせながら縮こまってしまった。
何かしらのトラブルがあったのは確かみたいだけど、この状況と様子から見て"敵となる存在"が行く手を阻んでいると考えられる。
(十中八九AMIDA……この子にとっても、やっぱり敵なのかな)
歩み寄れず、歩み寄られず。ただ自爆の為だけに襲い来る相手だから、そう捉えられるのも無理はなくて。きっと、拒否以外の選択肢も取れず……。
だが私は、そんな在り方に少しの哀れみを帯びるだけで留め、緊張感と共に角から半分顔を出した。
(……当たりだね)
視線の先に居たのは6体のAMIDA達。中には壁や床に張り付く個体も確認でき、背面にある甲殻同士の擦れる音を鳴らしながら、賑やかに動いている。
(当たってほしく、なかったけど)
道の奥をズームして観察してみると、どうやらドアが1つのみ設置されているようで、そこ以外に通路らしき箇所は見受けられず、一本道。
(言ったって退いてはくれないよね……それなら……)
AMIDAを倒すしかない、か。
フラッシュバンやスモークを持参して来なかった自分を恨みつつ、私はチェストリグに手を掛けてコンカッショングレネードをもぎ取る。
丁度よく狭い空間に集まってくれてるのだから、効率を考えてコレに頼るのが最適……。
『やれるか?』
(威力なら足りると思う。……遅かれ早かれ、進むって決めた時点でこうする必要があるっていうのは分かってたしさ。他に回避できる道も無いみたいだし……)
パンちゃんの方を一瞥し、コンカッションのピンを抜く。それだけでも【任せて】の意図は通じたみたいで、パンちゃんは震えを止めて1回跳ね飛び、【了解】であろう意を返す。
そこで不意に思うのは──────AMIDAの事。
そういう存在として作られたのだから、と言えばそれまでだが。
そもそも、敵とはなんなのか。
絶対的な敵なんて、いるのか。
敵とは、何をもってして決めるのか。
恐怖や痛みを感じない相手は敵?
攻撃以外の振る舞い方を知らなかったなら敵?
時代が不必要と拒否したなら、それも敵?
……いや。仮に見つけられたとして、AMIDA相手にはもう。
こちらが唯一取れる選択肢は変わらず撃滅という手段だけ。向こうも多分そこは同じで、どちらかが滅びるまで終わりはしないだろう。
(…………………ごめんね)
ぐちゃぐちゃに混ざる思考と感情をいっぱいに込め、私は手元のコンカッションを、宙へ叫ぶように群体の中心部へ投げ入れた。
【】【】【】【】【】【】
2拍や3拍待ったか、すると全身を打ち付けたように強大な衝撃と爆発音がこの場に破裂する。同じくして、赤い肉片が飛び散ったかと思えば今度は濃密な土煙が舞い、パラパラと小さな石達が落ちていく。
これで6体全てを、一瞬の内に仕留められたのなら……何より。そう思いつつ視線を注ぎ続ける。
やがて灰色の煙が晴れると、そこにはさっきまであった生命活動の跡だけが残っていた──────
(…………………)
達成感だとか、安堵とか、ましてや爽快さなんてのは微塵も私の心には発生すること無く。
傷口を冷たい風が吹き抜けるような、痛さと苦しみに心が乾くばかりである。
──────これ以上感傷に浸っていては、パンクしかねないか。けれども、速やかに割り切れる程私は器用じゃないし……一旦この任務を終えた後でゆっくりと咀嚼する事にしよう。
(……行こっか)
紫ちゃんを胸に抱えると、私は奥に設けられていたドアの前に立つ。なんだかドアはのっぺりとした印象で、ガラス窓などは嵌め込まれておらず、向こう側の様子は伺えない。
警戒しつつ耳をあててみるけど、特にこれといった物音も聞き取れなかった。
恐る恐るノブに手をかけると、私はじわじわ慎重に回していき、3センチの間隔だけドア動かす。こういう場合、変に無駄な音を立ててしまうのはリスキーだからね。
(…よし……クリア)
隙間からAMIDAが居ない事を確認し、完全に開く。
そうして入った部屋の内装には、またもや積まれたコンテナと、それを運ぶ為の台車。後は消化器や工具ボックス。
一部のコンテナは中身が散乱しており、様々な種類の食品が入っていたと分かる。具体的にはレトルトカレーだったりカップラーメンだったり、レーションまで。
それら以外でこの部屋に何か無いかと見回せば……後はエレベーターのみ。
(これに乗っていけば良いのかな)
ついこの前もエレベーター自体は乗ったけど、こっちの方が入口は大きく取られ、挙句格子状の扉。フレームとか補強みたいなのもチラホラ見えるし、あくまで最低限のパーツで構成された工業製品らしさというのが感じ取れる。
『これ以上潜るとなると、いや、間違いなくあれは私の…………』
(どうしたの?)
『ひとまず乗れ。それから話す』
(うん……?)
何か気づいたことでもあったのか、ラナは唸りながら声を出す。この感じなら、結構重要そうな話かな……と頭の中で呟きつつ、私は扉をスライドさせて昇降機に乗り込んだ。