戦え!超ロボット生命体ユメパイセン   作:クソザコぎつね

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今回は1万5千字くらいなので、長い部類だと思われます。
それと、いつも読んでくれてありがとうございます。


Road Warrior

 

 

「困りましたね……よりによってまさか運んでいる最中に襲撃を受けるなんて」

 

積荷は無事だろうかと不安を募らせつつ、私はピックアップトラックを砂漠にて必死に走らせていた。

 

「ノノミ先輩、連絡の方はどうなってますか!?」

 

「ダメです……どうやらここもまだ圏外みたいで……すみません」

 

「いえ大丈夫です! 私の方でなるべく耐えてみますので!」

 

助手席で申し訳なさそうにスマホを握りしめる先輩へ半ばハッタリを告げ、内心で自身を呪う。

流石に過疎地域ゆえ、アビドスは稼働中の電波中継局が極端に少ない。だから圏外である事自体は普通に日常茶飯事。無線であればその問題はスルーできるのだが、悲運にも今日は休日。回線に参加している仲間は居ない。

私はしくじってしまったのだ。

 

「危なッ!?」

 

サイドミラー寸前を掠めていった弾頭に眉をひそめ、バックミラー越しに相手の規模を探る。ええい、積荷が邪魔でよく見えないぞ。

 

「な、なんなんですかあの人達!?」

 

「あはは……中々ファンキーですね〜☆」

 

ここから確認できるのは総勢7台のビークル。車種はバラバラで、クラシックな箱型の乗用車やバギー、私のと似たようなピックアップトラックまで揃っているが、特徴的なのはそれらに施された装飾の数々だ。やけに刺々しいスパイクや竹槍の如きマフラー、ド派手な髑髏と炎のペイントは見るだけで明らかにアウトローと分かる。車体に対してタイヤもオーバーサイズだったり、エンジンが剥き出しのなんかもザラ。

 

車が車なら、乗り手も乗り手か。

窓枠から身を乗り出している姿は暴力性だとか凶悪さを強調するスタイルで、ツギハギの毛皮や肩パッド、シルバーアクセの光るパンクファッションが激しく主張している。

 

「こんな事なら私もライフルとか持ってくるべきでした……!」

 

どう考えてもハンドガン一丁じゃマトモに迎撃出来ないし、かといってノノミ先輩のミニガン(リトルマシンガンV)では取り回しの悪さや射撃姿勢の観点からして、相手に確実き当てる為には真横以外至難の業。

とにかく今の段階で私たちに出来るのは電波の届く場所にたどり着き、休日中の対策委員会メンバーへ助けを乞う事のみ。

 

「セリカちゃんが言うには、今週のさそり座はラッキー運勢らしいですけど……」

 

「そんな眉唾、いつもの事じゃないですか!?」

 

ギアを上げて更にアクセルを踏み込むと、エンジンの唸りと共に回転計と速度計の針が振れる。これで突き放せるのなら良いけど、相手の改造具合からしてエンジンにも手を入れていると見ていい。ほぼライトチューンなこの子では、追いつかれるのも時間の問題か?

 

「また来ます!」

 

「──────ッ!!」

 

ノノミ先輩の警告を受けて車体を動かすと、またもやスレスレに通り過ぎていく弾頭が僅かに見えた。思わず背が冷えるぞ。

 

「す、滑るッ!」

 

「きゃっ!?」

 

砂という条件に急ハンドルが合わさり、四駆と言えどスリップに程近い状態。咄嗟にハンドルを逆へ切り返して対応すると、後輪から巻き上げられた砂塵がサイドミラーにて映り、車体はやや横へと向きながらも次第に地面への駆動力を戻していく。

 

しかし今の行動で差は大分縮んでしまった。かなりマズイ。

 

「ああもう! どれだけ追ってくるつもりなんですか!?」

 

「中々諦めそうにない調子ですけど……私たちに恨みでもあるんでしょうか」

 

この状況下で何故か空に火炎を放射し、マフラーから爆音を垂れ流す"ヒャッハー"な彼女達の勇姿を眺めながら、先輩は問いかけた。

 

「カイザーが既に撤退したとはいえ、今まで数多くのヘルメット団や傭兵達と戦ってきましたからね……逆恨み等であれば合点はいきます」

 

「でも、あんな格好の方達と戦った事なんて────」

 

「無いですよね。断じて」

 

とりあえずはイメチェン後に仕返しへやって来たのだと推察しておこう。もしく他の自治区から逃げ込んできた犯罪者。

 

そんなことはともかく、アクセルをベタ踏みだベタ踏み!

 

「………もしかしたら、狙いは今運んでいるこの"積荷"かもしれません」

 

木箱に収めて上からケープをかけている件の代物をミラー越しに見据え、私はそう口にこぼした。

 

「この積荷がですか? 今朝聞いた限りだと、ただの自動車用エンジンという話では……」

 

「厳密には少し違います」

 

「と言うと?」

 

「このエンジンの納品先は、ヴァルキューレですから」

 

そもそも何故私がこの状況にいるのかというと、始まりは対策委員会に届いた一通の依頼である。依頼主自体は前々から贔屓にしてもらっているエンジン屋で、どうやらヴァルキューレから届いているエンジン供給の依頼に手が空いておらず手助けが欲しいとの事。つまりは、学びにいい機会だからと私に新たな仕事が回ってきた事が発端である。

 

そうして譲渡されたのが、今運んでいるV型8気筒の内燃機関。しかし廃車置き場出身のボロを無理やり引きずり出してきたので、いかんせんこのままでは納品できない。よって、私には不足部品の捜索と、修理及びチューニングの手伝いを命じられた。このV8エンジンを納品する事によって得られる報酬は8割方私たちの方に回してくれるそうで、返済の足しには十分なるだろう。前に得たDOHC(デュアルオーバーヘッドカム)の知識が役に立ちそうで良し。

 

ノノミ先輩に今日ついて来てもらった理由も、部品探しの為にスクラップ置き場を巡る上で人手が欲しかったからだ。なにぶん、山のように廃車や機械が積まれているし、納期という時間制限もある。あまり無駄な時間をかけたくは無い。その結果として今日全ての適合部品を手に入れる事に成功はしたが、こうして帰り道を襲撃されている次第。

 

「そんな依頼を任されるだなんて………アヤネちゃんもかなり出世しましたね。 私も鼻が高いです」

 

ニコニコとした表情で褒めてくれるのは嬉しいし、くすぐったい気持ちだけど、今はそれどころでは無いな。

 

「そういう訳なので、あのような方達の耳に入れば妨害行為に移るのは必然……それに加えて、エンジン自体の性能も過給器込みで600馬力まで絞り出せますから、暴走行為に走る人にとっては喉から手が出る程欲しいと言えます」

 

「ろっぴゃく……」

 

ノノミ先輩は緑の瞳をぱちぱちと瞬かせながら、想像つかない様子。車やメカにそこまで興味が無いのなら当然の反応だ。

 

「つまり、本物のレーシングカーと勝負出来るくらいの途轍もないパワーを秘めているんです。このエンジンは」

 

さて、大きな傾斜となっている地形を持ち前のトルクと駆動力で越えてやれば、一瞬全身が浮き上がる感覚を経て激しく着地。そこからやや滑りはするもののすぐさま安定感を取り戻し、次第に加速を再開していく。

 

相手の方はどうなったかとミラーで見やれば、恐怖とも歓喜とも言い難い絶叫を上げてジャンプしてくる様子が伺えた。

 

「ミスした人は……居ませんね」

 

着地の拍子に1台くらい転倒しないかなと思ったが、そんなに上手くは行かなかった。誠に残念。

 

「このまま何度かジャンプを繰り返すルートに入ってもいいですけど……向こうより足回りが持つかどうか……」

 

オフロードも走れる設計とはいえ、この子は放置車両だった所をなんとか直してやった代物だ。張り切った勝負には向いていない。

 

「うわっ!?」

 

……あと、これが厄介。

 

「さっきから何発もロケットランチャー(RPG-7)を……贅沢ですねぇ」

 

更には時折混ざってくる銃声からして、機関銃なんかも撃ってきてはいるようだが、そちらは各部に取り付けてある装甲板できちんと防げている。戦車から剥ぎ取ってきた物だし、貫通の心配は要らないだろう。

 

「そろそろ見えてきてもいい頃なんですが……」

 

車内に取り付けてあるコンパスが狂っていなければ、示す方角からしてこちらで間違いない。

砂にハンドルを取られぬよう小刻みに修正を繰り返しながら進んでいくと────思った通り灰色の建物群が視界に現れてきた。

 

「あのゴーストタウンを抜ければ電波は届くはず……!」

 

現在地からそこまでは約十何キロといった所。しかし相手との距離を考えると、辿り着くまでに追いつかれる可能性の方が高い。

いっその事こちらからぶつけてやった方が早いんじゃないかと思いながらも、ミラー越しにRPGを視認。少しのフェイントを織り交ぜつつ目一杯ハンドルを切ってやれば、弾頭は見当違いの方へと飛んでいった。

 

「なんだかもう慣れてきたって感じですね」

 

切り返しで車体をコントロールする私へ苦笑い気味に先輩は言う。

 

「いつもの車だったらもっと上手く躱してます。ただ、この子を使って行うのが初めてなので……!」

 

いやはや、これほどの速度域で滑ると横Gが激しいな。シートベルトはちゃんと締めてるけど、ハンドルに掴まってなきゃしんどい。ノノミ先輩の方も、窓枠のグリップとドアに擦り付けた脚で一生懸命踏ん張ってる感じだし、今度余裕があれば中古のセミバケットシートでも入れておくか。

 

「……それでしたら、今意図的に滑らせる事は可能ですか?」

 

「えぇ!? で、出来ると思いますけど……」

 

何か思いついたのか、口角を少し上げつつ真っ直ぐに見つめてくる先輩へ向けてそう答えると、既にその手は後部座席に鎮座するミニガンへと伸びているのに気づく。一体どういう趣旨の発言か……理解が及ばず一瞬の間が空きはしたが、ミニガンの弱点と【滑らせる】という単語が脳内で一つの戦術を構築し、先輩がこれから行おうとしている行動を察知。まるで頭の中に静電気が弾けた感覚である。

 

「……分かりました」

 

狭い車内の中、なんとか手元にミニガンを引き寄せた先輩はウインクで返し、いつでも開けるようにドアの取っ手へ指をかけた。

 

「振り落とされないでくださいね!!」

 

ギアを下げアクセル全開に、横転もかくやという豪快なハンドル操作。すかさず逆に切り返すことで生じるフェイントモーションはサスペンションの復元力を誘発し、ヨー方向への多大な慣性力を発生。

従い────アグレッシブな四輪ドリフト状態へと車体は移行した。

 

だがこれは速く走る為でも、魅せる為でもなく。速度を可能な限り維持したまま、車体を横に向けるための行為。

事実、そこをねらって繰り出したこのドリフトは車体のノーズの向きに激しく角度をつけ……助手席からは相手の位置が丸見えとなる。

 

「全弾──発射ぁ!!」

 

六連装の銃身に、強力な7.62mm弾。外部動力の電動モーターによるそれらの高速回転は、経済的な面を考慮した最低の値でも1分間に2000発という超制圧能力を発揮。

極短時間にまで収められた発射間隔は、隣で耳にしている私に、獣の唸りを想起させる。

 

(薬莢が……)

 

こんな狭い場所で躊躇なく放てば、当然空薬莢達はみるみる内に遠慮なく足元を埋めつくしていく。だが引き換えに、先程まで私たちを追っていた暴走族の面々に対しても、遠慮なしの火力を叩き出す。

 

一台、また一台と、犠牲になっていくビークル達。

貫通、衝撃、引火、やがて爆散。

どれもこのプロセスを徹頭徹尾、徹底的に受け、火だるまと化していく。

 

トリガーの押し込まれたまま、次の標的へと向かっていく銃口。伴い、打ち損じた弾は蛇のように地を素早く這って、同時に多大な砂の煙幕を形成する。

 

一方私の方は、ドリフト状態を可能な限り維持すべく全神経を集中させ、微細なアクセルワークとハンドル操作に従事。ぶっつけ本番ではあるが、普段から似たような事をしているからか意外となんとかなるものだ。

 

「あと2台!!」

 

燃えるガソリン臭を風が運び、思わずむせ返りそうになる。

車内で叫ぶミニガンの銃声は空間をも震わすようで、音が空気の振動であると実感する。

 

回転を維持するエンジン音に、吹き飛ぶ金属音と爆発。砂漠に転がり、悲鳴をあげながら散っていく各々。

 

暴力には更なる暴力。

倍返しとは、荒野の掟だ。

 

「……全員の無力化を確認です!」

 

勢いよくドアを閉めながら告げる先輩の顔には達成感の文字が浮かんでおり、こちらも目視で相手の逃げ惑う様子や大半は気絶して伸びていたり、車の残骸なんかに挟まってたりする姿を確認。

 

ほっと胸を撫で下ろして、緩やかに力の抜けていく感覚を自覚しながら私は、先輩に賞賛の言葉をかける。

 

「ふぅ……グッジョブですね、ノノミ先輩」

 

"無痛ガン"の名は伊達ではないが、十分に扱えるのかは射手の問題。お陰様でさほど時間をかけず対応出来たのには感謝である。

 

「それはこっちのセリフですよ。見事なドライビングでした」

 

そんな言葉に若干照れてしまったりはするが、サムズアップで互いに返して終え、私はゴーストタウンの方を見据えながら速度を上げていく。

 

「もしかしたら、ラリーのレースに出たりなんてことも夢じゃないかもしれませんね☆」

 

「いえ、流石にプロのドライバーには敵いません」

 

「別に大丈夫じゃないですか。最初はアマチュアからスタートして、段々レベルアップしていば良いんですよ!」

 

ラリーか。そういえば、前に何度かアビドス砂漠をコースの1部としたレースがあったっけ。土地は我が物とばかりに印すカイザーのスポンサーロゴが嫌でも目に入っていたのを、今でも鮮明に覚えている。

確か、フォーミュラフロントって名前のレースで……今もやってるのかな?

 

「最初はストリートレースからでも賞金は入ると思いますし、アヤネちゃんの腕前ならお金を稼ぐのにピッタリです。この辺りなら、そういった類いのはきっとありますよ☆」

 

「なんだか妙に乗り気じゃないですか?」

 

「……実は、先週に借りた映画の余韻が残ってまして」

 

「なるほど……。でも、新しい稼ぎ口の提案としては今までのよりもマシに感じます」

 

「そ、そんなにですか? スクールアイドル……」

 

長らく暖めていた案よりもぽっと出の案が受け入れられそうな事に、先輩は目を丸くしてまじまじと見つめてくる。本音を言ったまでだ。

 

まぁもし仮に出るとなったら、ちゃんとマシンを用意しなくちゃいけない。今所持している中じゃ、だいぶ前に報酬として受け取ったあの青い子はどうか。実用的でラクなもんだから配達バイトの際に重宝してるし、結構速いぞ。

 

「レースの方は一応検討しておきます。ですけどさっきも言ったように、多分プロまでは行けませんよ? スポンサーがつくかどうか」

 

「でしたら、アヤネちゃんの通っているエンジン屋からコネを使うのはどうでしょう。丁度この前、エンジン屋経由で激励の手紙が来てたじゃないですか。【手助け込みとはいえ、独学にしては上出来だ】って。認知してくれているのでしたら、きっと少しは耳を傾けてもらえますよ」

 

……言われてみれば。エンジンの供給先には大手の企業も多いし、運良く紹介まで持ち込めたなら無くはないのか。うーむ、早々に具体性を帯びてきてしまっているぞ。

 

「えっと、なんていう企業からでしたっけ……? 篠原重工?」

 

「有澤ですよ。有澤重工」

 

間違いを訂正しつつ、チューニング用のパーツが手に入りそうな場所を脳内で軽く絞り込んでいると、もう既にゴーストタウンは目と鼻の先まで近づいていた。

 

(週明けに皆さんと情報共有した方が良さそうですね……レースの事とか、あの暴走族の事とか)

 

すっかり打ち捨てられた建物群は砂の海に半分埋まり、崩れた断面からは鉄筋コンクリート故の鋼材が露出。陥没した道路や、倒壊の影響によによる障害物なんかは私たちにとってありふれた日常の光景である。

 

だが数年もすれば、ここも見る影なく消えてしまうかもしれない。そう考えてしまうほどに、自然の力は強大だ。借金を返した所で、次にはこちらへの対策が求められる……。痩せこけたこの大地に作物はそうそう実らず、鉱物資源はあれど探るのに莫大な時間と予算が居る。

 

その事を世間にアピールする面でも、レースという表舞台はアリかも。前にカイザーとアビドスの問題についてニュースに取り上げられた日なんかは、少し盛り上がっていた。

 

(また世間が目を向けてくれるといいですけど)

 

折れ曲がった標識を無視して突き進み、かつての大通りへ向けてハンドルを切っていく。

すると視界の先に現れたのはよく見知った風景──────だけではなかった。

 

「なッッ!?」

 

咄嗟な急ハンドルで、ソレの視界から逃れようとする。攻撃範囲から離れようとする。相手の気付かぬうちに、気付かぬうちにと心で願って……。

 

だけど、運が悪かった。

 

ソレが放った砲弾は直撃せず付近への着弾に留まるも、急激な操作で不安定に陥っている車体を揺らすには事足りる衝撃で。挙句、スピンという結果までをも招く。

グルグルと回り、押し付けられそうになる感覚はコーヒーカップを連想させるが、気分は正反対。

 

やがてビルの壁にリアが激突する事で、不意に急停止。シートベルトのお陰でハンドルに頭を打ち付けずには居られたが、頭の中自体は殴られたように真っ白だ。

 

「っ……大丈夫ですか?」

 

「はい…何とか」

 

ノノミ先輩の安全を確認し、次いで積荷。こちらも見た限り損傷はなく、少し胸を撫で下ろす。だが背を伝う冷や汗は、"一刻も早く逃げろ"と急かす。

 

「……どうしました?」

 

隣から聞こえる疑問にも耳を貸さず、ミラーや目視を用いて周囲を確認。すると、最悪な相手が真後ろからこちらを睨み、発射体制を取っていた。

 

「戦車……敵の戦車がいます」

 

目を見開き、息を飲む。

見間違いではないかと自らの認識を疑いたいが、建物の影より伸びるあの砲塔周辺の構造には否が応でも相手がシャーマン戦車であると結論付けられてしまう。例え履帯部分がトラックと合体した状態のものであってもだ。

 

「……ホントですね」

 

戦車の方を見ながらそう呟く先輩の顔には、困惑の表情が滲んでいた。

 

「どこの勢力か分かります?」

 

「ここからではなんとも……」

 

ズレた眼鏡を直してから恐る恐る注目すると、砲塔の端に派手なペイントが微かに見えた。もしやと思い、ダッシュボードから双眼鏡を取り出して覗くと……やはり見覚えがある。しかもさっきぶりに。

 

『そこの4WD! 聞こえるか!!聞こえているのならホーンを鳴らしてもらおう!!』

 

スピーカー越しの声が辺り一帯に大きく響き渡った。音の方向からしてあの戦車だろう。

 

「……どうしましょうか」

 

大変な事態を目にし、低く声が漏れる。

あのペイントの感じからして、向こうも恐らくアウトローの1種。しかも先程まで私たちを追跡していたあの暴走族達のお仲間と見受けられる。

もしや誘い込まれたのか? 1週間前に通った時はなんて事ない道だったんだぞ?

 

まったく、とことんツイてない……。

 

眉間を揉み、半ば呆れ混じりのため息をつきながらいると、機銃を何発かこちらの周囲に散らし、急かしてくる。

 

「とりあえず鳴らしておきましょう……。下手に刺激すれば攻撃が来るかもしれませんし、今攻撃を仕掛けてこないというのは、何か理由があっての事だと思います」

 

ノノミ先輩の語るそれは、この状況にて的確な判断だと思える。どの道、対戦車装備なんて手元には無いし、砲弾をこの狭い区画で避け切れるとも限らず。

そういう訳で、相手側の要求通りに私はハンドルを短く叩き、図体に似つかず軽快なホーンを鳴らした。

 

『そうだ! それで良い!!』

 

高らかに宣言されると何処からともなく、あちこちの路地裏や曲がり角より、騒々しい燃焼のサイクル音が続々と忍び寄ってくる。

360度、全方角。

 

「はぁ……」

 

「こ、これは流石に……」

 

爆装した槍に、回転ノコギリ。左右にバイクを連結した小型車や、銃座を先端に取り付けたショベルカー達。

────ここは魔改造コンテストの会場か?

 

『我々は真摯かつ貞淑だ。対等に腹を割って話そうじゃあないか!』

 

なにを1丁前に。

 

『誤解があるといけない! 私自ら、君たち来訪者を迎えようとも!』

 

ふむ、どうやら先程から語りかけていたのは首長のようである。やれどんな人物が出てくるのかと気になり、2人して横の窓から戦車の方を見つめると、砲塔部の上面ハッチが開いて1人の人物が出てきた。

 

その者は下着姿の上からサスペンダーを装着し、顔面にはホッケーマスク。チャーミンングポイントかどうかは知らないが、赤のシュマグを上腕に巻き、後は焼けた肌と筋肉のみで仕上げるというワイルドどころではない格好。

話し合いの通じる相手とは到底思えないのだが……それはノノミ先輩も同様らしく、目を丸くして口は半開きの顔である。

 

「この場に居るものはみな私のファミリーだ、敵などいやしない。車から降りてきたまえ!」

 

声を張り上げ、ゆっくりとこちらに近寄る首長。すると呼応するように、私たちを取り囲むそれぞれのビークルから幾つもの構成員達がぞろぞろと降りてきた。

言わずもがな、一様に奇抜なファッションに身を包み、1人残らず武装している。

 

「先程は我らの一員が無礼を働いて済まなかった。しかし我々は何も君たちから身ぐるみを剥ぎ、奴隷として使役しようとするつもりでは無いということを……どうか覚えて欲しい。誤解を解き、交渉が済んだ暁には身の安全を保証すると約束しよう!」

 

見た目に反し統率は取れているようで、首長が語る間は誰も無駄に口を挟まず、皆至って真剣な目で首長の方を向いていた。ここまでの少ない発言からでも語気の強弱や緩急の付け方、飴を吊るすような話し方によって、この人物は一種のカリスマ的オーラで集団をまとめているのだろうなと、にわかに想像がつく。

 

「我々の要求はただひとつ! そのトラックに積まれたV8エンジンだ!」

 

「あぁ……やっぱり……」

 

「予想的中、ですね……」

 

私たちは車内にてぼそぼそと、ボリュームを押えた声で口を動かす。変に動くと撃たれるかもしれないし、なるべく従順な聞き手に徹しよう。

 

「そのエンジンは、元を辿れば我が盟友ランバージャックの忘れ形見! この世に一つとない大切な代物だ!」

 

「……本当の事を言ってると思います?」

 

「だとしても、です」

 

理由の真偽がどうあっても、おいそれと簡単にエンジンを渡す訳にはいかない。こちらにとっても、今後を左右する大切な代物なのだから。

せめてちゃんとした手続きを通してから来てほしい。

 

「それさえ我々に返してくれれば、危害は加えん。無用な争いは両者ともに傷つくだけだ。見たまえ、周りを囲む我が仲間を! 君たちが我が領土で歯向かうことは不可能であると、気づくのは容易なはずだ!」

 

無用だって言うのなら、さっさとここから出ていって欲しいのが本音だ。勝手に住み着いて権利を主張だなんて勝手すぎる。

 

「我々は暴力を好まん! 突然の不躾に関しての詫びとそちらへの妥協を込め、ここは話し合いのみでカタをつけようと言うのが、一同の相違である!」

 

宣言に一区切りがつくと、構成員達は体育会系どころではない音量と熱意で叫びを上げる。窓を完全に閉めているのに、凄い迫力だな。圧倒されるぞ。

 

「………どうやって切り抜けましょう? 私のミニガンでも流石に戦車の装甲は簡単に破れませんし、最初の一手を間違ってしまえば、すぐにでも砲弾やその他の攻撃達が飛んできてしまいます……」

 

いわゆる詰み、とはあまり口にしたくない。やる気が下がる。

 

「もし攻撃するとしても、積荷の方は向こうも傷つけたくないはずです。戦車との位置関係を考慮した場合、積荷を盾がわりにする形でアクセル全開のバックを行えば、少なくとも戦車からの砲撃は回避できます。できますが……」

 

「他の方向から来る攻撃は避けきれない、と」

 

「はい……その通りです」

 

数にして、ざっと25台が包囲している状況。いわゆる四面楚歌。ここから逃げ切るには、彼女達からの狙いが全て外れてくれることを祈る他に無く。けど、それが叶いようもない無茶だっていうのは火を見るより明らか。

何か他に良い手は無いものか……私は額に汗を浮かべ、脳みその思考回路をフルで走らせるも、そんな簡単に思いつけば苦労なんてせず、時間だけが無情に過ぎていく。

 

「もう一度問う! 大人しくV8を返し、無傷で我が家に戻るか! それとも……醜く愚かに抗い、血を流し、荒野の風に喰われるか!」

 

「………ノノミ先輩、シートベルトを。なるべくしっかり」

 

目配せをしてギアをRの位置へ持っていくと、一気に血の気が引く感触。

先輩の表情は色濃い不安に塗れ、小さな手でギュッとベルトを握りしめていた。

 

衝突の影響で止まっていたエンジンを再始動すべくキーに手を伸ばすと……プルプルと震えていることに気づく。びゅうびゅう吹きすさぶ風が砂を纏い、駆り立てるようにして窓を強く叩いた。

 

気持ちを落ち着かせようとハンドルをさすり、ハリボテの自信や自己暗示でもって乗り越えようと心に言い聞かせる。

やれる、私ならやれるんだぞ……と。覚悟の為。

 

でもやっぱり、恐怖は隙間や節々から滲んで。

できれば無茶な賭けなんか、本当はしたくない。

 

だからこそ"誰か"と、本音を一度。

 

心に叫ぶ。

 

 

 

「是非、答えを聞かせてもら──────」

 

 

 

すると突如、爆発音が轟いた。

音源は私達では無く、真後ろ。

まさかと思って、私とノノミ先輩は戦車の方へ振り向く。

 

「……え?」

 

酷く気の抜けた、唖然とする声が漏れる。

だってそこには醜くひしゃげ、愚かに黒焦げとなってしまったシャーマン戦車の姿があったのだから。

 

「っ……敵襲! 敵襲だぁあ!!」

 

一瞬の間を開け、首長は叫ぶ。

私たちを含めたその場の全員が動揺を隠せずにいた中、その声はハッキリと聞こえ、遠くにやってしまった意識は一気に引き戻される。

 

(何が起こって……)

 

一斉に動き始めた状況は、暴走族達の阿鼻叫喚と幾重の銃声で彩られ。訳も分からぬままに身を潜めた私たちは、飛び交う銃弾と倒れていく者達の目まぐるしい様相を流し目に見る。

 

敵襲、と首長は言っていた。

実際、この耳に届く発砲のミックスサウンドも盛んな銃撃戦のソレ。

 

しかし第3勢力の姿は全く何処にも確認できず、その存在感は壊滅していく面々の姿でしか伺えない。一見しただけでは、見えない何かと戦っているとしか思えず。その様子はえらく不気味で、不可思議。

 

「退避ィ! 退避しろ!!」

 

必死に仲間達へ呼びかけた首長が1台のバギーへ乗り込む。気絶を免れた者達もそれに続こうと各々のビークルへ戻ろうとするが、依然として止まぬ銃撃はそれを許さぬようで。

次々と、反撃の手を緩めた途端に勢いを増し、より狩られる。

 

「早く乗れ! 置いてっちまうぞ!」

 

「畜生!! なんだってんだコイツぁよ────!?」

 

引っ掻き回された混乱はそのままに、愚痴をこぼす暴走族達に残された選択はもはや首長と同じく撤退か、もしくは被弾による気絶の二択。

どちらにあっても射手はやがて急速に数を減らしていくが、そんな中で次第にひとつ……機関銃一丁の放つ音色だけが継続して進行していた。てっきり構成員の誰かかと最初思いはしたが、よく見れば彼女達はもはや逃げ惑うのに手一杯な状態で、誰も発砲している者は居なかった。しかし音色は未だ一定に響き、銃痕を辺りへ散りばめ続けている。

 

ついには見渡す限りに残存戦力が認められなくなると、ひとつ残った音さえもがようやく消え去り、場に静寂が齎される。

 

────この音の主が彼女達を追い払った。

 

結果を見ればその通りで、私の中には【誰が】や【どうして】という疑念と【もしかしたら】という、ひと握りの期待が現れる。

そこから数十秒経っても、落ち着かぬその気持ちは抱えたまま、現在の状況をいち早く確認せねばと、銃撃の最中で共に伏せていた先輩の肩を叩き、小さく話しかけた。

 

「……生きてます?」

 

「はい……」

 

のっそりと、重たく身体を動かして私たちは起き上がる。張り詰めた緊張は以前保ったまま、両者ともに怪我の有無だとか、車内へ銃弾が貫通していないかなどを調べていくと、どうやら目立った損害は何処にも見つからない。

 

もちろん車内から確認しただけなので、降りて確認しなければエンジンルームやタイヤ等への損害は分からずじまいだが。

 

改めて外を見ると、現場はまさに死屍累々。いや死んではいないのだが、あちこちに倒れ伏す構成員達と取り残された黒焦げのビークル。それにこのゴーストタウンというロケーションが合わさり、世も末といった感じ。

 

もし、この状況を作り出した1人が敵であったならば私たちはとうにやられているだろう。

果たして鬼が出るか、蛇が出るか。

 

願わくば小鳥、狼、猫の内で頼みたい……と切に思っていれば──────唐突に、私の座る窓際へ人が落ちた。

思わず目と気を引かれ、今落下してきたのが暴走族の一員であると気づいたその時、次いで新たな人影がしなやかに降り立った。

 

 

『怪我、してない?』

 

 

旧世代型の携帯端末を掲げ、こちらに問うは見知らぬ人物。M60機関銃を携えている姿からして、音の主である事は容易に察せるが……彼女の掛けているサングラスは冷たく表情を覆い隠し、その心配が真実味のある優しさを持つのかは図れず。味方だと直ぐに断定は出来ない。

 

でも返事を拒否したとして、物事は先に進まない。よって私はコクコクと素早く頷き、無傷である事の意思表示をした。

 

『ここは危ないよ。すぐにでも離れた方がいい』

 

すると返ってきた言葉に、そりゃその通りだと思った。【危険】はそちらもではないかとも思ったが。

けれど、無事と耳にしてどこかホッとしたような表情になり、穏やかに文字を打つその姿には若干の親しみやすさのようなものがブレて見える。

 

「ところであなたは……」

 

そこまで口にした所、ちょいちょいとつつかれる感触を背に受ける。首を動かしてみれば、ノノミ先輩がパッチリとした二重の目をより大きく開いて身を乗り出し、件の人物を見つめ始めた。

段々と眉間にシワをよせ、目を細めていく先輩のその表情は、今まで共にした時間の中でもそうそう目にかかれないタイプのものだ。

 

「もしかして、会長……ですか?」

 

先輩の口にした発言に、私は一瞬ピンと来なかった。委員長と呼べる人物は知っているが、会長とは誰のことだろう、と。

 

「やっぱり、梔子ユメ会長……ですよね」

 

会長、だけでは分からなかった。しかしその名前にはちゃんと聞き覚えがあった。

まさかと目をしばたたかせ、混乱の渦に片足を突っ込みながらも私は、窓越しに映る乱入者の姿をもう一度確認してみる。

ダークブラウンのジーンズと紺のシャツに薄灰色のトレンチコートを組み合わせる彼女の姿自体はありふれた装いで特に注目する箇所はない。しかし、肩まで伸ばす青緑の頭髪とややあどけなさの残る顔つきを相手に、より詳細に見えるようにと窓を開けてみれば──────以前見せられた写真の人物に……会長とも呼べる人物に、彼女はそっくりだと感じた。

 

『知ってるの? 私のこと』

 

驚き2割、嬉しさ8割といった具合な感情の機敏で答えが返ってくる。目元は伺えずとも、口元や身体の動きでそうした事はハッキリと確認でき、話に聞いた通りの人物だとも思った。

 

「ホシノ先輩から話は……でもまさか本当に……」

 

生きていた。口にはしなかったが、ノノミ先輩が続けようとした言葉はきっとそれだろう。

 

最後にメッセージが送信された地点からして、ユメ会長の痕跡が途絶えたポイントは砂漠地帯を超えた先に存在する未踏破地区(サイレントライン)

失踪に気づいたホシノ先輩が現場へ着いた時、残っていたのは愛用品の盾のみだったゆえ、ごく最近までは行方不明……実際には半ば死亡扱いとされていたからだ。

 

『会うのは初めて、だよね』

 

言葉を掲げ、サングラスをずらしつつ見せた彼女の笑顔は、まるっきり写真のソレと一致している。

間違いなく本人だと確信できる材料を私は持ち合わせていないが、だとしても"本人だ"と思わせる位にこの人は、話に聞く通りの印象を宿していた。

 

「あのっ……先ほどはありがとうございます」

 

少しの緊張が混じり、上擦った声が出る。恥ずかしい。

 

『気にしなくていいよ』

 

ユメ会長は変わらない調子で受け止めると、手に持つ機関銃をその辺の壁へ立て掛けた。銃のレシーバー部分に貼られているステッカーからして、多分自前の物ではないと予想できる。大方、あの暴走族の誰かから取り上げたのだろう。

 

『車はまだ動かせる?』

 

そう聞かれ、試しにエンジンを始動させてみると、ぶおんと大きく唸りを上げてドロドロと放つ排気音が広がり始めた。アクセルを何度か踏み込んでも、メーターや車体の震えに異常は確認できず、一応問題無しとしておく。そもそも、衝突したのは後ろの部分だ。あまり気にするほどじゃない。

 

「後は足の方が無事なら……」

 

口にそっと呟いて運転席から降りた私は、タイヤやサスペンションといった箇所に走行不可レベルのダメージがあるかどうかを簡易的に見て回っていく。問題があるとしたらここである。

 

『大丈夫?』

 

「……とりあえず、私のガレージまでならなんとか自走出来そうです」

 

張り出すようにして取り付けていた装甲板が代わりに衝撃を受け止めてくれたのか、足の方はまだ許容範囲のダメージに収まってくれていた。

まったく、運が良いのやら悪いのやら。こめかみをポリポリと掻き、ぼんやりと頭の中でくゆらせていると、ユメ会長が言葉をかけてきた。

 

『ごめんね。すぐに来れなくて』

 

「いえ、こうして今無事で居られてますから、それこそ気にしないでください」

 

この人が来なければどうなっていたことか。

ろくなもんじゃないというのは当然分かる。

 

ところで今さらだが、出会って当初より会話には端末を介する様子からして、どうやらこの人は声を上手く出せない状態なのではと察する。そういった類の説明は特に受けていないが……失踪以後に何かあったのかもしれない。

 

「会長はどうしてここに?』

 

『近くを通っただけだよ。今日は休みの日だったから、ツーリングにでも行こうかなって思って』

 

「休日ですか。今は何を……」

 

私がそこまで言うと、会長は苦笑いの表情を添えて返してくる。

 

『傭兵。無所属だけどね』

 

傭兵? 確かこの人は争い事を好まない性格だったと聞いているけど……色々あったのだろう。時間もそれなりに経っている事だし。

 

『だから、会長なんてつけなくていいの。まだそっちに戻ってないから』

 

「……分かりました」

 

生徒会長の座は空いたまま──────ずっとあの人は待っている。

であれば、あれだけの引きずり具合、もとい執着の度合いから考えて、今日の件は黙っておくのが吉か。いまいち集中できないような日々が続かれては困るし。

後ほどノノミ先輩と口裏を合わせておこう、とそんな考えを巡らせていれば……いつの間にやらそのノノミ先輩自身が助手席より降りて、私たち2人の傍に立っていた。

 

「聞きたいことがあります」

 

複雑そうに、思い詰めたように、硬く強ばった顔でノノミ先輩は言う。

 

『なにかな』

 

それとは正反対にユメ先輩はどこかのほほんとした顔で軽く首を傾げ、瞬きを2、3度繰り返した。

 

「ホシノ先輩のこと……どう思ってますか?」

 

重々しく口が開かれると、酷く冷えた内に熱を感じるような質問が投げ込まれる。そう単純な感情だけでない、ちょっとばかし、ふつふつとした声色で。エメラルドの瞳を揺らしながら。

 

これもまた、そう目にかかることの無い、いわば余裕の無さが顕となっている表情だった。

 

『大事な後輩だよ。胸を張って誇れる、可愛くてかっこよくて、抱きしめたいくらい大好きな後輩。それが私にとってのホシノちゃん』

 

されど尚、恥ずかしげもない様子で明朗快活。考え込んだりなど一秒足りとも行わずドストレートに飛び出したのは、純粋な答え。添える笑顔は眩しく光っていて、どこか度肝を抜かれたような感触が、胸を走った。

嘘なんて言っていないと確信できるなにかが、この人にはあった。

 

『だからありがとう。一緒に居てくれて』

 

私にはとても不思議だった。

何故そこまで想っていながら、向こうもあなたを想っているのに。

 

「……どうして、すぐにでも帰ってこないんですか……?」

 

続けてまくし立てられるその発言内容は、私の疑問や心情を代弁するみたいにリンクしている。あんな話を聞かされた後なのだから、当たり前と言えばそうなのだ。セリカちゃんとシロコ先輩だって、きっと同じことを思っただろう。

 

この質問を投げられたユメ先輩の様子はと言うと、先程までとは違ってやや返答に困っているようで、目をあちらこちらに泳がせたり、こめかみをポリポリと掻いたり、唇に指を当てたりしていた。どうも、"上手い言い訳"を探しているようにしか見えない様子をバレバレに晒しながらも、少し経ってからユメ先輩はキーを叩く。

 

『まだ、やる事があるから。でも終わったら帰るよ。絶対に』

 

一言で言えば、曖昧そのもの。

肝心な所を先輩は明言しなかった。

 

果たしてそれが私たちに話せないような事なのか、傭兵という職に関係がある事なのか、流石にそこまでは立ち振る舞いから判断する事は出来ない。では今この時点で、より深く踏み込み、聞いてみるべきかどうか……ここで躊躇いが生まれてしまう。

 

なにせ、初対面だ。

そんなに図太くやれる程、何年も生きていない。

けど、必要だったのかもしれない。

 

『じゃ、私はもう行くよ。またね』

 

攻めあぐねる気持ちでグズグズと思考を転がしていれば、いつの間に時は来てしまっていたからである。

 

「ぁ…待ってください……!」

 

咄嗟に出た言葉が届いたのか、ユメ先輩は唇を噛んでどこか名残惜しそうな表情を見せる。そこへ迎えに来たかの如く突風が吹けば、砂で一瞬視界が阻まれてしまった。

 

じゃり…と口の中に入り込む感触と間の悪さ、そして何よりも自らの優柔不断さに嫌悪感を覚えながら目元を擦って、ズレたメガネを戻しもう一度目を開けば──────そこにもう、ユメ先輩の姿は無かった。

 

あの人は風と一緒に去っていった。

足跡も、最後の地点で途切れていた。

 

「…………」

 

脳にこびりつくのは、矛盾。

どこか急ぐような言葉の提示と、それに反する去り際の顔。遡って言えば、帰らない事こそ。あと少し、聞くのが早ければ分かったのかなと。新たな後悔すらもへばりつく。

 

「消えちゃいましたね……」

 

「……はい」

 

幽霊に出会ったのではと錯覚してしまうほどに、鮮やかな消失。けれど彼女の残した跡は確かに存在を証明し、私の記憶に強く印象付けている。

 

いつかまた、会える日が来るだろうか。

 

それは誰にも分からない。

でも生きてさえいれば────必ず会える。

先輩は、幻覚や蜃気楼では無いはずだから。

 

凹んだ装甲板を撫でつつ青天を仰ぎ、あの人の置いていった機関銃を一瞥した私は、そう密かに考えるのだった。

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