砂漠にトレンチコートは暑くないのか? 疑問に思うかもしれません。ですが砂漠においてのコート、とりわけ薄手の物は暑さを防ぐ上で大いに役立ちます。直射日光を防げますし、通気性もさほど悪くないですからね。湿気の多い日本でやると死ぬでしょうけど。
……本当の事を言うと、私が着せたかったからです。
カッコイイですから。それと、とある映画のキャラクターを裏モチーフとして活用しているので、その影響だったりもします。
「………………」
何から話せば良いんだろう。そもそも私から話を振るべきなのか? 太陽が直上から燦々と照りつける正午、サンドを口につけずのままの私は、まっすぐ向き合う初対面の後輩相手に悩んでいた。
(なんで……?)
食事用のテーブルは他にもある。だけどこの灰髪の少女は……砂狼シロコという子は私の存在に気づいた瞬間、アピールしてきた。【ここに座って】と、自らの対面に位置する椅子を指差してきたのだ。
一応それは見なかったことにして、なるべく離れた所へと座った。心苦しいが、避ける為である。だというのにこの子は、シロコちゃんは程なくして私の目の前に、向かい合う形で座ってきたのだ。しかも何食わぬ顔で。
正直私は少し戸惑っているのが現状だ。
まさか、私が誰だか気づいてる?
(む〜………)
私にとって、癒しとは食事だけにあらず。
後輩ちゃん達の元気そうにしている姿なんかも当てはまる。今回の場合では、シロコちゃんが美味しそうにキューバサンドを食べている姿を見られるならそれだけで十分。干渉するつもりは無かった。
しかし向こうから来るだなんてのは想定外。まさかそんなにバレやすい特徴かと、少し自分を疑いながらも彼女の手元を見れば、半分程まで食べ進められたキューバサンドと、紙袋に入った細長い揚げ物が目につく。
(あれは……メニューにあったユッカ芋のフライ?)
数秒間それに視線を注いだ後に、ハッとしてシロコちゃんの方に顔を戻してみると、彼女は「食べる?」と声を掛けてきた。ひょいひょいと、摘んだフライを1本揺らしながらである。
(そんなに分かりやすいの? 私の考えてることって……)
正直者すぎる表情筋だ。
まぁそれはともかく、味や食感は気になるな。中々食べる機会も無さそうだから余計にそう。
本人が本当に良いというのなら、是非1口味わわせて欲しい……と返事の言葉を浮かべて私がキーボードに触れた途端、彼女は手で【待った】の意を送ってきた。
「食べたら教えて。すぐに帰ってこない理由」
やはりバレていたのか、私という個人に対しての直球な質問。でもその事は気になって当然だろうと、私自身も前々から強く思っていた。
(…………)
答えるかどうかだけど、多分この子は答えるまで私の事を離しちゃくれないだろう。わざわざ目の前に座ってくるほどだし、どこまで行っても着いてきそうだ。
『気になる?』
「ホシノ先輩は納得してるみたいだけど私は心配。……多分、あなたの事を話の上でしか知らないからだと思う」
(そっか……)
てっきり私は、理由を知らせずにいれば後輩達に変に気負わせないで済むと思っていた。でもノノミちゃんやシロコちゃんから来る質問の事を考えれば、それはそれでまた別の問題が出来てしまっているようだ。
(嘘の理由は……いや、やっぱ無理。嘘はつけない。特に後輩ちゃん達には)
嘘をつくセンスの無さも込みではあるが。
(本当の事、言っちゃった方が楽なのかな……)
果たしてどちらが良いのやら。うやむやのままで済ませている事による罪悪感もあるけど。
テーブルの木目に指を添わせつつ天秤にかけていると、有無を言わさぬとばかりの真っ直ぐな瞳が私を突き刺す。うるうるとした上目遣いとかでは無いものの、大事な後輩の願いとあらばそれはサングラス越しにも良く効いてしまう。
(はぁ……降参だよ)
呆気なく、内心でそう呟いてフライを受け取ると、シロコちゃんの顔には"成功"の2文字が浮かんでいた。
その様子に強かな子だと感じながら、私はフライを口に放り込む。
(ふむふむ……)
サクッとした噛んだ後にくるホクホクさ、芋特有のぽったりとした食感は、ジャガイモよりも強く、満足感は高め。味付けは塩のみのシンプルで勝負しているが、ユッカ芋自体の持つであろう甘さが十分に舌を楽しませてくれる。
なぜそこまでメジャーじゃないのかと不思議に思うくらいに、このフライは美味しかった。
(こっちを選んでも良かったかな)
だからといって、バーベキューサンドを選んだ事が間違いではないだろうけど。
それはともかく、帰らない理由についてだ。
『一言にまとめるとね、甘えちゃうからなの』
「甘える……?」
これだけ言ってもちんぷんかんぷんだろう。現に目の前の後輩は首を傾げ、疑問符を浮かべている様子だ。少し前提を挟まねばなるまい。
『私は今、傭兵の仕事をやってるんだ。お金が沢山もらえるから、学校の借金を返すのに丁度いいと思って。そっちで偶に、高額の報酬金が入った事は無い?』
尋ねると、思った通りシロコちゃんは首を縦に振る。
『実はあれ、私の稼いだお金なんだよ。驚いた?』
単純な梔子ユメ名義のお金を送金するだけでは、用心深いホシノちゃんが手をつけてくれる可能性は低い。では依頼形式ならばどうかと考えてみたわけである。
「ん……怪しかったけど。そういうことなら納得」
なんだか結局、怪しさは消えなかったみたいだが。ちゃんと使ってくれてるから問題なしだ。
『それでね、依頼を終わらせた時とかに私は時々後輩ちゃん達の事とかを思い出すの。そうすると元気になれるから。みんなが学校で楽しく過ごしてる様子を思うと、心地が良いの』
悲しみや苦しみ、痛みや怒り。そういった感情でいっぱいになってしまわないように。腹が膨れる訳では無いけど、心は潤う。
そのおかげで私は、今日まで自分らしく生きてこれたつもりだ。
『マネージャーがね、よく聞かせてくれるんだ。"昨日はこんな事があって大騒ぎだった"とか、"誰々がこんな事をして皆大笑いした"とか、何気ない日のこと。そんな話を聞くのが私は大好き』
私の本心を綴った言葉。それを見るや否や、シロコちゃんは耳をピクピク動かし、肩を若干すくめてしまった。まぁ言っている私としても恥じらいが無いでもないが、これは本当に私が思っている事であり、伝えたい真実。ならばこそ、むしろ堂々とありたい。
みんなを想う気持ちを、信じて欲しいから。
─────そして想っているからこそ、無理な事もあって。
『心地良くて、大好きで。だから私は思うの。きっと学校に戻れば、そんな日々から抜け出せなくなるって。積極的に依頼をこなす事もしなくなるんだろうなって。そういう風に甘えちゃう未来が目に見えるの』
「………それが、"理由"?」
『そうだよ。情けないかもだけど』
夢と同じだ。誰しも1度は思う。夢からずっと、ずうっと覚めなければ良いのにって。夢の中なら永遠に幸せだからって。私も同じだ。
だけど夢はいつか覚めなくちゃいけない。だが自ら夢から覚めることが出来るほど、私は強くないだろう。
故に私は、夢を時折見るだけに抑えている。
ラナから話を聞くだけに収めている。
「……なら、私からひとつ言わせて」
『なに?』
「────その時は、私たちが尻を叩く」
どこかムスッとした表情のシロコちゃんの口から出てきたのは、思いもよらぬ言葉だった。
「受けたくないなら勝手に受ける。行きたくないなら引きずってでも連れていく。だから戻ってきて」
(………!)
凛とした声で発される宣言には、強さがあった。"なにがなんでも"という絶対的な芯を持つ、一切ブレのない言葉が私を貫いた。
そして同時にその頼りがいのある言い分を聞くと、昔に交わしたやり取りが想起される。
【……それで裏切られたら、どうするんですか? 今日みたいに、また危険な目に遭ったら?】
【……その時は、ホシノちゃんが助けてくれるでしょ?】
【…………まぁ、行きますけど】
渋々といった具合に語ってはいたが、結局はいつもどんなピンチにも必ず駆けつけて来てくれた。自分から零すことは無かったけど、きっと当時のホシノちゃんも、"なにがなんでも"と思っていたのだろう。
けれど。
だからこそ戻れないのだ──────
『ありがとう、シロコちゃん。でも私はね、そこまでさせたくないの。そんな事をさせたら私はずっと甘えたままで、弱い自分に負けちゃう気がするから』
「それ……カッコつけてる」
『違うんだよシロコちゃん。私にとってこれはケジメでもあるんだ。昔に沢山迷惑かけちゃった分のね。借金を全部返し終わった時が、丁度いい終わりかな』
「ケジメ……」
『私のドジは、いくつか聞いてる?』
「…………ん」
シロコちゃんは目を伏せながらも、小さな首肯で返す。
「でも、ホシノ先輩はそんなの望んでないと思う。それよりも今すぐに帰ってきて欲しいって……多分そう思ってる」
吹き付ける砂と熱風の合間から届いたその言葉に、たまらず口角が上がるのを感じる。
(そんな風に言われるなんて……私は幸せ者だなぁ……)
恍惚とした心中の呟きと共に、温もりが胸の中からじんわりと広がっていき、揺り動かされそうな気持ちの私は、ここまでかけっぱなしだったサングラスにそっと指を添える。
(でも……ごめん)
静かにそれを外すと、私の瞳には自然な光の織り成す混じり気のない情景と、水色のマフラーを靡かすキュートな後輩ちゃんの姿が、鮮明に飛び込んできた。
眼帯による補助やサングラスによるフィルターを挟まない、本当の視界だ。
すると右目の様子に気づいたのか、彼女の表情が少し強ばってしまった。そんなつもりは、あまり無かったのだが。
私の右目はとうに本来の機能を失い、磨りガラスの如き色合いへと変化している。まばたきや眼球の動きは未だ残ってるけど、不気味な事には変わりないだろう。瞳孔もうっすら確認出来る位だし、いくらオッドアイが然程珍しくない物としても、これでは視線を集めすぎる。
社会へ自然溶け込む上では何かしらの処置が必要……という訳で、またまたラナの私物からサングラスを借りている次第である。
それはさておき、私は自らの視界でちょっぴり縮こまりかけているシロコちゃんへと、ゆっくり1文字1文字を丁寧にキーを叩いて言葉を打った。
『悪いけど、応えるのは無理かな』
本当ならば、そうしたくはない。今打っただけでも、私は胸の中がズキズキするし、頭の中がいくらか罪悪感や悲しさで埋もれてしまう。文字だけだから、もしかしたらぶっきらぼうな言い方のように捉えられてしまってるかもなんて。そんな風に思うと、余計に謝りたくなる。
だけど、続けるべきは謝罪の言葉ではないはずだ。
『私は私の場所で、私にしか出来ないと思う事をやってる。それが自分のやるべき事だと思ったから。独りよがりって思うだろうし、実際にそうだけど』
「………」
『でも私は、自分が独りだなんて思ったことは1度も無いよ。だから信じて欲しいの、私も私の場所で皆と一緒にやってるだけだって』
まっすぐとありのままな目で見据えながら、段々とキーを打つ速さが増していく。シロコちゃんは途中で口を挟むことなく、ただ黙って聞き手に徹してくれていた。
『それでね、私が遠くから見守ってるのと同じように、後輩ちゃん達にも私の事を見守ってて欲しい。絶対に私、頑張って強くなって帰ってくるから!』
そうしてサムズアップと共に打ち立てるは、私だけの宣言。迷惑や心配、色々この先かけてしまうかも。だけど私がどうしても成し遂げたい事で、神さまにだって任せたくない事。
その事を存分に伝えるとシロコちゃんはすぐに何を言うでもなく、じっと私の方を見つめ返してくるだけ。
その瞳の奥で何を思っているのか。考えているのか。様々な想像はつくけれど──────ここ一番とばかりに私は更に精一杯の笑顔でひと押ししてみる。【大丈夫だよ】って。
そうすると彼女は一瞬キョトンした表情を見せた後に……ふっと柔らかく、微笑んでくれた。
「決意は……硬いみたいだね。他に説得の言葉も見つからないし、ホシノ先輩じゃなきゃ連れ戻すのはダメっぽい」
件の物を外した理由。それは大事な後輩ちゃんを、自分の目でしっかりと見たかったからで。仕方ないとばかりに頬杖をついて微笑む彼女の顔を相手に、私も暖かな気持ちが湧いてくる。
『ありがとう、シロコちゃん』
「私はなにも……」
『ううん、今日はシロコちゃんと会えて良かった。こうやって間近で見て、話して、自分の思ってること、ハッキリ言えた。それで今、凄くスッキリした気分なの』
"向こうがどう思ってるか"というのは無意識だとしても互いに気になることで、その事を互いに知って解消出来たこの瞬間、私はなんだか1歩踏み込めたような気がする。
それに加え、プレッシャーへの勇気とか、嵐に立ち向かう覚悟とかよりもっと根源的で、大事な物を。
──────何のために遠く離れて戦うのか。
そうだ。私は強くなる為に離れたのだ。
その【理由】を言葉という形として吐き出し伝える事により、自らの原動力を再確認する事が出来た。伝えられなかった事への罪悪感、戦いの辛さや重さという霧を振り払って、くっきりと。
ならばこそ、これからはこの【理由】をしかと持ち続けなくては。そうする限り恐らく……いや必ず、私は何度でも進み続けられる。
『頑張るよ、私!』
「……応援してる」
サムズアップと共に投げかけられるは、後輩からのエール。その事が私に、どれだけ傷つこうとも尽きぬ気力を授けてくれる。
そうとも。
私は強くなる! 成長してみせる! 借金なんてとっとと全部返して、後輩達の元に帰る! そしたらきっと、普通に勉強して普通に遊んで、毎月の返済料なんて気にもしない、普通な毎日が手に入る!
私の為にも、今居る後輩の為にも。
やがて来るかもしれない後の後輩や、消え去る運命だった文化や施設、自治区という存在に至るまで。
強くなった先で私は絶対に─────普通という自由を掴んでみせる。
その想いを胸にした所でようやく、未だ熱の残るキューバサンドへと興味が戻り……冷めぬ内に早く食べねばと、勢い良くかぶりつくのだった。
あと1話でようやく原作パートに入れそうです。長ぇ!