「どれも入札ナシ……。だめか」
お昼時のトリニティ──────の隅っこ。
青々とした葉を茂らせるプラタナスが等間隔に立ち、涼しげな雰囲気のアーチを作る静かな並木道にて。適当な木製ベンチに腰を下ろした私は膝の上に弁当を広げ、片手に持つスマホでオークションサイトをチェックしていた。
出品物は、どれも先祖の遺品である。私の先祖は有名な探検家で、新たな土地や交易路の開拓によって、トリニティの発展に大きく貢献した人物だ。学園の歴史を語る上では欠かせない存在であり、この間のプレゼン授業で取り上げもした。あの時も一応出品物の宣伝を挟んでおいたが……これを見る感じだと効果はあまり無かったか。ウケは良かったのに。
ちなみに出品のラインナップは、実際に使われていたであろう象限儀や六分儀、コンパスといった品々。他には、未知のマークが記された用途不明のオブジェクトやガラクタ、謎の音声が流れるカセットテープも出してる。カセットは絶対当時品ではないだろうけど。倉庫に転がってたから、ついでで出してるだけだ。
(やっぱ罰当たりだし……うん。普通に考えるならそう。でもなぁ……お金欲しいし……)
ため息をつきながらスマホを伏せ、私は空を仰いだ。今すぐにでも、頭の上に現金が詰まったジュラルミンケースでも落ちてこないだろうか。高く渦を巻く積乱雲にそんな馬鹿げた願いを投げかけていると──────おでこに、コツンとちょっぴり痛い衝撃が走った。
「……なに?」
さすりながら眉をひそめ、足元へ視線を落とす。そこには、チョコボール程の大きさの鉛玉が転がっていた。ペレット*1だろうか?
いったいどこから飛んできたのかと顔を上げれば、少し離れた所で手作りのパチンコを仕舞いながらくすくすと笑う、嫌でも見知った顔がこちらへと歩み寄ってきていた。
「ああ……もう……」
「随分といい格好じゃない?」
艶やかな栗色を縦ロールへ丁寧に巻き、シミやシワの見当たらぬ制服を着る彼女は、ほっそい銀縁フレームの眼鏡越しに、あからさまな侮蔑の目を向けてくる。
(言ってくれる……この前の君の方がよっぽどだよ。額縁に入れて飾りたい位だ)
私はやや目線を逸らしつつ、内心で皮肉を返した。
十中八九絡まれると思ったから、ここを選んだのに。
「あら。流石はかの探検家の血筋なだけあるわね。近くで見るとよく分かるわ。ここ以外なら何処へでも溶け込めそう……」
軽くウェーブ混じりでパサついた私の黒髪と、手入れの行き届かぬ制服を目で指しながら、お構いなしとばかりに彼女は言う。
「その身なりも、態度もね」
イラついてるな。いっつも性格悪いが、今日は特に酷い。間違いなくアレが原因だな。ここ暫くは大人しかったが、まさか懲りてないとは。
「………一応聞きたいんだけど、何の用?」
「ランチよ。一緒にどう?」
はい終わった──────次の標的は私か、まったく! この暇人!
「へぇ……ありがたいね、それは。でも生憎、私は小鳥と食べる方が好きなんだ。君もいるはずでしょ? ランチ仲間。いつも周りにいるし。彼女たちと食べなよ」
少々上擦った声で。肩を竦めながら精一杯言ってみると、彼女はニヤつく笑みで返してきた。
「心配要らないわ! あなたが緊張しちゃうだろうと思って、特別に今日は2人だけよ」
嘘つき。どうせ"あの子"にボコボコにされたからだ。皆怖がって、今目の前に居るコイツのように動けないのだ。
──────まぁ、私も同類だが。だからなのか。こうなってしまっているのは。
「ささ。食べましょう? ……うん? なんだか具材が足りなそうね。特に……タンパク質が。丁度いいわ。あなたの為に用意していたのがあるの」
そう言って彼女は、手首に提げたトートバッグから小箱を取り出し、自嘲気味に俯く私の弁当の真上で蓋を開けた。
(──────ゔッ!?)
肝心の中身は、虫だった。それも、専門の店か何かでわざわざ金を払って買ってきたのだろう。小さな箱の容量満タンに、活きのいいワーム達がぞろぞろと蠢いていた。
「私、あなたと仲良くしてみようと思って、折角だからサバイバルの本を読んでみたのよ。そしたらビックリ! こんなの食べるのね!」
わざとらしさ全開のその発言は、あまり頭に入ってこなかった。この"差し入れ"のビジュアルに圧倒されたのもあるが、一番は何よりも彼女の事だった。罰だといえば、それまでだが。
そうすべきだと分かっていたのに、その選択を拒否し続けたのだ。
先祖の遺品を売るよりも、よっぽどである。
「遠慮しないで? 見ての通り沢山詰めたから」
これからもこんな仕打ちを……いや、多少前よりは雑だが。でも気味の悪いのに変わりはなく。今日以降毎日待ち構えているかもと思うと、確かにこの場が嫌になる。
人は環境によって変わると言うが、多分真実だ。それと、百聞は一見にしかずという言葉も。
「あっ……落としちゃった。けれど良いわよね?」
どう見ても。100人中101人が"イエス"と答えるレベルな手つきで、彼女は私の弁当にワーム達を散らした。
冷えた白米や、申し訳程度の野菜達、味付けの濃い肉や揚げ物の上で、彼らはご飯を求めて身をよがらせている。
悲しいかな、そこに食べられるものは無いし。
私も今しがた無くした所だ。
「…………」
【食べろ】と命じる冷たい視線を浴びながら、どう対応してやったものかと手持ちの箸を見つめて思案していると。ふと、もう一人、コツコツとこちらへ近づいてくる足音が聞こえた。
「ん……?」
視線を向けると、そこには見覚えのある人物が立っていた。たしか、病気療養か何かから最近復帰したとかで、学力補充のために色んなクラスの授業を転々としているという生徒だ。
プレゼンの時にも見かけたな、そういえば。
名前は……そうだ。セラとか言ってたっけ。
トリニティのセーラー服の上にすっぽりと黒いローブを羽織り、目元を隠すように仮面をつけているという、嫌でも記憶に残る風貌は、前見た時から変わらずのままだった。
彼女は無言のまま真っ直ぐにこちらへ近づいてくると、私たちのすぐ傍でピタリと足を止める。
「……な、なによ。あなた……」
問いかけには一切応じることなく、ゆっくりと首を動かし、私たちの顔や、無惨な弁当の間を行ったり来たりし始めた。果たしてこの状況を見て何を考えているのか。仮面とその無表情も相まって、嫌な不気味さと張り詰めた緊張が場を支配した。
やがてその顔の向きが、虫の蠢く弁当の方へと固定された。すると無言の圧力に耐えきれなくなったのか、件のドリル頭はバツが悪そうに顔を歪めると、彼女の耳元に何かを囁き、そそくさと足早に去っていった。
『大丈夫?』
突き出された画面の文字に、ハッと我に返る。
少し顔を上げると、打って変わって、分かりやすく心配そうに私を見つめる顔があった。
「え? ……あ、ああ、うん。平気平気」
答えてやると、彼女は胸を撫で下ろした後、隣に座ってもいいかとジェスチャーで聞いてくる。別に断る理由も無いので首を縦に振ると、彼女は座面の落ち葉を手でそっと払い、腰を下ろす。こうして近くで見ると、身長高いな、この人。
「……さっき、何か言われた?」
『"口外しないで"って』
「…………」
やっぱり。そうだと思った。トリニティの治安維持システム自体は世間的にきちんと機能している方だ。"証拠"さえあれば、しっかりと取り合ってくれるし、相応の処分も下してくれる。 故に、大体は直接的な暴力や暴言よりも、こんな陰湿な手に走るわけで。もっと酷いのは、犯人が誰か分からない場合。それを思うと、アイツは親切だな。
『ここに来るまで思ってました。"お嬢様達の学校なんだしああいうのは無いんだろうな"って。でも、違うみたいですね』
画面にそう打ち込む顔には、少し残念そうな色が浮かんでいた。まさか、仮面越しでも意外と分かるものなのか。にしては、先程までのが少々アレだが。怒ってくれていたのだろうか。
『私、熾火セラです。覚えてますか?』
「ええ。伊藤マサミ。どうも」
右手を差し出すと、彼女はローブの袖から手を出し、気さくな顔で握り返してくれた。
その手は私のものより少し大きく、見た目よりも硬かった為に、風貌も相まって取っ付きにくさを感じずにいられなかったが、それとは裏腹に親しみやすさ溢れる、柔らかな握り方だった。
『多分さっき言われた事。守れないと思います』
「そりゃまた随分」
『世の中、意外と見る人は見てますよ』
ひとつ強い風が吹き抜け、どこからか、カァと鳥の鳴き声が響くと──────セラは再びケータイの上で指を走らせ、画面を私の前へ突き出した。
『ユーザーネーム"Playgirl217"で合ってますよね? 出品番号21153。あのカセットについて聞きたい事があります』
──────
「どうぞ上がって。ちょっと散らかってるかもだけど気にしないでね」
アンティーク調の家具にアイボリーの壁紙。腰壁にはセピア色の木材が使われた、いつも通りの見慣れた自室。 急な来客とあって少しばかり時間をもらい、散らかっていたお菓子の袋や脱ぎっぱなしの服なんかをある程度片付けてから、私は軋むドアを開け、中へと促した。 すると、待っていてくれた彼女は小さくお辞儀をして、おずおずといった具合に足を踏み入れてくる。
午後の授業を終えた放課後。セラからのカセットを直接見たいという要望によって、私は彼女を自宅に招いていた。なんでも、期待通りの物ならば買ってくれると言うのだ。ありがたい。
ちなみにあの後のランチタイムは、弁当を分けてもらって凌いだ。その分の借りを返す為としても、言う通りにするしかあるまい。
「そこ座って良いよ。えっと……お茶いる?」
ベッドを指しながら尋ねると、セラは首を小さく横に振りながら腰掛けた。
『いえ、遠慮しておきます。急に押しかけてしまった訳ですから』
「そう? じゃ……少し待ってて。今見つけるから」
私は部屋の隅に積まれた段ボール箱のうちの一つを引っ張り出し、蓋を開ける。そこに緩衝材と共に詰め込まれているのは、小型から中型サイズの出品物達である。一応言っておくと、壊れにくそうな物をセレクトし、念のためそれぞれを小箱に分けて入れてある。この中のどこかに、あのカセットがあるはずだ。私は小箱に貼り付けたメモを一つ一つ見ながら、手早く探していく。
ところで、ここへ来る道中で聞いた話によると、厳密にはカセットを欲しがっているのはセラ自身ではく、どうやら彼女の知り合いが探しているらしい。その人物がとある機械のパーツを探していたところ、私の出品したガラクタの中に該当する物を見つけ、ついでに他の品も閲覧した際に、あのカセットの存在を知ったのだという。それならば多分、ガラクタの方も買ってくれるだろう。ホクホクだ。
(……おかしいな。ここに入れたと思ったのに)
全部取り出して確認してみたものの、目的の物は見当たらず。どうやら別の場所に紛れ込ませてしまったようだ。私は段ボールから手を離し、室内を見渡す。
「ごめん、こっちには無さそう。すぐ見つけるから。…………ああ待って! 大丈夫だよ、私1人で探すから! だからその……そこの箱は触らないで。プライベートだから……」
気を取り直して、次に視線を向けたのはマホガニーの棚だった。ステンドグラス風の意匠が施された土産物や古本、オルゴールなど、節操なく並べられた雑貨の中へ目を走らせる。やがて目星を付けたのは、最近よく聴くバンドのCD達を山積みに入れた木箱だ。
もしかしたらと思い、私は棚に歩み寄ってソレを手に取ると、中をかき分けるようにして、手近なプラケースを一つ、また一つと脇へ退けていく。そうして奥に押し込まれていた物まで掻き出したところで、ようやくお目当ての黒いカセットテープを見つけた。
「あった、これこれ」
引っ張って手に取ると、念の為に汚れや破損がないかチェック。
いつ見ても、ただ時代遅れなカセットテープなのだが、気になる箇所があるとすればメーカーが不明な点だ。それらしき文字列は記されてこそいるが、検索してもヒットしないのだ。
「……ところでさ、気になってたんだけど。君の知り合いは、なんでこんなのを欲しがってるの?」
当然に湧く疑問を口にしながら、私はチェックを終えたカセットを手渡す。
出品者としては特に問題箇所は無し。後は彼女が直に見ての判断だが──────受け取ったカセットをじっくりと観察していたセラは、やがて視線を外し、手元の端末に素早く指を走らせる。
その画面には、簡潔な一文だけが記されていた。
『それは、本人に直接聞いた方が早いかもしれません』
「本人って……その知り合いの人を、今度紹介してくれるってこと? たかがカセットだよ?」
私が首を傾げた、その直後。突如として、聞き馴染みのある機械音がした。
音源の方へ振り返ると、そこにあるのはスリープ状態にしていた筈の私のパソコン。勿論部屋に入ってから一度も触ってなどいないのに……いつの間にやら電源が入り、冷却ファンが低く唸りを上げながら回り始めていた。
真っ暗だったモニターが白く光り、いつも通りの起動画面が映し出される。 ここまでなら……まだ故障とか誤作動で片付く範疇だった。
しかし、だ。今度は目の前で、画面上のパスワード入力欄へ次々と文字が打ち込まれていくではないか。 誰も、キーボードに指一本触れていないというのに──────。
「え、なにこれ……。ちょっと、嘘嘘嘘」
文字列の入力を終えると、パソコンはエラーを一切吐かずにトップ画面へと移行した。
一発で、パスワードを当てられたのだ。
このような現象、どう考えてもありえない。よもや何かしらのウイルスにでも感染したのかと、と私が慌てて歩み寄ろうとし──────次はそれを遮るかのように、上着のポケットの中でスマートフォンがけたたましく震え始めた。
強張る指先で恐る恐る取り出してみると、液晶に表示されているのは友人からの連絡ではなく、【非通知設定】の文字。
胸の奥が休息に冷え上がり、一気に鳥肌が立った。
たまらずセラの方に視線を向けたが、彼女は微動だにせず。まるでこの事態を予期していたかのように、ただ静かにこちらを見つめ返している。私の中で、恐怖と困惑が一気に膨れ上がっていった。
手のひらで暴れるように震え続けるスマートフォンは、まるで【さっさと出ろ】と私を急き立てているかのようで。 応答するべきか否か。手元を見つめたままで決めあぐねていると……またもや通話アイコンが勝手にスライドし、通話状態へと切り替わってしまった。
震えの隠せぬ手で、スマートフォンをゆっくりと耳元へ持ち上げる。頬に触れた液晶は、思わず身を引きたくなるほどひやりとしていたが、もう逃れる事はできないと悟り、私はなるべく耳を澄ませ、相手の声を拾う。
『伊藤マサミとか言ったか……そのカセットについて、話がある』
こりゃ……面倒な事になったな。