そして時は経ち、2年の歳月が経った。
2歳になった俺は、拙いながらも漸く言葉を話せるようになり、他者との意思疎通ができるようになった。
目の前には一人の大人―――教官と呼ぶようにと言われた―――がいる。
教官の真正面に座るように指示をされ、俺は素直に目の前の椅子に座る。
すると教官は両の掌を俺に向けて差し出す。
「……?」
教官の行動の意図が分からず、頭の中に疑問符が浮かぶ。
だが程なくして教官は右手に小さなグミを1つ乗せた。その右手に乗ったグミを見せつけるように俺の視界に入れたまま、教官は口を開く。
「グミがどこにあるか当ててみろ。そしたら食べていい」
そして左右の手を握りしめ、グミを視界から隠す。
グミはどちらにある? と質問する教官。
俺は間髪入れず、右の手を選択する。教官が右手を開くと当然グミはそこにある。
教官は無表情で、グミを俺に差し出す。
差し出されたグミを俺は咀嚼すると、甘味が口の中に広がる。
「――――」
そして同時に初めて口にした筈なのに懐かしい味だと感じた。
こういった現象は歳月を重ね成長していく度に感じる機会も多くなる。
当初は疑問に思う事もあったが、どれだけ疑問に思っても答えの出ない問題であるため、今ではそういうものなんだと、この感覚に折り合いをつけている。
「では次だ。3回外すまで、チャンスをやろう」
そう呟いた教官は今度は左手にグミを持ち変えて、手を差し出す。
俺は迷いなく左手を指す。
当然、グミはそこにあるため、2つ目のグミをゲットする。
そこで周囲に視線を向けてみると、そこでは俺と同じ子供たちが教官と1対1の状況になり、同じ質疑応答を繰り広げていた。全員どうやら無事に正解したらしくグミをゲットできたらしい。
「次だ」
そんな言葉と同時に、再び左手にグミを握りしめる教官を眺めながら、俺はグミの握られた手を選択し、グミを手に入れた。
そんな単純作業を4回ほど繰り返した時、突如教官が両手を後ろで組んでから手を差し出してきた。
俺の視界の外側でグミを握りしめたため、どちらに入っているのかは断定できない。ヒントはないかと握られている手を見てみるが、どちらに入っているかは全く見当もつかない。
俺は取り敢えず勘で右手を選択する。すると右手の中にグミが存在した。どうやら2分の1の確率に勝利したらしい。
「次だ」
教官が再び両手を後ろで組み差し出してくる。
どちらにグミが入っているのかはやはり分からない。先ほどは勘でいけたが、それが何度も続くとは思えない。
さて、どうしようかと俺は思考を巡らせていると、ふと誰かに見られているような感じがしたので、視線をそちらに向けると一人の男の子と目が合う。
感情が読めない無表情な茶髪の少年。
俺と同じ4期生の一人。名前は確か『きよたか』だったか。過去の記憶を辿り、教官にそう呼ばれていた光景を思い出しながら彼と視線を合わせていると、『きよたか』はすぐさま視線を切り、周囲の子供たちへと視線を向け直す。
……なんだ?
俺はそんな彼の行動に疑問が浮かび、彼に倣って周囲へと視線を向けてみる。
そこには、俺と同じようにグミを差し出す教官たちと子供たちがいるだけ。
特に変わった事は何1つ―――、いや、待て。
そこで俺はある事に気付く。
子供たちは右手や左手など、それぞれ別々の選択をしているが、手を開く教官たちは決まって
つまり、教官たちは決まった手順でグミを左右どちらかに握っている可能性が高いという事だ。
俺は右手を選択してみる。
すると教官は少しの間を空けながら右手を開くと、そこには確かにグミが存在した。
なるほどな。
俺は差し出されたグミを咀嚼しながら先ほどの彼、『きよたか』に視線を向けると、彼もどうやら正解していたらしくグミを口に入れていた。
『きよたか』のおかげで俺も法則に気付けた。内心で軽く感謝をしながら、教官へと視線を向け直すと、教官は再び後ろでグミを握り込む。
俺は先ほどと同じように周囲へと視線を向けて観察するが、子供たちが指をさし終えても教官たちは手を開く様子がない。
「どうした? 早く選べ」
教官の催促の声が聞こえる。
俺は『きよたか』へと視線を向けると、どうやら彼も俺と同じ状況に陥っているようだ。
つまり、全員が選択しないと手を開いてはくれないようだ。これではどちらにグミがあるか分からない。完全なノーヒントとなってしまったが、俺は右手を選択してみる。
俺が選択すると『きよたか』も同じ右を選択していたのを横目で確認する。
全員が選択をし終えたという事もあり、改めて握られていた手が開かれる。
だが、右手にも左手にもグミは存在しなかった。
この段階で多くの子供たちが3回外してしまったようで、参加権がなくなった子供の前に座っていた教官たちが立ち上がる。
残ったのは俺と『きよたか』とあと数人。
「次だ」
教官の表情も声音も変わらない。
相変わらず両手を後ろに持っていき、両手を俺の目の前に差し出す。
先ほどは右手にも左手にもグミが無かった事を考えるに、確率は3分の1にまで広がった。全員が選択しないと手を開いてくれない事を考えると周囲の観察も最早無意味だろう。
俺にはまだあとチャンスは2回ある事を考えると、ここは少しでも情報を集める必要がある。俺は思考は止めず、左手を選択した。
俺は選択したが、手はまだ開かれない。
という事はまだ誰か選択していないという事だ。俺は『きよたか』の方へと視線を向けると、『きよたか』は左右どちらでもなく教官の後ろを指さした。
「何故、後ろを指さす?」
「グミ、て、ない」
まだ言語を完璧にコントロールできていないためか、『きよたか』は拙いながら口を開いた。
『きよたか』が選択したためか、残った教官たちが一斉に手を開く。
グミは右手に存在した。
俺も『きよたか』もハズレだったようだ。
「次だ」
教官はそう言って、同じ手順で握られた両手を差し出す。
俺ももうこれがラストチャンスだ。とはいえこれまで計11回やった中で
あとはその仮説が正しいかどうかだ。
俺は左右どちらでもない後ろを選択する。すると、そこから暫くして手が開かれる。
結果は左右どちらの手にもグミはなかった。当たったが、これで本当に正しいかはまだ微妙だ。
俺はグミを口に入れながら周囲を見ると、どうやら『きよたか』も残りの一人もハズレたようだ。最後に残ったのは俺だけとなった。
「次だ」
どうやら最後の一人になっても続くらしい。この様子だと俺がミスするまで続くようだが、はてさて、どうなるか。
左右の手を差し出し、俺に選択を突き付けてくる教官の右手を指さす。
「みぎ」
「……正解だ」
結果は右手にグミがあった。そんなグミ当てゲームをあと3回繰り返すが、俺は一度もハズレを引く事なく正解し続ける。
「……何故、正解が分かる?」
そこで教官が僅かに動揺したような震えた声音でそう尋ねてきた。
気付けば周囲の教官たちも俺の事を注視している。
「じゅんばんになってる」
「なに―――?」
「さいしょは『みぎ』『ひだり』『ひだり』『みぎ』、つぎも『みぎ』『ひだり』『ひだり』『みぎ』で、そのあとは『みぎ』『うしろ』『みぎ』『うしろ』だったから、4かいで1かいはおなじじゅんばん。それが2かいずつある」
「―――――」
教官の息を呑む音が聞こえた。周囲の教官たちもざわついている。
「馬鹿な、あり得ない。法則性に気付いたというのか」
「清隆も変わってはいたが、この子はその比じゃないぞ」
「明らかにこの子供だけ、発想や着眼点が違いすぎる」
俺はそんな周囲の大人たちを一瞥し、目の前の教官へと視線を向ける。
「つぎは?」
「い、いやもういい。終了だ」
教官がたじろぎながらそう口にすると、終了のブザーが鳴る。
大人たちはそこで顔を見合わせ、俺たちに待機を命じるとその場を後にする。
残された子供たちは特に騒ぐ事もなく、命令通りその場で去っていく大人たちを静かに見送る。
「…………」
そんな中ただ一人、『きよたか』だけが去っていく大人たちではなく、俺の方に何かを観察するような、そんな視線を向け続けていた。
◆
ホワイトルーム中に存在する無数の監視カメラ。
子供たちの状況をリアルタイムで一挙に監視・観察ができるモニター室。
4期生の子供たちの状況を確認していたそこでもちょっとしたざわつきが起きていた。
「す、すごいですね。とても2歳児とは思えないシンキング能力です。さすがは鈴懸さんのご子息といったところでしょうか」
研究者の一人、
田淵だけでなく、その他の研究者たちも皆似たり寄ったりな反応を示した。
ここホワイトルームではこれまで第1期から第3期までが稼働しており、鈴懸が発案した教育カリキュラムに沿って育成を進めている。
当然、一番難度の低い
常に思考を絶やさず、習った事を忘れず反復し、精神を成熟させる。
カリキュラムを受けた子供たちが、必ず通る道だ。
だが、それは既にカリキュラムを受けている子供たちに言える話である。
まだカリキュラムも受けていない眞哉が、すでにカリキュラムを受けている各期生たちと同等の思考力を持っているという事実に研究者たちは戸惑いつつも興奮を隠しきれないようにざわつく。
そんな研究者たちを視界の端に捉えながらも、綾小路
そしてすぐに視線を画面の眞哉から外し、その鋭い双眸は鈴懸へ向けられた。当の本人はそんな篤臣の視線に気付いていないのか、そちらに視線を向ける事もなかった。
鈴懸の視線は画面の先にいる眞哉へと固定されている。
その表情には、他の研究者たちと同じ驚愕、戸惑い、そして興奮のようなものが見受けられた。
(……あの様子だと俺の居ぬ間に特殊な教育を施した、という訳でもなさそうだな。あらかじめ釘をさしておいた事が功を奏したか……だが、そうなるとアレは先天的なものという事になるな。生まれながらに高い能力を有する者。……ふん、ギフテッドというやつか)
ギフテッド。
生まれつき優れた才能を持つ天才児。
並外れた集中力を持ち、大人顔負けの理解力を有し、知識や経験を活かして新しい考えや作品を生み出す創造性に長けている特徴が上げられる。
まさに『神様からの贈り物』という意味で付けられた総称。
(このホワイトルームの在り方とは相容れない存在だな。才能のある者に教育を施せば、天才へと至るのは当たり前だ。だがそれでは意味がない。ホワイトルームの価値は天才をさらなる才ある者へ育てるのではなく、どんな劣悪な者であろうと優秀な人材に育て上げるという事に焦点を置いている)
本来であれば眞哉の存在はホワイトルームには不要だ。
研究者たちが天才をさらなる次元に育て上げようと画策し、本来の目的からズレる恐れもある。
そうならないためにも、早々に脱落させるのが手っ取り早い。
だが、
(サンプルは多いに越した事はない。才能があるといったところで最後まで付いてこれる保証もない。従来のカリキュラム内容ならともかく、4期生たちに強いるのは
βカリキュラムとは、教育育成主任の鈴懸
10段階ある難度の中での最高峰。
実際にカリキュラム内容を作り出した鈴懸本人すら、「βに関してはあくまで到達する事のない異次元の教育内容」と語っている。
「!」
そこまで思考していた篤臣だったが、突如スマホが振動した事により、現実へと引き戻される。
スマホ画面を確認した篤臣は、近くにいる研究者に「少し抜ける」と言い残し、モニター室から退室する。
そしてすぐさま通話ボタンを押した。
「はい、綾小路です」
『やぁ綾小路先生。久しぶりだねー』
「ええ、お久しぶりですね。天沢社長」
通話相手はホワイトルームの資金提供者の一人。大企業の社長だ。
篤臣としても丁重に扱わないといけない人物からの連絡に表情を引き締める。
『いやぁちょっと至急、先生の耳に入れておきたい件があってさぁ』
「どのようなご用件でしょう?」
『うん、実はね。ちょっとうちの娘をそっちで預かってくれないかなぁ?』
ホワイトルームには様々な子供たちが預けられる。
その中には政財界の大物たちの子供や、表向き大っぴらに話す事のできない訳ありの子供も含まれる。
彼らにとってはホワイトルームという存在は都合の良い託児所でしかない。
天沢もまた、そんな考えを持つ人間の一人だ。
だがそういった存在こそ、篤臣にとっては都合の良いありがたい存在でもある。
「預かる事自体は構いませんが、よろしいのですね? ここのルールは以前ご説明した通りですが」
『ああ、いいよいいよ。綾小路先生の好きにしちゃっていいから。何なら最悪死んでも構わない。試験管で作った赤ん坊だから、実の子って実感もないし』
「承知しました。では預かる方向で話を進めさせていただきます。それでは次の確認事項ではあるのですが―――」
『分かってるよ。融資の話でしょ。5000万出すよ。これで引き取って貰えるかな?』
「ありがとうございます。ではご息女を5期生の生徒として登録させていただきます。手続きなどはこちらで滞りなく対応いたしますのでご安心ください」
『うん、ありがとうね。いやぁやっぱ先生に相談して良かったよ。憂いの種が一つ消えてこっちも肩の荷が漸く下りた気分だ。それじゃあ悪いけどそういう事でよろしく。じゃあねー』
言うだけ言って満足したのか天沢からの通話が切れる。
篤臣はこれから送られてくる子供に少しながら同情する。
何百億という資産を持つが故か、まっとうな人間性は持ち合わせていないらしい。金は人を変えるとはいうが、天沢はまさにその典型的だな、と篤臣は感じた。
だが、こういう人間がいるからこそ、安全なルートで子供が手に入るのだ。
その事に感謝を抱く。
「風向きが変わってきたな」
溢れる野心を抱きながら、男は静かに笑うのだった。