自分でも見直しはしているのですが、やっぱり自分の文だと校正は甘くなりますね…
そんな訳で第3話です。どうぞ。
時はさらに経ち、4歳になった。
当初俺たち4期生は総勢75名もの人数がいたのだが、今では数を減らし、62名になっている。
数が減った理由は、
脱落した原因はさまざま。
3歳の1年間の教育で読み書きができなかった者、数字や漢字、アルファベットが理解できなかった者、その他にも色々なカリキュラムが実施され、合格点に達せられなかった者などが、脱落していった。
脱落した者がどうなるかなど、考えた事もない。
ただ脱落の烙印を押され、泣き喚きながら大人たちに連れていかれる子供たちを見ると、たまにだが言い知れぬ感情が俺の中に
それは脱落したのが自分ではない事への安堵か。
はたまた脱落した者への同情か。
その感情の答えはまだよく分かっていない。
「席について、右から順に名前を名乗れ」
俺がそのような事を考えている間に、どうやら今日の担当教官が到着したらしい。
教官の指示通り、右手側から一人ずつ名前を名乗る。
俺も例にもれず順番が来たため、『眞哉』と名を伝達する。
62名分の名前を聞き終えた教官は、手に持っていた紙束を配る。
「よし。ではこれより学力テストを始める」
全員に行き渡ったところで、教官がそのような言葉を発する。
その言葉に全員姿勢を正してテスト用紙に向き合う。
俺も目の前のテスト用紙に視線を落とし、ペンを握る手に力を込める。
問題文の内容を正しく読み取り、回答を導き出していく。
出題された問題はまだ簡単な方だ。
これまでのカリキュラムで教わった事を憶えていれば、解くのはそう難しくはない。基本問題は勿論、応用問題でも躓く事はないだろう。
そうなると、今は問題の正答性に力を入れるよりも、字の達筆さを気にするべきか。
ここでは限られた時間内で一定の成績を残さなければペナルティを受けるが、それ以外にも書き写す字の達筆さと速筆さも求められる。
焦って字が乱れてしまえば、その分減点されてしまうため注意が必要だ。
俺は全ての解答を埋め、軽く見直しをして凡ミスをしていない事を確認すると、終わった合図を教官に送るために右手を挙手する。
それとほぼ同時に清隆の右手も上がった。
どうやら彼も問題を解き終わったらしい。
4歳になってから7回目の筆記試験だが、俺はこれまで全て1位通過している。
得点は全て満点。当初は2位との差がかなり空いていたが、最近ではその差も完全に無くなった。
何故なら清隆もいつしか俺と同じように満点しか取らないようになったからだ。
それから暫く経って、3人目が終了の挙手を上げた。
そこから徐々に筆記試験を終わらせた者が増えていき、今回は誰一人脱落する事なく試験は終わった。
「ではこれより柔道を行う。全員着替えて担当教官の指示に従い、別室に移動するように」
◇
4歳になってから途端にカリキュラムの内容が増えたと思う。
これからやる格闘技もその一つ。
既に柔道を教わり4ヶ月が経つ。
基礎を叩き込まれ、実戦形式の乱取りを行う段階にまで進んでいた。
「はあっ!!」
視界が揺れ、一瞬で天と地が逆転する。
あまりにも一瞬過ぎる出来事だったという事もあり、受け身も取れず、背中から叩きつけられてしまった。
教官との対決ではいつもこれだ。
どれだけ真剣に集中していようと、結果は変わらない。
身長差や体重差に加え、経験も圧倒的に教官の方が上。
そのため、俺以外の子供たちも全員苦汁を嘗めさせられている。
「立て!」
容赦なく叩きつけられた事もあり、呼吸もままならない状態だ。
だが、ここでいつまでも寝てはいられない。
命令通りにすぐ立ち上がらなければ、さらなる痛みが襲ってくるからだ。
それを身をもって知っているからこそ、フラフラとしながらも俺は立ち上がる。
「もう……た、立てませんっ……!」
すると、俺の近くで嗚咽を鳴らした少女の声が聞こえた。
聞き覚えのある声に一瞬だけ視線を向けると、教官の足に弱々しくしがみついている少女がいた。確か名前は『みくる』だったか。
「それでも立て!」
みくるを担当している教官は、足に弱々しくしがみ付いてくる彼女を強引に引き剥がして捲し立てる。
だが、みくるはもう限界のようで、教官の強制の声にも反応しない。
「おい! さっさと立て! これは命令だ!」
自分の命令に反応しないみくるに苛立った教官はみくるを蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた彼女は、ぐるぐると回転して嘔吐物を撒き散らした。
「俺は子供でも容赦はしない! そんな事はもう分かってる筈だ! お前らみたいなのが何人消えたって誰も泣いちゃくれねぇんだよ! 代わりならいくらでもいるんだからな! だから自力で立って立ち向かって来い! 他の奴とは違うとここで証明してみせろ!」
みくるは教官の声に起き上がろうと気概は見せるが、先ほど教官に蹴られた一撃が致命傷だったのか、そのまま気を失ってしまう。
「チッ、根性無しが! さっさと連れ出せ、邪魔だ!」
そんな一連の光景を横で見ていると、俺の担当教官は当然叱責を飛ばす。
「どうやらお前には他人の心配をするほど余裕があると見える。ならばこちらも今度は手加減はなしで行くぞ! これからよそ見をする暇はないと思え!」
「ッ……!」
宣言通り教官はさらにギアを上げたのか、先ほどよりも速い一撃で、俺を容赦なく叩きつける。
何が起きたのか最早理解できない速度だ。
背中の痛みがさらに増し、俺は顔を歪める。
―――痛ぇな、クソが。
思わず悪態が口から出そうになったが、何とか堪える。
そんな言葉を発してしまったら最後、罵声を浴びせられ、さらなる追い打ちをかけられるのは目に見えているからだ。
とはいえ、反論しなかったとしても結局教官にボコボコにされる未来は変わらない。
その後も教官との勝負は続くが、ただでさえ加減した状態でも手も足も出なかったのだ。本気になった教官に太刀打ちできる筈もなく、教育という名の蹂躙を終えた。
教官との地獄の勝負を終えた後は、最後に子供たち同士で乱取りを行うのがいつもの流れだ。
教官と比べればいくらかマシだが、先ほど余分に受けたダメージがまだ残っているため本調子には程遠い。しかもローテーション的に最初の乱取りが格闘技が得意な
面倒な相手との連戦が続く事に辟易とするが、志朗が目の前に立った事により、俺もすぐさま意識を戦闘モードへと切り替える。
「始め!」
教官の声と共に組み合いを始める俺たち。
油断のできない強敵ではあるが、志朗はまだやりやすい方だ。
好戦的な志朗の動きは見切りやすい。
的確に志朗の攻撃をさばきながら確実に一本を決める。
結果は俺の勝利だ。
その事実に志朗は悔しそうな表情を浮かべながら俺を睨むように見据えるが、特に何かを言う事はない。すぐさま次の清隆と場所を代わる。
「…………」
「…………」
互いに無言で構えを取り、開始の合図を待つ。
清隆のこれまでの戦績はお世辞にも良いとは言えない。
だが、ローテーションが一順してからは、各段に動きが良くなっている。
1回目の時は簡単に勝てたが、2回目の時点でかなり苦戦した記憶がある。
3回目の今では、恐らくさらに厳しいものになるだろうと予感させられる。
「始め!」
教官の声と同時に清隆が仕掛けてきた。
俺は冷静に清隆の動きを予測して返し技を狙うも、清隆の方もそんな俺の動きを予測しているのか、そう簡単にはいかない。
何度か互いに仕掛けるも、俺も清隆も互いの攻撃をいなしていく。
こちらが100の力を出した瞬間、向こうは110の力を出してくる。そのためこちらはさらに120の力を出す必要がある。
―――前回ならここですでに一本取れていたんだがな。同じ手は通用しないか。全くこいつの学習能力の高さには参るな。やりにくいったらありゃしない……。
内心で清隆の異常な成長速度に対して愚痴りながらも、俺の集中力が途切れる事はない。より深く集中を保ちながら、幾度かの攻防を経て何とか清隆から一本をもぎ取った。
「……負けたか。どうやらオレもまだまだのようだな」
「いや、そんな事はないだろう。今のはギリギリの勝負だった。結果は俺の勝ちではあるが、何度かひやりとさせれた場面もあるし、教官たちの視点ではその成長度合いも含めて清隆の方が評価が高いんじゃないか?」
「だとしても負けは負け。教官たちからどれだけ高評価を貰っても、オレにとってはどうでもいい話だ。重要なのは、オレはまだ眞哉から学ぶべき事柄が多いという事。それが分かっただけでもこの敗北には意味がある」
清隆は倒れた身体を起こし、次の相手の方へと移動する。
勝ち負けに一喜一憂せず、学ぶ事にどこまでも貪欲な姿勢を見せる清隆。
あの様子だと次に対峙した時は、こちらの想定を遥かに超えるレベルに至っているかもしれない。
「……これは俺もより一層に本腰を入れる必要があるな」
今までも本気で取り組んではいたが、それではまだ足りない。
あいつの貪欲なその姿勢を見習うべきだろう。
悪いがそう簡単に追い抜かさせはしないぞ。
決意を新たにし、次の乱取りが始まった。
そして柔道のカリキュラムが終わった後は、少しの休憩を挟んでから新たに空手のカリキュラムが始まる。
歳を重ねるにつれ、身体を動かすカリキュラムも増えてきたな。これ以上増えたらさすがに脱落者も今までの比ではないくらい増えそうだ。
教官たちもそれは分かっている筈だろうに。
どんどん厳しさを増していくカリキュラム内容に、俺は内心でため息を吐く。
◇
5歳になる頃、子供たちの数は50人にまで減った。
みくるもあの柔道以降、使い物にならないと判断されたのか脱落していった。
だが、それを気にする者はここにはいない。
誰が消えようが、ここでは日常茶飯事の当たり前の事になりつつあるからだ。
そのため、積極的に他人と関わろうとする者は存在しない。
いや正確には、他人を気に留める余裕がないというのが正しいか。
一日に受けるカリキュラムの内容も増えた事に加え、教官が指定する合格基準点が少しずつ上がっているせいで、皆自分の事で精一杯なのだろう。
一応食事時間や休憩時間は、子供同士で話し合っていても問題ないとされている唯一の自由時間ではあるが、当然上記のような理由で日常会話などは皆無。
名前は教官を通して分かっているし、学力や運動神経もカリキュラムを通して理解している。それをわざわざ他人と共有する必要性がないというのも会話をする意味がない理由の一つかもしれないな。
そのため、誰も会話を率先して行う者はいなかった。
「…………」
「…………」
「…………」
だから三者の沈黙が支配するこの場もいつもの光景だ。
部屋の中に響くのは、食事を口に運ぶ僅かな咀嚼音と食器を動かす音のみ。
俺も含めてその全員が無言で食事を続ける。
正面には清隆。そして俺の右隣には雪という少女がいる。
昼食を行う時の席は決まっていない。そのため誰がどこで食べていようが問題ないのだが、最近では清隆と雪の二人の顔を見て食べる頻度も多くなった。
それが嫌という訳ではないが、たまに視線が合うとどうも気まずく感じる。
清隆の視線はどこか不気味だし、雪に関しては視線が合うとすぐに逸らされてしまうし、何か話しかけてくる事もないため、二人とも何の意図があり近づいてくるのかがよく分からない。
「にんじん、好きじゃないな……」
そんな時、雪がポツリとそんな言葉を零す。
「眞哉は、にんじん好き?」
雪がこちらに向かい、そう問いかけてきた。
そんな雪の初めての行動に俺は少し目を白黒させる。
珍しい事もあるもんだなと思うも、質問されたからには答えないといけないだろう。
「好き、か嫌いかなら、好きな方」
何の意図があって雪がそう問いかけて来たのかは不明。
俺の答えを聞いた雪は「ふーん、そっか」と言ってにんじんを見つめる。
不思議には思うがそこから何か会話が続くという事もなかったため、そのまま無言で食事を再開すると、雪が再び俺の方に顔を向けた。
「眞哉が好きなら、私も好きになるようにする」
雪はそう言い、『笑顔』を浮かべた。
そんな雪の見た事のない表情に、俺は思わず食事の手が止まる。
そして顔は雪の方に向けられてしまう。
ここ『ホワイトルーム』にいる子供たちは基本的に喜怒哀楽が乏しい。
それは俺も例外ではない。
理由としては泣いたり喚いたりした者は、容赦なく罰せられるからだ。
教官から受ける肉体的・精神的苦痛から逃れるために不要な『感情』を削いでいき、早々に精神を成熟させていく。
成熟した精神ならある程度の苦痛は我慢できる。
歳相応に溢れる『感情』を抑え込める。
そしてそれができない者は脱落していく。
そういった理由もあり、知らず知らずのうちに俺たちの脳はここで生き残るための最適解として『感情』は不要なものだと判断する。
だからこそ、ここで喜怒哀楽……増してや『喜』の感情を表現する事は4期生の中でトップの成績を誇る俺や清隆でも難しいだろう。
それを雪が何気なしにやってみせた。
その事実に俺の正面で食事をしていた清隆も食事の手をやめ、不思議そうな顔で雪を見ている。
「あれ……私……今?」
雪も先ほどの自分に違和感を覚えたのか、不思議そうな様子だ。
笑顔の出し方など、習っていないため、清隆も雪も困惑しているのだろう。
人間が生まれながらに持っている、人間を人間たらしめる『感情』。
それがどうにも懐かしく感じた。