もう一人のホワイトルーム生は後悔なく生きたい   作:竜と虎

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04:ホワイトルームでの日常②

 

 

 

 

 

 ホワイトルームの中には様々なカリキュラムがある。

 数学や英語、現代文に古典などのスタンダードな教育もあれば、空手や柔道、ジークンドーにボクシングのような格闘技。ピアノやバイオリンなどの音楽関連。書道、茶道などの伝統文化を重んじたものなど。

 ジャンルの異なる多種多様な事を学び続け、出された課題に取り組む。

 

 その中でも、一風変わったカリキュラムを上げろというのなら、6歳になってから新たに導入されたバーチャルコンソールを利用した勉強だろう。

 

 俺たちは成人するまで基本的にこのホワイトルームから出る事はない。

 そのため、どうしても外の世界に対する認識や常識には疎くなる。

 VRカリキュラムはそれを防ぐ意味合いもあるのだろう。

 例え仮想空間上であったとしても、完璧に再現された世界を自分の足で練り歩くというのは効果的だと思う。

 後は単純に歴史を学び世界の構造を学習するのにもVRは効率的であるという点も上げられそうだ。

 単純に言葉や文字だけでは断片的なものしか理解できないからな。

 

 まぁそういう大人たちの意図はともかく、大きなゴーグルを付けて外の世界を体験する事ができるこのカリキュラムは、一種の旅行のようなものであり、最近の俺の楽しみであったりする。

 

 バーチャルで出来た偽物の世界であるというのは理解しているが、それでもこんな白一色で統一された世界よりかは、断然マシだ。

 目に映る様々な色彩が新鮮で、知識でしか知らなかった物を自らの目で捉え体験するというのは、今までにない革命だと言える。

 

 

『よし。それでは全員ゴーグルを付けろ』

 

 

 VRの準備が出来たのか、教官からそう指示を出された。

 横一列に起立した状態で待っていた俺たちは、その指示に従い一斉に大きなゴーグルを付ける。

 視界が真っ暗になるが、それは一時的なものだ。すぐさま画面が点灯しプログラムが表示される。

 

 

『前回まではアメリカ・ニューヨークの地を主に学んできたが、今回からは日本を中心としたカリキュラムを行う』

 

 

 日本。つまり今俺たちがいる国か。

 前回のニューヨーク旅行は色々と刺激的だった。マンハッタンの中華街であるチャイナタウンや蒸気機関車などの保管施設がある『Steamtown National Historic Site』は真新しいものが多く、目を奪われたものだ。

 だから今回もどんな未知が待っているのだろうと、期待で胸が膨らむ。

 

 

『まずは基本的な公共交通機関に関してだ』

 

 

 教官の声が聞こえた次の瞬間には、視界に変化が起きた。

 雲一つない碧空。緑溢れる木々。人々の喧噪や自動車の移動音。

 バーチャルコンソールによって作り出された、本物と見誤るほどの景観。

 360度どこを見渡しても現実と変わらぬクオリティで、その視覚に合わせて音もしっかりと再現され臨場感を生む。

 

 見た事のない景色。だがどこか懐かしさを感じなくもないその景観にいつまでも見惚れている訳にもいかない。

 このカリキュラムは別に外の世界を疑似体験するだけのカリキュラムではないのだから。

 

 

「…………」

 

 

 周囲の人々の動きや建物の配置、それぞれの音源から不自然な点を見抜く。

 所謂、洞察力や観察力を鍛えるカリキュラムである。

 指摘箇所が間違っていたり、不自然な点を見つけられない場合は、容赦なく教官から肉体的苦痛を伴う指導が飛んでくる。

 だから血眼になって、瞬きする間も惜しんで観察を続けるため、周囲の者は景観そのものを楽しむ余裕がない。

 別に俺もそこまで余裕がある訳ではないが、それでもホワイトルームに居ては見る事ができない何かを見るというのは、嫌いではない。

 

 例え、不自然な点を見つけられず、教官からの暴力が飛んでこようと、このカリキュラム自体は嫌いにはならないだろう。

 だからさっさと課題を終わらせよう。

 最低限のノルマさえ終わらせれば、教官からの暴力は飛んでこないのだから。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 教官から提示された合格基準点をクリアし続けるのは至難だ。

 何故なら勉強の難易度が2段3段と徐々に上昇を続けるからだ。

 最初は横並びのスタートでも、その個人によって得意不得意は違う。

 そのため個体によって差が生まれ、子供たちの中からカリキュラムについていけず、少しずつ遅れを取る者たちが出始めるのも当然の事だった。

 そんな子供たちは勿論、脱落していく。

 

 学習についていけない者を残すメリットはない。今のレベルについていけない者に合わせていては、その分カリキュラムに遅れが生じる。

 だから子供の間引きはホワイトルームを運営するために必要な作業だ。

 それは大人たちだけでなく、俺たち子供だって理解している事だった。

 

 

「眞哉。次の筆記だけど、悪いが手を抜いてくれないか」

 

 

 だからこそ、清隆からそのような発言が出た事に純粋な疑問が浮かんだ。

 

 

「……どういう事だ清隆?」

 

「お前も気付いているだろうが、普段の筆記試験とは違い、これから行う『特殊』な筆記はトップの成績に合わせてこれからの試験の難易度が決まる。つまりオレたちが満点を取り続ければ、それだけ他の者たちは苦戦を強いられる事になる。だがそれは裏を返せばトップの成績が低くなれば、それだけ天井も低くなる事を意味する」

 

「ああ、だろうな。俺たちがわざと問題を間違えれば次回以降、間引かれずにここに残り続ける者も増えるだろう。だがそんな事をして何か意味があるのか?」

 

「脱落する者が増えるという事は、それだけ経験のロスが生まれる。弱者から見えてくるもの、感じれるものを知っておきたい」

 

 清隆の無機質な目が俺を捉える。

 その目を見て確信した。

 清隆は別に脱落していく子供たちに同情し、こんな提案をしたのではないという事に。

 

 どこまでも知識を学習する事に貪欲なこの男は、自分が成長する機会が少しでも減る事を良しとしない。得意不得意はその個人によって異なる。例え筆記が苦手でもその他の分野で実力を発揮するのなら、その者の得意分野から学べるものを出来るだけ学習しておきたい、そう考えているのだろう。

 清隆らしい理由だなと思った。

 そして俺はその提案を了承した。

 

 了承した理由としては、清隆の提案は俺にとっても利があったからだ。

 俺もまだ学習段階が終わった訳ではない。

 知らない事や出来ない事はまだ数多い。

 それに次行われる筆記試験で、何点とろうとも成績に影響がないのも事実。

 自分の点数を下げるだけで、未知の事を学ぶ機会があるのなら、それに越した事はないと判断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『残り時間5分』

 

 

 そして迎えた筆記試験。

 アナウンスの声を聞きながら、俺は初めてテスト用紙に空欄の項目を入れた状態で、試験を終えようとしている。

 周囲では必死にペンを動かす音が響き、徹底的に見直しをする者がほとんどだ。

 その中で、俺と清隆だけが見直しもせずに試験終了の合図を待っている。

 

 

「清隆、眞哉」

 

 

 無言が支配する空間の中、聞こえた声。

 視線を向けると、そこには一人の男が険しい表情を浮かべ立っていた。

 いつの間に部屋に入ってきたのかは不明だが、その男は俺と清隆のテスト用紙に一度視線を落とすと、さらに顔を顰めた。

 

 

「よく憶えておけ。力を持っていながら、それを使わないのは愚か者のする事だ。二人とも退室しろ」

 

 

 どうやら俺と清隆の作戦はバレていたようだ。

 俺たちは指示に従い、部屋を出る。

 そして通された小さな個室で、それぞれ座らせられると、目の前の男―――このホワイトルームの代表である綾小路篤臣から叱責が飛ぶ。

 

 

「どういうつもりだ?」

 

「……何がですか?」

 

 

 清隆がとぼけたように質問を質問で返す。

 俺もそんな清隆に倣い、とぼけてみる事にした。

 

 

「質問の意味が分かりません」

 

「分からないだと? 俺の質問の意図が分からないお前たちではないだろう?」

 

 

 綾小路先生からの視線が鋭くなると同時に強い圧力を感じた。

 何だか圧迫面接を受けているみたいだな、とどこか場違いな感想を抱く。

 

 

「問題を全て解かずに、数ヶ所空欄の箇所があったな。何故、そのような真似をした? あの程度の問題を解けないお前たちではないだろう。何故、手を抜いた」

 

「手を抜くなとは指示されていません」

 

 

 清隆が即答する。

 確かにその通りだ。今回だけでなく普段の試験でも合格基準点がある以上、満点を取らずともそのボーダーさえ超えていれば、脱落する事はない。

 だからどれだけ手を抜こうと問題はない。強いて言うなら指示をしなかった教官が悪い。

 

 

「……なるほど。このカリキュラムの仕組みに気付いたか。いいか、仲間を助けるために手を抜く事は助けでも何でもない」

 

「少し違います。確かにカリキュラムの仕組みには気付きましたが、それは別に仲間意識から来るものではありません。何故ならオレは周囲の者を仲間だと認識した事は一度もないからです」

 

「分からんな。ならば何故手を抜いた?」

 

 

 清隆はそこで、以前俺に説明した内容を綾小路先生や周囲の教官たちに伝える。

 そしてそれは俺も同じ考えだ。

 綾小路先生が俺にも理由を尋ねてきたため、清隆と同じ理由だと同調する。

 

 

「つまりお前たちはここで脱落者を増やすのは早計だと思った訳だな」

 

 

 その言葉に俺と清隆は頷く。

 いずれ多くの者が脱落する事は今の段階で何となく予想できてしまうため、行動を起こすなら今しかない。

 

 

「お前たちの理由は分かったが、それを決めるのはお前たちではない。取捨選択は常にこちらで決める事だ。それは分かっているな」

 

「勿論です」

 

「石田、鈴懸。お前たちはどう思う?」

 

 

 綾小路先生はそこで黙って話を聞いていた研究員の石田さんと、俺の父に話を振る。

 

 

「よろしいのではないですか? 彼らがそのように考えているのなら、そのまま様子をみても」

 

「俺も石田さんに同意だ。こっちが考えてもいなかった事をやってくれるのなら、願ったり叶ったりだ。二人がどう成長するのかも気になるしな」

 

 

 二人の意見を聞き、綾小路先生は暫く沈黙を貫く。

 そして溜息を一度吐いた後、俺と清隆へと視線を落とす。

 

 

「まぁいいだろう。好きにしろ。だが、先ほど俺が言った言葉は忘れるな」

 

 

 先ほどの言葉。

 ―――力を持っていながら、それを使わないのは愚か者のする事、か。

 今回のようなケースでもない限り、手を抜く事はないため、必要のない言い聞かせではあるが、忘れるなというのなら、一応脳内に刻んでおこうか。

 

 その後、個室からいつもの部屋に戻された俺たちは、そのまま自分の席に座る。

 それと同時に試験終了のブザーが鳴った。

 子供たちは一斉にペンを置き、教官からの指示を待つ。

 

 だが、ブザーが鳴ってもカリカリとペンの動かす音が聞こえる。

 そちらに視線を向けると、そこには荒い呼吸で嗚咽を漏らしながら、テストを続ける少年が一人いた。

 大人たちが入ってきても、少年はテストをやめる気配はない。

 ……いつもの光景だ。

 

 

「いやだ! まだ解ける! 放してくださいっ! いやだいやだ! 脱落したくない!!」

 

 

 右腕を掴まれ無理やり立たされ、引きずられるようにして退室していく。

 泣き叫ぶ少年は最後まで気付かなかった。

 今回のテストは仮に0点を取ったとしても脱落する事がないという事に。

 それに気付けなかった時点で、こうなる運命だったのだろう。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ホワイトルームのカリキュラムの中で、VR以外で好きなカリキュラムを答えろと言えば、俺は水泳のカリキュラムを上げるだろう。

 最初の鬼のようなレッスンとその後のタイムの競い合いが終われば、30分の自由な時間が与えられるため、良い感じにストレスも発散できるからだ。

 

 俺はその日も、競泳でタイムを伸ばした後の自由時間を使い、のんびりとプールの水に浮かびながら泳ぐ。

 適当に泳いだ後は身体を休めるためにプールサイドへ上がる。

 すると、そこで雪に声を掛けられる。

 

 

「今日も新記録出してた。やっぱり眞哉ってすごいね。私も泳ぎには自信あったけど、眞哉と比べると私なんて全然だめだね」

 

「ありがと。でも雪もそこまで悪いタイムじゃないだろ」

 

「……うん、でも最近だと清隆にも負け越してる。一度抜かれてからはどんどん記録に差ができてて、その事が少し歯がゆい」

 

 

 雪は俺の顔を見ながら続ける。

 

 

「どうやったらそんなに速く泳げるの? 練習している内容は皆一緒だよね」

 

 

 雪の言葉に俺は競泳の時間での彼女の泳いでいる姿を思い出す。

 そこからタイムが伸びない原因と思われる箇所を上げていく。

 

 

「たぶんだけど、雪は速く泳ぐ事に意識を割くあまり、水の抵抗よりも力強く泳ぐ事に集中しがちなんじゃないか。少しでも足が下がったフォームだと速度の低下に繋がる。あと、息継ぎのタイミングがずれる事でフォームが若干崩れているようにも見える。それらを改善すればタイムは伸びるんじゃないか」

 

 

 水泳を担当する教官は、レッスンで泳ぎ方は教えてくれるものの、個人の改善点などは教えてくれない。それは単純に気付いていないという話ではなく、自分の改善点くらい自分で見つけろという事なのだろう。

 俺の発言に雪は目を丸くした後、笑う。

 

 

「眞哉って、ちゃんと私の事も見てくれてるんだ。意外。てっきり清隆にしか興味ないんだと思ってた」

 

「……そんな事はないと思うが」

 

「ううん、眞哉はいつも清隆としか喋ってないもん」

 

 

 言われてみればそうかもしれない。

 過去の記憶を遡ってみても、俺が会話をする相手は9割以上が清隆だ。残りの1割未満は最近話しかけてくる事も多くなった雪である事を考えると、確かにそう思われても仕方がない。

 

 

「だからこれからは、私も清隆に負けないくらい頑張るから、また私の事を見ててね眞哉」

 

 

 最近見る機会が多くなった雪の笑顔。

 その嬉しそうな顔を認識した瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――うん、今度は里香ちゃんに負けないよう頑張るから、また私の事を見ててね! お兄ちゃん!』

 

 

 

 

 

 笑顔を浮かべた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「―――――、」

 

 

 なんだ今のは?

 突如脳内にチラついた少女の姿に俺は困惑する。

 面影は少し雪に似ていたが、雪ではない。彼女は俺の事をお兄ちゃんとは呼ばないし、衣服もホワイトルームでいつも着ている白い服ではない。

 

 

「どうしたの?」

 

 

 俺の様子がおかしい事に気付いた雪が、不思議そうな表情で問いかけてくる。

 だが、なんと答えればいいのか俺自身もよく分からない。

 だから結局、

 

 

「……何でもない」

 

 

 そう答えるしかなかった。

 

 

 

 

 

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