今回から高育編のスタートです。
ではどうぞ。
08:高育への入学
四月。それは出会いと始まりを意識させる暦だ。
特に学生だと入学式という大きなイベントが待ち構えている季節でもある。
かくいう俺もその一人だ。
今日は入学式。待ちに待ったイベントの日だ。今日この日を以て、俺は世間でいう高校一年生になる。
新しい環境と白紙化した人間関係。それはこれまでのつまらない己からの脱却を意味する。今までにない自分をさらけ出していく者も多いと聞く。
いわゆる高校デビューというやつだ。
偏見ではあるが、世の大半の中高生はそのような事を考えているのではないだろうか。
これまでに体験した失敗を糧に、新しい人間関係を構築して有意義な学校生活を謳歌する。そんな事を夢見ている筈だ。
素の自分をさらけ出すか、理想の自分を演じるか、そこに違いはあるだろうが、高校生活をより良く彩るために必要な努力をしている事に変わりはない。
では、俺はどうだろうかと、少し考えてみる。
世間一般の学生たちがそのような事を考えている傍ら、俺も彼ら同様にこれまでの自分から新たな自分へと変わるよう努力するか否か。
己のこれまでの人生を振り返ってみて、結論を出す。
―――いや無いな、と。
自分は基本的に対人関係においては面倒くさがり屋だ。積極的に行動に移すタイプではない。相手に求められたら応えるというスタンスをこれまでとってきたし、それを変えようとも思わない。
これまでと違った集団生活である以上、同年代の友達は確かに欲しいと感じるが、だからといって積極的に友達を作ろうと試行錯誤する自分は何故かあまり想像できない。
本心ではそこまで他者に興味を抱いていないからだろうか。
「眞哉さん、そろそろ学校に行く時間ですが、準備はできていますか? まだならお急ぎを。入学早々に遅刻してしまっては不真面目な生徒のレッテルを張られてしまいますので」
ドアがノックされると同時にそのような女性の声が聞こえてくる。
そこで俺は意識を現実へ戻し、扉を開けて部屋に入ってきた女性に視線を向ける。
そこには長い銀髪を三つ編みにした端正な顔立ちをした女性。その赤い瞳と目が合った。
「……すみません、忘れ物はないかと持ち物の確認をしていました」
「確かに忘れ物があっては大変ですね。ですがそういった持ち物検査は直前ではなく、前日にしておくものですよ」
適当に誤魔化す俺に優しく注意してくるこの女性は、1年前から
実年齢は23歳とまだ若く、俺にとっては少し歳の離れた姉のような存在。
「今日から眞哉さんは3年間学校の寮住まいですね。気軽に会えないのはとても寂しいですが、決まってしまった以上は仕方ありません。またこれまで以上に成長した眞哉さんと会える日を楽しみにしています」
俺がこれから通う学校にはいくつか特殊なルールがある。
それは外部との接触を禁じているという点。
例え肉親であろうと直接会うのは勿論、連絡をする事すら禁止している。
そのため、鬼龍院さんとこうして気軽に話すのもこれが最後。
彼女にはいろいろと世話になったため、そう思うと確かに少し寂しく感じるな。
「そうですね。寂しいのは確かですが、まぁ……新たな環境でも楽しんでやっていきますよ」
「その意気です。何事もポジティブにですよ!」
ギュッと可愛らしく握りこぶしを作る鬼龍院さんに苦笑する。
「眞哉さんがこれから通う高度育成高等学校は聞いた話によると、とてつもなく厳しい学校だそうです。眞哉さんなら大丈夫だと思いますが、もし何か困った事があったら妹を頼ってくださいね」
「妹ですか……?」
「はい、妹も1年前に入学していますので、眞哉さんの先輩という事になりますね。こういってしまうと身内贔屓と思われるかもしれませんが、妹は私とは比べものにならないほど優秀で何でもできるすごい子なんですよ! だからきっと力になってくれる筈です」
笑みを浮かべながらそう語る鬼龍院さんだが、彼女も相当優秀な部類に属する。そんな鬼龍院さんが手放しに褒め称えるという事は、その妹とやらは常人とはかけ離れたレベルで優秀なのだろうか。
「ええ、何か困った時は頼ろうと思います。妹さんのお名前は?」
「楓花。鬼龍院楓花です。容姿は私と似たようなものなので一目で分かると思いますよ」
鬼龍院楓花か……。
その優秀度合いは分からんが、流石に俺や清隆に匹敵するレベルではないとは思う……しかし、外の世界でもこちらの想定以上の実力を有する者は多い。それこそホワイトルームに属する生徒に匹敵する、あるいは超える程の逸材が居てもおかしくはない。
今後何かの役に立つかもしれないし、多少の警戒の意味も込めてその情報は一応記憶の中に留めておくか。
鬼龍院さんの妹の名前を記憶しながら、俺は時計を確認する。
「そろそろ出ます。さすがにこれ以上モタつくと本当に遅刻してしまいそうですし」
「はい、そうですね。玄関までお見送りしますので一緒に行きましょう」
俺は唯一の荷物となるスクールバッグを肩に担ぎ、鬼龍院さんと共に部屋を出る。長い廊下を渡り切り、玄関先で靴に履き替える。
「眞哉さん、人生に一度しかない高校生活です。悔いなく楽しんできてくださいね」
「ええ、精一杯楽しもうと思います。それでは行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
出発の挨拶を行い、俺は家から出た。
空は快晴。雲一つない穏やかな碧空は新たな門出を祝福しているかのようだ。
「……さて、行くか」
目的地まで少し距離がある。事前に調べた本日の交通情報を思い出しながら、俺はまず最寄り駅までの道のりを歩んだ。
◇
最寄りの駅から電車で東京駅へと向かい、何度か電車を乗り継ぐ事で目的の駅まで到着した。
時間はほぼ予定通り。改札口を出てバス停に移動し、バスの案内板に視線を通して、目的地に到着する事をしっかりと確認する。そのまま停車しているバスの中へ入ると、数人の乗客が座っていた。
座席にはまだ余裕があるため、道中手すりに掴まりながら立って待つという苦行を強いられる事がなくなったのは幸いだ。やはり余裕を持って行動するのは良い事だな。
俺はすぐさま適当な席へと腰を下ろす。
出発時間までまだ時間があるため、暫く待つ必要はあるが今日は入学式という事もあり、いつもより早めに起床しバタバタしていた。そのため一息つくには丁度いい。
俺は座席に深く腰掛け、そこで一旦窓の外へと視線を向けると、そこには忙しなく移動するサラリーマンや俺とは違う制服を着た学生たち、子連れの女性に杖をついた老婆など、様々な者たちの姿が目に入る。
バーチャルで見た世界と似ているようで異なる光景。碧空や建物などの風景に違和感はないが、そこを往来する人間の行動はいつ見ても面白いと思う。
俺はそんな周囲を歩く人々を暫く眺めていると、突如ドカッと俺の隣の席に誰かが腰を下ろした。
乱暴な感じで座られたという事もあり、少し体がピクリと跳ねる。
もっと静かに座れよと、内心文句を垂れながら俺は隣に座った人物を睨みつける。
「あ? 何見てやがる?」
目が合った瞬間、凄まれた。
思わず目を逸らしたくなったが、ここで逸らしたら完全に俺の負けだ。そもそも非は向こうにあるのだ。こちらが遠慮する必要はない。
「……いや、すまない。その制服……俺と同じだなと思ってな。君も高度育成高等学校の新入生なのか?」
とはいえだ。遠慮する必要はないが、こちらからわざわざ因縁をつける必要もない。入学初日から同じ学校の生徒と揉めるのはナンセンスだろう。ここは少しでもコミュニケーションをとって仲良くなっておくのもいいかもしれない。
「んなの見れば分かるだろ。上級生は全員寮で生活してんだ。なら必然的にバスに乗ってんのは新入生しかあり得ねぇだろうが。少しは頭使え猿」
……あれ? これは予想外の返答だ。
てっきり新たな環境での一歩目という事もあり、皆不安を抱いているとばかり思っていた。そのため俺のような多少の会話ベタでも普通に友好を築けるかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
彼はこちらを睨みつけながら「くだらねぇ事を聞いてくるんじゃねぇ」と言葉を吐き捨てた。
なるほど……これが噂に聞くヤンキーというやつか。初めてみたな。
「そうか……まぁそれはともかく俺は鈴懸眞哉。よろしく。お前は?」
「何でテメェにわざわざ名乗らねぇといけねぇんだ」
「中学までの知り合いが一人もいなくてな。このまま友達ができるか不安なんだ。同じクラスになる可能性だってあるんだし、ここで会ったのも何かの縁だ。仲良くやろう」
「ハッ、知るかよ。一人寂しくぼっち生活でも送ってやがれ」
取りつく島もないな。ヤンキーは基本的に情に厚いと聞く。なので一度仲良くなれば親友と呼べる仲にまで発展する可能性もあるらしいのだが……これは無理だな。
俺にもっとコミュ力があればまた違ったのかもしれないが、こちらを小馬鹿に嗤っているこいつと仲良くなっている自分の姿はどうにも想像できない。
……コミュニケーションというのは難しいんだな。
やはり慣れない事はするべきではなかったかも。
……いや、今回に関してはこいつにも問題があるようにも見えるし単に話しかけた相手が悪すぎただけか。俺のコミュ力が終わっているとも限らない。結論を出すのはまだ早計か。
初めて見るタイプの人間だったため、気にはなったが友達作りはもう少しフレンドリーなやつにしよう。
それからこいつとそれ以上会話をする気は起きなかったため、俺は視線を窓の外へと戻す。いつの間にか出発したバスの中から流れる景色に視線を向けながら、早く目的地に着かないかなと思いながら、少し居心地の悪い時間を過ごした。
そして暫くバスに揺られながらバス停で停車する光景を繰り返し、特にこれといったトラブルもなく、バスは漸く目的地である高度育成高等学校前のバス停に到着した。
俺と同じ制服を着た者たちが次々とバスを降りていく。俺の隣に座っていたあのヤンキーもそそくさと降り立って行った。俺もその流れに続きながらバスを下車すると、連結加工した門が出迎えてくれた。
……ここが俺がこれから三年間通う事になる場所か。
最初に少し躓いた感はあるが、まだ学校生活は始まってすらいないのだからバスでの一件はひとまず気にしない事にしよう。
気持ちを新たに俺は新生活への第一歩を踏み出した。
◇
東京都高度育成高等学校。通称高育。
日本政府が作り上げた、未来を支えていく若者の育成を目的とした学校。
前もって送られてきたパンフレットには、敷地内には学生寮だけでなく、ショッピングモールやアミューズメント施設など様々な施設が存在しているらしい。
さすがは政府が力を入れている学校だ。
外装も立派だし、かなり金をかけている事が窺える。
さらにこの学校の一番の特徴ともいえる、就職率・進学率の高さ。そのどちらもが100%という現実離れした実績。
普通の学校というものをよく知らない俺ですら、一発で普通じゃないと分かる特殊な学校。それがこの高度育成高等学校だ。
倍率もかなり高かったという事が窺えるからこそ、疑問にも思う。
……あのヤンキー、よくこの学校に受かったな。
目の前を歩く、紫がかった黒髪の男子を見据える。
とてもじゃないが、こんなエリート校に合格できるようには見えない。
人は見た目で判断できないとも言うが、先ほどの態度を考えるに見た目同様粗暴な奴と見て間違いないだろう。
ああいう態度の悪い奴って普通面接で落とされるもんじゃないのか?
なのにここに居るという事は面接をうまくパスできたって事だよな。
……なんか妙だな。
普通なら問題を起こしそうな生徒を積極的に入学させたりはしない。
ただでさえ、この学校は政府と繋がりの深い学校だ。
不祥事を起こされた時のダメージは他所の学校よりも大きいだろうに。
学校側の選考基準がよく分からんな。
まさか勉強ができる優等生だけを迎え入れているという訳でもない……?
……。
……いや、さすがに考えすぎか。
いくらヤンキーといえど、面接くらい真面目に受けるだろう。誰彼構わず横暴な態度を取るという訳でもないだろうし。
もしかしたら普段は意外と真面目な奴なのかもしれない。
実は中学までは大人しい陰キャで、過去の自分からの脱却を図るために高校からあのようなイキったキャラを演じているという可能性はないか?
……ふむ、朝方考えていた高校デビューというやつなのかもしれない。
だとしたら方向性を間違えているようにも思える。あんな態度では百害あって一利なしだろうに。
まぁ考えは人それぞれという事か。
前を歩くヤンキー(仮)を見据えながら俺がそのような事を考えていると、
「―――おはよう、眞哉」
背後から突如呼ばれた自分の名。
聞き覚えのあるその声に思わず歩を止める。
俺は僅かに驚きの感情を抱きながら、ゆっくりと振り返る。
すると、そこには俺の想像通りの見覚えのある顔があった。
視界に入った彼女の姿に、俺は笑みを浮かべた。
「―――久しぶり。また眞哉に会えて嬉しい」
「―――ああ、久しぶりだな雪。俺もお前に会えて嬉しいよ」
雪ちゃん高育入学ルート。
二人のクラスに関しては次回の予定。