キラキラ、キラキラ。
偽物のお星様が、暗くなった部屋いっぱいに踊っていた。
――小さな小さな、家庭用プラネタリウム。
私の姉さんである
でも安っぽかった。こんなので私の機嫌を取ろうなんて、どうかしてる。
だから、私は不貞腐れて絵美留を無視した。
それでも絵美留は、必死に話しかけてくる。
「ほらほら、綺麗じゃない? ね、ね」
「……つーん」
「もう、
絵美留が困ったような声を出す。
私としては、それでますます腹が立った。だって悪いのは絵美留の方なのに、私が駄々を捏ねてるみたいだ。
――それは先週の出来事。
何年かに一度しか見られない流星群。
その星空を、私は絵美留と一緒に見ようと約束していた。でも絵美留は用事があるとかで、直前になって約束を破ってしまったのだ。
……人によっては、たったそれだけのことでって、思うかもしれない。
けど、私と絵美留の仲って、実はあまり良くない。いつもギクシャクしてるし、何を話せば良いか分からないし、だから何とかしようと思って、それで誘ったのに……。
その思いを絵美留は裏切った。
私の気持ちを知っているはずだったのに、他のことを優先した。
それが私には許せなかった。
「もう良いよ。どうせ本当のお姉ちゃんじゃないくせに!」
私は遂に、そんな酷いことを言って家から飛び出した。
後ろから「瑠美笑!」と、呼ぶ声が聞こえる。
その名前すら嫌になる。
……ああもう。本当に嫌だ。
私は絵美留のことなんか、大嫌いだ。
――本当のことを知った時を思い出す。
アレは数ヶ月前だっけ。
お父さんとお母さんから、神妙な顔をして言われたんだ。
実はね、絵美留は本当のお姉ちゃんじゃないのよ。施設から引き取った子なの。血は繋がっていないのよ。
その事実が私にはショックだった。
……私にだって分かってたはずなのに。
絵美留は絵美留。
私の姉さん。それはいつだって変わることはない。
だけど、今まで信じていたものが嘘で。
じゃあ何で、これまで黙ってたんだろう、とか。
ぐるぐるぐるぐる。
色んなことを考えてしまった。
とにかく自分勝手に、家族に異物が混じっているように感じていた。
――それが、醜い気持ちだと知りつつ。
「……」
そして気が付けば。
私は公園まで来ていた。住宅街の隅にある公園だ。こんなところにあるなんて知らなかった。おまけにとても小さい。遊具なんてブランコぐらいなものだ。
……そのブランコに男の子が一人、座っていた。
学ランの制服を着ている。目つきが鋭くて、不機嫌そうな顔をしていて。でも見ているだけで、寂しそうなのが分かって。
私は彼の知り合いだ。
思わず声をかけていた。
「流星君」
すると流星君が顔を上げる。
目が合った。
……それだけでもう。心臓がドキンと高く鳴る。
「……瑠美笑か」
流星君は目を瞬かせ、私の名前を呼んでくれた。
この名前が嫌いだって思ったばっかりなのに、流星君が口にするなら、気分が変わっちゃう。
ヤバいなぁ。どうしよう。
「あ……えっと……流星君! ここで何しているの?」
緊張からしどろもどろに話せば、やはり流星君はぶっきらぼうに答えた。
「……別に。何だっていいだろ」
「何だってって……」
でも私としては放っておけないのだ。
こんな流星君は見ていたくない。
「流星君……もしかしてまた……」
「……」
「やっぱりそうなんだね……」
無言になる流星君を見て、こんな場所にいる理由が何となく分かった。
流星君は学校でも家でも、イジメられているのだ。
所謂、虐待児……って奴だ。
だから何処にも居場所がなくて、不良みたいになっちゃってる。だけど元々大人しい方だから、悪い仲間とも上手く馴染めなくて、いっつも一人でいることが多い。
私はそんな流星君をずっと見かけていて……まあその……見ているうちに好きになっちゃって。話しかけていたら仲良くなった。
私は流星君に、幸せになって欲しいと思ってる。
「……あの、あのね。流星君! 私、流星君のためなら何でも出来るの!」
そのためか、私はついついそんなことを言ってしまう。
「流星君! だから私――私ずっと流星君の側にいるよ!! 一人じゃないよ、流星君!!」
私にだけは何でも言って欲しい――その気持ちを込めて私は叫んだ。
流星君は……私の思いを受けてか、複雑そうな顔をした。
「お前も、絵美留と同じことを言うんだな……」
「……流星君?」
「いや。何でもない。お前は、いつもいつも優しいなって」
ふんわりとした微笑みは、それこそ私よりもずっと優しいものだ。
私は頬が赤く染まるのを感じた。恥ずかしくて顔を逸らしてしまう。
だけどふと、流星君が首を傾げて聞いてきた。
「そういやお前こそ、どうしてこんなところにいるんだ? また絵美留と喧嘩でもしたか?」
「それは……」
そのことを指摘されると、私は何も言えなくなる。
流星君は私と絵美留の関係を知らない。それに一方的に私が嫌っているようなものだ。
流星君はため息をついて、小言を言った。
「瑠美笑。お前、毎回な……。ちゃんと仲直りしなきゃ駄目だぞ。たった一人の姉貴なんだから」
「……分かってるもん」
分かってるってば。
なのに、仲直りのきっかけを作ろうとしたら拒否したもん。
仕方がないでしょ。
だけど私のブスッとした表情のせいか、自分だって踏み込ませなかったくせに、流星君はやけにグイグイ言ってくる。
アイツはいつもお前を心配しているとか。アイツは良いやつだとか。
こういうところだけは、嫌いだ。
だって流星君――キラキラして、妙に楽しそうにしてる。
「……」
私は流星君のことが、本当に大好きだ。本人には言えないけど、愛してるしお嫁さんになりたい。
でも流星君はきっと自分でも気付いていないけど、絵美留のことが好きなんだ。
いつも絵美留のことを話す時、暖かな目に変わる。
対して私はどうだろうか。
まだ小学生だし……よくて妹分としか見られない。私の気持ちは、きっと最初から届かない。
ああ、そっか。だから、それもあるんだな……。
私が絵美留を気に入らないのは――姉ならまだしも、他人だった人に流星君を奪われるのが、嫌だったからだ。
つぐつぐ私は、どうしようもない奴だ。
……でも。
流星君、日に日に疲れた顔をしている。
このままなのはもっと嫌だ。もしかしたら、絵美留と付き合った方が救われるんじゃ……。
そう思った私は、単刀直入に聞いてみた。
「……流星君ってさ、絵美留とずっと一緒にいたいって思う?」
「ぶは!?」
流星君は盛大にむせた。
分かりやすいなあ……。
「お、お前!! 何を!?」
流星君は顔を真っ赤にさせてあたふたしている。
その表情が、私に対する感情じゃないことに小さな痛みを覚えながら、私は微笑んだ。
「私で良かったら、いつでも力になるよ」
「……いや。絵美留と喧嘩をしている、お前がか?」
「……これくらい良いよ」
だって私は別に良いんだよ。流星君が幸せならそれで。
どうせ、絵美留につまらない感情を抱いている時点で、私は駄目駄目なんだ。
「でも流星君が笑ってくれるなら、私はそれだけで……」
「瑠美笑? お前なんか――」
「――見つけた!」
と、その時。
私を追いかけてきたのか、絵美留が慌てたようにやってきた。
流星君はあからさまに目を見開いて、絵美留をじっと見つめる。絵美留もまた、その瞳を瞠った。
「――ッ」
一瞬の、息を飲んだが故の空白。
私は絵美留の目に浮かんだ熱を見逃さなかった。それに何だか不自然に挙動不審になっていて。
「あ……りゅ、流星君」
「おう……」
いつの間にかそこにあったのは、二人だけのポワポワした雰囲気。
私はお邪魔虫で、のけ者なのかもしれない。
「瑠美笑を見ててくれたのね。ありがとう……」
「いいや……」
そして交わされた短い言葉でさえ、嬉しさとか、喜びとかがある。
感情の重さが違う。――私はやっぱり。
「……、行こうよ。絵美留」
耐えきれなくなって、私は絵美留に近付いて手を握った。
こんなことをするのは久しぶりだった。
「ええ……。またね、流星君」
「ああ、また」
そうして私達は流星君と別れた。
絵美留は流星君と話せたのが嬉しかったのか、妙に機嫌が良さそうに見えた。
でも、私が絵美留に視線をやると、彼女はハッとした顔で謝った。
「あ……瑠美笑、ごめんね」
「何が……」
「……あの時、私が断ったから。仲直りしよとしてくれたんだよね」
絵美留は物凄くバツが悪そうにした。
……正直やめて欲しかった。謝るなら最初からあんなことしないでよ。
そんなっ……こっちだって胸が痛くなって。
「けど瑠美笑が何と言おうと、私はずっと瑠美笑のお姉ちゃんで、味方だから。私は瑠美笑のこと見捨てないよ」
どうしてかその意味深な笑みが、私の心をざわつかせる。
……何でなんだろう。この時、私がしっかりしてないと、ふわふわ風船みたいに絵美留が飛んでっちゃいそうだって思ったんだ。
だから。
『キミは流星と、絵美留の幸せを願っているのかい?』
――頭の中に聞こえてきた声を、無視することが出来なかった。
◆◇◆◇
――そして、その数日後。
雲母町の上空で、大量の星屑が弾け、隕石が降り注ぐことになる。
その様まるで雨――誰かがその様子を“星降り雨”だと呟いた。
一瞬で地獄と化した町を見下ろして、幼い少女は呟いた。
「どうしてこんなことに」
だが現実を否定したくても、変わることはないのだ。
これが少女の罪、少女の失敗。
少女はただ黙って、すべてに絶望していた。
――物語は、そこから始まった。