“星降り雨のルーミエ”
――
中央ビル街の群れを見下ろし、電波塔の鉄骨に腰掛ける少女が一人。
ブラブラと足を動かしながら、スマホから電話をかけていた。
「あ、もしもし〜。私なんやけど〜私!」
少女は妙にフレンドリーに話しかける。
電話の向こう側で、相手も嬉しそうに声を返した。
「おお! もしかしてその声はキズナ先輩っすか?」
「うん。久しぶり〜! そっちどうやろって思って。元気にしとるん〜?」
そうキズナ――もとい
すると相手はげんなりした風になって。
「あー……結構大変っすわ」
「えーと……確か施設を出て、就職したんやろ〜?」
「バイトですけどね。底辺フリーターっす」
だから毎日毎日働きっぱなしなのだろう。
キズナには、何処か彼女が疲れているように思えた。
(苦労しとんなぁ〜。この子大丈夫やろうか〜)
いくら体が丈夫とは言え、精神的な疲れは蓄積していく。
頑張るにしても程々にして欲しい。
(と思いつつ……これから頼み事がある私が言えたことじゃないか〜)
なにも仲良く雑談しに電話したのではない。
とある用事があり、それを伝えるために連絡したのだ。
「でさでさ〜悪いんやけど〜、ちょっとお願いがあるんや〜」
「お願い?」
いきなりの申し出に、相手は首を傾げたように疑問を口にする。
「またなんかあったんすか? “そっち”はアンタの管轄じゃないっすか」
「ま〜、そーなんやけどね〜」
しかしちょっと面倒事が起こったのだ。
これからはその対処で忙しくなる。
「だから動けるうちに、君に頼みたいって思ったんよ〜。こーいうの君の方が良さそうやからな〜」
「……? どういう意味なんすか、それ?」
再び不思議そうな電話相手。
キズナは、君のお人好しなところとかかな〜とか思いつつ、
「君の方が近くやけんがらね。雲母町に、新しい魔法少女が契約したんよ〜」
――すると、電話相手は息を飲んだ。
「それはなるほど……厄介っすね。どんな子なんっすか」
「年は十歳。ちょうど君が契約した頃なんよ。懐かしいやろ〜」
そう言えば、次に向こうは不機嫌そうに、複雑そうに呟いた。
「……嫌な感じっすね」
「まーだ、子供やからね〜」
むしろ子供だからこそ、胸糞悪い話なのだ。
そんな遊びたい年頃の子が、命懸けの世界に飛び込むことになる。
それだけでどれだけ残酷なことか。
「先輩として守ってあげなってなるやろ〜? なかなか優秀そうやし、有望株間違いなしやよ〜? どう? 育ててみる気はなか〜?」
「……しかし」
そこで電話相手は言い淀んだ。
「先輩は知ってるでしょう。自分は泣くことも怒ることも出来ない。きっと今回も――」
「――分かってるよ〜。分かってるからこそや」
キズナは彼女の何もかもを知っているから、大丈夫だと断言する。
自分で思っている以上に、彼女は優しくて、良い子だ。
「それにボタちゃんの監視しとるんは自分からやろ〜。この際、一緒にまとめた方が良くない〜?」
「……」
電話相手はしばし黙考する。
やはり、今までのことが今までだ。そう簡単に決断出来るものではない。
やがて、彼女は迷うような声で確認をする。
「その子の名前は?」
「うん。名前はね――」
――
◆◇◆◇
――二日市ララは、元来両親と折り合いが悪かった。
それというのも、彼らが大好きなお爺ちゃんを馬鹿にするためだ。
曰く、あんな古いプラネタリウムは儲からない。
曰く、あんな古い施設を運営するなんて馬鹿みたいだ。
全部の言葉が腹立たしかった。
だってあの場所は――ララにとって大切な場所だ。
あの時プラネタリウムで見た星空は本当に綺麗だったのだ。
偽物じゃない。本物に勝るとも劣らない綺麗な輝き。
――ララはあの星空に魅せられた。
将来はもっと宇宙について知りたい。その先について知りたい。そう思うようになったのも、すべてすべて、あのプラネタリウムのおかげ……。
その夢を、いつだってお爺ちゃんは応援してくれた。
「ララなら出来るよ。きっと将来は宇宙博士だな!」
そう言って、頭を撫でてくれる皺くちゃの手が好きだった。
お爺ちゃんはララのすべてを肯定してくれた。
でも――
「ララ、そんな星の本なんてのはくだらないわ。もっと別のものを見なさい」
「ララ、お爺ちゃんのようになってはいけない。……あの人のようには……」
両親はララの夢を否定した。
そこにお爺ちゃんとの間に何か確執があるのだと……そうなんとなく察せられたが、それはそれとしてムカついた。
大体、アンタらに何が分かるのか。
お爺ちゃんがどれだけあのプラネタリウムを大事にしてきたのか。
ララはお爺ちゃんの気持ちと思い出を守りたかった。
だから、あの時も迷わずに契約した。
「お爺ちゃんのプラネタリウムを、蘇らせて!」
――お爺ちゃんのプラネタリウムは、イタズラで火をつけられてしまったのだ。
火災で燃え盛る建物を前に、ララは我慢出来なかった。
そうしてララは、魔法少女になった。
お爺ちゃんは泣いて喜んでいたし、後悔などありはしなかったのに――
「ギャ!?」
ララは今こうして、無惨に吹っ飛ばされている。
「グフ!! ――げほっ、げほっ!」
地面に落下し、ララは血を吐く。
見上げれば、そこに広がるのは結界――奥には魔女。
そう、ここは化け物の棲家だ。
病院のような場所に、様々な椅子と、多くの眼球が所狭しと浮かび上がる異様な空間。
結界の中の主は、眼球検査の機器――所謂オートレフラクトメータ(奥に気球が見えるあの機械の名前)に似ていた。
しかしやはりというべきか、側面にそれぞれ二つの眼球が生えている。その体は巨大で、目が瞬く度に、視力検査で使う片目を隠す黒い棒、遮眼子が召喚された。
それは時に無数の雨霰となって降り注ぎ。時には大きくなって、物理的な質量に任せて叩いてくるのだ。
先程吹き飛ばれたのもその攻撃だった。
必死に避けていたが逃げきれなかった。この“眼球検査の魔女”は初心者が狩るには――強い。
「くっ、はあ、はあ――」
ララはそれでも立ち上がる。
どうせ転んでもいても良いようにやられるだけだ。怖くても、生き残るには戦うしかない。
「くそ!!」
ララはヤケクソのように武器である銃を構える。
それはお世辞にも強いようには見えない、玩具の銃だ。
しかもアニメの宇宙人が持っていそうな光線銃……とてもふざけた見た目である。
だがララは銃に魔力を込めて打ちまくった。
「
その名の通り銃から電磁波が広がり、眼球検査の魔女をビリビリと痺れさせる。
ララの銃は電気や電波を操れた。拘束力は充分、ならば動く前に次の攻撃。
「
全身全霊、ありったけの魔力を収束させ、ララは電磁ビームを一直線に放つ。そのまま魔女を穿つかと思いきや……しかし一筋縄ではいかなかった。直撃したが――傷一つ、ついていなかったのだ。単純に威力不足であり、何より魔女が頑丈過ぎた。
「そ、そんな――」
自信があっため、思わず愕然とするララ。そうしている間にも、眼球検査の魔女は遮眼子の召喚を始める。またも黒雨の矢が降り注いだ。ララは必死に電撃を広げて打ち落とすが、完全に隙だらけだ。
後ろから気配がした。何か焼けるような音がした……と思った時には、肩に攻撃を喰らっていた。
「ぐ!?」
振り返れば結界内の眼球の一部がこっちを睨みつけている。
アレからビームが放たれたのだ――そう分かった時には、別の方角から光線が飛んできた。
「ッ!」
咄嗟に横に飛ぼうとしたが、遅い。またもにぶち当たることは避けたが、代わりにビームは地面を穿ち、ララはその衝撃で再び吹っ飛んだ。全身を激しい痛みが襲い、倒れ伏す。悲鳴すら上げられない。今度こそ立ち上がる力を失ってしまった。
「……っ」
「msmlsーsーーs!! ぉーwーwp!!」
(意識が――)
ついに頭がぼんやりとし始め、思わずにはいられない。どうしてこうなったんだろう。
ただお爺ちゃんを守りたかっただけだった。
そのために魔女狩りも頑張ろうと決意した。
短い間だったけど、戦って、戦って。
でも、負けようとしている。
怖い――魔法少女の戦いは、こんなにも怖いんだ。
(このまま死んじゃうかもしれない……こんなことなら……)
――契約するんじゃなかった。
ある種の矛盾した思いに駆られ、ララの瞳に涙が浮かぶ。
今はただ、大好きなお爺ちゃんに会いたかった。
ここで夢が途切れるのが嫌だった。
でも……魔女が魔力を高めているのが分かる。
結界内の無数の眼球が四方八方からララを見つめ、己の前に魔力の塊を作っている。
「あ――」
そして、声を漏らした瞬間――ララの視界は光に塗りつぶされた。
◆◇◆◇
――それは一種の走馬灯。
昨日、キュゥべえと話した記憶。
「そーいえばさ。私以外にも魔法少女っているの?」
その時ララは気になって、そんなことを聞いた。
するとキュゥべえはあっさりと頷いたのだ。
「ああ、キミの他にも沢山いるよ」
そうしてキュゥべえは縄張りの概念や、グリーフシードの奪い合いのことも教えてくれた。
それでララは、複雑な顔になったものだ。面倒ごとは嫌なのだ。魔法少女と争うのも嫌だし、出会ったら即座に逃げよう……そう思った。
でも。
(もし魔法少女同士で協力できたら、魔女との戦いも楽になれるかな?)
そして苦しみを共有できたり、支え合えたり。
時には助けられたりもして。そう出来たとしたら、とてもとても素敵なことのように感じられた。
「……」
ララはまた考える。
仲間、友達――学校で浮いているララにとって、それらは未知のものだった。とっくの昔に諦めていた。自分にはお爺ちゃんさえいれば良いのだと。
だが魔女との戦いで心をすり減らし、既に孤独を抱き始めた彼女にとって、いつの間にかその“友達や仲間”というものは憧れになっていた。
ララは――一人になりたくなかったのだ。
誰かに、側に居て欲しかった。
寂しくて、寂しくて仕方がなくて――
◆◇◆◇
「……?」
だがいつまで経っても、来るはずの攻撃は、来なかった。
(え――?)
ララは、驚きで目を瞬かせた。
自分は死んだはずだ。何故――その疑問に、元に戻りゆく視界が答えてくれた。
目の前に一人の少女がいたのだ。
緩やかに波打つ、金糸のような長いふわふわの髪。前髪だって長かった。その髪を二つに結んだツインテールは、星型の髪留めでまとめられていて。他にも首元についた金色のソウルジェムも、スカートも、ボタンの留め具も、全部星形や星の柄だった。
――まるで一番星のような鮮烈さ。アイドルか――はたまたドレスのような――そんな印象を受ける黄色調の派手な衣装を纏っている。
「……」
そしてそんな少女は本当に綺麗な顔立ちをしていて――ララは瞬く間に目を奪われた。
言葉すら、出てこなかった。
しかし。
「おい、お前が二日市ララか?」
「へ?」
「俺が確認してんだ。答えろ、ガキンチョ」
もの凄く口が悪かった。
しかも一人称が“俺”。まさかの俺っ子である。
(え、ええ……)
また別の意味で驚いた。
いや、正しくはそのギャップに面食らったというべきか。
しかし……今の状況を考えるに、少女になんらかの形で助けてもらったのは間違いない。それならば質問に答えなくてはならなかった。
「そ、そうだよ。私が二日市ララ」
ララは素直に名前を名乗った。それから感謝を伝えようとして、
「あの、助けてくれて――」
「そうか。だが礼は後で良いぜ」
途中で言葉を止められた。
「それよりさっさと魔力を回復しろ。魔女はまだ倒れちゃいねえ」
少女は懐から何かを放る。
コロンと目の前に転がるのは、黒い球体に針がついたもの――グリーフシードだった。
……あまりのことに呆然とする。
「早くしろ」
だが少女の催促でハッとなり、慌ててソウルジェムに魔女の卵を押し当てる。宝石の穢れが除去された。こうなればなんとか起き上がるくらいは出来る。
「よし、立ち上がったな」
ララが立ったのを確認し、少女は嬉しそうにニヤリと笑う。
その口元から覗くのは八重歯――少女の男勝りな性格を感じさせた。そしてそれに呼応するよう、魔女も吠えるのだ。
「――klどpsl!! mslsっlsー」
「ハハハハハ、何だよ。お前もやる気充分って感じか?」
しかし不敵に笑う少女。
まるで負けはしないと言わんばかりに……その顔を見ていると、どうしてだかララも勇気が湧いてくる。
絶対、何があっても大丈夫だと思わせる力が、少女にはあった。
「よし! 唐突で悪いが、落ち着いて俺の言う通りにしてくれるか、ララ。二人で魔女をやっつけるんだ」
「……う、うん!!」
力強く頷けば、少女は気に入ったように目を細め、
「良い返事だ」
と褒めてくれた。
「そんじゃあ行くぜ。ララ、お前はとにかく後ろに控え、魔女を痺れさせることに集中しろ!! 俺には構うな! 全力でぶちかませ!!」
「分かった!!」
刹那、少女が前に出て走り出す。ララは銃を構えて撃った。
――
電気が踊るように走り眼球検査の魔女へと向かう。
だがビームで防がれる。そしてそのビームは少女にも降り注いだが、彼女は無傷だった。
――いつの間にか少女の側に現れた、宙に浮いている大きなチャクラム。そのチャクラムは少々特殊で、五つの突起物が生え、五芒星のような形をしていた。それが回転することで鋭い刃となり、ビームを切り裂いたのだ。
「まだまだァ!」
少女が腕を振るう度、その動きに合わせチャクラムは縦横無尽に動く。
縦、横、斜め、下から。
どんなにビームが来ようと、それを瞬く間に切り伏せ、防いでしまう。
「そんでもういっちょ――せいやあ!!」
そして少女は両手を広げ、大量の“武器”を投げる。
同じく星型の小型のチャクラム……いっそ手裏剣とでも言うべきか。
その手裏剣がそれぞれ、完全無比な綺麗な軌道を描き、結界内のすべての目玉に突き刺さって霧散させてしまう。
ララは少女の戦闘能力の高さに、驚愕するしかなかった。
(あの人、動きが私とは全然違う! 凄い!)
少女はそれくらい洗練された戦い方をしていた。
スピードもパワーも桁違い。彼女はベテランなのだ。自分では届かない遥か高みへと彼女はいる。
「っペーーwーを!」
その少女を警戒したのか、眼球検査の魔女は彼女へ向け、ララの時とは比べものにならない程の遮眼子の雨を降らせる。
だが少女のチャクラムが宙を滑りながら旋回した。
すべて捌いた。――あり得ない速さと正確さで。
それが、魔女の隙を生み出す。
「ララ!!」
「――ッ!」
合図に従い、ララは眼球検査の魔女に電気を撃ち込む。
――感電。
魔女の動きが止まる。少女は八重歯を剥き出しに、ニカっと笑った。
「上出来!」
――刹那、少女は高く飛び上がる。
腕を振り下ろす。
チャクラムが天高くから落とされ、一閃。
…… 眼球検査の魔女が真っ二つになって消滅した。
「……」
結界が、消える。
元の路地裏に戻ってきたと同時に少女が降り立った。
終わったのだ。
(やっと……)
ララは長く長く息を吐き出す。
正直言ってホッとしていた。
力が抜けていくのが分かる。……じわじわと、助かって良かったって、嬉しさが込み上げた。
そして少女は安心させるように、優しく微笑んだ。
「ララ、よくやったな。頑張ったじゃねえか」
「……うん」
「ふふ」
笑いながらハイタッチの構えをする少女。
ララもおずおずと手を差し出せば、ペチ! とその手に彼女の方の手を合わせてくれた。
それが、存外に嬉しく感じられた。
(……でもこの人誰なんだろう)
同じ魔法少女であることは疑いないが――しかしだからと言っていきなり現れて、しかもこちらのことを知ってる風でもある。
明らかにおかしい。
彼女は一体何者なのか。
気付けばララはじーと少女を見ていた。
すると少女もララの思っていることが伝わったようで。
「あー、何つーか……そりゃあ気になるよな」
と苦笑をした。
「えーと……なんて言えば良いんだこれ? 知り合いに頼まれた? キュゥべえからも聞いたし、下手に死なれると今は困るっつーか何つーか……」
「?」
「よーするに……アレだ。色々とあるんだよ、こっちにも」
「ざっくりし過ぎじゃない?」
思わず突っ込めば、タハハ、と少女はまたもや苦笑。
どうやらテキトーなことは自覚しているようだ。
「何はともあれ、お前が無事だったのは良かったぜ、二日市ララ。こっちはこっちでヒヤヒヤしたんだからな」
そして調子を取り戻すようにうんうんと頷き。
「じゃ、とりあえずまずは名乗っておこうか。俺の名前は星尾瑠美笑――ルーミエだ」
「ルーミエ……」
その響きは、すんなりとララの胸に入ってきた。
――こうして、ララとルーミエは出会う。
それはこの物語の運命を加速させる。
その果てに待っているのは――“ルーミエの死”。
これは彼女が、罪を償って終わるまでの話だ。
ララはその物語を最後まで見届けることになるが……この時はまだ何も知らず。
ただただこの出会いに、何かが始まる予感を感じているのだった。
◆◇◆◇
一方で。
その出会いを見ている者が、別の場所にもいた。
建物の中からこっそり望遠鏡で下を見ている一人の男がいた。
「……」
男は呟き、目を細める。
「……“星降り雨のルーミエ”」
それは彼がこっそりとつけた渾名に過ぎない。
星尾瑠美笑。
彼女は“あの事件の鍵”を握る人物でもあり、慎重に見定めなければいけない相手だ。
(探ってやる。何としてでもな)
そう決意して、望遠鏡を下ろし、窓のカーテンを閉める。
――彼は紛れもなく、“復讐者”だった。