プロファイル.1 『星尾瑠美笑』
・主なプロフィール
名前――星尾瑠美笑。
年齢――十六歳。
利き手――右。
身長――一五十七センチ。
出身――施設、星の鳥籠。
・詳細
十歳の時、天球市雲母町、雲母展望台にて衰弱状態で発見される。
以前の経歴、戸籍共になく、親戚も見つかっていない。
本人も記憶を忘却しており、当時の病院側の記録に「人形のようだった」と記載があり。
その後は施設、星の鳥籠に引き取られる。
現在は中卒のフリーターである。アルバイトは長く続かず、仕事を転々としているようだ。
・魔法少女として
雲母町を中心に活動。
経験は約六年。
記憶を忘却していたことと、経歴が抹消されていることから、契約内容と何かしらの繋がりがあると見てとれる。
固有魔法は「自己鎮静化」。
天球市の魔法少女のまとめ役、不知火キズナとは親交がある一方、他の交友関係については極端に狭い。
・内面について
自罰的、厭世的。
同時に希死観念があり、内面が歪んでいるように思える。
・追記
対象を「星降り雨のルーミエ」として呼称する。
対象は「星降り雨事件」の鍵を握る人物でもある。
以降も観察を継続する――
◆◇◆◇
星尾瑠美笑ことルーミエは、長い間魔法少女として生き、戦ってきた。
しかしそこに誇りがあるかと言われるとそうでもなく、むしろ嫌だったこと、苦しかったことの方が多い。
そもそも契約の記憶なんてなく、“かつての自分”がどうだったかなど、覚えてはいないのだ。
ずっと惰性で生きてきた。
そして何の偶然か、はたまた固有魔法のおかげか。
何故か今の今まで生き延びてしまい、ルーミエは今日も今日とて惨めにこの世界で息をしている。
そんな未来に夢も希望もない自分に、親友と言っても過言ではないキズナが言ってきたのだ。
――最近契約した魔法少女を、育ててみる気はないかと。
(……いやマジで何言ってんのこの人は)
と、正直ルーミエは思ったものだ。
だってこんな自分に出来ることなど、たかが知れているから。
昔の仲間も、本当のルーミエを知って皆いなくなった。
だが、かといって無視できる話でもなかった。
最近少なかった魔女が、また戻ってきて忙しくなったからだ。
それは遠い街の、神浜という場所が原因らしいのだが、ここでは割愛する。
まあつまり、天球市及びその一地域である雲母町も、新人魔法少女が死にやすい環境に逆戻りしてしまったのだ。
しかもその新人魔法少女はまだ十歳だという。
ルーミエが魔法少女になったのと同じ歳だ。
(……その頃の俺は、キズナ先輩が現れるまで、ずっと心細かった)
それこそ最初の一年は、本当にガムシャラに戦い続けた一年だった。
なんとか生きて、生きて、生きて――死にたいと思わなかった日は一度たりともない。
そんな辛い思いを、昔の自分と同じ幼い少女が味わっている……そう思ったら、心の底から反吐が出た。
予想以上に、嫌だと思った。
そしてルーミエは、ララの捜索を開始したのである。
だがまさか、既に魔女と戦っていたなんて思もいもよらなかったが……。
(うーん、にしても間に合って良かった)
――現在、丁度ララを助けたところである。
ララは相変わらず目をパチパチと目を瞬かせ、不思議そうな顔をしている。そりゃあそうだろう。ララからしてみればルーミエは不審人物である。
だが、教育係になると決まった訳じゃないし、いきなりそんなことを切り出すにしても唐突だ。
とりあえず、とルーミエはララを観察した。
――随分と顔立ちの整った少女だ。
紺色のショートカットの髪をツーサイドアップにし、猫目気味な青い目が可愛らしい。近未来的なデザインの服は、SFのキャラが着ていそうな宇宙服をワンピースにしたみたいな衣装で、首元、手首、袖の周りをふわふわのファーであちらこちらあしらっている。
深い青のスカートはラメでキラキラしていて、星空を思わせた。
首元にある紺色のソウルジェムは菱形で綺麗だ。
しかしそんな彼女も魔女との戦闘でボロボロである。
一旦、休ませてあげた方が良いだろう。
「ゴホン。ってことで、ララ。これからの話もかねて――って、おわ!?」
その時、突如としてビターン!! とララは倒れた。
疲れのあまり気を失ったのだろう。変身も解けて、半袖シャツに釣りスカートというシンプルな服装に変わっている。
「おい、大丈夫か!?」
ルーミエも慌てて変身を解除した。
髪はそのまま下ろされ、腰までに。薄手のピンクのワンピースを纏った彼女は、しゃがみ込んでララを抱き上げる。
あれこれ確認をしたが無事だったようだ。
一応ホッとして、ルーミエはララを背負うことにした。
「……本当に頑張ったな」
一言そう言って、さて何処に運ぼうかと思案する。
自宅は遠いし、ララの住んでいる場所は知らない。安全で近くの場所となると――
「仕方がない。あそこに運ぶか」
そうしてルーミエは、“アジト”へと歩みを進めるのだった。
◆◇◆◇
――雲母町は田舎である。
関東北部の隅にある天球市。
都会へのアクセスは良く中央街は人が集まる一方で、角の方は田んぼの畦道やガラガラのシャッター街が目立つ。
その中でも雲母町は郊外であり、特に山間近くにあるため人口は少なめだ。しかしその分、自然豊かで天体観測が盛んな町でもある。
その関係でプラネタリウムに、天体観測場、星に関する施設が沢山あった。
が、そこはやはり田舎町なのである。
古い施設は次々と潰れたり放置されていて(ちなみにララの祖父のプラネタリウムもそうなりかけている)その中の一つに雲母宇宙博物館がある――ルーミエとその仲間は“アジト”と呼んで溜まり場にしていた。
その博物館の中に入り、ルーミエは休憩スペースのソファにララをそっと寝かせる。
一先ずふうと息を吐き出せば、ちょうど後ろからやってきた彼がギョッとした顔をした。
「は!? え、誰なのその子!」
「ああ、ギーク」
振り返れば、そこにいたのは一人の少年だ。
背はルーミエより少し高いくらい。眼鏡で目付きが悪く、スッと茶髪を流している。
名前は藤崎銀河。ルーミエと同じ施設出身者であり、一つ年下の男子中学生だ。キズナとは別の意味で、ルーミエの親友のような幼馴染。
頭が良いので皆からは“ギーク”と呼ばれている。
「倒れたんで運んできたんだ。まあ知り合いつーか、なんつーか」
ルーミエは微妙な顔をして答えた。
さっき会ったばかりだが、嘘は言っていない。するとギークは少し不思議そうにして。
「いつの間に? ボタちゃんの時と良い、最近のルーミエってどんな交友関係してるの?」
と首を傾げていた。
そして何を勘違いしたのか妙に慌て始め。
「ッハ! まさか他の男の人とも仲良くなったりしてないよね!?」
「……何言ってんだお前?」
今度はルーミエが不思議がる番だ。
どうも施設を出た辺りから、ギークの様子がおかしい気がする。
(まったく……寂しがり屋が爆発してるのか?)
そりゃあ、ルーミエとてギークと離れて“同じ気持ち”なのだが。
定期的にここに来ているのだ。逆に疑われるのは心外と言える。
ルーミエは安心させるように言った。
「別に一緒に働く人もいるけど、お前ら以外なんて仲間じゃねえよ。キズナ先輩とかは例外だがな」
「……」
「特にお前は俺にとって特別だ。余計な考えしてんじゃねえ」
そうやってポンポン、とルーミエはギークの頭を優しく撫でた。
ギークは心なしか恥ずかしげに俯いている。
それにもう一度首を傾げたが……ギークは弾かれたように後ろへと下がった。
「お、俺!! なんか飲み物持ってくるよ!! その子だって起きてたら喉乾いてるだろうし」
「はあ?」
「すぐ戻るから!」
そそくさと奥へ引っ込んでいくギーク。
何だか少し避けられてるみたいで、ルーミエはぷくっと頬を膨らませた。
すると。
「ジー……」
「ジー……」
「ジー……」
複数の視線が向けられているのに気付く。
見ると、ギーク以外の他の仲間達がいた。
彼らは口々に言い合う。
「まーたやってるんですのね。あんな風に垂らしこんでおいて、気付いていないだなんて罪ですわ……」
「ぶっちゃけあり得ないよね……可哀想……」
「というかイチャイチャなんかやめろよ。リア充とか死ね」
最後に至ってはただの悪口である。
流石にルーミエも叫んだ。
「なっ!! 皆してボロクソ言うなよ! 俺の何が悪いってんだ!」
「「「そう言うところ」」」
「口を揃えるな!」
ルーミエが突っ込めば、皆はカラカラと笑った。
完全に揶揄われている。ルーミエはララの隣にどさっと座り、あからさまに拗ね始めた。
根は子供っぽいのである。
そして皆それを知っているから、ちょっとだけ苦笑をして、それぞれまた自分の好きなことを始めるために、散っていった。
唯一残ったのは黒髪ロングのパッツン少女――ぼたんだけである。彼女は、ルーミエとは反対側に座った。
「それで星尾さん。この子誰なんですの?」
「……指のところ見ろよ」
「!!」
ぼたんはララの薬指を見て酷く驚いた顔をした。次には納得した顔をする。
「成る程……大方ピンチのところを助けた、というところですのね」
「それにキズナ先輩にも、世話を見るように頼まれたんだ」
「良いじゃありませんの」
ぼたんはララを歓迎しているようだった。
「雲母町も田舎とは言え魔女が流れてきてますわ。見かけない顔から言って私と同じ新人……一緒に活動出来たら、私も心強いですわよ」
ぼたんもルーミエに拾われた雲母町の魔法少女なのだ。仲間は増えるのは純粋に嬉しいのだろう。
だがルーミエは渋い顔にならざる得なかった。
やはり昔の記憶が蘇る。
――『化け物』。
――『冷徹』
――『なんで平気な顔をしているの』。
死んでいった仲間から、そんなことを言われ続けてきた。
でも別にルーミエだって、そんなことをしたくてやっている訳じゃない。
ただ、怒れない。悲しめない。絶望出来ない。
ルーミエは“そんな魔法少女”だった。
こんな自分が他の魔法少女の側にいて良いのか、甚だ疑問である。
ぼたんもルーミエのことを知らないから、良いんじゃないのかなんて気軽に言えるのだ。
だから――
「――まず大事なのは、この子の意思だと思いますわ」
「へ?」
どういうこと? と目で問えば、ぼたんは呆れた顔をした。
「だってそうでしょう? そもそも一緒にいたいのか、いたくないのか。最終的に決めるのはこの子じゃありませんの。結局私達があーだこーだ悩んだってしょーがないんですわ。そう思いませんこと?」
「……そうだな」
一理あるので、ルーミエは頷いた。つまるところ、ルーミエの一存で決めるべきではないのだ。ララがどう選択するか――
「お、おーい、持ってきたぞー」
とそのタイミングで、ギークが戻ってきた。途中からぼたんがいることにも気付いたのか、カップは三人分。ルーミエとぼたんはお礼を言いながら受け取る。
「おお、ホットココアか」
「うん。好きでしょそれ」
「ああ」
しかも飲めば丁度良い甘さ。
流石ギーク。砂糖の入れ方も完璧。ルーミエのことをよく分かっている。
「んふふ」
ギークが“ルーミエのため”に好みの入れ方を覚えた事実が嬉しくて、彼女は無意識のうちに上機嫌になる。ぼたんの生暖かい目線すら、どうでも良いことであった。
「んん……」
そうしている内にララが身動ぎする。
やがてパチっと目を開け、ガバッと身を起こし、キョロキョロと首を動かした。
「え、あれ? ここ何処?」
「ふふふ、起きたか? ようこそ俺達の秘密基地へ」
ルーミエは上機嫌のためか、やけに歓迎するよう柔らかい笑みを浮かべた。
するとララは驚いた顔をして、
「確か、瑠美笑さん? だったけ……」
と呟いた。
ルーミエはちょっと戯けたように肩をすくめる。
「ルーミエで良いよ。少なくとも皆からはそー呼ばれてる」
なにしろキュゥべえでさえ、なのだ。
ルーミエとしても、“星尾瑠美笑”という名前はどうにもしっくりこなかった。
ララにもそれが伝わったのか、素直に頷いた。
「じゃあルーミエ」
「ああ」
「横にいる二人は誰なの……?」
「俺の友達。ギークにボタちゃん」
「……練馬ぼたんですわよ。何故か勝手に渾名で呼ばれてますの」
若干不服そうにぼたんは答えた。そんなに嫌そうな顔をしないで良いのに、とルーミエは思う。可愛い渾名じゃないか、ボタちゃん。
「で、俺が藤崎銀河ね。えーと」
「二日市ララ」
「ララちゃんか。さっきルーミエが君のことを運んで来たんだけど、ゆっくりしていってね」
「……うん」
そしてララの視線がルーミエに動く。
何を思ったのか、しばし考えるような仕草をした後、ゆっくりと頭を下げた。
「あの時はありがとう……ございました」
「おいおい、顔上げろよ。こういう時はお互い様だろ」
「……、お礼」
「ん?」
「お礼、出来ます。私、大抵の物は“直せます”。何かあったらいつでも言ってください。私にはこれしか返せるものがありません」
「……」
顔を上げて言った、唐突なララの言葉。ルーミエとぼたんには意味が分かったが、ギーク一人だけは訳の分からないものに聞こえたらしい。
「どういうこと?」
と首を傾げる。
ルーミエは、うーんと頭を悩ませた。まさかここで魔法のことを言うとは思ってもみなかった。しょうがない。元々別室で話す予定だったし。
「おいギーク、悪いが俺達、これから三人でガールズトークすっから席外してくんない?」
「……ガールズトーク?」
ルーミエをじっと見て、あからさまに変な顔をするギーク。
些か失礼だった。上機嫌だった反動もあり、ルーミエの顔に怒りが浮かぶ。
「ギークお前……俺が女らしくねえって思ってるのかよ。よりによってお前が……」
「ええ!? な、何で怒ってんだよ! だってお前普段からアレじゃないか! い、いや……別にルーミエは俺にとって……ごにょごにょ……だけど!」
「………ふーん」
瞬間、ルーミエは表情を変える。
――ルーミエはギークの口の動きから、何を言ったのか大体察したのだ。
(……ふーん……俺のこと、可愛いって思ってるんだ……ふーん……)
正直、そういうギークのいじらしさの方が可愛いと思うルーミエなのだが。それはそれとして良しとする。何故なら物凄く喜んでるから。
「アハハハハハ!! そうかよ! お前、アハハハハハ!!」
「? ……え、何?」
「アハハ、お前の言うことがおかしいって話!! ってことで今度遊びに行こうぜ、二人っきりでさ! ゆっくり店でも回って、そっから――」
「は、はあああああ!? お前こそ何言ってんの! マジで!? 一緒に出かけてくれんの!?」
かなりギークが食い付いてくるが、ルーミエは気づかずコクコクと頷きまくる。
「マジマジ」
「よ、よっしゃあああああ!」
ギークは叫びながらスキップして引っ込んでいった。
取り残されたララとボタンは顔を合わせている。
「何なのこれ」
「いつものことですわよ……これで付き合ってないんですわよ」
「つまり無自覚両片思い……? ……何それ推せる……」
「貴女思ったよりアホですわね」
……そんなやり取りはさておき、とりあえず本題へ。
改めてルーミエ、ぼたん、ララは向き合う形で座り直す。
「まずはララ、お前のことなんだけど……キズナ先輩から頼まれたのがきっかけだったんだ」
「キズナ先輩?」
「天球市のベテラン魔法少女ですわ。あの人が、魔法少女の仲裁とかやってくれるんですの」
他にも、定期的に集まるよう呼びかけたりとか。
天球市の魔法少女は、数こそ十五人と少なく協調制はあまりないが、それでも秩序を保っていられるのは、まず間違いなく不知火キズナのおかげだと言える。
彼女は長い間、魔法少女を守ってくれているのだ。
「新人魔法少女も、あの人は気にしてるんですのよ。それ相応の対応をしますの」
そしてぼたんは、「ちなみに私もキズナ先輩の紹介で、ルーミエと会ったんですのよ」と自分のことを話した。
「まあ、俺はあの人の相棒だからな。それで、お鉢が回ってきたって訳」
「なら……」
「今後もこの雲母町で活動するなら、俺とチームを組むことになる。そんで一人前になるまで修行をつけてやるって感じになると思うけど……どーする?」
さっきもぼたんが言った通り、ララ次第だった。
ルーミエも無理強いするつもりはない。そうやって返答を待っていると、ララはまっすぐとルーミエの顔を見て、言った。
「やる」
「良いのか? 俺といると、色々手伝ってもらうこともあるんだけど……」
「今回のことで分かった。私は――弱い」
グッと悔しげに、ララは拳をつくる。彼女の中に何があるのか分からない。でも明らかに強い意志がることを、表情が物語っていた。
「私は弱い」
もう一度、ララは繰り返す。
「だから私は強くなりたい。あの時思った。死にたくないって」
「……そうか」
「お願いします」
そうしてもう一度頭を下げる。
ララは自分の無力さが嫌なのだ。
その気持ちはルーミエにもよく分かる。それが彼女の心を、思ったより動かした。
――どうせ、自分の命は短い。気紛れに、この子を強くするのも悪くないかもしれないと……そんな気持ちにさせたのだ。
「そこまで言われちゃあなあ……」
ルーミエは仕方なさそに頭を掻いた。
「やっぱり良い返事だな、ララ。そうときたらビシビシ修行行くぞ」
「うん!」
ララは元気良く頷いた。
「その代わり私も、応援してるからね!」
「ん?」
「あ……結局それもあるんですのね……」
ぼたんは呆れたような目をしていた。
反対にララは瞳をキラキラさせていて……何故だか興奮気味になっているのが不気味だ。
もしかしなくても、ちょっとヤバい子なのかもしれない。
(一応良い子っぽいのにな……)
そこはかとなく漂う残念な臭いに、ルーミエは苦笑する。
何だか前途多難なようだった。