藤崎銀河にとって、星尾瑠美笑はずっと特別な存在だった。
出会いは九歳の頃。
何故かそれまでの記憶も、経歴もなくしてしまった自分。
何処かで倒れていたらしいが、何も覚えていないため、訳が分からなかった。
そんな空っぽな自分と共に保護されたのは、一歳歳上の女の子だ。
入院した病室だって同じで、一日中、一緒だった。
とても綺麗で、可愛い子だった。
「……」
でも、恐ろしい程に無口なのだ。いくら美少女と言っても人形みたいで不気味だ。何よりつまらない。
だから、思いきって話しかけてみることにした。
「なあお前、名前は? なんて名字なんだ?」
「……」
だけど女の子は何も答えない。
ギュッと何かを握り締めたまま、無表情。
だんだんイライラしてきて、つい強い口調で怒鳴ってしまった。
「なあってば!」
「……名前……」
すると、初めて女の子はポツリと呟いた。
こっちを見る。ゾッとするほど無機質な目。何を考えているのか分からなくて一層恐ろしく思えた。
しかし女の子は気紛れなのか、側にあった用紙を引っ張り、サラサラと何かを書く。
――星尾瑠美笑。
それが彼女の“名前”だった。
だというのに、その紙を渡されても、当時九歳だった銀河にはなかなか読めない字だったのだ。
「え、えと? ちょっと待って? ホシオ……ル、ル、ルー、ミエ?」
「……」
「あの、合ってるよな?」
「……ルーミエ」
「はい?」
「……ルーミエ」
その響きが気に入ったのか、何度も繰り返す女の子。
正直言って、“ルーミエ”じゃなく“るみえ”が正しいのではないかと思ったが、この子がそれが良いというのなら、まあそれで良いような気がする。
「うん――ルーミエ」
銀河がそう呼ぶと、ルーミエは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
――それは、一度だって見たこともない表情。
花のように可憐で。今までのこともあり、すごくギャップがあって。
思わず見惚れてしまった。
……後から思い返せば、この時彼女を好きになったに違いない。だが当時はただただ恥ずかしくて、そのくせ何故だか嬉しくて、仕方がないような気分になった。
馬鹿みたいに、ルーミエと呼び続けた。
「ルーミエ……ルーミエ!」
「うん、うん……ふふ」
ルーミエは笑い声を漏らしている。
……この時から、彼女は表情が豊かになっていった。
その後も、ルーミエは話す度に変わっていって。
――いつの間にか、銀河と同じような男口調になり。仕草も似たような感じになって。退院する頃には、すっかり勝気な性格になっていた。
ルーミエは銀河以上に空っぽだった分、彼を模倣する形で人格を形成し直したのだ。
と言っても、すべてがすべて、銀河を元にしたものではなく。記憶を失う前の、かつての星尾瑠美笑が消えた訳でもないのだろう。ルーミエの中に、それが垣間見える瞬間が結構ある。
実は、ちゃんと女の子ぽいところとか。
子供っぽくて拗ねやすいところとか。
世話好きなところなんかも。
孤児院で一人にならなかったのもルーミエのおかげだ。
銀河の手を引っ張って、今の仲間達の元へ連れ出してくれたおかげで、銀河は“ギーク”と呼ばれるようになり、笑い合える兄弟、家族が出来た。彼女には感謝しても仕切れない。
それに――
「ギークは――銀河君は、俺にとって特別だから」
そうやって、ルーミエはあの時見せてくれた笑顔を、今でも咲かせてくれるのだ。
しかも自分だけに向けられる、唯一無二の表情。
悪い気はしない。
むしろ嬉しくて、優越感があって――……まあこれで好きにならない方がおかしい。
ルーミエは本当に可愛くて、銀河の――否、ギークのすべてになっていった。あの病室の時のまま。何処までも無垢に、純粋に、ギークを慕ってくれる。
それが嬉しかった。何もなかった自分の価値を、常にルーミエは肯定し続けてくれた。もしかしたら、空っぽだった器を満たされたのはギークの方だったかもしれない。
だが、おかしなことに、自分の恋慕に気付いたのは割と最近のことだ。
その頃のギークは、隣にルーミエがいるのはずっと当たり前のことだと思い込んでいた。
――肝心の彼女から、施設を出ていくという話を聞くまでは。
「は? どういうつもりだよ……?」
ギークは耳を疑ったものだ。
確かにギーク達のいる施設、星の鳥籠は、あまり良い環境とは言えない。先生は小さい子を虐待しているし、裏金とか、暴力団とかと関係があるなんて噂も存在している。だからこそ仲間内での絆はとても深くて……しかしそれ以上にギークにとってルーミエとは、姉であり、妹でもあり、親友でもある、掛け替えのない存在なのだ。
そのルーミエが遠くに行く。まるで金槌で頭を殴られたような衝撃だった。
それに――
「進学はどうするんだ……?」
仲間達はなんやかんや好きな道に行っている。
――リーダーこと
――ユーヤこと
――カズトこと
……ギークだって、夢を叶えようと思っている。でもルーミエは?
このまま孤児院にいれば、高校くらいは出られる。将来がぼんやりしていても、学歴がなければまともな仕事に就けない。それはルーミエだって分かっているはずだ。
なのに、
「俺はさ……別にどうだって良いんだよ」
ルーミエはそんなことを言うのだ。
「お前らが好きに生きられるなら、何だって良いんだ」
「なっ――お、お前、何を言って……!」
「要するにだ。俺は、お前らのことを守りたいんだよ」
ルーミエは真剣にそう告げた。こんな彼女は見た事がなかった。
「そのためには、時間が必要なんだ。自由に動ける時間が」
「……ルーミエ」
「そこまで心配する必要ねえよ。お金さえ貯めれば、今は通信でも大学は行ける。これはそう……ちょっとしたより道なんだよ」
そして、安心させるかのように――ルーミエは笑う。
大丈夫だと。
だがむしろ、何処か儚げに見えた。まるでルーミエ自身が、ふわふわと風船のように飛んで、消えていってしまいそうな。そんなのある訳ないのに。
その時に、実感した。
やっぱりルーミエは大切な存在だ。
誰よりも、何よりも特別な。それは家族に抱く感情とは別のものに思えた。
そう――それはもっとドロドロで、グチャグチャな、執着を含む熱い感情。
恋と呼ばれるにはあまりにも――しかし恋としか呼べないものだった。
(でもルーミエ、お前はどう思っているんだ)
自分はこんなにも……こんなにも彼女を離したくないと願っているのに。
ルーミエのことが分からない。あの時からずっと、ルーミエが別の遠い場所に行ってしまう予感がする。
嫌だ。
どうして、どうして、どうして。
きっと聞いたってのらりくらりとはぐらかされてしまう。
何故だ。
――俺を置いて、いなくならないでくれ、ルーミエ。
◆◇◆◇
天球市から、少し離れた七川市。
その駅前の時計台の下、藤崎銀河――ギークが立っていた。
「……」
彼の手には、二つのチケットが握られている。
もう既に期待からか、強く握りしめた影響で少しシワクチャになっていた。
(ありがとうございます、ララさん!)
ギークの脳内には、サムズアップしてにっこりと笑うララの姿があった。昨日そんな風に、このチケットをくれたのだ。
『これ、飲み物のお礼だよ! ルーミエとデート楽しんできてね! グフフ……あ、涎が……』
『……』
グフフって何だ……? と一瞬思ったが、チケットを見ておったまげだ。
それは知る人ぞ知るデートスポット――七川アクアリウムパークのチケットだったのである。いつか行ってみたいなあ……なんてルーミエがこの前呟いていて、密かにチェックしまくっていたのだ。しかも近くには観光する場所がいっぱいある。これは、チャンスだ。
ギークは感動でプルプルと震えた。ララはそれを見て得意顔だ。
『フッフッフ! 実はこっそりリサーチしたんだよ。ほら、他にも効率が良い周り方にルーミエの趣味趣向etc……これを使って完璧なデートプランを作るんだ!』
『……』
この子ちょっと怖くない?
ギークは単純にそう思ったが、それはそれとしてこの時のララは神様仏様だった。心なしか後光が刺しているように見える!
『あ、ありがとうございます、ララさんー!』
ってな訳で、ギークは泣き咽びながらチケットを受け取ったのだった。
そして幸いにもお出かけの約束は既にされている。必死過ぎる誘いにルーミエは苦笑しつつ、「分かったよ」と答えてくれた。
ギークは裏で何度も小躍りした。
で、その前日は眠れなくなって、今日は当日だというのに目がガビガビだ。端的に行ってヤバい。
(だが紆余曲折あったが……ついに! ついにデートまで辿りつけたぞ!)
思い返してみれば、悲しくも辛い日々だった。
思いを自覚したは良いが恥ずかしくて何も言えず。さりげなくアピールしたこともあったが気付いてもらえない。幾度枕を涙で濡らしたか分からないが、今日この日、やっと! デートだ!
ああ……デートってなんて甘美な響き!
「フフフフフ……」
いつの間にか不気味な笑い声を漏らすギーク。子供が「あの人ヘーン」と言ったり、親が「そっとして置きなさい。誰にでもそういう時期はあるの……」などという会話をしていたが、ギークは全く気付かなかった。
そのうち待ち合わせの時間がやってきて、向こうからルーミエがやってくる。
「おーい!」
「お、おう!」
ギークは何とか平静を装い、手を上げて返事を返す。
ルーミエは普段とは違う格好をしていた。高く結ったポニーテールに、動きやすいジャンバー、しかし可愛らしいデザインを抑えるところは抑えているセンスの垣間見えるコーデ。ルーミエはニッと笑い、上機嫌に聞いてくる。
「ね、ね! この服どーう? 今日のために選んだんだけど、どう思う!?」
(最高です)
ギークは生きていて良かったと心の底から思ったが、やっぱり顔が真っ赤になるだけで気の利いたことは言えなかった。せいぜい、「まあ良いんじゃねえの」というぶっきらぼうな台詞だけ。
無論脳内では、違う、そうじゃない! と頭を抱えているが。
それでも、ルーミエは女の子らしく控えめに笑った。
「……ふふ、相変わらず可愛いなあ、銀河君は」
「は!? ――って、!?」
お前の方が可愛いのに何言ってんの!? と一瞬思ったのも束の間。ルーミエはギークの側に行き、腕に抱き付いていた。
「あ、あのルーミエさん!? これは一体何を!!」
当然ギークは混乱状態だ。なんか柔らかい感触もするし色々とヤバい!
(ここは天国か何かなのか!?)
目を見開き鼻血が出そうなのを我慢する。
ルーミエはコテンと首を傾げ、挑発するように目を細めた。
「銀河君、こーいうの嫌なの? 嫌いじゃないでしょ?」
「……そりゃっ、でもこれ……」
「もーノリが悪いな! 銀河君は今日一日、俺のものなの! 我慢してよね!」
そうやってルーミエは、グイグイとギークを引っ張っていく。
半分引きずられながら、しかしまるで本物の恋人になったようで、ギークは満たされた気持ちになった。
(ああ……ちくしょう……幸せだ)
早くも嬉し過ぎて昇天しそうなギークである。
そのまま水族館の中に入り、チケットをスタッフに渡す。
だが七川アクアリウムパークはとても広い。
さて何処から回るものか……ここで素人は悩むだろうが、ギークはララのくれた情報がある。確か――
「あ、あああああ、ああの、その! オススメ、オススメがあって!」
「うん」
「デッカい水槽があって! あ、サメ……とか、デッカい魚とかいて、めっちゃ綺麗って評判で!」
「うん、うん。ふふ、そんな慌てなくても良いのに。デッカいって二回言っちゃってる」
思いっきりカラカラと笑い声を立てられた。穴が合ったら入りたくなるくらい恥ずかしい。何でここでカッコよく決められないのだろう。
喜びのあまり、逆に緊張しているせいだろうか。
ギークは思わずポリポリと人差し指で頬を掻いた。それすらもルーミエはニコニコ顔で見つめてくる。何となく居た堪れなかった。
でも興味を惹かれたらしい。ルーミエは仕切りにそこへ行きたがり、つくや否や歓声を上げた。
「おお、すごいね」
三百六十度グルりと広がる水槽。天井にまで広がり、頭上を大きな魚や色取り取りの魚が泳いでいく。海の中にいるようで綺麗だ。流石目玉スポットといったところか。
ギークとルーミエはいちいち色んなものに目を奪われながら感想を言い合う。
「あ、今の見たか? 変なのいた!」
「見た見た。あっちのアレは何だろ」
「名前は知っているぜ、アレは――」
その後は深海魚のコーナーにも行ったし、イルカショーも見た。
イルカがジャンプすると、ルーミエははしゃいで手を叩いた。無邪気な部分は子供の頃と同じで、ギークはそんなところが好きだった。
「いやー、沢山見たねえ」
「そうだなあ」
そして水族館を全部見終わる頃には、いつの間にかすっかり夕方になっていた。楽し過ぎて時間を忘れていたらしい。
本来の予定だったら他の観光地を巡る予定だったが、それでは遅くなってしまう。また次の機会に誘おうと心に誓った(誘えるかどうかは分からないが)。
そうして二人は最後に、お土産コーナーに向かった。せっかくだから、仲間にも何か買って帰ろうと思ったのだ。人数分入っているお菓子の箱を手に取り、これが良いかな……と考えていると、ルーミエが何かをじっと見ているのに気付いた。
それはイルカのぬいぐるみだった。
星のマークがついたこの水族館のマスコット。両腕で抱けるくらいの大きさで、愛らしい。
「……」
ギークだけが知ってることだが、意外とルーミエはこういうのが好きなのだ。したり顔になって尋ねた。
「欲しいの、あれ?」
「……え? いやいや! 流石にお金が……」
ルーミエはブンブンと首を振って遠慮する。しかしギークはポケットからあるものを出した。
「商品券あるけど」
「……いつの間に」
「ララさんから貰った」
「……ララさん? ていうかそれよりもここで使えるのかよ」
「ちょっと店員に聞いてくる」
ギークは近くにいた店員の元へ行き確認した。そそくさと戻ってくると生暖かい笑みを浮かべる。
「使えるって。良かった」
「……」
「せっかくだしさ、買おうよ。ね?」
ルーミエは目を瞬かせて、こくんと頷いた。
こうしてぬいぐるみを購入。
綺麗にラッピングされたぬいぐるみをギークは渡した。
「はい、ルーミエ」
「ん……ありがとう」
ルーミエは恥ずかしそうに俯きながらぬいぐるみを受けとる。
それでも彼女は嬉しそうにはにかんでいた。この時だけは格好つけれたかな? と思いつつ、ギークも密かに微笑んだ。
――そのまま帰り道につく。
バスに乗り込み、ガタガタと揺られる。
田舎なので他の利用客はいない。二人だけの世界、二人だけの時間。夕日に照らされたルーミエは、いつもより綺麗だった。終始、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめていて、ギークはその横で幸福を噛み締めていた。
――ああ、ずっといつまでも、こうしていられたら良いのに。
「……ねえ、今日は楽しかった?」
聞けば、ルーミエはこくりと頷いた。
「良かった」
ルーミエが楽しんでくれていた。そのことが何よりも嬉しい。
今なら、素直になれる気がした。
「なら、もっと色んなところ行こうよ。面白いものを見て、好きなもの食べてさ。それで良かったら今後も……」
しかし最後まで、肝心なことは言えない。
好きです、付き合ってください。たったそれだけの短い言葉のはずなのに、どうして口にするまでにこうも喉の奥につかえるのか。
(言いたいのに。そうじゃなきゃ、ルーミエといつか――)
離れてしまう気がする。
あの時、あの瞬間感じた嫌な予感。それだけは当たってはいけないのだ。
「ルーミエ、俺は――」
もう一度言葉にしようとする。しかしそこで、ルーミエはポスリとギークに体重を預けた。ギークは瞬時に頭が真っ白になる。
「!?!?!?」
「アハハ、これだけでそうなっちゃうとか、お前どんだけ俺のこと好きなんだよ〜」
思わせぶりなことを言って、ルーミエは物凄く嬉しそうだ。
「やっぱり銀河君は可愛いなあ」
「ッ」
「そうだね。きっと銀河君となら、行きたいところ全部行けちゃうね」
そうやって呟くルーミエの顔は――前以上に儚げに見えて。
ギークはもう何も言えず……ただ憂いを帯びた目を伏せった。
◆◇◆◇
そして――深夜。
ボロアパートのとある一室。ベランダに一つの影があった。
星尾瑠美笑ことルーミエだ。
あの後家に帰り、こうしてデートのことを思い返している。
彼女はささやかな幸福を噛み締めるように、小さく微笑んでいた。
(本当、昔と何も変わらなかったなあ)
いつまでもいつまでも、ギークは変わらない。
藤崎銀河はルーミエにとって大切な宝物だ。彼に抱く感情に、まだ答えなんて出てないけど。
(っっても、あー、うー……)
しかしデートでやったことを改めて思い出し、羞恥に顔を赤くする。
何故腕に抱きつく必要があったのか。何故体重を預ける必要があったのか。いやまあ、普段も頭を撫でたり、たまに膝枕したりとかしてるけど。
それはそれとして、ギーク本人は無自覚だがカッコいいのだ。女の子に人気なのだ。だから牽制だったり、独占欲でたまにそういうことをしてしまう。
それにいちいち反応が可愛いし。慌ててるのを見ると、こう……グッと来るものがある。
(でも恥ずかし〜)
ルーミエは頭を抱えた。
こっちだって平然としているわけではない。むしろ羞恥に耐えに耐え抜いて、えいやッ! という感じでやっているのだ。誰もいない時は大抵悶えている。今のように。
「うう〜」
そうやっている間に、隣でカタン、と物音がした。
「相変わらずやね〜、ルーミエちゃ〜ん」
ついこの間、電話で聞いた声だった。
何でこんな時に……とルーミエはそちらを見る。
ベランダの柵の上、ニヤニヤ顔で立っている魔法少女がいた。
赤みのある髪。それを高い位置で二つの三つ編みにしている。中華風の衣装、帽子、頭に張り付いている一枚の札は、一見するとまさにキョンシーそのものの衣装。手は見えないほど長く萌え袖になっていた。更に肌は驚くほど白い。元々入院していたこともあり色白なのだ。
――彼女こそが不知火キズナ。
かつて同じ中学校に通い、五年もの間魔法少女として活動を共にしてきたルーミエの相棒。
そのため基本的にルーミエはキズナに対し、遠慮がない。
あからさまに、うわ出たよ、という顔をしてみせた。
「うわ、キズナ先輩」
そして実際に口でも言った。
キズナはちょっと不満そうにしている。
「なんやよ〜その反応〜。ルーミエちゃん酷くな〜い?」
「いきなり連絡もなしに来るからっスよ、キズナ先輩」
「いいや〜ん。私と君の仲やろ〜」
……まあ、そう言われればそうなのだが。ルーミエだってキズナの家に無断で入り込むこともあったし。
「にしても〜……ニシシ。そんな風に悶えて良いことあったんやね〜」
「……」
さっきの様子を見られたのか、ニヤニヤ顔になるキズナ。しかも揶揄うように、
「どうせ、愛しの銀河君とデートしたんやろ〜! 告白でも受けたん〜? 例えば、一生俺と共にーとか〜――」
「……キズナ先輩? その名前で呼んで良いのは俺だけっすよ? 何幼馴染でもないのに気安く……」
「わ、悪かったって〜! 冗談!! そんなマジ顔にならんでよ〜」
キズナは戦慄したようにガタガタと震えた。
そんなに怒ったつもりはないが、変な人だ。おまけに「まったく……本当の本当に相変わらずやね〜」と呟かれたのも心外だった。
「まあでも時間もなかし、手短に用件だけ伝えるよ〜」
しかし次には雰囲気が一変する。
飄々とした態度は消え、まるで氷の刃のように。
「仕事や、ルーミエちゃん――標的は五十五歳の会社員、金山茂樹。行けるやろ?」
「勿論」
言って、ルーミエは変身する。
いつもの魔法少女衣装の上に、黒く長い外套を羽織っていた。
そのフードを目深に被り、ベランダから飛び降り、闇夜へ溶け出す。キズナもその後に続いた。
――二人には、誰にも言えない秘密がある。
それはとある暴力団に所属する戦闘要員、暗殺者であるということ。
それぞれに事情があったが、ルーミエの場合は施設の仲間を人質に取られていた。
星の鳥籠――その実態は噂通り、暴力団によって運営される孤児院なのだ。ひょんなことから魔法少女としての力がバレ、ルーミエは利用されている。
でも、それで良かった。
従っていれば、仲間達は好きな道へ行ける。資金の援助をしてくれる。
ギークだってこれから先好きに生きられるのだ。
(魔法少女である自分よりも、遥かに……)
それでもギークは、きっとルーミエのことが大切なんだと思う。特別だと感じてくれている。それが嬉しい反面、辛かった。どうやったって、ルーミエは魔法少女である以上長生き出来ないのだ。
だからこそルーミエは決意する。
ギークを守る。
そのためなら、いくら両手が血に染まろうが関係ない。
(それに銀河君は、俺が死んでも必ず泣いてくれるんだ)
藤崎銀河こそが、ルーミエの生きた証。
酷いことだし、あまり良くないことだと自覚している。だけど、彼の中に消えない傷跡を残せれば、こんな自分にも価値が生まれると思うのだ。
――そしたらさ、ずっと一緒にいられるかな?
脳内で再生される、彼の言葉。
『なら、もっと色んなところ行こうよ。面白いものを見て、好きなもの食べてさ。それで良かったら今後も……』
(うん。生きてる間にいっぱい行こう?)
――消えてしまう前に、君との思い出を積み重ねよう。
――綺麗で醜い傷跡をつけ続けよう。
ギリギリ、ギリギリ。その心に爪を立てて。
藤崎銀河は、ずーと、ルーミエだけのものなのだ。
ああ――大好き、大好き、大好き。
――大好きだよ、銀河君。