うつ病の女の子VSそいつが好きな俺 作:小卒のフリーレン
ふと、夢を見た。
ベッドから飛び起き、呼吸を荒げる。
何か心を落ち着かせるものはないかと視線を走らせ、空に浮かぶ気味の悪い黄色の月を見つめた。じっとりと湿ったパジャマが嫌な温度を伝えてくる。
それはとんでもない悪夢で、俺の世界を限界の先の先まで壊し尽くしてしまうような、破滅的な夢だ。
シミュレーテッドリアリティ。
聞いたことがあるだろうか。説明すると、自分の見る世界は何かの本や漫画、ゲームや小説やアニメに記されたただの記号でしかなく、何の意味もないという考え方だ。
人生も世界も感情も嬉しいも寂しいも全部、筋書き通りのストーリーでしかない。そういったある種の諦念を持つことになる精神的な病のことである。
俺の見た夢の内容はこうだ。
それに患った女が本当に世界に干渉し、俺の日常……というか、俺の幼なじみを自殺にまで追い込んでしまう。世界をやり直しても最悪な未来は変わらなかった。
そして夢の中で俺はゲームの主人公というわけだ。
なかなかに馬鹿げた話だ。登場人物がやけに俺の現実に存在する人物ということも腹立たしい。
サヨリ、モニカ、ユリ、ナツキ。
夢の中の彼女らはみんな可愛い。
俺はユリとナツキという人物を知らなかった。サヨリとモニカは知っている。
サヨリは俺の幼馴染で、幼稚園からの仲だ。彼女面して色々俺の世話を焼こうとしたり、笑顔が絶えないやつである。アホみたいにずっと笑ってるから多分何も考えていないんだろう。しかしあーいうタイプに限ってストレスを溜め込んでいるということも考えられる。
思春期の性というのは本当に厄介なやつで、俺はいつもサヨリに対してツンツンした態度を取ってしまう。しかし本心は違うんだ。本当は俺はサヨリみたいな可愛い女の子が構ってくれて嬉しいと思っている。
現実でツンデレは痛いかも……いやかなりイタイ。
今後は正直に接するようにしよう。
モニカは去年同じクラスだったくらいしか縁がない。文武両道で才色兼備。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花とは彼女のためにあると噂されているのは知っている。
そんな彼女が俺の夢であんな酷い役回りで出てきたのは正直申し訳ない。もしかして俺は潜在的にモニカを嫌っているんだろうか。まぁ考えてもしょうがない。
ユリとナツキに関しては何も知らない。おそらく夢で出てきたのはアニメか漫画で似たようなキャラを見たせいだろう。
落ち着いて夢の内容を整理してみるが……やはりバカバカしい。まともに考える方が狂人と言われてしまいそうな夢だ。
考えるだけ無駄だろう。俺はそう判断してもう一度寝ることにした。
布団を被りもう一度目を瞑る。
……そうだ。そういえば俺はこの時間にサヨリにメッセージを送ったことがないかもしれない。あいつに迷惑なんて考えるだけ損だろう。
1度メッセージを飛ばしてみるのもありだ。
そう考え俺はサヨリにメッセージを送ってみることにした。
[なぁ、起きてるか?]
とりあえずこれで返事が来るまで待ってみるとしよう。今は夜中の1時だし、あのバカも流石に寝ているかもしれないが、人生最大の実感のある悪夢を見たせいで俺は無性に不安になっていた。
自分はメンヘラだったのか。少し自己嫌悪しそうになる。
[えー! どどど、どーしたのー!?]
[今までこんな時間にメッセージを送ってくるなんてなかったのに!]
サヨリからの返信を見ると少し不安な気持ちが和らいだ気がする。……なんて返せばいいんだろうか。悪夢を見て不安だから夜中にメッセージを送った、とバカ正直に言うのも恥ずかしい。
[少し眠れなくてさ。今電話できるか?]
今までの俺を変える時が来たんだ。
未だに効果は出ていないが、俺もYouTubeでモテるために勉強したこともある。悪夢を見た子供のように思われるよりも口説く方面で電話したと思われる方が100倍マシだ。
[あー、うー! いいよ!]
了承の旨を受け取った俺は直ぐに電話をかける。
ワンコール。
ツーコール。
スリーコール……
「……もしもし? こんな時間にどうしたの?」
「あー、急にサヨリの声が聞きたくなってさ。ダメだったか」
「ううん、全然いいよ。レンもそういうときがあるんだね」
妙に小っ恥ずかしいが、この感覚を乗り越えてこそのモテ男だ。
にしても……どこかいつもより静かな感じがする。夜中だからテンションも低いのも納得できるが……。
急に掛けてきて、無言の時間が続くのも少し気まずい。何か話題を振らなくては。
「最近、部活の方はどうなんだ?」
「……うん、結構良い感じだよ。文芸部の皆も優しいし、部長のモニカちゃんは凄く頼りになるんだ」
サヨリの抑揚が少ない淡々とした口調に、なぜか俺は壊れたビデオテープを連想してしまった。
そうだった。サヨリの所属している部活は文芸部だった。だが……部長のモニカちゃんだと? そんなことは俺は知らない。夢は記憶の整理のはずだ。俺が聞いたことがないことが夢に出てくるはずが……。
嫌な想像をしてしまう。
だめだ。そんなことあるわけがないのに、あの夢のせいでそういう方向にしか考えが行かない。
もし、本当にあの夢が現実だったとしたら。
もし、サヨリがうつ病で、今すぐにでも死んでしまいたいと思っていたとしたら。
もし、モニカがあの夢の通りだったら。
嫌な予感がグルグルと頭の中で渦巻く。もはや自分では制御出来そうにない。
もし……文芸部にユリとナツキという人物が居たとしたら。俺は……あの夢は。
「……なぁ、サヨリ。お前に彼氏って居るのか」
「あはは。私なんかに彼氏なんて出来るわけないじゃん。変なレンだね」
目頭が勝手に熱くなってくる。どうしてだ?
何気ない普通の会話だ。普通の会話のはずなんだ。なのに何故俺はこんなにも泣きそうになってるんだ。
俺の考えすぎであってくれ。
私なんかだなんて言わないでくれよ。
「作りたいとは思わないのか?」
「……うーん。あんまり想像できないかも。ほら、私ってレンに付きっきりだし。早く私から独り立ちしないとダメだよー?」
独り立ち……か。確かに俺はサヨリに助けられてばかりだった。クラスのやつともあまり仲良くない俺はサヨリのお陰で楽しく学校生活を送れていたんだ。感謝しかない。
「なんならこれからずっと支えてくれてもいいぞ」
「あはは。レンも冗談が上手くなってきたね。そろそろ私もお役御免かな……?」
静かな口調だ。サヨリらしくない。
脳裏にチラつく首吊りの未来。有り得ないはずの幻影が俺の心を執拗に締め付ける。
「ばか、お前が居なきゃ俺はどうにもなんねーよ」
「うーん……」
勇気を出して捻り出した俺の口説き文句にもあまり反応が良くない。
調子に乗ってくれよ。なぁ、サヨリ。
馬鹿みたいに騒げよ。いつもみたいに軽口を叩いてくれ。
アホっぽくて、少し抜けてて、まるでたんぽぽみたいに笑うサヨリと、電話から聞こえる口調が合致しない。
まだ希望はある。深夜だから、疲れているから、だからサヨリはいつもの元気な姿じゃないのかもしれない。
そうだ。そのはずだ。
悪夢を否定するために一歩踏み込め。覚悟を決めろ。
「……そうだ。サヨリの部活には誰が居るんだ?」
声は震えていないだろうか。変な口調になっていないだろうか。それすら緊張した俺にはわからない。
もし、もし……これでユリとナツキの名前が出てしまったら。
「もしかして興味ある? ……主に4人で活動しててね。私とモニカちゃんはレン君も知ってるよね」
4人。心臓が脈打つ。うそだ。嘘だと言ってくれ
嫌な汗が背筋を湿らせる。
「あ、あぁ……残りの2人はなんて名前なんだ」
「ナツキちゃんと、ユリちゃん。どっちも凄く優しいんだよー。レンは知らないかもしれないね」
あの悪夢は未来を指し示しているのかもしれない。
あ、あぁ。くそ。偶然、奇跡、なんでもいい。悪夢が予知夢でないことを証明する何かが欲しい。
誰か、誰でもいい。あの悪夢を否定する材料を俺に寄越せ、寄越してくれ。
……くそが。もうどうしようもない。俺の中で、あの夢は妄想からいずれ来る現実へと置き換わってしまった。
ならどうする? 俺はどうするべきだ。
深呼吸をして落ち着く。心臓の手網を握れ。心を支配しろ。
悪夢が本当だったとしたら、俺はこれから未来を変えなければならない。サヨリが頭の中を弄られ、自殺してしまう。そんな未来はお断りだ。
薄く俺の体を満たしていた恐怖が消え、その代わりに大きな衝動が顔を出す。
怒りだ。俺は今怒っている。
くそみてーな未来、脳みそを弄ってくるキチガイ、頭のおかしいリストカット女。
いいぜ、上等だ。全部相手にしてやる。
そしてその上でうつ病のサヨリを救う。
覚悟は完了した。俺は決意で満たされた。
「ああ、そうだな。確かに知らない。だから今度知りに行くとするよ」
「……え? それって……」
「明日、サヨリの部活に案内してくれ。俺も文芸部で頭良くなろうと思ってな」
こっちから乗り込んでやる。キチガイ共が。
▷
翌朝。
あの後、さっさと電話を切った俺はやるべき事を整理した。
①うつ病への対処法を知る。
俺の目標は
サヨリを救うことだけ考えるべきだ。
調べてみたらうつ病への対処法は沢山出てきた。と言ってもどれも似たようなことしか書いておらず、目に見えて効果が出るようなことは出来ないかもしれない。
ま、やるだけやってやる。
②
これが謎だ。あの夢は俺が生きる世界はゲーム上の世界であり、PCの内部データをいじればそのまま世界は改変される。こういう仕組みのはず。
だが、俺はこの世界で生きているはずだ。もしかしたら俺もゲームのキャラなのかもしれないが、少なくとも自分で考え、自分で行動している自覚はある。この世界にプレイヤーなんて居ないはず。
この場合はどうなる?
イカレ女が気付きを得ることなく、そのまま日常を過ごせるならそれでいい。だがもし、一人で世界が偽物だと思い込み、勝手に世界を改変しようとして、実際できてしまえば、俺は何ができるんだ。
……そうだ。文芸部の部長という立ち位置に特別な権限が与えられたはず。なら部長を辞めさせれば……。
検討の域を出ない。まぁサヨリ以外はなんだっていい。サヨリの頭を弄ってきたとしても、俺が止めてやる。
確かイカレ女が部員達に元々ある感情を増幅させた結果自殺に繋がっていたはず。
なら死にたいなんて思わせなければいい。とても難しいし、俺は精神科医じゃない。だから力ずくでも一緒に居てやれば自殺を止めることはできるはず。
うつ病の人は極限まで自己肯定感が低いらしい。なら自己肯定感爆上げして、健常者に戻してやる。
逃がさねーぞサヨリ。
俺の好きな人が苦しんで、死を選ぶなんて許さねぇ。
きっちりかっちり、幸せにしてやらぁ!
▽
眠らない夜。
夜空に浮かんだ星々に幸せを載せる。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
白く輝く幸せが、彼らにとびきりのお化粧となる。
ずっと、ずっと続く夜。
眠らない夜。
きっと一番に輝く太陽を見てしまえば、夜にしか生きられない私はサラサラの白い砂となって消えてしまうだろう。
でもいつか、将来夜明けが来てしまう。
夜に縮こまり、私は幸せを星々に配る。配る。配る。
星々が喜ぶ。もっと寄越せと強く点滅する。
底が見えている袋から幸せを取り出す。
眠れない夜を続けよう。小さな光を灯す。
でも全てを塗りつぶす大きなひかりが来る。
もうすぐ幸せの麻袋の中身は空になる。
太陽が空っぽの麻袋の底を照らしてしまう前に。
最期に朝焼けに輝く白い砂をあなたに。
ペンを持つ手を止める。
……?
滅多に使わないスマホから連絡が来た。
なんだろう。
レン君からだ。
ペンで書いた詩を全て塗りつぶす。
たいようがわたしをみつめる
ただ、それだけを書いた。
詩って難しくない?