うつ病の女の子VSそいつが好きな俺 作:小卒のフリーレン
小鳥の囀りが少し冷たい風を肩で切りながら歩いている俺の耳に入る。少し薄い空の色に、人通りの少ない歩道。
いつも学校へ行く時に目にしている場所だが、時間が変わればまた違う一面を見せてくれる。
新鮮な朝の空気が肺を満たし、それだけでどこか気分が高揚するのを感じた。地面を踏みしめるだけで少し楽しい。
早起きして散歩するなんて普段の俺なら考えつきもしないことだな。こんな経験が出来たのも、不謹慎だがサヨリのお陰なのかもしれない。
現在、俺はサヨリの家に向かっていた。
学校へ行くための準備は前日に済ませ、お昼に食べる弁当は自分で作った。出来れば俺も誰かが作ってくれた弁当を食べてみたいと思っているが、俺の親は年中家に居ないし、そこらじゅうを飛び回っている高給取りだ。
高校や大学へ行く費用も出すと言ってくれているので文句は言えない。割と関係は良好である。
つらつらと考え事をしていると、サヨリの家に付いた。
スマホで時間を確認する。6時23分……少し早かったな。ここから学校まで行くのに10分もかからないし、もしかしたらあと30分程度でサヨリも起きるかもしれない。
突入しようとし、ドアに手を掛けてそのまま硬直する。
待て、今サヨリは寝ているんだよな。ということは……寝ているサヨリ(女子高生)の家に無断で入り込む男子高校生が爆誕してしまう……!?
……医療行為ということで見逃してもらおう。そもそも俺とサヨリはお互い子供の頃から家に勝手に上がり込んでいたし、その延長線上だ。うん。
ドアを開け、俺は居間やキッチン、トイレなどの部屋の気配を感じ取る。
何も動いている音がしないな……。ということはサヨリはやはり寝ているのか。というか妙に暗い。窓に全部カーテンが掛けられているのか。防犯意識が素晴らしい。
サヨリの寝室へ向かう。
寝室の扉には俺とサヨリが中学生の頃に作ったクマのドアプレートが掛けられていた。
ああ、懐かしいな。本当に懐かしい。
大事に使いやがって。嬉しいだろうがあのばか。
優しい気分になったあと、俺はついに寝室へと入った。
「サヨリ……? 起きてるかー……?」
できるだけ小声で呼びかける。布団は人一人分盛り上がり、枕の方からサヨリの髪がちょこんと飛び出しているのが見て取れた。
応答はない。完全に寝腐ってやがる。
どこかほっとした気分を他所に、俺は室内に目を向ける。うわ、子供の頃に買ったクソデカぬいぐるみがそのまんま置いてある。懐かしいなー。
というか配置も何も変えないのか。模様替えくらいするだろうに……。
窓辺には光に当てられ、新緑を見せる観葉植物。その隣の日陰には日光に当たらず、枯れかかっている同じ植物があった。
可哀想だな。どっちもちゃんと日光を当ててやればいいのに。サヨリの心の二面性を表しているのかもしれないな。
……寝ているサヨリの隣に行ってみる。
綺麗な寝顔だ。規則正しく呼吸している。何にもストレスを感じていないって顔だな。
予知夢。夢の通りに進めば、今日サヨリは寝坊し、朝起きてすぐ書いた詩を持ってくるはずだ。
たしか詩のタイトルは《親愛なるお日様へ》だったか。
《君がいなきゃ、ずっと眠っていられるのにね。》
《あさごはんたべたいな。》
詩の一節だ。
多分自意識過剰でなければ俺の事を書いていたはず。なら、あさごはんを作ってやればサヨリの気分も良くなるかもしれない。
キッチンへ移動し、冷蔵庫から食材を取り出す。とりあえず、味噌汁と肉野菜炒めと米さえあればいいか。
包丁を握り、人参を刻みながら考える。
予知夢から鑑みるに、サヨリには矛盾が多い気がする。
早くサヨリから俺が独り立ちするように促しながらも、行動や言動に俺から離れたくないような素振りを滲ませる。
距離を詰めれば、サヨリは自分のために行動されたと考え鬱を悪化させる。
距離を離せば、サヨリは俺にとって必要ではなくなったと考え鬱を悪化させる。
心と思考が一致してないのか。
なら俺はどちらを満足させるべきだ。
サヨリの考え的には俺と離れたい。俺と離れることで、俺から向けられる行動の全てを他の人に譲渡できる。自分よりも他人を尊ぶ考え方だ。
サヨリの心的には俺と一緒に居たいはず。冗談めかして、朝起こしに来て、とかよく言うのはそれが無理だとわかっているからこそ漏れ出た心の動きだ。
俺が選ぶべきは心だな。要は考えさせなければいい。冷静にサヨリの価値判断を行わせれば、サヨリの自分よりも他人を幸せにするという行動指針と現状が矛盾を引き起こす。究極的な自己犠牲の価値観だ。
一通り考えたがくそめんどくせぇ性格してるなサヨリ。まぁそういうとこも可愛いけど。好き。
肉野菜炒めと同時並行で味噌汁も作り終え、米を盛り……なんだと。米が炊かれていない……。
しょうがないから肉野菜炒めと味噌汁で満足してもらおう。
皿に料理を盛り付け、適当に食パンも用意する。
トレイの上に箸と水を入れたコップ、料理を載せ、サヨリの寝室へ持っていく。チラリと時計を見ると6時50分近くになっていた。
7時に飯は少し早いか……? まぁいいか。再び部屋に入り、机の上に朝ごはんを置いておく。
待ってる間暇だし、起こすか。
サヨリに近づき、声をかける。
「サヨリ。起きろ」
「………」
応答は無い。微動だにせず。こいつめ。
身体を揺すってみる。ゆさゆさ、ゆさゆさ。サヨリの生暖かい体温が手に伝わってきた。
「おい、起きろ寝坊助」
「んぅ〜……」
これで起きないか。若干起きかけている気はする。仕方ない。出来れば俺もダメージを負うし、やりたくなかったが……。
覚悟を決めろ。状況を確認する。
現在俺のことが好きな幼なじみの女の子が目の前で寝ている。言わば一方的な好きバレ状態だ。
Q.サヨリの好感度を上げつつ、速やかに眠りから覚ますにはどうしたら良いか。この時鬱の思考のため、冷静に考える時間は与えてはいけないものとする。
A.おはようASMRを実行しましょう。(YouTube脳)
若干混乱を起こしている気もしなくないが、やるしかねぇ! こんなんされたら冷めるだろって? バカが。
一応ギャルゲー詐欺の主人公の実力を見せてやる。結構俺は自分でも良い声だと思う。
ベッドの横で立ち膝をする。ゆっくりと手を猫の手に変え、サヨリの耳元に手を添えて優しく囁く。
「……サヨリ。起きろ。おはよー」
「……ぇぅっ/////……ぁー……?」
微妙に吐息が耳に当たったのかピクっと少し反応する。
サヨリの顔に掛かった髪の毛を払うと、何がなにやらわかっていないうめき声が漏れ出る。
微かに開きかけた目を片手で覆い隠し、俺は立ち上がってベッドに腰掛ける。
そのまま目を隠した片手をサヨリの頭に移動させ、撫でる。緩やかにふわついた髪の毛の感触が心地いい。いつまでも撫でられそうだ。
冷静になるなよ。俺。やり切れ。
時々サヨリの体がピクつくのがわかる。だが次第にその動きも緩やかになり、
「……ぁ……ゅめ、かぁ……ずっと、続けばいいのに……」
と掠れた、甘い声で一言呟き、頭を撫でる俺の手を掴み、頬に当ててそのまま沈黙した。
暖かい柔らかな肌の感触。
……もう1回寝た? こいつ。口元に耳を寄せるとスースーと寝息がたっているのが聞こえる。
なでなで。なでなで。
反応はない。寝たなぁ! こいつ! なんのてらいもなく寝やがったぞ。
まぁ、安心して眠るのも精神衛生上に良いかもしれない……か?
現在6時58分。7時半くらいまで寝かしとくか。
……なんか、楽しい。
いつか、愛情でどろどろにしてやりたいな。子供みたいに俺の手で安心する姿がどうしようもなく愛おしい。
ああ。やっぱりお前だけは、必ず救ってみせるよ。
▷
夢の優しさに微睡む。いつも、夢だけが私の居場所だ。でも、今日は特に優しい夢を見た気がする。
レンの匂いが周りに充満していて、
レンの温もりが頭を撫でてくれて、
レンにおはようって言われる、そんな優しい夢。ずっと続けば良かったのに。
本当なら私なんかにあってはいけない、望むことすら許されない幸せな時間。でも、夢でなら。夢の中でくらいなら、私も幸せで居て、いいのかな。
けたたましいアラームが私の頭を刺激する。
朝だ。また朝が来てしまった。お日様の視線が私の顔を照らす。
起きたく、ないなぁ。でも行かなくちゃ。
モニカちゃんが、ユリちゃんが、ナツキちゃんが……そしてレンがきっと待ってるから。だから私は行かなくちゃ。
私をレンが必要としなくなるまで、私は……
アラームを止め、そのまま布団の中で静止する。
もう、いいのかな。文芸部の皆は紹介した。もうすぐ、レンに私は必要なくなる。
私はレンにとって必要じゃなくなっちゃう。
本当はちょっぴり嫌だ。でも、その分無価値な私の代わりに皆が幸せになれるから。無意味になっちゃうレンの時間を奪わなくて済むから。
だから私は大丈夫なんだ。
「お、ようやく起きた。飯作ってあるから、さっさと食え」
聞こえるはずがない声がした。
急いで声の方向に振り向く。レンだ。
うそ、うそだ。私が、私がいつも朝起こしにきてって言ったから……! またレンの時間がむだに
「なんか、初めて見た気がする。寝起きのサヨリも思ったより可愛いな。これだけで来た価値があった」
違う。価値なんてないの。レンは騙されてるんだよ。文芸部の皆は私なんかよりずっと可愛いから。だから、そんなこと言わないで。
心が浮かび上がっちゃう。幸せになってしまう。
取り繕わなきゃ。何の取り柄もない私が唯一できる、笑顔の仮面を、
「……な、なななんでここにレンが居るの!?」
「ばか、昨日メッセージ飛ばしただろ? サヨリが俺に世話を焼いてくれた分、俺もお返ししようと思ってな」
優しく微笑むあなた。やっぱりレンは優しいよ。どこまでも優しくて、だからこそ無価値なものにも優しくしてしまう。そういうところがだいす
それはだめだ。私が独り占めしていい人なんかじゃないんだ。
私の心に浮かぶあくま。それは自分勝手で、人の気持ちなんて考えやしない。
ほら、と机の上の皿に盛られた料理を指差すレン。
「米くらい炊いとけ、ばか」
「むぅー、人はパンだけで生きられるんだよ! レンは失礼なんだからっ!」
「はいはい。先に顔でも洗うか?」
「い、いやたべる! いただきます! はむっ、ほいしいぃ〜!」
私のリアクションに満足気な笑みを浮かべるレン。
私の秘密がバレてはいないか心配になる。もしバレていたら、私は、どうする?
美味しい。おいしいよ。レン。朝に暖かいご飯を食べるなんていつぶりだろう。3年、いやもっと前かな。
「髪の毛もボサボサだし、今7時半くらいだからな。食って待ってろ」
「う、うん!」
レンが1階に降りて行ってしまった。今のうちに落ち着かないと、いつものばかなサヨリに戻らないと。
そうしないと、レンが本当の私を見つけちゃう。
急いでご飯を食べる。
数分でレンは戻ってきてくれた。その手には霧吹きとドライヤー、そして櫛が握られている。
「サヨリ。前々から思っていたが、お前は可愛いのにファッションに無頓着すぎる。髪をとかすくらいしろ。というか俺がする」
「ご飯は……食ったな。よし、そこに座っとけ」
私の体は勝手にレンの言うことを聞いてしまう。逆らうことなんて、きっと頭の中でしか考えていない。心は結構正直らしい。
だめ。だめだよそんなの。やめてよ。
優しく私の髪の毛に櫛を通すあなた。時折髪の毛に櫛が引っかかった時は水を掛けて、ゆっくりとといてくれる。
「……お風呂入ったあとドライヤーしてないだろ、お前。もしかしてコンディショナーも付けてないんじゃないか」
「い、いやぁ……してる、よ?」
髪の毛を触る手つき。後ろに少し引っ張られる感覚。あなたの存在がより濃く感じられて、もう。
私の中の禁断が膨れ上がってしまう。本当はダメなのに、許されてはいけないのに。意志とは関係なく、この心は甘くとろけていってしまう。
「こりゃ、俺が風呂に入れて、更に髪の毛まで乾かしてやらないとダメかな?」
「……してくれるの?」
心の声が漏れてしまう。甘えてしまう。太陽のように私を照らしてくれるあなたに、私の弱さが縋り付いてしまう。
「……ああ。いくらでもしてやるさ。他でもない、お前のためならな」
すきだ。すきだよレン。大好き。
もう誤魔化せない。元々限界だったのに。あと少しのところで耐えていたのに。もう少しで、さよならをするはずだったのに。
あなたのせいで、私は破裂しちゃった。でもダメなんだ。私のせいで、私があなたを好きになったせいで、あなたが不幸になってしまうから。
そんなのもっと耐えられない。だから、だから。
少しだけ、早くしようかな。
戸棚の上の、ひみつの道具。見つかってないといいな。
サヨリシミュが火を噴くぜ。