自由で無謀な冒険者はお好きですか?   作:あかつきマリア

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翠色の流星

 

 

(──全く、アイツの身勝手さにはほとほと呆れるわ……)

 

 

 商人の街メイダ、数年前に出来たばかりのこの街は、剣士達がやって来たユービノス自由都市同盟方面から西、エルメナ砂漠を挟んで徒歩で2日。

 

 

 東側にはその名の由来ともなったメイダ火山が隣接しており、街の至る所から噴き出す温泉由来の白い蒸気と、鉱山資源製錬所から立ち上ぼる黒い煤煙が混じる煙の都。

 

 

 そんな街の大通りを一人、ひと月分の食料を両手に抱え、街役場と宿を兼ねる酒場、楽炎の金脈亭へと深い溜め息を吐きながら向かっていた。

 

 

(それにしても凄いアウェー感……

 

 こう、見世物みたいにジロジロ見られるのは好きになれないわね)

 

 

 彼女がそう思うのもその筈、周りは人間とドワーフ、そして羽根付き竜人ことドラグーン、この大通りにエルフはなんと彼女一人である。

 

 

 誰一人として同族が居ない心地の悪さ、馴染めない人混みと活気、2日間に及ぶ砂漠越えの疲れで彼女はすっかり落胆気味だった。

 

 

 追い討ちをかけるように、彼女の目に飛び込んできたのは楽炎の金脈亭入口に群がる冒険者達の騒ぎ。

 

 

 何かが頭の中で切れそうになった彼女であるが、それを圧し殺しつつ、人の群れを掻き分けると、彼女の長い耳は、中でひと悶着起きている旨のざわつきを捉えた。

 

 

 真っ白なドワーフを珍しがる様子、そしてそれがダークドワーフであったと知って恐れる様子、加えてその人物が手練れの傭兵であるということ。

 

 

 ピンと来た彼女は、思わず飛び出た舌打ちと共に、群がる冒険者達を押し退けて店の中へと脚を踏み入れた。

 

 

「──だから! 

 

 何度も言ってんだろ! 

 

 連れがライセンサーだって! 

 

 妹の命がかかってるかも知れねぇんだ! 

 

 とっとと援護と救出任務の許可を出してくれ!」

 

 

 入店して直ぐ、剣士の目に飛び込んできたのは、受付カウンターに両手を突き、受付嬢と言い争いを繰り広げる狙撃手の姿。

 

 

 何やら必死な狙撃手と困惑する受付嬢、状況は既に泥沼、言い争いを聞いている限り、どうやら剣士が介入しなければ収拾がつかなそうな雰囲気。

 

 

 堪忍袋の緒が切れるまで秒読み開始、そんな思いで近付いた剣士が狙撃手の元へ辿り着いた所で、カウントもちょうどゼロを差す。

 

 

 剣士の脚が鞭の如くしなり、狙撃手の尻へと吸い込まれるように打ち込まれた。

 

 

 跳ね上がった狙撃手はその場で尻を押さえて悶え、目に涙を浮かべながら振り返り、その相手の顔も見ずに怒鳴り付ける。

 

 

「──痛ってぇ! 

 

 何すんだてめェ!?」

 

 

 当然、そこに居るのは剣士その人、反射的に怒鳴りつけた狙撃手だったが、目を細めて微笑む剣士の姿が目に入った。

 

 

「げっ、もう帰ったのかティレン──」

 

 

「──へぇ

 

 アンタ、人に買い物押し付けておいて、何早速やらかしてくれてるワケ? 

 

 誰が今まで仕事取り付けて来たか分かってるわよね? 

 

 私がここで仕事受けられなくなったらどうするつもり? 

 

 漏れなく路頭に迷うことになるけど

 

 今度も砂漠? 

 

 それとも森のど真ん中? 

 

 初対面よろしくまたアンタ行き倒れにでもなりたいの?」

 

 

「あぁいや、そういう訳じゃ……」

 

 

「もしそうなったら私と貴女は風来坊と根なし草に加えてお尋ね者

 

 私のライセンスも、その肩に着けたワタリガラスのエムブレムもお飾りになっちゃうわね~?」

 

 

「あっ! 

 

 そうだ、ライセンス! 

 

 ティレン、ライセンスを出してくれ! 

 

 それで全部丸く収まるんだ!」

 

 

「……アンタ宿は?」

 

 

「えっ、あ、はい

 

 ……ちゃんと、取りました」

 

 

「よろしい」

 

 

 剣士の眉間にはすっかり皺が寄り、手に持った荷物を狙撃手へ雑に押し付けると、腰に着けたポーチからオオワシの装飾が施された手帳を取り出して、そっと受付カウンターに置いた。

 

 

「連れが迷惑を掛けたわね

 

 とりあえず、これでいいかしら?」

 

 

 戸惑った様子の受付嬢だが、剣士から差し出された手帳を手に取り、表紙をめくると、ひとつふたつと頷いて、ホッとした様子を見せ、朗らかな笑顔を浮かべて剣士に手帳を返した。

 

 

「それで? 

 

 アンタどんな仕事をそんな必死にせがんでたの?」

 

 

 溜め息をひとつ、ひとまず落ち着いた剣士も改めて食糧を抱えた狙撃手の方へと向き直り、手帳をポーチに納める。

 

 

 神妙な面持ちの狙撃手が食糧の入った麻袋を抱え直し、重々しく口を開いた。

 

 

「ここで待ち合わせをしてた妹なんだが、昨日、ゴブリン退治の仕事で北にある森に入ったらしくてな

 

 本当なら昨日の内に終わる筈らしいんだが、まだ帰ってないんだと」

 

 

「ゴブリン退治ねぇ……

 

 メンバー構成は?」

 

 

「1人だそうだ

 

 アイツもそれなりの実力者ではあるんだが、どうにも慢心しがちな所がある

 

 流石に群れを成すゴブリン相手じゃ、単騎駆けは実力者でも苦行ってもんだ」

 

 

「等級は聞いてる?」

 

 

「この前連絡があった時、ちょうどヤマネコになったとかってのは聞いたが……」

 

 

「駆け出し卒業したばっかじゃない……

 

 無茶もいい所だわ」

 

 

 先程とはうってかわって、顎に手を当て、狙撃手の足元へと視線を落としながら、唸る剣士の表情は曇り気味だ。

 

 

 一考した後、彼女が受付嬢といくつか小声で話すと、それに受付嬢が頷く。

 

 

 改めて狙撃手と向き直った剣士はしたり顔で鼻を鳴らした。

 

 

「何だよティレン、気味悪いぞお前……」

 

 

「感謝しなさいヴェリア

 

 私みたいにオオワシ級ライセンサーとして認められた冒険者は、個人から受けた問題の解決をそのまま正式な仕事として役所から受理する権利があるのよ」

 

 

「……つまり、どういう意味だよ?」

 

 

「アンタの妹が受けたゴブリン退治っていう仕事は危険度の割に重要度が低くて、お役所からも軽視されがちなの

 

 当然、お役所側が高~い税金を使ってまで救援依頼を出してあげられる程、サポートが行き届いていないのね? 

 

 当たり前だけど、もしアンタがお役所を通さずに助けに向かったとして、どれだけの危険があろうとお役所からのバックアップは無し、完全な自己責任になるわ

 

 加えて調査が入るのは早くても1週間後がいい所、アンタが犬死しようが、妹さんが慰み者にされてようが、お役所はそれまでノータッチ」

 

 

「そんなこと──」

 

 

 必死の形相で反論をしようとした狙撃手に、剣士が人差し指をピッと向け、その口をふさいだ。

 

 

「──そこで、アンタが救援依頼を私に直接出せば、個人的な金銭取引でありながら、役所の管轄下で行われた公的な交渉として認められるから、ある程度のバックアップも手に入る

 

 加えて、私とアンタの間に役所が挟まることなく取引が行われるから、仲介料は無し、私に前金を支払う義務も無し、サイン1つで契約出来る

 

 つまり、アンタは後で報酬の支払いだけ考えていれば、万全の準備の元、私や役所の手助けを受けた上で、妹を助けに行けるってワケ

 

 それに、今回のパターンだと、救援に成功すれば、妹さんの仕事の報酬1割が私の所に来るのに加えて、アンタからの依頼料で私も儲かるでしょ?」

 

 

「……金の亡者め」

 

 

「冒険者だもの、ロマンを追うにも現実を見る視点は必要ってこと

 

 私はロマンとは違うものを追う為にこの仕事してるから当てはまらないけども

 

 傭兵のアンタだって、先立つものがなければ動かないって点で言えば、同じじゃない?」

 

 

 悪い笑みを浮かべた剣士は両手を腰に当て、狙撃手を試すように自身を見上げる彼女を見下ろした。

 

 

「いくらで雇えばいい? 

 

 お前はいくらで買える?」

 

 

「趣味悪い言い方するわね……

 

 ──オオワシ級ライセンサーを1人雇う相場は大体10万アルム、でもそこはお友達価格ってことで2割引、これまで私が命を救われた回数3回で更に追加で3割引き

 

 額は違えどアンタの妹から報酬の1割は貰えるだろうし、その分追加で更に1割ってことにするとして

 

 計6割引の大出血サービスで雇われてあげるわ」

 

 

「4万……

 

 砂漠の怪物で儲かった分を丸々寄越せってか……」

 

 

「そう、上手いこと追加報酬も出たじゃない? 

 

 私だけでも行けたんじゃないかとか言ってたわよねアンタ」

 

 

「けっ、地獄耳にも程があるぜ……

 

 良いぜ、乗った!」

 

 

「じゃあ売ったわよ、私の腕! 

 

 さて、そういうことだから、話は通しておいて頂戴」

 

 

 そう受付嬢の方へ振り向いてウィンクをした剣士、一方で件の受付嬢は既に何枚かの書類を準備しており、狙撃手に対してサインを求める。

 

 

 サッと手続きを終えた狙撃手は意気揚々と剣士から渡された荷物を部屋へと置きに走り、ものの数分で完全武装を施した状態で入口エントランスまで戻って来た。

 

 

「いよっし、準備は出来たぜ相棒!」

 

 

「はいはい、それじゃあ行きましょっか

 

 戦女神様」

 

 

 かくして、二人は狙撃手の妹の救援をすべく、楽炎の金脈亭を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 ─────

 

 

 

 

 

 

 所変わって、ここはメイダ北の森。

 

 

 昼間でも暗く、鬱蒼と生い茂る木々の間を縫って走る、小さな赤い影が一つ。

 

 

 乱れる呼吸、痛む脚、額に滲み頬を伝う汗。

 

 

 自身を追う何かに気付いたその少女は瞬く間だけ振り向いて腕を振るい、指先から小さな火球を撃ち放つ。

 

 

 弾けた火の玉はすり抜けてきた木々と共に黒い何かを焼いていく。

 

 

 もう少し、もう少し、あと少し。

 

 

 そう言い聞かせながら歯を食い芝って森を駆ける少女の前に現れたのは、開けたベースキャンプの跡地。

 

 

 既に長い時が経って朽ちたそこは断崖絶壁の崖の真下、息絶え絶えの彼女にとってこれ以上とない窮地だった。

 

 

「──ここまで良く逃げおおせたものだが、もはやこれまでだな、赤き童子よ」

 

 

 少女の背後から低く落ち着いた声が響く。

 

 

 覚悟を決めた少女は崖を背にして拳を握り、それをいつでも突き出さんとして構える。

 

 

「隠れるのも上手かった、一晩この私の目を欺いたのは称賛に値するだろう」

 

 

「お誉めに預かり光栄です、と、返したい所ですが、生憎悪人からの賛辞は受け取らないと決めています」

 

 

「まぁ、君から見ればそうだろう

 

 私も見られたくないものを見られた──

 

 なれば、少々安っぽい表現ではあるが、君には消えてもらわねばならない」

 

 

 森の暗がりから一歩、また一歩と広場に入って来たのは、全身を黒いコートで包み、頭をすっぽりと被う革の頭巾に、白いくちばしの付いた仮面の男。

 

 

 その手に二本の直剣を携え、彼はゆっくりと少女へ近付いていく。

 

 

 男が木々の影から日向へ足を置いた瞬間、少女は真っ直ぐに拳を突き出し、その先端から拳程の火球を撃ち放った。

 

 

 それを男は左の剣を振るうのみで弾き飛ばし、すぐ側にあった木に炸裂して、その表面が焦げ付く。

 

 

 少女の腕がだらりと落ち、もはやその視線を男から外さないことだけが彼女の出来る精一杯の抵抗となっていた。

 

 

「くっ……」

 

 

「……無駄な足掻きだ

 

 だがしかし、やはり称賛に値する

 

 命乞いもせず、震えて殺されるのを待つでもなく、ただ武僧らしく、命が散ることも惜しまず牙を向ける

 

 少女であれ拳の道に生きる者としての矜持を感じさせてくれた

 

 このような立場でなければ、刃を向けることもなかっただろう」

 

 

「戯れ言を……」

 

 

「──そうだな、戯れ言が過ぎた

 

 では、死んで貰う」

 

 

 男は剣を握る手に力を込め、再び歩き出す。

 

 

 それを見た少女は一瞬目を伏せて、か細い声で何かを呟いた。

 

 

 訝しげに首を傾げた男であったが、それが魔術の詠唱の類いでない、ただの独り言であったことを確信すると、彼女へと向かう脚を早める。

 

 

 男の間合いに彼女が入るまであと十数歩、といった所で彼女はふいに右腕を男に向けて突き出すように上げ、手を軽く拡げる。

 

 

「──えぇ、最早、戯れ言は不要

 

 しかし一つだけ、私から伝えたいことがあるのを忘れていました」

 

 

 僅かに周囲の空気が熱を持って張り詰めたことに男は気付く。

 

 

 そして、とっさに防御姿勢を取る程の殺気が彼女から放たれ、男は思わず僅かにたじろぐ。

 

 

 そんな彼が見ている少女は、静かに深呼吸をしながら人差し指から小指へと順番に指を折り畳み、最後に親指を握り込んで拳を作っていた。

 

 

 危機感、男がこの少女から僅かに覚えた直感とも言うべき虫の知らせ。

 

 

 彼女にその行動を取る機会を与えてしまったことに気付いたのは、彼女の握った拳が激しく燃え盛る白い炎に包まれた時であった。

 

 

 少々の焦りと共に男が駆け出す。

 

 

 同時に、少女が右拳を腰まで引き、左手を突き出して距離を測ると、小さく絞り出すような声で呟いた。

 

 

「──爆熱の

 

 ストライクブリット──」

 

 

 それでも男は冷静に構えていた。

 

 

 計り知れないことを始めた少女への安全策、初擊にブラフを織り交ぜ、時間差で二度目の斬擊を加えるのが今の彼女へ対抗する最も確実な手段だと確認し、両腕を軽く拡げて自身の間合いへと脚を踏み入れた。

 

 

 間髪入れず、男は初めの一撃を少女の喉元へ向けて突き出す。

 

 

 男の予想通り、少女は拳を放った。

 

 

 が、その拳を覆う炎が彼女の肘の方へと向けて、轟音をあげて放出されたのだ。

 

 

 それによって彼女は男の剣の刃を首で撫でるように横一回転、男の懐へと潜り込み、放出された炎によるジェット噴射の勢いに任せて、男の胴に拳を無理矢理捩じ込んだのである。

 

 

 胴へと伝わった衝撃が、男の肋骨をミシミシと音をたてて軋ませ、少女は拳を更に深く彼の胴へ捩じ込ませ、声を荒げた。

 

 

「見下してんじゃ──

 

 ねぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 

 

 少女が拳を撃ち放つ。

 

 

 並みの戦士であれば、後ろの木へと叩き付けられ、再起不能となるような必殺の一撃、間違いなく彼女が繰り出せる技の中でも最高の火力を持つものだろう。

 

 

 ──だが、その男は立っていた。

 

 

 拳を受けた衝撃で僅かに十数歩分、両の脚で踏ん張り、滑るように後退したのみ、彼は一息で彼女の首を捉えられるだけの距離で耐えたのだ。

 

 

 一方の少女は燃え尽きるように沈黙し、男を見上げていた。

 

 

「──良い一撃だった」

 

 

 深い呼吸を一度、男は敬意と称賛の言葉と共に両腕を交差させて、剣を両脇へ振りかぶる。

 

 

 少女に出来る抵抗はない、力を出し尽くし、風前の灯火は既に消え去った。

 

 

 前のめりに揺れ、それでも彼女は膝を突くことなく立っている。

 

 

 せめて、この男の顔を焼き付けねばと、彼女は男の顔を燃えるような赤い瞳で睨み続けていた。

 

 

 奇跡を起こせる程の祈りの間もなく、男は少女へ向け跳躍し、剣の切っ先は弧を描き始める。

 

 

 そして確かに剣は振り抜かれた。

 

 

 ただ、その直前、ふと何かに気付いた男が剣を振るう腕を目線と共に上部へと僅かに逸らし、彼に襲い掛かる何かを受け止める。

 

 

 ──少女は呆気に取られていた。

 

 

 彼女の目に映し出されたのは翠色の流星、目の前の男と、自身の間に降り注いだ祈ってもいない奇跡そのもの。

 

 

 激しい金属音が森に響き渡り、鳥達がざわついて木々という木々から飛び立つ。

 

 

「──アンタ、こんな可愛い娘っ子と森の中でデートなんて

 

 センスないわね」

 

 

 盾と一体化した幅広の剣、それを受け止める2本の直剣、両腕を用いている筈の男が僅かに競り負け、肩口に幅広の刃が触れた。

 

 

「ぐっ……!?」

 

 

 思わず男は飛び退き、今まさに起きたこの状態を再確認する。

 

 

 ただ呆然と、起きた奇跡を見つめるだけの彼女にも、その目に映るものがハッキリと認識出来た。

 

 

 美しい金のセミロングヘアーに長く尖った耳、なびく赤いマフラーと、ほの暗い森林迷彩のローブ、右腕には盾とそこから伸びる幅広の剣。

 

 

 革の胸当てにホットパンツ、太腿には計6つのナイフ、両腰には番の短剣、後ろ腰に短刀と、刃にまみれた剣士の姿。

 

 

「助けに来たわよ、無鉄砲さん」

 

 

 ──エルフの女剣士、ティレンがそこには立っていた。

 

 

 

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