自由で無謀な冒険者はお好きですか?   作:あかつきマリア

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天雷の戦女神

 

 

 ──森を駆け抜ける翠の一閃。

 

 

 森の民であるエルフにとって、例えそれがどんなに故郷から離れていようとも、木々の生い茂る大自然であるならば自宅の庭にも等しい。

 

 

 その呼吸やざわめきは歌と噂話、森で何が起きているのかは、枝葉を抜ける風が教えてくれる。

 

 

 ぽっかりと空いた崖の下で、誰かが火を放った。

 

 

 それは森の悲鳴として、彼女の身に伝わっている。

 

 

「近いわね

 

 ヴェリア、予定通り私は先行するわ

 

 現地で落ち合いましょ」

 

 

『了解、そっちの位置はこっちでも確認出来てる

 

 お前の辿ったルートはそのまま使える訳じゃねぇから、多少迂回するぜ』

 

 

 剣士は左耳に当てていた手を降ろし、森の中を駆け抜け続ける。

 

 

 そして、彼女が崖の淵まで辿り着いた時、崖の下より耳をつんざくような音が響き、森が叫び声をあげた。

 

 

「……よし、間に合った」

 

 

 視界に入った少女が何をしたのかは不明瞭だが、丁度良く少女と、それを襲う誰かとの間に着地する隙間があるのはこれ幸い。

 

 

 抜剣(アウェイク)──

 

 

 ポツリと呟いた剣士は剣を構え、意気揚々と崖から飛び出した──

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 

「──これは予想外だ

 

 まさか、こんな所に通りすがりが来るとはな」

 

 

「ほんと、偶然ってあるものよね」

 

 

 そう調子良く返事をした剣士の瞳は嬉々として目の前の男を確実に捉えていた。

 

 

 そして、彼女は踏み込む。

 

 

 その脚は風のように速く、身体は揺れ動く木々のように靱やかで、腕は流れる水のように鋭い。

 

 

 そんな彼女の振るう穏やかな殺意を伴った太刀筋が、男の足元から迫る。

 

 

 それを右の剣でいなし、返すように左の剣を振るう男、だが、その一撃も剣に一体化している盾で防がれた。

 

 

 これで彼女の得物は抑えたも同然と、男が構える右の剣が突きの準備に入る。

 

 

 だが、その刹那──

 

 

 男の視界が急に開け、その顔を隠していた白い面が落ちたのだ。

 

 

 驚愕した男は見ていたものを疑い、即座に後退して両手の剣を構え直す。

 

 

「──お前、何をした?」

 

 

「そのセンス皆無な仮面が気に入らなかったから、外してあげたんだけど?」

 

 

「違う! 

 

 ()()()()()()()()得物(つるぎ)()()()()()()()()と聞いているッ!」

 

 

 動揺した男は確かに仮面が外れていることを右手で確認し、改めて剣士の様子を伺った。

 

 

 疑問が次々と湧き出す。

 

 

 悠々と構えを解いている剣士、それはいい。

 

 

 彼女の左手には確かに、左の腰に携えてあった筈の短剣が握られていたのだ。

 

 

 異常な速さか、いや違う、()()()()()()()を食らったのか。

 

 

 思考は追い付かないものの、目の前に立つエルフの女が未だかつて出会ったことのない強敵であるのは明白、と、男は半ば無理矢理心を落ち着けて両手の剣を構え直す。

 

 

「失敬、取り乱した、続けよう」

 

 

「……アンタ、自覚してるか分からないけど、頭でっかち(とりあたま)だって言われない?」

 

 

 彼女は僅かに目を細め、合言葉と共に右の得物の刃を納めると、右腰に備えた短剣を逆手に引き抜く。

 

 

 彼女の両手に同型の短剣が揃い、困惑と動揺を抑え込んでいる男の様子を見て、彼女はつまらなそうに一つ溜め息を吐いた。

 

 

「まぁ、どちらにせよ、そっちが引くならこれ以上手出しをする気はないのだけど

 

 ここまでやってまだ、そこで腰を抜かしてる無鉄砲さんにお熱なんだったら、死ぬ程お仕置きするしかないわね

 

『ナイトホーク』さん?」

 

 

 ──ナイトホーク。

 

 

 仮面が剥がれた男の姿を見た剣士が彼の正体を言い当てる。

 

 

 鳥人系の亜人属として数えられるナイトホークは、背にある大きな翼をマントのように装い、顔を隠すことで人間とそう変わりなく振る舞える種族である。

 

 

 というのも、ナイトホークの口は短く広いクチバシになっており、肌も浅黒い。

 

 

 そのような容姿を持つ彼らはしばしば密偵や、優れた飛行能力から高空偵察を行う傭兵として珍重され、時と場合によってはアンダーグラウンドな組織から雇われることもあるという。

 

 

 それを剣士は良く知っていた。

 

 

 先の彼女の発言はそれを見越しての交渉だ。

 

 

 剣士はお世辞にも守る戦いというのが得意ではなく、それを避けたいのも理由に挙がる。

 

 

 それ以上に、彼女は後ろに居る少女の前で人と戦うことへどこか躊躇いがあった。

 

 

「そちらにその気がなくとも、こちらにはある

 

 ……それとも、もしや

 

 この私に()()()()()()()、とでも?」

 

 

「あなた、聡明そうだし

 

 理解(わか)ってくれると思ったのだけど?」

 

 

「断るッ!」

 

 

 夜鷹の男の目付きが変わる。

 

 

 鋭く、冷たく、そして残忍なそれが突き刺したのは真っ直ぐに剣士の喉元。

 

 

 駆け出した夜鷹は左右に跳び、直剣を緩く握って刀身をその身で隠しながら剣士へと迫る。

 

 

 方や剣士は半ば諦めた様子で悠々と待ちの姿勢を取りつつ、確実に男の動きを眼で追っていた。

 

 

 そんな剣士の意表を突いたのは男の腕、まだ互いの間合いにすら入っていない程の距離で振るわれたそれから、黒い羽のようなものが二つ放たれる。

 

 

 少女を背にした剣士がこれを素直に避ける筈のないと予測してのもの、抜け目のない彼が確実に剣士を仕留める為の効果的な牽制。

 

 

 少なくとも彼はそう思って行動していた。

 

 

 ただ、彼が目の当たりにしたものは、予想していたものとは一線を画すもの。

 

 

 彼女がゆらりと身体を揺らす。

 

 

 そして、男の視界に入っている彼女の像に僅かなノイズが走った。

 

 

 軽快に鳴る二度の金属音と共に、彼の視界に映し出されたのは眼前に迫る剣士の姿。

 

 

 彼女はまたもや、逆手に持っていた得物をいつの間にか順手に構え直しており、的確に左右の肩口へと突きを繰り出していた。

 

 

 対する男の額に焦りの脂汗が滲む。

 

 

 咄嗟に逆手に持ち変えた両手の剣の鍔で、得物が身体へ触れる前に抑え込み、対処するのがやっと。

 

 

「ふふっ、そうでなくっちゃ……! 

 

 私の警告を断ったんだから!」

 

 

「妙な真似を……

 

 貴様やはり……ッ!」

 

 

 男が嗚咽を漏らす。

 

 

 理由は明白、剣士の膝が彼の鳩尾(みぞおち)へとめり込んでいたのだ。

 

 

 更に剣士は、男の両腕から力が抜けた隙を突き、短剣で男の剣を払ってから、がら空きになった胴へ、弾き飛ばすように中段蹴りを入れる。

 

 

 続けて間髪入れず、剣士は両手の短剣を握ったまま得物の銃口を男へ向けた。

 

 

 再び歪む視界、加えて、突如刃を納めた盾付きの得物を向けられた男が抱えることとなったのは動揺と困惑。

 

 

 鈍る思考。

 

 

 持ち前の鋭い洞察力もなまくらと化し、人としての理知は置き去りになっていく。

 

 

 それでも、何かが来る、という結果に辿り着けた男は得物の銃口と思わしき部分から僅かに漏れた光を目にした途端、彼の戦闘本能が息も絶え絶えな身体を突き動かした。

 

 

 男へと襲い掛かるのは6発のプラズマ化した金属粒子弾、彼は両腕を交互に振るい、黒い羽根のような物をがむしゃらに左右三つずつ放つ。

 

 

 宙で交差する羽根と弾丸、剣士は自分と後方の少女に迫る羽根を手にした短剣で全て撃ち落とした一方、男が放った羽根で撃ち落とせた弾丸は二つ、残りの四つの内、三つは頬と脇腹、脚に掠り、一つが肩へと突き刺さった。

 

 

 しばしの静寂、ふらつき、嗚咽混じりながらも男は膝を突くことはなく、冷静に呼吸を整え、剣士を見据え、自身の損傷具合を痛みから確認する。

 

 

 掠った箇所はいずれも軽傷、今後の戦闘行動に支障はなさそうだが、肩に当たった弾丸は直撃で、装備していた肩の装甲が焼け焦げ、軽度ながら火傷を負っていた。

 

 

 ようやっと思考の速度が追い付いた男は次の剣士の動きを警戒しつつ、赤熱し、変形した肩の装甲を引き剥がす。

 

 

 すると、剣士が目を細め、盾付きの得物を構えていた腕を少し下げて、訝しげに尋ねた。

 

 

「……やはり、って何?」

 

 

「げほっ、けほっ──

 

 答えると思うか?」

 

 

「どうかしら、気になったことはすぐ聞き出したい方なの

 

 でも今回は宣言通り、死ぬ程お仕置きしてからじっくり吐いてもらいましょうか

 

 気乗りはして来たけど、こっちも()()()()()前にことを収めたいし」

 

 

 とんっ、と地面を蹴った剣士は身軽に、再び両手の得物をくるりと逆手に持ち直して両腕を上げて構え、夜鷹の男へと迫る。

 

 

「……その自信、その腕、貴殿は間違いなく私が出会った数ある武人の中でも一流の剣士と言えよう

 

 おまけに銃まで使いこなせるとは恐れ入った」

 

 

 またもや歪む男の視界、彼の目に映った剣士の姿は揺れる水面に映るよう、しかし、最大のチャンスが彼に訪れた瞬間でもあった。

 

 

 剣士が少女から僅かでも離れたのだ。

 

 

 この絶対の好機を逃すまいと、男は背に力を込め、身の丈程ある両翼を抜き出した。

 

 

「──だが、クレバーさでは私の勝ちだ! 

 

 女ッ!」

 

 

 彼は大きく翼を羽ばたかせ、剣士の頭上を越えて跳躍する。

 

 

「しまっ──」

 

 

 彼女が振り返り、踵を返している間に、彼は確実に少女との距離を詰め、その目は正確に少女を捉えて右の剣の切っ先を彼女の喉へと向けていた。

 

 

「私は任務に忠実な男ッ! 

 

 故に、失敗は許されないッ! 

 

 トドメだッ──」

 

 

 が、待っていた彼の運命は無慈悲に、残酷に、本人の望む形を裏切る形、現れたのは、ある種の死神に他ならない。

 

 

 強烈な炸裂音、彼の覚悟の言葉を遮るには充分な程の熱量を持ったそれがまず向かう先は、剣を持つ右手。

 

 

 哀れ、男の宣言は途切れて言葉にならない悲痛な声へと変わる。

 

 

 続いて、文字通りに間髪入れず、背、脇腹へと蒼黒い炎の塊が男の身体へとめり込んだ。

 

 

 3つの弾丸に押し飛ばされるようにして男は大地へと転がり落ち、右の剣が彼の目の前に刺さる。

 

 

「そ、狙撃だと……!? 

 

 一体どこから……?」

 

 

「熱くなってんじゃねぇぞティレン! 

 

 護衛対象から離れるなんて言語道断だ!」

 

 

「悪かったわね! 

 

 ……でも助かったわ」

 

 

 男が見上げた先は崖の上、そこに立っていた者を見て男は驚愕する。

 

 

 美しくなびく白髪、眼鏡の向こうから覗く紅の瞳、全身を森林迷彩の防護スーツに備えられた増加装甲と姿勢制御用のブースターユニットで包み、身の丈程もある大型な対物ライフルを構えた──

 

 

 完全武装の女ダークドワーフ。

 

 

 男にとって、かつては天雷の戦女神、あるいは盤上に立つ軍神、そして生ける死神として畏れていた存在。

 

 

 ヴェリア、もとい、ヴェルグリオ・ディア・レギオンその人である。

 

 

「……まさか! 

 

 何故お前がそこに居る!? 

 

 ヴェルグリオ!」

 

 

「はっ──

 

 肝心な所でしょーもない不運を被るのは相変わらずみてぇだな、ウィーヴ

 

 お前のその疑問はこっちの台詞だ

 

 久々に顔を合わせて早々、よくもウチの妹を可愛がってくれやがったな

 

 この根暗鳥野郎!」

 

 

「お姉ちゃん!?」

 

 

「──よぉ、迎えに来るのが遅くなって悪いなメルミー」

 

 

 崖上から飛び降りた狙撃手は片手でライフルを保持したまま、脚部に装備された外付けのスラスターを噴かして素早く着地する。

 

 

 その様子を見た男は、すぐ近くに居た剣士と少女を見比べると、刺さった剣を杖にするようにしてよろめきながら立ち上がった。

 

 

 弾丸の直撃を受けた右手首からは、柄が赤く染まる程度に血が滴っているものの、不幸中の幸いか、狙撃の腕によるものか、その原型は保っている。

 

 

 とはいえ、傷の程度からして、今すぐに剣を振るうことが困難を極めるのは誰の目にも明らかだった。

 

 

「さて、話せよウィーヴ

 

 今すぐテメェを蜂の巣してやりてぇくらいにはトサカに来てるが、昔のよしみもある

 

 アタシの可愛い妹にちょっかいを出した理由なら聞いてやるさ

 

 それまでお互いぶっぱなすのはなしだ」

 

 

「……悪いがそのような時間はない

 

 こちらとて、易々仕事内容を口にするほど鳥頭(マヌケ)ではないのでな

 

 それに、お前と、そこの妙な剣士を相手にしてまで目撃者を排除するのは、今の私ではリスクが高過ぎる」

 

 

「ははーん? 

 

 まーた後ろ暗い仕事を受けたって訳だ

 

 お互い優しい雇い主を持ったもんだな

 

 その言い草じゃ、随分と福利厚生がしっかりしたクライアントと見える

 

 ラッキーだったじゃねぇか」

 

 

「──だが、お前の方は酷く運がなかったな、ヴェルグリオ

 

 そこの女には用心しておけ

 

 これからお前に起きるであろう不運は、間違いなくソイツが原因となるのだからな

 

 さしものお前であろうと、その女は荷が勝ち過ぎる」

 

 

「……何?」

 

 

「……どういう意味?」

 

 

「いずれ判る時が来る」

 

 

 男は鼻を鳴らし、嘲笑した。

 

 

「最後に一つ、敢えて言わせて貰おう

 

 女剣士、勝負は預けておく

 

 願わくば、次は互いにしがらみのない決着を──」

 

 

 男はしたり顔で剣を収めると、腰のポシェットから竹製の筒を取り出し、その先端に付けられた紐を咥えて勢い良く引き抜いた。

 

 

「──望んでいる」

 

 

「あっ、ウィーヴてめぇ! 

 

 ソイツは──」

 

 

 狙撃手がその先の言葉を鼻ごと自らの腕で塞ぎ目を瞑ると、筒の底から一瞬にして辺りを覆う黄色い煙幕が噴き出し、男の姿が隠れる。

 

 

「メルミーちゃん! 

 

 目と鼻を塞ぎさない! 

 

 早く!」

 

 

 慌てながらも目鼻と口を少女が塞ぎ、剣士はそのまま少女をかばうようにして抱き抱え、煙の外へと退避し、狙撃手もそれに合わせて後退した。

 

 

「クソッ! 

 

 ありゃお得意の麻痺性煙幕だ! 

 

 油断した!」

 

 

「でも向こうがトンズラするつもりならこっちも追う理由なんて今はないわ! 

 

 こっちも撤退よ」

 

 

 狙撃手が先導する形で少女を小脇に抱えた剣士は森の中へと駆け出す。

 

 

 煙幕から離れて直ぐ、少女は煙幕の方へ視線を投げ、思わず叫んだ。

 

 

「──あの男を逃がすんですか!?」

 

 

「ばっかお前! 

 

 こっちが逃がして貰ってんだよ! 

 

 自惚れんな!」

 

 

 一喝した狙撃手の声を聞いた少女はしょんと目を逸らし、剣士の腕の中で肩を落とす。

 

 

 そして同時に、少女は緊張の糸が切れたのかそのまま気を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 

 ──しばらくして、三人は森の中腹辺り、崖沿いにある抜け道前に差し掛かり、気絶したままの少女を見守りながら野営の準備をしていた。

 

 

「相当疲れてたのね、この子

 

 まだ意識が戻らないわ」

 

 

「……煙幕の影響も多少あるかも知れんが、アイツの相手をしてたんだ

 

 生きてるだけ儲けもんさ、運がいい

 

 正直、ゴブリン相手にしてる方が数段マシだったろう」

 

 

「ウィーヴ? 

 

 だったかしら、彼は何者なの? 

 

 彼は相当の手練れだったけども……」

 

 

「アタシの元同僚だよ、もう10年近く前の話にゃなるが……

 

 お前も妙な奴に気に入られたもんだ」

 

 

 テントを張り終えた狙撃手は近くに転がっていた丸太の上に腰掛け、紙巻き煙草を咥えると、指先から蒼黒い炎を点けて、煙草の先端をチリチリと焼く。

 

 

「個人的な勝負ってやつは好きじゃないのよね

 

 好敵手とかみたいに扱われるのも嫌」

 

 

「奴さん、立場の割にクソ真面目だからな」

 

 

 溜め息と共に吐き出された紫煙の向こうにある焚き火と食事の準備をする剣士を眺めながら、彼女は思い出をぽつぽつと話し始めた。

 

 

「──ウィーヴ・ウィンストン、密偵上がり、叩き上げで現場主義の剣士だ

 

 出会った当時のアイツはフィンブル王国の軍人で、アタシは奴が所属する分隊を含めた一個小隊の指揮官をしてた

 

 アイツとの奇妙な因縁はそこからさ」

 

 

「あぁ、アンタがやけに指示が上手いのはそういう?」

 

 

「別にアタシの素性が聞きたい訳じゃねぇだろ? 

 

 んでまぁ、奴さんはとある作戦中に、所属する分隊の連中共々行方不明になってな

 

 アタシは知っての通り軍のお偉方に嫌気が差して傭兵になった訳だが、奴さんらも事情は同じで、いつの間にかどこぞの傭兵団に加わってたんだ

 

 それを知ったのはアレらと再び出会った5年前、フィンブル王国側から雇われた時のことだったか……

 

 奴は、当時敵対中の、今は亡き神聖アグニア王国側に付いていた」

 

 

「アグニアっていうと、今のメイダがある辺りだったかしら……

 

 えっと、もしかして、アグニアが滅んだエルメナ戦役のこと?」

 

 

「巷じゃそう呼んでるらしいな

 

 ──あぁ、アグニア王国のエルメナ砂漠が主戦場だったからか

 

 アタシからすりゃ、戦争に名前なんざあったって別段意味なんざありもしねぇ

 

 鉄火場は鉄火場、人の生き死にがそこら中に転がってることに変わりはねぇからな

 

 ──ともかく、奴さんはその戦場でも偵察役をしてて、そこで久々にバッタリと鉢合わせた

 

 あン時はマジで死を覚悟したもんだ」

 

 

「そりゃあの手合いじゃ、あんたとは分が悪いでしょ

 

 あれだけの手練れ相手に生き残れただけマシじゃない」

 

 

「それは間違いない

 

 今は何をしてるのか判らんが、どうも、まともな相手に雇われちゃいねぇだろう

 

 口封じに使う人材がアイツ単独、引き際とリスクヘッジの良さ、公の人物が雇うにしちゃ、待遇が良過ぎる

 

 アタシの知ってるヴィーヴなら、もう二、三歩は踏み込んで何かしらしてくると思ってたが、その様子もなし、気になる要素は山積みだ

 

 ともあれ、メルミーが起きたら、何があったか詳しく聞くとしよう」

 

 

「そうね、流石にあの状態でまた来るってのは考え過ぎとは思うけど、警戒するに越したことはないわ

 

 あれだけしつこく狙われてたんだし、相応にマズいものをメルミーちゃんが見ちゃったのは間違いなさそうだもの

 

 ──さ、簡単だけどスープはこれで出来上がり

 

 日もそろそろ落ちてくる頃だし、これ飲んだらもう休むわよ」

 

 

「サンキュー、ティレン

 

 んじゃ、鋭気を養ったら宿に戻るとしよう」

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 

 ──翌朝。

 

 

 いち早く目覚めた少女の武僧は、隣で寝息をたてる剣士と、煙草を噴かしながら見張りをする姉、狙撃手の姿を見て、昨日の逃亡劇を思い出していた。

 

 

 同時に、痛む生傷と、すっかりボロボロになった防具が外されて枕元に置かれてあることに気付く。

 

 

「お姉ちゃん……?」

 

 

「ん? 

 

 あぁ、起きたかメルミー」

 

 

 狙撃手は吸い終わった煙草を焚き火に投げ入れ、改めて妹、武僧の様子を伺う。

 

 

 武僧の身体はしっかりと五体満足であり、その表情に疲労感こそ残っていたが、細かい生傷を除けば奇跡的と言える状態だった。

 

 

「おはよう、体調の方はどうだい?」

 

 

「あはは……

 

 あちこち痛いですけど、無事、みたいです」

 

 

「そりゃよかった、そこで寝てる姉ちゃんにもちゃんと感謝してやってくれ

 

 お前の窮地を真っ先に救ったのはアイツだからな」

 

 

 狙撃手が剣士に目をやると、はたと思い出したように武僧も剣士へと目を向ける。

 

 

 剣士はすっかり熟睡しており、例え身体を揺すったとしても簡単には起きないだろう。

 

 

 そう思えるほど彼女の寝息は静かで、穏やかな表情を浮かべて寝返り一つせずに丸くなっていた。

 

 

「この方は……?」

 

 

「ティレン・ラウラ・ニーア、冒険者でオオワシ級のライセンサーだ

 

 凄腕の剣士だってことは間違いない

 

 それ以外の素性は特にアタシも聞いちゃいないがな

 

 今のアタシの雇い主でもある

 

 今はお前を助けるに当たって、立場が逆だけどよ」

 

 

「オオワシ級……

 

 そんな方が私を……」

 

 

 すっかり萎縮した様子の武僧を見かねた狙撃手は焚き火の上に鍋を置き直し、剣士の作ったスープを暖め直す。

 

 

「ビビるこったねぇよ

 

 確かにおっかねぇとは思うが、アタシらなんかよりよっぽど育ちも良いし、礼儀も出来る

 

 加えて驚くほど人当たりの良い奴さ

 

 このスープもコイツの手製だ、旨いぞ」

 

 

「……怒らないんですか?」

 

 

「あ? 

 

 何をだよ?」

 

 

「その、勝手にゴブリン退治に……」

 

 

「ガキじゃあるめぇし、自分の仕事を自分の裁量で決めたんだ、アタシの言えるこたぁねぇよ

 

 ……まぁ、強いて言うならだが

 

 無茶はするな、下調べはしっかりしておけ

 

 でもって、自惚れるのは止めろ」

 

 

 狙撃手の物言いはとても淡白で呆れ返った様子、ただただスープをレードルでかき回し、不安げな武僧は視線の外にあった。

 

 

 しかし、そんな狙撃手の表情はどこか穏やかで安堵を伺わせるものがあり、それを見ていた武僧もどこか昔を思い出したように、そんな人物だったな、と、溜め息を吐いて狙撃手の隣に座る。

 

 

「さ、食った食った

 

 平らげたらアイツも起こして役所に帰らにゃならんでな」

 

 

「そうですね、とにかく今は腹ごしらえです!」

 

 

 和気あいあいと食事をしながら再会を喜んだ仲睦まじい姉妹は何がなくとも会話が弾む。

 

 

 互いがどこを旅したとか、どんな苦難があったとか、両親の様子だとか、そんな何気ない世間話が繰り広げられるさまを、ふと、目覚めた剣士は横になったまま黙って聞いていた。

 

 

 彼女もまた、自然と笑みをこぼし、物思いに耽る。

 

 

 彼女が起き上がったのは、姉妹が鍋の中身を空にしてから、まるでそれまで熟睡していたように背伸びをし、目を擦って武僧の無事を祝う言葉を贈る。

 

 

 素直に喜ぶ武僧の横で、狙撃手は少しばかり訝しげな視線を剣士に送っていた。

 

 

 

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