16年度の卒業生   作:Ray May

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渇望する怪物 p1

-◆◇◆-

 

 

 

 トレセン学園校内に、逼迫した校内放送が迸っていた。

 

『――繰り返し全校生徒、並びに教諭の皆さんに連絡します!!』

 

 学園内、辺境にある実験室――

 そこをほぼ居室としているアグネスタキオンは、居合わせていたマンハッタンカフェと共に、ソファを扉の前に押し付け、その長い白衣の袖で額の汗を拭っていた。

 

「――ふぅ」

 

 それから、ひとつ息を吐くも。

 その表情から、曇りは消えない。

 

「ひとまずこれで、大丈夫かな」

「えぇ、恐らく……」

「……」

 

 マンハッタンカフェと頷き合うと――

 彼女と共に、その目を、室内の放送機器へと向ける。

 

 

 

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『校舎内の廊下にいる生徒は、直ちに最寄りの教室に避難して施錠をし、身の安全を確保してください! 避難した生徒、教諭の皆様は、別途指示があるまで、決して部屋の外へ出ないでください!!』

 

「……」

 

 割り当てられたトレーナー室にて、担当バであるハッピーミークと作戦会議をしていた桐生院葵は、しゃがみながら、机と椅子を用いた簡易的なバリケードで塞いだ扉を注視しつつ、背後のハッピーミークを庇う体勢を取っている。

 それには、何があっても、担当だけは守るという、並々ならぬ強い意志が感じられた。

 しかし、同じようにしゃがみこんでいるハッピーミークの瞳もまた、恐怖には染まっていない。

 何があっても、『担当』だけは守るという、強い意志の炎が揺らめいていた。

 

 

 

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『教諭の皆様、並びにトレーナーの皆様は、緊急事態対応条項第一条・第三項に従い、速やかに生徒の避難誘導を行ってください!! 外への避難が可能な生徒は、誘導に従い、落ち着いて避難してください!!』

 

「――みんな焦るな! 焦らなくても大丈夫だ!!」

 

 校舎へ続く玄関口の傍に立つ西崎は、次々と駆け出してくる生徒に、怒号に似た声を掛ける。

 

「『奴』はこの辺にはいない! 前の生徒を押すな! 大変なことになる!! 冷静に!! 落ち着いて避難するんだ!!」

 

 果たしてその声が、生徒らの冷静な『避難』につながるかどうかはわからない。ただそれでも、トレーナーとして最悪の事態だけは避けなければならないと、彼は、生徒たちに呼びかけ続ける。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 駆け抜ける。

 

『皆さん、これは訓練ではありません!! ――繰り返します!!』

 

 その放送は、これまでにない緊張感を伴い、学園内を駆け抜ける――

 

『これは――訓練ではありません!!』

 

 そのさなかを。

 長い芦毛を垂らした一人の少女は、ひたひたと、歩き回る。

 その手の先端は――

 僅かながら、痛々しい赤色に染まっている。

 

「……」

 

 その背後の、廊下の壁際には。

 痛みに呻くウマ娘が、何人も、蹲っていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「――たづな!! しっかりしろたづな!!」

 

 コハクダブルスターの居室にて――

 否。

 コハクダブルスターの――『元』居室にて。

 それまで壁際に横たわり、気を失っていた駿川たづなは、激しい身体の揺さぶりと、けたたましいほどの声に、意識を引き上げられていた。

 開いた瞼の向こう側。

 そこには、悲しみと戸惑いで綯交ぜになった表情を浮かべた、秋川やよいの姿がある。

 

「り……じちょう……?」

「……よし、気が付いたか……!」

「私は……」

「説明は後だ! 病み上がりで悪いが、これを……!!」

 

 秋川は、説明もほどほどに、たづなに『それ』を握らせる。その見てくれは、チープなモデルガンのように見えたが。れっきとした、自分たちに許された、『武器』、だった。

 

「クソッ、完全に私の落ち度だ……まさかここまで暴れ回るとは……!!」

「り、理事長? 一体何が……」

「いいから着いてこい! 走りながら説明する!」

 

 今までに見たことのない彼女の様子に、たづなは何となく事態を察する。彼女の言うとおり――とにかく、その場から退室し、共に走りだす。

 ……『居室』のドアは。

 悲惨なまでに、完膚なきまでに、ひしゃげ、破壊されていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 人通りの少ない側道を、私たちは駆け抜けていく。

 本当なら、ヘルメットとかそういうの着けなくちゃいけないけど。歩道だから今の私たちは歩行者。

 そう、ちょっと足が速いだけの歩行者! しょっ引かれる可能性を危惧しなくてもいい――本当は駄目だけど!

 決まりを無視してでも。

 規則を踏みにじってでも。

 私たちには、そうしないといけない理由があった。

 

「ッ――!!」

 

 いや――出来てしまった、と表現するべきだろうか。……

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「――は!? 暴走!?」

 

 トレーナーさんからの連絡で、私は素っ頓狂に叫んでしまっていた。

 

『そうだ! 経緯はわからんが、コハクダブルスターが拘束から脱した――今どこにいるかはわからんが、校舎内を徘徊して、出会った生徒を片っ端から襲ってるらしい!』

「え、あ……襲う!? いやその、襲う!? え!? こう、暴力的にですか!?」

『そうだ! それ以外に何があんだ!!』

 

 あちらもあちらで、叫んでいるけれど。その背後、放送と思しき音が聞こえる。内容までもは聞き取れないけれど、どうやらそれは、無視出来ない内容だったらしい。

 

『――情報が得られたんならとにかく急げ! 金は後で補填する! どんな手を使ってもいい、一刻も早く戻ってこい!!』

「ちょ、トレーナーさん――」

 

 それでも、もう少し情報が欲しくて。呼びかけようとしたけれど。ぶつり、と通話は切れてしまった――どうやら、それだけあちらの現状は逼迫しているらしい。

 

「な、なんやなんや。どういうこっちゃ。暴走? 暴走て……生徒傷つけて回っとるっちゅうことか!?」

「だと思います、どっちにしろやばいです!! 先生ごめんなさい、私たち、もう行きます!」

「えぇ、わかったわ。今言った情報、役立ててちょうだい」

 

 教頭先生も、状況を理解してくれたらしい。二つ返事で承諾し、玄関まで私たちを送ってくれる。

 

「ごめんなさい! 次はもっとゆっくりできる時に……!!」

「ミザールさん」

「! はい!!」

 

 そして、別れの挨拶もほどほどに。走り出そうとしたけれど。呼び止められて、立ち止まっていた。

 

「……コハクちゃんは、きっと今、恐怖の中にいるわ」

 

 それから、先生は言うのだ。

 

「あの子はきっと……行先が分からなくなっている。だから、助けてあげてちょうだい。示してあげてちょうだい。行く場所も――いるべき場所も――

 

 いつだって、すぐ傍にあるってことを」

 

「……」

 

 それが、何を思っての、何を意味する言葉かは、瞬時にはわからなかった。

 それでも、その言葉の温もりを、しっかりと抱き締めて。

 

「――はい!」

 

 大きく返事をし。

 タマちゃん先輩と共に、そこから駆け出していた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「――ミザール!!」

 

 駆け抜ける中――タマちゃん先輩の、稲妻みたいな声が聞こえる。

 

「まだイけるか!?」

「はい!! 全然!!」

「そんなら、もう少し先の駅まで『降りる』で!」

 

 最寄り駅では、次の電車が出るまで、一時間ほども待たないといけない。

 そんなに待っていられない――だから私たちは、その分少しでも走って、『稼ぐ』。

 一分でも早く、一秒でも短く。目的地へと、学園へと、戻れるように――

 

「――しっかり着いて来ぃ!!」

「はいッ!!」

 

 ひた走る。

 己が足で――道を、駆け抜けていく。

 

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