トレセン学園の食堂へと、何人もの生徒がなだれ込んでいく。
それを入り口で誘導するシリウスは、渋い顔をしていた。
「シリウスさん!」
中から、生徒を掻き分けやって来た別の生徒が、シリウスに呼びかける。
「やばいです。もうすぐキャパ越えちゃいそうです……!!」
「クソ……あと何人来やがんだ」
「どうします? 外扉解放しますか?」
「いや、駄目だ。万が一ってこともある。それにあそこは高めの段差がある。一歩間違えたら大惨事に――」
「――!!」
飽くまで。
飽くまで冷静に、落ち着いて、シリウスが方策を考える中。
彼女の傍で誘導を手伝っていた、また別の生徒が、息を呑んでいた。
「今度はなんだ!」
「あ、あれ……!!」
やってくる生徒の数が、疎らになる中――
彼女が指差すままに、シリウスが向けた視線の先――
「――!」
そこに。
いた。
芦毛に、ところどころ破られた、痛々しい拘束服――もどきを身に纏った、一人のウマ娘が。
一人の少女が。
そこに、立っていた。
一同の間に――緊張が走り。
第一発見者たる生徒は、思わず、一歩を後ずさる。
「ち……ちょっと嘘でしょ……!!」
「みんながこっちに逃げてきたのって、そういうこと……!?」
「ちっ……」
仲間たちが動揺する中――
「――おい! 閉めるぞ!!」
それでもシリウスは、努めて冷静に、呼びかける。
生徒の流れが完全になくなったのは、彼女らにとって、幸運なことであった。
仲間たちは呼応し――
食堂の、大きな観音扉を閉め始める。
それが、重々しくも素早く動き――
外部との接続を、断絶した――
「――おい」
と。
思われた。
それは――すんでのところで、阻止されていた。
なぜなら。
そこに――いたからだ。
「――!?」
目の前に。
先ほどまで、廊下の最奥にいたはずの彼女が――
既に、そこに、辿り着いていたからだ。
ギシ、と、扉が止まる。
コハクダブルスターの手は。片方の扉に、掛けられており。
弱々しさすら感じられる細腕にも関わらず、扉は完全に動かせなくなる。
「寂しいじゃねぇか」
そして、その僅かに開いた隙間から。
彼女は、確かに、シリウスと、目を合わせていた。
「もっと遊んでくれよ」
瞬間。
爆発音に似た轟音と共に、扉が――『破壊』される。
もはや、それ以外に表現のしようもない。
一瞬にして、その分厚く、重いはずの扉はひしゃげ――
ガラスは割れ。
蝶番は外れ。
扉の体を、為さなくなる――
「……っ」
その光景に、シリウスは戦慄しつつ。
あーあーあー、と、嫌に冷静に、考えていた。
それ、一応鉄扉に近いもんだぞ、と。
今日みたいな日のために仕立てられた、特注品だぞ――と。
『――!!』
食堂内が、混沌とした空気に包まれる。
それでもシリウスは冷静さを失わず、傍の生徒へと呼びかけた。
「――おい! 逆側の出口から避難させろ! ここは……」
次いで――不気味に佇む、芦毛の影を見て。
「……ここは、私が抑える!」
「――ッ」
呼びかけられた生徒は。
加勢がどうとか、助けがどうとか、そんなことを言ってられる状況ではないことを、瞬時に理解した。
だから、食堂内へと入り、言われた通り、誘導を開始する。
構えを取ったシリウスは、冷汗を垂らす。
自分も一応、武術の心得はある。少しくらいは時間稼ぎ出来るだろう、と考える。
しかし同時に。
あの滅茶苦茶な力。
予想の出来ない行動。
どれくらい持つかはわかんねぇけど――とも。
「――奴は今どこにいる!?」
寄る生徒の波を逆走しながら、シンボリルドルフは、傍らに呼びかける。
「情報によると、食堂の方へ向かったって話だ」
付き従う黒いポニーテール――ナリタブライアンは、それに淀みなく答えるが。それに、ルドルフは目を見開いていた。
「食堂!? 生徒の二次避難場所じゃないか!」
「あそこはシリウスが避難誘導しているって話だ。滅多なことにはならないと思うが」
「その滅多なことが、今正に起きているだろう!」
脳裏に最悪のシナリオを思い描きながら、ルドルフは先へと進む。拘束が何故解けたか――その理由を、彼女は何となくだが、理解出来ていた。
理事長だ。
理事長が、独断で実行なされたのだ、と。
それを糾弾する気はない。むしろその勇気と判断は称えたい、とすら思っていた。全てのウマ娘は、自由であるべき。その信条を体現するかのような行動。加えて自分も、あんな痛々しい姿から、彼女を、一刻も早く解放してあげたかったからだ。
誰が。
誰が、想像するだろうか。
『暴走』。その物騒な単語が、事前に告げられていたとはいえ――
それが、このような。
前代未聞の騒ぎを、引き起こすなど。
「エアグルーヴの方はどうだ!? 『手当て』は間に合っているのか!?」
「特段の連絡がないってことは『そういうこと』だろう。アイツもそうそうやられるタマじゃない。大丈夫だ」
「なら、ひとまず食堂だ……!!」
信じること。
とにかく信じるしかない、と彼女は、ブライアンの示した情報を頼りに、食堂へと向かう。
生徒の波は終わらない。
むしろ進むごとに激しく、分厚くなっていくそれを、根気よく掻き分けていき――
やがて、食堂へ続く入り口が見えてくる。
「会長!」
シリウスと知己であるウマ娘が、その傍に見えた。彼女の声に、ルドルフは応じようとする。
「――!」
その時。
物騒な物音は、食堂の中から。
ルドルフの焦燥はピークに達し、それに駆られるまま、食堂の中へと飛び込んだ。
「シリウス!!」
食堂内は、未だ多くの生徒たちが避難を続けている。
彼女らが、そのさなかでも目を向けている先――
「――」
そこに。ルドルフは見ていた。
もはや残骸となり、その体を為していないテーブルや椅子の山の傍。
力なく横たわっている――『彼女』の姿を。
「、、、、、」
ぶる、と身体が震える。
息が詰まり。視界が揺れる。
湧き上がるどす黒い感情に押され、ルドルフは荒々しく踏み出そうとした。
「ルドルフ」
そんな彼女の肩を、ブライアンはぽんと叩く。
対照的に、異様なまでに落ち着き払ったブライアンは、代わりに、とばかりに前へ出た。
「誘導を。皆焦っているが、あんたの指示なら従ってくれるだろう」
「ブライアン……」
「ここは」
その足取りに、迷いはない。
未だ、彼女を――シリウスを前にして、一人立ち尽くしている、芦毛の少女に向かって。
悠然と、歩きながら。
「私がやる」
雄々しいまでに、そう宣言していた。
ゆらり、と芦毛の影が揺れる。
斜め上方向から、それはブライアンへと振り向いていた。
興が覚めた、とばかりに、真一文字を結んでいた口は。
彼女の顔を見るなり――
不気味に、吊り上がる。
「――」
少女は、何かを呟いたように見えたが。
どちらにせよ、ブライアンの耳にまでは届かない。
そしてブライアンはそれを気にもかけない。やがて歩みが止まり、少女と数メートルほどの距離に立つと。
「……」
彼女へと、指先を上に向けた状態で、手の甲を向け。
その指先を、前後に揺らしていた。
『かかって来い』、と。
行動で、呼び掛けていた。
「――」
少女の笑みが、深まる。
構えを取ったブライアンに向け――
彼女は、素早く、襲い掛かっていた。
目にもとまらぬ速さと力強さで放たれる攻撃を、ブライアンはひとつひとつ受け止め、時に受け流す。
そのたびに激しい殴打音が響くが、彼女は顔色一つ変えず、それに応じ続ける。
「っ……!!」
ルドルフは、それをしばし見守っていたが。
避難を続ける生徒の困惑と混乱、そして混迷が深まっているところを見て、決心した。
「――皆落ち着け! 私たちが来たからには大丈夫だ! 前の者は押さずに、落ち着いて避難するんだ!!」
「……!」
鶴の一声のごとく上がる呼びかけに、生徒たちは勇気づけられたように、やや落ち着きを取り戻す。
だが、とルドルフは、楽観ばかりもしていられなかった。
ブライアンは強い。レースにおいても、武術においても。この自分ですらも、彼女に追随できるかもわからない。そこには絶対の信頼がある。打ち倒されることがあるとは思えない。
だがそれは、戦いがいつか終わるのなら、という話だ。今のところ、あの少女の――コハクダブルスターの暴走状態は、いつ収まるのか見当もつかない。
信頼している、信用している。しかし――ブライアンも、永遠に戦い続けられるような超人ではない。
それにこのままでは、シリウスの救助もままならない。
何か。
何か、彼女を捕えられるような、きっかけが必要だ。
何かないか。何かないか。誘導を続けながらも、ルドルフは考える。
思考を張り巡らせ。
その食堂内を、一心に観察し続ける――
「――!?」
果たして。
それは、食堂内に、突如として現れていた。
それは、生徒の姿が疎らになってきた足元――床に。
小さいながらも、思わず注意を向けてしまいたくなる、目を引く真っ赤なボディ。
スポーツカーがモデルと思しき――
ラジコンカーだった。