16年度の卒業生   作:Ray May

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渇望する怪物 p2

-◆◇◆-

 

 

 

 トレセン学園の食堂へと、何人もの生徒がなだれ込んでいく。

 それを入り口で誘導するシリウスは、渋い顔をしていた。

 

「シリウスさん!」

 

 中から、生徒を掻き分けやって来た別の生徒が、シリウスに呼びかける。

 

「やばいです。もうすぐキャパ越えちゃいそうです……!!」

「クソ……あと何人来やがんだ」

「どうします? 外扉解放しますか?」

「いや、駄目だ。万が一ってこともある。それにあそこは高めの段差がある。一歩間違えたら大惨事に――」

「――!!」

 

 飽くまで。

 飽くまで冷静に、落ち着いて、シリウスが方策を考える中。

 彼女の傍で誘導を手伝っていた、また別の生徒が、息を呑んでいた。

 

「今度はなんだ!」

「あ、あれ……!!」

 

 やってくる生徒の数が、疎らになる中――

 彼女が指差すままに、シリウスが向けた視線の先――

 

「――!」

 

 そこに。

 いた。

 芦毛に、ところどころ破られた、痛々しい拘束服――もどきを身に纏った、一人のウマ娘が。

 

 一人の少女が。

 そこに、立っていた。

 

 一同の間に――緊張が走り。

 第一発見者たる生徒は、思わず、一歩を後ずさる。

 

「ち……ちょっと嘘でしょ……!!」

「みんながこっちに逃げてきたのって、そういうこと……!?」

「ちっ……」

 

 仲間たちが動揺する中――

 

「――おい! 閉めるぞ!!」

 

 それでもシリウスは、努めて冷静に、呼びかける。

 生徒の流れが完全になくなったのは、彼女らにとって、幸運なことであった。

 仲間たちは呼応し――

 食堂の、大きな観音扉を閉め始める。

 それが、重々しくも素早く動き――

 外部との接続を、断絶した――

 

 

「――おい」

 

 

 と。

 思われた。

 

 それは――すんでのところで、阻止されていた。

 なぜなら。

 そこに――いたからだ。

 

「――!?」

 

 目の前に。

 先ほどまで、廊下の最奥にいたはずの彼女が――

 既に、そこに、辿り着いていたからだ。

 

 ギシ、と、扉が止まる。

 コハクダブルスターの手は。片方の扉に、掛けられており。

 弱々しさすら感じられる細腕にも関わらず、扉は完全に動かせなくなる。

 

「寂しいじゃねぇか」

 

 そして、その僅かに開いた隙間から。

 彼女は、確かに、シリウスと、目を合わせていた。

 

「もっと遊んでくれよ」

 

 瞬間。

 爆発音に似た轟音と共に、扉が――『破壊』される。

 

 もはや、それ以外に表現のしようもない。

 

 一瞬にして、その分厚く、重いはずの扉はひしゃげ――

 ガラスは割れ。

 蝶番は外れ。

 扉の体を、為さなくなる――

 

「……っ」

 

 その光景に、シリウスは戦慄しつつ。

 あーあーあー、と、嫌に冷静に、考えていた。

 それ、一応鉄扉に近いもんだぞ、と。

 今日みたいな日のために仕立てられた、特注品だぞ――と。

 

『――!!』

 

 食堂内が、混沌とした空気に包まれる。

 それでもシリウスは冷静さを失わず、傍の生徒へと呼びかけた。

 

「――おい! 逆側の出口から避難させろ! ここは……」

 

 次いで――不気味に佇む、芦毛の影を見て。

 

「……ここは、私が抑える!」

「――ッ」

 

 呼びかけられた生徒は。

 加勢がどうとか、助けがどうとか、そんなことを言ってられる状況ではないことを、瞬時に理解した。

 だから、食堂内へと入り、言われた通り、誘導を開始する。

 

 構えを取ったシリウスは、冷汗を垂らす。

 自分も一応、武術の心得はある。少しくらいは時間稼ぎ出来るだろう、と考える。

 しかし同時に。

 あの滅茶苦茶な力。

 予想の出来ない行動。

 

 どれくらい持つかはわかんねぇけど――とも。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「――奴は今どこにいる!?」

 

 寄る生徒の波を逆走しながら、シンボリルドルフは、傍らに呼びかける。

 

「情報によると、食堂の方へ向かったって話だ」

 

 付き従う黒いポニーテール――ナリタブライアンは、それに淀みなく答えるが。それに、ルドルフは目を見開いていた。

 

「食堂!? 生徒の二次避難場所じゃないか!」

「あそこはシリウスが避難誘導しているって話だ。滅多なことにはならないと思うが」

「その滅多なことが、今正に起きているだろう!」

 

 脳裏に最悪のシナリオを思い描きながら、ルドルフは先へと進む。拘束が何故解けたか――その理由を、彼女は何となくだが、理解出来ていた。

 

 理事長だ。

 理事長が、独断で実行なされたのだ、と。

 

 それを糾弾する気はない。むしろその勇気と判断は称えたい、とすら思っていた。全てのウマ娘は、自由であるべき。その信条を体現するかのような行動。加えて自分も、あんな痛々しい姿から、彼女を、一刻も早く解放してあげたかったからだ。

 

 誰が。

 誰が、想像するだろうか。

『暴走』。その物騒な単語が、事前に告げられていたとはいえ――

 

 それが、このような。

 前代未聞の騒ぎを、引き起こすなど。

 

「エアグルーヴの方はどうだ!? 『手当て』は間に合っているのか!?」

「特段の連絡がないってことは『そういうこと』だろう。アイツもそうそうやられるタマじゃない。大丈夫だ」

「なら、ひとまず食堂だ……!!」

 

 信じること。

 とにかく信じるしかない、と彼女は、ブライアンの示した情報を頼りに、食堂へと向かう。

 生徒の波は終わらない。

 むしろ進むごとに激しく、分厚くなっていくそれを、根気よく掻き分けていき――

 やがて、食堂へ続く入り口が見えてくる。

 

「会長!」

 

 シリウスと知己であるウマ娘が、その傍に見えた。彼女の声に、ルドルフは応じようとする。

 

「――!」

 

 その時。

 物騒な物音は、食堂の中から。

 ルドルフの焦燥はピークに達し、それに駆られるまま、食堂の中へと飛び込んだ。

 

「シリウス!!」

 

 食堂内は、未だ多くの生徒たちが避難を続けている。

 彼女らが、そのさなかでも目を向けている先――

 

「――」

 

 そこに。ルドルフは見ていた。

 もはや残骸となり、その体を為していないテーブルや椅子の山の傍。

 力なく横たわっている――『彼女』の姿を。

 

 

「、、、、、」

 

 

 ぶる、と身体が震える。

 息が詰まり。視界が揺れる。

 湧き上がるどす黒い感情に押され、ルドルフは荒々しく踏み出そうとした。

 

「ルドルフ」

 

 そんな彼女の肩を、ブライアンはぽんと叩く。

 対照的に、異様なまでに落ち着き払ったブライアンは、代わりに、とばかりに前へ出た。

 

「誘導を。皆焦っているが、あんたの指示なら従ってくれるだろう」

「ブライアン……」

「ここは」

 

 その足取りに、迷いはない。

 未だ、彼女を――シリウスを前にして、一人立ち尽くしている、芦毛の少女に向かって。

 悠然と、歩きながら。

 

「私がやる」

 

 雄々しいまでに、そう宣言していた。

 ゆらり、と芦毛の影が揺れる。

 斜め上方向から、それはブライアンへと振り向いていた。

 興が覚めた、とばかりに、真一文字を結んでいた口は。

 

 彼女の顔を見るなり――

 不気味に、吊り上がる。

 

「――」

 

 少女は、何かを呟いたように見えたが。

 どちらにせよ、ブライアンの耳にまでは届かない。

 そしてブライアンはそれを気にもかけない。やがて歩みが止まり、少女と数メートルほどの距離に立つと。

 

「……」

 

 彼女へと、指先を上に向けた状態で、手の甲を向け。

 その指先を、前後に揺らしていた。

 

『かかって来い』、と。

 行動で、呼び掛けていた。

 

「――」

 

 少女の笑みが、深まる。

 構えを取ったブライアンに向け――

 彼女は、素早く、襲い掛かっていた。

 目にもとまらぬ速さと力強さで放たれる攻撃を、ブライアンはひとつひとつ受け止め、時に受け流す。

 そのたびに激しい殴打音が響くが、彼女は顔色一つ変えず、それに応じ続ける。

 

「っ……!!」

 

 ルドルフは、それをしばし見守っていたが。

 避難を続ける生徒の困惑と混乱、そして混迷が深まっているところを見て、決心した。

 

「――皆落ち着け! 私たちが来たからには大丈夫だ! 前の者は押さずに、落ち着いて避難するんだ!!」

 

「……!」

 

 鶴の一声のごとく上がる呼びかけに、生徒たちは勇気づけられたように、やや落ち着きを取り戻す。

 だが、とルドルフは、楽観ばかりもしていられなかった。

 

 ブライアンは強い。レースにおいても、武術においても。この自分ですらも、彼女に追随できるかもわからない。そこには絶対の信頼がある。打ち倒されることがあるとは思えない。

 だがそれは、戦いがいつか終わるのなら、という話だ。今のところ、あの少女の――コハクダブルスターの暴走状態は、いつ収まるのか見当もつかない。

 

 信頼している、信用している。しかし――ブライアンも、永遠に戦い続けられるような超人ではない。

 

 それにこのままでは、シリウスの救助もままならない。

 

 何か。

 何か、彼女を捕えられるような、きっかけが必要だ。

 何かないか。何かないか。誘導を続けながらも、ルドルフは考える。

 思考を張り巡らせ。

 その食堂内を、一心に観察し続ける――

 

「――!?」

 

 果たして。

 それは、食堂内に、突如として現れていた。

 

 それは、生徒の姿が疎らになってきた足元――床に。

 小さいながらも、思わず注意を向けてしまいたくなる、目を引く真っ赤なボディ。

 スポーツカーがモデルと思しき――

 ラジコンカーだった。

 

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