「……」
トレーナー室にて。
ミザールの担当は、ゲームパッドを握り、立てかけた携帯電話の画面を見つめている。
自前のラジコンカーを通して見えるカメラの景色に、彼はひとつ深呼吸をし。
「……悪く思うなよ」
そう言うと。
ゲームパッドのボタンを、押していた。
その時だった。
ラジコンカーの扉が、突然、上方向へと開く。
その真下から、小型のスピーカーと思しき物体が這い出し。
「――!?」
キィィィン――という、甲高く、耳障りな音が。
その部分から、発せられていた。
あまりに不愉快なその音に、その場にいたウマ娘たちが、思わず耳を塞ぐ。
蟀谷を抑え、苦悶の表情を浮かべる者すらもいた。
それはルドルフも同様であり、ブライアンでさえも、耳を捻じり、顔を顰める。
コハクダブルスターも――例外ではなく。
「……」
動きを止めた彼女は。
その音の出所である、ラジコンカーへと目を向けると。
「――!!」
ブライアンをそっちのけに、そちらを襲い始める。
ラジコンカーは、それを確認したかのように、音を止めると、食堂の中をすばしっこく走り回り始めた。
コハクもまた、それを追跡し、食堂の奥の方へと誘導されていく。
「――!」
そこでルドルフは、そうか、と思い至る。
「――皆、今のうちだ! 外へ!!」
『――!!』
一瞬は足を止めていた生徒たちだったが、ルドルフの声に応じ、避難を再開する。
それを見届けたルドルフは、シリウスの元へと駆け寄る。
「シリウス!」
未だ倒れ伏していた彼女を抱え起こし、ルドルフは呼びかける。
「シリウス! おい! 聞こえるか! しっかりしろシリウス! シリウス――」
目を固く閉じる彼女に、ルドルフは根気強く呼びかけ続け――
「シリウスッ!!」
「……っせぇな……」
果たして。
彼女は、答えていた。
「……聞こえてんだよ……耳元で騒ぐな……」
「……、」
目を開いた彼女に、ルドルフは安堵の表情を浮かべる。だが安心しても居られない、と、シリウスの同意も得ないまま、肩を貸し、その場から退避を始める。
「ブライアン」
「あぁ――行ってくれ。しんがりは私がやる」
「……すまない」
勇気ある進言に、ルドルフは止めようとするも。
悠長なことも言っていられない、と気付くと、頼む、と短く告げ、出口へと急ぐ。
「――!」
そうして、すぐそこまで近づいた時。
ガラスが割れたかのような、物騒で、痛々しい音が響く。
ラジコンカーはコハクにとうとう捕獲され。
その圧倒的な力の前に、潰され、壊れ、走行不能な状態となってしまった。
「……」
それを見つめたコハクは。
食堂の出口の方へ、目を向ける。
「…………」
もはや物言わぬ玩具と化したそれを、その場に捨てると。
「――なんで逃げるの」
自分へと背を向け、逃げ出そうとしている彼女らを見て――
付近の柱の側面へと飛び移り。
次いで、あろうことか、天井へと飛び移り。
「――!!」
そのままの勢いで。
生徒たちの最後尾、シリウスを担ぎ、逃げ出そうとする、ルドルフに襲い掛かろうとした。
振り替えたルドルフの目に、非情なまでに真っ白な、芦毛が映る。
「――!」
刹那。
その間に、漆黒のポニーテールが割り込んでいた。
瞬時に構えを取ったナリタブライアンに、コハクの腕は捉えられる。
そしてそのまま、その腕は『ぐりん』、と捻じられ。
「――」
宙で回転した、その華奢な身体を。
器用に『キメ』られる――
「――ッ!!」
その末。
後ろ手、かつうつ伏せに。その場へと、抑え込まれていた。
「ブライアンッ!!」
シリウスを他の生徒に託したルドルフは、ブライアンに何かを投げ渡す。
ブライアンが目もくれずに受け取ったそれは――手錠。
URAの憲章が刻印された、金色の手錠。
それを素早く開錠した彼女は、それを、目にもとまらぬ速さで、コハクの両手に装着させる。
「――」
腕が固定され、ウマ乗りになられ。
まともに動けなくなり、身悶えるコハク。
その姿を見下ろしながら、ブライアンは深めの息を吐いていた。
「これで少しは……大人しくなるか?」
しかし、そんな彼女に。
コハクは、依然として、不気味な笑みを浮かべていた。
「――っは、はぁ、はぁ……」
……電車の座席に落ち着いて。
私たちは、上がり切った息を整えていた。
「……、さっ、さすがに、飛ばし過ぎてもうたか……」
タマちゃん先輩はそう言うし、わ、私も、結構苦しいけれど。
でも、大丈夫だ。これだけ急いだお陰で、駅をいくつか『飛ばす』ことが出来た。
少なくとも、数十分は、時間を短縮できたはず。
「……」
……席に落ち着いて、息が落ち着いても、心までもは落ち着かない。
何が起きているのか。どうしてこうなったのか。みんなは無事なのか、コハクちゃんはどうなったのか。
色々な疑問が浮かんでは消え、薄暗い霧となって、どんよりと私の胸に立ち込める。
そわそわと。
到着するまでの一分一秒が、酷く歯痒い。
「……さすがに電車より速くは走れへん」
そんな私の心情を見抜いたのか。タマちゃん先輩は、冷静にそう言う。
「乗ったからには、あとは待つしかない。気持ちはわかるけど……とにかく、みんなのことを信じて、待つんや」
「……」
その淡い光のような言葉は、立ち込めた霧を少しばかり払ってくれた。気持ちが上向くには、足りなかったけれど。
落ち着きを取り戻すには、十分だった。
「……はい」
だから。彼女の言うとおり。
走り出したくなる衝動を抑え、到着するまで、ひたすらに待ち続ける。……