16年度の卒業生   作:Ray May

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渇望する怪物 p4

-◆◇◆-

 

 

 

『……そうか。ひとまず取り押さえたか』

「えぇ、なんとか……」

 

 ルドルフは、携帯電話で、秋川やよいへの報告を行っていた。

 ブライアンに抑え込まれているコハクダブルスターは、未だもがいているが、両腕を封じられていることもあり、その拘束から抜け出せそうには見えない。

 それもあって、ルドルフは、ひとまず胸を撫で下ろしていた。

 

「そちらはどうですか? 到着出来そうでしょうか」

『あぁ、もうすぐ着く。なにぶん、情報が錯綜していてな……』

 

 画面の奥の秋川の声は、心底に申し訳なさそうだった。

 

『……すまない。私の軽率な判断のせいだ。まさか……』

「……理事長。反省も回顧も後にしましょう。まずはこの子を完全に鎮圧することです」

『あぁ……そうだな。すぐに行く!』

 

 その言葉を最後に、通話は終了する。携帯電話を仕舞い、彼女はブライアンの元に近付いた。

 

「ありがとうブライアン。君のお陰で何とかなった」

「いや、私だけの力じゃない。あのラジコンカーのお陰でもあるだろ。……『例の』担当の所持品だったな。学園側で補填してやらないと」

「そうだな。『アレ』のお陰で、シリウスも救助出来た……」

「あとは……『コイツ』をどうするか、か」

 

 そこで、二人の注目は、眼下。床に抑え込まれているコハクへと向く。彼女は依然として、拘束から脱しようともがいている。

 

「……無駄だ。止めておけ」

 

 そんな彼女を諭すように、ブライアンは言う。

 

「その手錠は、URAが『こういう時』のために、各トレセン学園へ配備させている特注品だ。並のウマ娘どころか、重機でも破壊することは難しい」

 

 それでも。

 それでもコハクは、もがくのを止めない。まるで聞こえていないかのように、もぞもぞと、動き続ける。

 

「……もうすぐ理事長たちが来る。どのみちそうなれば『詰み』だ。大人しく――」

 

「――釣れねぇこと言うなよ」

 

 そんな彼女に。

 なおもブライアンは語り掛けるが。

 コハクの口から放たれた、低い声が、それを遮っていた。

 

「……何?」

「もっと」

 

 眉を顰めたブライアンが、それに応じた時。

 

 

「――遊んでくれよ」

 

 

 ゴキン、と。

 

 

 痛々しい音が、彼女らの耳に、聞こえた気がした。

 ――刹那。

 

「――!!」

 

 コハクの細腕が。

『手錠から脱した、片腕の先端が』。

 彼女を抑え込むブライアンの顔に向けて。放たれる。

 

「――ッ!!」

 

 ルドルフが反応する間もなく。彼女のその手は、ブライアンの顔を危うく叩くところだった。

 が、彼女が寸でのところで回避したことで、その頬を僅かに引っかかれただけで済む。

 そこから、僅かながら、鮮血が滲む。

 

「な……!!」

 

 何が、とルドルフは後ずさりながら動揺するが、すぐに理解する。

 見ると彼女の、手錠の外れた片腕の手首は、痛々しい赤色が煌めいていた。

 

 つまりはこうだ――彼女は、手錠を破壊したのではない。

 荒々しくも、その手を無理矢理に――手錠から、『抜け出させた』のだ。

 それは見ての通り、彼女に多少なりともダメージを負わせたようだが。

 その動きを鈍らせるまでには至らない。

 

「下がれッ!!」

 

 ブライアンは怒号を飛ばし。

 再び、コハクと相対する。

 ルドルフが言われるまま、距離を取る中――

 

 先ほどの出来事の再現のように――二人の取っ組み合いが始まる。

 理事長がもうすぐ着くのであれば、無理に暴力で制圧することもない。

 ならば、とにかく時間を稼ぐことか――と、ブライアンは考えるも。

 

「っ……!!」

 

 その攻撃の激しさは、先ほどのそれとは比較にならなかった。

 型も何も関係ない、単純な、しかし圧倒的な力の奔流に、さしもの彼女も気圧され。

 その無慈悲で、遠慮のない蹴撃が――

 彼女の腹部に、炸裂した。

 

「――!!」

 

 ルドルフは目を見開き、駆け出し掛ける。そんな彼女を傍目に、コハクは次なる一手を。

 側頭部めがけ、すぐさま別の蹴りを繰り出そうとするが。

 

「――?」

 

 感じられた手応えは、想定したものと違っていた。

 だから彼女は、そこで動きを止める。

 ルドルフがブライアンの元に駆け出しそうになり、結果として止まっていたのは――

 ブライアンが、まだ戦闘不能に陥っていないことを、感じたからだ。

 

「……」

 

 ブライアンは――

 止めていた。

 側頭部に炸裂した、彼女の蹴りを。

 寸前で、片腕で受け止め。

 そしてもう片手で、捉えていた。

 

 コハクダブルスターは、それを見て、足を引き戻そうとするが。

 戻らない。

 まるで固定されたかのように、動かそうとも、もがこうとも、びくともしない。

 目が。

 その、生気の感じられない目が。ブライアンの顔を見た。

 ……彼女の顔は。

 

「……」

 

 まるで、獣のような。

 怒りにも似た闘志に、燃え滾っていた。

 

「――いい加減に、」

 

 ブライアンは、強く歯を食いしばると。

 コハクの足を、両手でしっかりと掴む。

 そしてそのまま、力任せに――

 彼女の身体を、『スイング』した。

 

「――しろッ!!」

 

 一回転、スイングされた末。

 彼女の身体は、食堂の奥へと、勢いよく投げ飛ばされる。

 小柄な体は、テーブルをはじめとする調度品を巻き込んで飛んでいき――

 床を転がったかと思うと、やがて停止した。

 もはや瓦礫の山とかした、『元』調度品の中から、彼女の両足だけが投げ出されている。

 

「……、……」

 

 終わったか、とブライアンは息を吐きかけるが。

 それを否定するように、コハクの足が動く。

 床をついたその脚の力のみで、彼女は、瓦礫の中から立ち上がり。

 項垂れたかと思えば。

 すぐに顔を上げ。首を傾けながら、彼女らを見つめ始めた。

 その表情は。

 最初、無、であったが。

 

「……」

 

 その口元が。

 再三、吊り上がり。

 

 

「     」

 

 

 妖しく。

 怪しく。

 笑っていた。

 何も言わず。

 無言で。

 楽しそうな笑顔を、作っていた。

 

 ただ。

 瞳だけは、依然として真っ暗で。

 

 深淵が、そこに、人の形を成して立っているかのようだった。

 

「……」

 

 ブライアンは気を取り直し、構えを取る。

 ルドルフは、息を呑む。

 どうすれば抑え込めるか。

 どうすれば助けられるか。

 一体何があったら。

 この騒動は、終わってくれるのか。

 二人が、不気味なまでの静寂の中。

 一致した疑問を、持ち始めた時――

 

『――』

 

 メガホンを起動したことによる。

 甲高く短い音が、食堂に響いていた。

 

 

『――皆ッ、伏せよッ!!』

 

 

「――ッ!!」

 

 次いで、響いた声に――

 二人は素早く反応し、その場に伏せる。

 突然の行動に、コハクは左右を見回し、困惑の色を示したが――

 それが、明暗を分けた。

 

「ッ――!!」

 

 ばしゅん、という、特徴的な音が響く。

 それにコハクは反応するも――時すでに遅し。

 駿川たづなが、特注の拳銃から撃ち放った、特製の弾丸は。

 瞬時に、彼女の元へと到達し――

 

「――……」

 

 コハクは。

 急速、かつ急激な眠気に襲われ。

 その目を閉じながら。

 その場に、倒れ伏していた。

 

「…………」

 

 一転して――可愛らしさすら感じられる寝息を立て始めた、コハクを見て。

 一同は、騒動が終息したのを感じた。

 秋川やよいは、メガホンを下ろし。

 駿川たづなは、拳銃を下ろす。

 ナリタブライアンは立ち上がり、深めの息を吐き。

 シンボリルドルフもまた、立ち上がると。秋川の元へ歩み寄っていた。

 

「……お見事です。お二人とも」

「いや……すまん。もう少し早く着けていれば、ここまでにはならなかったろうに」

 

 秋川は、凄惨な状況の食堂を見渡し、苦い顔をする。しかし、ルドルフはそれに、いえ、と否定の言葉を返した。

 

「生徒の命が第一です。設備は第二と考えましょう。ここで抑え込めて……良かったです」

「……、そうだな」

 

 ともあれ、と秋川は、気を取り直し、たづなへと視線を向ける。

 

「たづな。全体へ連絡だ。緊急事態宣言は解除。生徒たちは直ちに下校させよ。職員は、何人かをこちらに回してくれ。コハクダブルスターを『旧折檻部屋』に収容する。残りは第一会議室へ集めよ。それとURAにもこの事態の連絡を。……今後の対応を話し合うぞ」

「わかりました」

「……」

 

 てきぱきと指示を出す理事長を横目に、ブライアンもまた、変わり果てた食堂を見渡す。

 

「ブライアン」

 

 ルドルフは、そんな彼女の名を呼びながら、隣へと並んだ。

 

「怪我は?」

「平気だ。これくらいかすり傷だ。……それよりも」

 

 ブライアンは、頬を染めていた紅を手の甲で拭うと、ため息を吐く。

 そう、それよりも。

 彼女の懸念は――目の前にあった。

 

「これは……食堂の補修代、大ごとだぞ」

「……あぁ」

 

 その言葉に、ルドルフは、深刻に顔を顰めていた。

 

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