理事長さんは、言う。
「彼女が『生活』出来る糸口があるのなら、それを何としても見極めたい。ただ現状では、あの『暴走』をいかに封じ込めるか、という視点でしか議論を進められない……」
そこで、彼女は扇子を開くと。口元を隠し、こちらを見ていた。
「……そこで君たちだ。どうだ? 何か収穫はあったのか?」
「……一応は」
言うと、部屋の中の緊張が、更に張り詰めた感じがする。私はもちろん。隣のタマちゃん先輩も。それに思わず、姿勢を正していた。
「ただ……糸口になるかはわからないです。とにかく……聞いてください」
そしてそのまま、教頭先生から聞いたお話を、ひとつひとつ、思い出しながら。整理しながら、話す。……
……
…………
………………
「……ふむ」
話の末、理事長さんは、扇子を畳んでいた。
「聞く限りだと、その『犠牲者』が何か鍵を握っていそうだな。だが確か……その一家は……」
「……何か、ご存じなんですか?」
「……」
問いかけると、理事長さんはたづなさんと目を合わせる。何事か、躊躇っている様子だった。
「……その一家は、昔はよく知られた名家だった」
それを見てか、口を開いていたのは、トレーナーさんだった。
「聞いたことないか? かつて『特異点』との異名で呼ばれた、名ウマ娘。そいつを輩出した一家で……トレーナー間ではかなり知られてたんだがな」
「『特異点』……」
確かに……聞いたことがある。授業でも、何度か触れられてたっけ。
そのあまりの強さのために、全てのトレーナーが、トレーニングの方向性を変えざるを得なくなったっていう――伝説的ウマ娘。
そのウマ娘を――輩出した家。そこまでは、ちょっと記憶になかったな……
「ただその家は、そのウマ娘を輩出したっきり、目立った功績を立てられなくてな。誰にも知られないまま衰退して……」
「その『強盗事件』を最後に、一家離散となった」
最後の言葉を請け負ったのは、理事長さんだった。
「……何か関わりがありそうではあるが、まだぼんやりとしているな。そもそも、そのような事件があったとて、なぜ彼女があのような状態になるのか……」
「偶然、とも言い切れませんよね」
補足するように、たづなさんも続く。私は……それに、申し訳なさを感じた。
「……ごめんなさい。もっと、確かな手がかりだったらよかったのに」
「何を言う。これだけでも十分に前進だ」
そんな私に、会長さんが声を掛けてくれる。
「手掛かりが全くないのと、手掛かりの中に求めているものがないのとでは雲泥の差だ。少なくとも、調査のための足掛かりは出来た。ここから調べていけばいい」
「っちゅうても、どないして調べるんや? いっちゃん事情知ってそうな奴はおらんし、その家の連中も、まともに答えてくれへんっちゅう話やで?」
「……力で喋らせるか」
「こらこらブライアン。焦っていても、暴力に頼るのは厳禁だよ」
「けど、そういう手段も想定しとかなきゃならない。また同じようなことが起きても困るだろ、『皇帝』サマよ」
「選ぶとしても『最後』だ。現状、それを選ぶにはまだ早い」
「けっ、またいつもの綺麗事か」
「どういたしまして」
「褒めてねぇっつの」
「――あのー」
そんな風に、議論なのか口喧嘩なのかわからない話が飛び交う中。
そろりと手を挙げていたのは。
「ちょっと、いいっすか」
――カペラちゃんだった。
必然――全員の目が、そちらに向き。
多くの視線に晒されたカペラちゃんは、目に見えて身体を強張らせる。
「あっ、いやあの。その、手掛かりになるかはわかんないっすけど、そのー」
「構わないよ。言ってみたまえ」
「……」
会長さんの促しに、カペラちゃんはひとつ深呼吸をした。
「……思い出したんす。『サングラスのおっさん』が、随分前に、その家のことについて……気になることを言ってたこと。……その」
彼女は、ひとつひとつ、確認するように言う。
「その、『例の名家』は、『特異点』を輩出した後、なかなか功績を出せずに……こう、結構、色んなことをやってたらしくて」
「色んな事……とは?」
「……」
――言っていいものかどうか。
カペラちゃんの顔に、そんな迷いが見えた。
ただその迷いは、注目を跳ね除けられるほどのものじゃなかったのだろう。やがて、決心したように言った。
「……『特異点』と、別の……優秀なウマ娘を輩出した家の人間とを結婚させ、子を作る」
また、確認するように。
「そして、出来た子をトレーニングし、名ウマ娘に育て上げ、また別の優秀な……家系の人と結婚させる」
慎重に。
「で、また出来た子供をトレーニングして、名ウマ娘にして、また別の優秀な家系の人と……」
「……おい。ちょっと待て」
言葉を連ねていた。
それを止めていたのは――シリウスさんだった。
「それって……つまり」
「……はい」
鋭い眼光に晒されて。
カペラちゃんは、冷汗を垂らしながら――
答えていた。
「……ウマ娘の、『品種改良』……」
「――……」
……全員が。
言葉を失う中。
理事長さんが、扇子を開き、口元を隠していた。
「……確かなのか?」
「わかりません。成り行きでおっさんの晩酌に付き合った時、機嫌がよかったからか、それとなく話してくれたんす。あたしもそんな話眉唾だって思って、その時は適当に聞き流してたんすけど……」
「もし事実だとすれば『ご法度』だ。『配合』を目的とした結婚など……もう何年も前に禁止されている」
「……ですが、無法者にとっては、そんなことは関係がない……」
続いたたづなさんの言葉に、理事長さんは無言で応じていた。
緊張と不安。二種の色を含んだ空気が、室内を支配する中。
「――よろしいでしょうか」
次に手を挙げたのは、ヒスイちゃんだった。
カペラちゃんと同じように、彼女へと注目が集まるけれど――
ヒスイちゃんは、特に動じることなく、手を下げていた。
「皆様の意見を聞いていて……点と点が繋がり始めた気がしています」
「え、嘘!? 本当!?」
「えぇ。ですがその前に……少し『講義』をしてもよろしいでしょうか」
弾かれたように反応した私に、返事をして。ヒスイちゃんは言った。
「そもそも、何故解離性同一性障害のような精神疾患が生じるのか、ということについてです」
彼女は、眼鏡を指で押し上げる。
「コハクさんの……暴走時に表出していた性格は、明らかに『怒り』の顕現です。あるいは彼女の中に眠る『暴力性』か。どちらにせよ、『普通』ではなく――その本質は、凶暴性と密接な繫がりがあります。
解離性同一性障害は、元を辿れば『防御反応』です。その人の精神では耐えきれないような事象を目の当たりにした時、主人格を守るために別の人格を形成します。つまり形成される人格の性質にも、相応の理由があることになります。では――
では、このような凶暴性を主体とする性格が表出するのは、一体どういう理由か? 逆説的に考えましょう――凶暴性が『必要となる状況』とは、果たしてどういう状況でしょうか?」
「……何かに」
一連の言葉に、会長さんが答えていた。
「命や尊厳を……脅かされた場合、か?」
「……」
思い出す。私が、年始に塞ぎこんでいた時を。
確かにあの時も――私も、自分の命を脅かされていると勘違いし、マックイーンさんに、暴力を振るっていた……
「そうです」
ヒスイちゃんは、会長さんに頷いていた。
「以上を踏まえた時、私の頭の中に、ある『物語』が出来ました。今からそれを話して聞かせてみようと思います。まぁ――」
そして、そう言うと。
「ある種の『可能性』として。聞いてください。……」
その物語を。
可能性を。私たちに、話し始めた。……