16年度の卒業生   作:Ray May

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可能性の徒 p3

-◆◇◆-

 

 

 

 コハクダブルスターは、机と簡易的な布団以外には何もない、簡素な部屋の隅で蹲っていた。

 自身の両耳に、両手を添えて。

 かたかたと、小刻みに震えている。

 

 一度、自分は気を失い。

 気が付いた時には、この部屋にいた。

 何故ここにいるのか。気絶している間、何が起きたのか。

 誰にも聞いていないし、聞ける相手もいなかったものの。

 推測くらいは――彼女の中でも、ついていた。

 

「……」

 

 だからこそ、震える。

 だからこそ、恐怖する。

 だからこそ――後悔する。

 

 やってしまったと。

 

『また』、やってしまったのだと。

 

 目の前にあった、大切な繫がりを。

 

 また。

 滅茶苦茶にしてしまったのだ、と。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 思い出す。

 思い出してしまう。

 どうしても。『あの時』のことを。

 思い出したくもない、

 痛ましい、過去を。……

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「――あの子かね、『例の子』は」

 

 低く、尊大な声の向かう先に、その少女はいた。

 広い和風の一室にて。長めの芦毛を携えたその少女は、不安そうな面持ちで、周囲を見回している。

 

「えぇ。あれで『三代目』ですね」

 

 それを確認したように、また別の声が応じる。

 

「『彼女』の到来から……何年待ったのかも、もうわからんな。わしも歳だ。もうこれ以上は持つかもわからん……この代で、何としても栄誉を築き上げなくては」

「ご安心ください。今度のトレーナーの腕は確かです。何より俺の弟ですから。いざとなれば、言葉と力で言うことも聞かせられる」

「それは心強い。……期待しようじゃないか」

 

 尊大な声の男性――

 厳格な和装の男は。

 傍らに、それまで応じていた、スーツ姿の男性を携え――

 少女の元へ、歩み寄る。

 

 彼女が、今にも泣きそうな目を向けると。

 和装の男性は、にこりと笑っていた。

 そう、表情こそ、笑っていたが――

 瞳の奥は、明らかに、笑っていなかった。

 

「……やぁ。お気に召したかな。『新しい』『おうち』は」

「……ぁ」

「それともまだ慣れないかな。なぁに、心配いらない。すぐに慣れるさ……」

「……お」

「うん? どうした?」

 

 それを感じ取ったのか。

 少女は、男の優しい言葉遣いにも関わらず。

 怯え切ったまま。

 蛇に睨まれた蛙のごとく。

 震える声で、言う。

 

「おとうさんは……どこ……? おかあさんは……?」

「……必ず会えるさ」

 

 するとそれに。

 男は、言うのだ。

 

「きっと、いつかね……」

 

 まるで。

 舌なめずりする、蛇のように。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「――一体どうなっている!!」

 

 

 書斎にて、男は怒り心頭とばかりに怒鳴り散らしていた。

 

「なんだこの成績は!! お前ともあろうものが、つきっきりで『トレーニング』してこの程度か!?」

「……申し訳ありません。これでも手を尽くしてはいるのですが……」

「言い訳は聞き飽きた!! 次だ!! 次の定期監査で、必ず結果を出せ!! それで無理なら強度を高めよ!! このままでは『特異点』の再来など夢のまた夢だ!!」

「……ですが。彼女の華奢な身体では、これ以上の強度は……」

「あぁ!?」

「……わかりました」

 

 罵倒された男性――

 短い黒髪に、眼鏡をかけた彼は、書斎から退室する。

 ため息を吐くと、その足元――

 傍に。

 芦毛が揺れていた。

 

「……はは。ごめん。聞いてたかい?」

「……うぅん。だいじょうぶ……」

 

 眼鏡の男性は、彼女に微笑むと、手を差し出す。

 少女は、彼には心を許しているようで。

 その手を、そっと取っていた。

 

「おこられてた……?」

「あぁ……まぁ。あはは。困っちゃうよね。僕らもこんなに頑張ってるのに。結果が出ないのは仕方がないじゃないか。ねぇ?」

「……ごめんなさい。こはくが、だめなせいで……」

「そんなことないよ。君は頑張ってる。とっても、とっても頑張ってる……」

 

 肩を落とす少女の頭を。

 男は撫で、口元を緩めた。

 

「大丈夫。きっと大丈夫だ」

 

 そして、安心させるように、言う。

 

「大丈夫。……大丈夫……」

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 それからというもの。

 和装の男性は、それまで訪れていなかったはずのトレーニングの場面へ、たびたび訪れては、『指導』という名の口出しをし始めた。

 

「――!! ――……!!」

 

 出来が悪ければ罵倒し。

 疲労してはぼやき。

 時には、暴力にまで及ぶ。

 その極限の生活は、徐々に少女の心を蝕んでいき。

 それまで心を開いていた、眼鏡の男性の言動にすらも、怯えるようになり始めていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「――ですから、ウマ娘の指導は、一律でどうにかなるものではないのです!」

 

 耐え兼ねた彼は。

 和装の男性へ、直談判する。

 

「これまでの生活で、私は感じています。彼女はいわゆる『サヴァン』に近いものです。度重なる『配合』が、そういった『リスク』を彼女に負わせたのでしょう。ですからトレーニングも、相応の強度と頻度、そして内容のものにするべきです! そうすれば彼女の才能は……!!」

「それで……なんだ。どうにもならなかったら責任が取れるか。私にまた何年も待てと言うのか!?」

「盛者必衰です親父殿!! 永遠に栄え続けられる一家などこの世にありません!! これは運命なのです! 神の見定めた我らの引き際――いえ、もうそのような地点など、とうに通り過ぎています!! 我々の我儘に、あんな小さな女の子を付き合わせるわけにはいきません!!」

「女の子? オンナノコ? はっ、共に生きる中で情を抱いたか。道理で今まで、にっちもさっちも行かずに燻っていたわけだな」

 

 必死の訴えにも関わらず。

 和装の男性は、頑なだった。

 

「あれは道具だ」

「は……?」

「我らの栄誉の為の道具にすぎん。道具に情など持つでないわ!! そのような戯言を抜かす暇があるなら、さっさと次の計画でも策定しろ!」

「親父殿!!」

「それが出来ないのなら……ここから、『出ていって』もらっても、構わんのだがな?」

「っ……」

 

 ……眼鏡の男性は。

 唇を噛み締める。

 呼吸を整え。

 踵を返したのは――

 

「……失礼します」

 

 彼の言葉を。

 受け入れたから、ではなかった。

 彼の言葉を――いいだろう、と。

 肯定したからだ。

 

「……コハク」

 

 だから。

 彼は、今日もまた、夜遅くまで眠れずにいる彼女に、声を掛ける。

 びくり、と震え、見つめる彼女に。

 彼は、胸を締め付けられるような感覚がした。

 

「……行くぞ」

 

 そんな彼女に手を差し伸べ。

 彼は、呼び掛ける。

 

「……え……?」

「行くぞ。着いてこい。今から……お出かけだ」

「お、おでかけ……?」

「そうだ」

 

 優しく、暖かく。

 出来る限り、柔らかく、微笑んで。

 

「……行こう、ここじゃないどこかへ」

 

 言った。

 

 

「誰も、俺たちのことを知らない、どこかへ」

 

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