ヒスイちゃんの一連の『可能性』を聞いて、トレーナー室は、再びの沈黙に包まれていた。
聡明な彼女ならではの、絶妙に有り得そうなそのお話に。
「……筋は通っているな」
最初に声を上げていたのは、会長さんだった。
「少し無理のある部分はあるが……納得は出来る」
「おっさんの言う通りだとしたら、『そういうこと』があってもおかしくはねぇな……」
それに、カペラちゃんも続く。……敬語じゃないのは、独り言のつもりだからかな。
「……胸糞悪ぃ。まるで『あの頃』のトレセンじゃねぇかよ」
「まぁ、飽くまで『可能性』ですから。どこまで信じるかは、皆さまにお任せします」
「いや、しかし重要な推察だ。理事長。コハクダブルスターの過去については、その線で調べてみてはいかがでしょうか」
「うむ……そうだな。たづな」
「はい」
理事長さんに呼びかけられたたづなさんは、一礼して部屋から退室する。もしかして、早速調べてくれるんだろうか。
「……けど、事態の打開には繋がってねぇな」
そこで、シリウスさんが核心をついたことを言う。
「あいつの過去を知るのは大事だが。処遇をどうするかの答えにはならねぇぞ」
「そうだね。けれど、人格の出所が分かれば、それと逆のことをしてあげることで、人格統合を促すことも出来るんじゃないか」
「そんな簡単にいくかね」
「簡単でなくとも。それが今のところの最善策だよ。シリウス」
「――ん」
そんなシリウスさんに、会長さんが応じる中。
理事長さんが、携帯電話を取り出す。
「すまない。……もしもし」
この間のトレーナーさんみたいに。
彼女は、部屋の隅に行くと、電話をし始めた。どうやら、着信があったらしい。
「……けれど、解離性同一性障害の治療など、さすがに知見にはないからな。専門医を呼ばなくては駄目か……」
「メジロのとこに腕利きの医者がいるっちゅうし、頼んでみよか?」
「あそこの主治医は精神科医なのか」
「いや、知らへんけど……」
会長さん、ブライアンさん、タマちゃん先輩が話し。
「しかし意外なところから話が繋がったな。あの『サングラス』が情報を握ってたとは」
「あぁいう場所っすからね。自然とそういう、黒い噂も集まってくるんじゃないっすか」
「……今からでも赴いて、もう少し情報収集しますか」
「いやいやいや! あたしはもうごめんだからなあんなとこ!!」
シリウスさん、カペラちゃん、ヒスイちゃんが話し。
「……」
トレーナーさんは。
無言で、何かを思案しているようだった。
「……」
……斯く言う私も。
話に加わる精神的余裕なんてなくて。
俯いて。
とにかく、ぐちゃぐちゃな胸の中を。
整理、しようとした――
「――は!?」
その時だった。
理事長さんが、大きな声を上げたのは。
「い――いえ。しかしそれは……!!」
「……?」
部屋中の誰もが、隅に寄った理事長さんの背中へと視線を向ける。彼女は、それを浴びながらも、振り返らず。
「……」
しばし無言になったかと思うと。
「……お言葉ですが、『事務総長』」
そんな風に。
威厳溢れる声色で、言っていた。
「そのような『提言』を、容易く受け入れることは出来ません。学園で『彼女』の身柄を預かっている以上、その是非は我々にあります。思うに私は……まだ様子見をするべきと考えています。その決断は……あまりに性急過ぎる。
……えぇ。当然です。責任は私が全て負います。何の問題もありません。えぇ。はい。……わかりました。必ず。はい……では」
通話を終えた理事長さんは――
どこか荒々しげに、こちらに振り返る。
私たちを一瞥すると。
「……厄介なことになったぞ」
普段の彼女からは考えられない、神妙な声で言っていた。
「え……?」
「URAの方から、提言があった」
私が、呆然と声を漏らす中。
彼女は、続けた。
「その……件のコハクダブルスターを……」
それを。
私たちに――告げていた。
「可及的速やかに――『処分』せよ、とのことだ」