16年度の卒業生   作:Ray May

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怪物 p4

-◆◇◆-

 

 

 

 ……そうだ。

 何を甘ったれてんだ私は。

 可能性は視野狭窄だ。

 掴もうとしない者に、振り向きはしない。

 

 

 ……私は動く側じゃない。動かす側。

 それならば――冷静になれ。

 冷徹になれ。

 冷酷になれ、残酷になれ――

 

 状況を。

 状態を。

 その情報を。

 役立つ手掛かりを。

 

 収集して、

 整理して、

 分析して――

 

 

 ――作るんだ。

 

 

 私が、作るんだ。そう――

 目を、身体を、頭を、全部、全部、フルに使って――

 自分の思うがままに――

 

 

 

『戦場』(フィールド)を、

『構築』(デザイン)しろ――……!!

 

 

 

 ――どこがいい――どこで攻める――先団は――この人たちの向かう先は――

 

 

 落ち着け。

 

 

 ――背後の動きも注意ね――いやむしろ引っ掻き回すために前に行かすのも――地面は相変わらずべちゃべちゃ――足の動きにも注意――

 

 

 落ち着け。

 

 

 ――前の子、若干疲れてない!? ――チヨノオーさんまだバテないんだすごい――あ、二番の人何か狙ってそう――内側入り切れるかな、最悪大外を――

 

 

 見極めろ――!!

 

 

「――!!」

 

 

 ……その末。

 閃きのように、思い至った。

 

 とうとう見えてきた、3コーナー。

 200mほどの、やや急勾配な坂道。その周辺――

 

 

 湿り気が。

 強いような。

 

 

「――……」

 

 

 ――先団が、そこに差し掛かる。

 

 

 あれ。

 

 

 ――五人ものウマ娘が、我先にと、殺到する。

 

 

 なんでだろ。

 

 

 ――先頭を、チヨノオーさんが、死に物狂いで走っている。

 

 

 なんでかわかんないけど。

 

 

 ――コーナーと坂道を終え、いよいよ最後のコーナーに入ろうとする。

 

 

 あのコーナー……

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 何か起きる、

 気がする。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 ()()()()

 

 擬音にすれば、そんな感覚。

 

 

『――!?』

 

 

 その瞬間に。観衆がざわめいていた。

 なぜなら。

 

 

「――っ」

 

 

 先頭を走るチヨノオーが――

 第3コーナーの終端にて。若干ながら、足を滑らせたのだ。

 

 

「あ……!」

「お……!?」

 

 

 見守っていたメジロマックイーンとタマモクロスも、思わず声を上げる。

 

 

『あ、あーっと!? 4番サクラチヨノオー、足を取られたー!?』

 

 

 実況もまた、困惑の声を上げる中――

 それによって舞い上がった泥が、二位のウマ娘を控えめに襲う。

 

 それを避けようとした彼女は若干走りが乱れ、それに合わせ、後方のウマ娘もたまらず減速した。

 チヨノオー含め、大きな事故には至らなかったものの――

 その事件により、先団のバ群に、乱れが生じる。

 

 

『しかしここは上手く立て直した! サクラチヨノオー、依然先頭を――』

 

 

 走る。

 実況はそう続けるつもりだったし。

 観衆の誰もが、そう思って疑わなかった。

 

 ――、

 

 だからこそだった。

 その時――

 どよめきに似た歓声が、会場を満たしたのは。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 

 ――大外から現れた影が、

 一気にバ群を抜いたのだ。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「――!?」

 

 

 双眼鏡を見つめていたタマモクロスは、思わず息を呑む。

 彼女はその瞬間を、しかと目にしていた。

 大外から切り込んできた、栗色のポニーテール。見間違えようはずもない。

 

 サファイアミザール。

 サファイアミザールが、突如として姿を現したのだ。

 

 いや、本当に突如か、とタマモクロスは自分の言動を評価する。

 

 突如、というのは、予想していないことを言う。

 彼女のそれは、まるで示し合わせたかのようにタイミングが合致していた。

 それはまるで――まるで。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『な――え!? あ――み、乱れたバ群を! 一気に!! 一気に栗色の影が追い抜きました!?』

 

 

 実況は一瞬、混乱したようだったが。それでも、目の当たりにした事実を紡ぐ。

 

 

『さ、サファイアミザール!! 7番、サファイアミザールだ!! この機を逃さず、一気に先頭に躍り出たぁー!!』

「――っ」

 

 

 一瞬ながら失速したサクラチヨノオーは、目の前に現れたその影に驚きながらも、気を取り直す。

 負けられるか、ここで負けてたまるか、と、負けじと、スパートをかけ始める。

 

 最終コーナー含め、残り600mほど――

 

 サファイアミザールは、彼女に3バ身ほどの差をつけ、先頭をひた走る。

 それでも地力で上回ったか、サクラチヨノオーは、徐々に、徐々にその距離を縮めていく。

 

 

「――、っ……!!」

 

 

 不良バ場は――

 あまり好まれない地形だ。

 なぜなら、泥のように湿った地面が、走るものの力を奪い、いつも以上に体力を消費させるからだ。

 チヨノオーも、しっかりと理解している、それを考慮し、ペース配分をしてきたつもりだったが、

 ここに来て、息が上がり始めていた。

 

 

「――っ」

 

 

 それでも、息を入れ直し、スパートをかけ続ける。

 ここで逃がしてなるものか――と、目の前の背中を追い続ける。

 その執念の結果――最終直線で、バ身は僅か1バ身にまで迫る。

 

 

「!」

 

 

 そして――そこまで来て。

 サファイアミザールの、走る体勢が変わる。

 彼女は大きく身を落とし、前へと傾けて――

 

 

「――……」

 

 

 その姿が、

 

 かの『芦毛の怪物』に重なった。

 

 どん、と、サファイアミザールはスパートをかける。

 始まってしまえば、300mほどの距離も一瞬。

 走り。

 追い縋り。

 走り合い――

 ゴール板を。

 それは先頭で切っていた。

 それは――

 

 

「……、……」

 

 

 ――長い、栗色のポニーテールだった。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

『――き、決めたぁー!! 一着、7番、サファイアミザール!! 二着、4番、サクラチヨノオー!! ――……』

「――、……」

 

 

 会場から湧き上がった歓声に。

 ミザールは身を震わせる。

 息を整えながら、会場を見渡した彼女は。

 自分が先頭で走り切った、という事実を、信じられていないように見えた。

 そんな風に、困惑しているようにすら見える彼女に、チヨノオーは近づく。

 

 

「……ミザールさん……」

 

 

 事の真偽を確かめるため。

 彼女に、話し掛ける。

 

 

「……わかってたんですか」

「え……?」

「私が、あそこで、足を滑らせるって……」

「あー……えっと」

 

 

 ミザールは、すぐには答えない。目を閉じ、思案し、自分の中での最適な言葉を探し。

 

 

「……わかったっていうか。()()()、かな」

 

 

 果たして、告げられた言葉に。

 チヨノオーは、呆然とする。

 

 

「は……?」

「いやね……どうにかして前に出ようと思ってさ。レース場とみんなとを、色々観察して、分析してたんだけど」

 

 

 そんな彼女に、ミザールは続ける。

「第3コーナーの最後の辺。坂道終えたところがさ。周りより湿ってるように見えて……で、先団の走行ルートに被ってるっぽかったから……まぁ。何かは起きるだろうなって」

「――……」

 

 

 ちょっと待て、とチヨノオーは、絶句した。

 自分は終始、先頭を走っていたが、それは思考の末に行きついたものではない。

 前へ、前へ、とにかく前へ。ただその想いに押されるままに、従うままに、走り続けた結果だった。

 追いつかれないように、追い縋れないように。必死に決死に、走り続けた結果だった。

 他のことを考える余裕など、まるで無かった。なればこそ、あのような失態を犯してしまったわけだが。

 

 ――にも関わらず。

 彼女は、分析していた?

 中団で? 自分が走る背後で、あの短時間で? 冷静に、冷徹に、冷酷に、分析していたのか。

 そして、

 バ場の弱点を見極め、

 そのタイミングに合わせて、

 勝負を仕掛けた――?

 

 

「――で、」

 

 

 到底信じられず。

 チヨノオーは、困惑のまま、問いかける。

 確かに合点がいきそうな説明ではあったが。

 それでも、彼女には納得できない部分があった。

 

 

「でも、それは結果論じゃないですか!」

 

 

 そう。

 確かに、現実はそうなったが。

 突き詰めればそれは――運が良かった、というだけで。

 

 

「ど、どうしたんですか!? 私がもし、足を滑らせてなかったら……()()()順当に走り終えていたなら! あなたはあそこで仕掛けても……!」

 

 

 どうにもならなかったのでは。

 そう思うが。

 

 

「あー……んー……それは、まぁ」

 

 

 彼女は恥ずかしそうに頬を掻き。

 あっけらかんと、言った。

 

 

「……私が負けてた、って話じゃん?」

「――……」

 

 

 ……サクラチヨノオーは。

 彼女のことを、平凡なウマ娘だと思っていた。

 デビュー戦の衝撃は強かったが、それ以外では特に際立った特徴はない。

 どこにでもいそうな、普通のウマ娘だなと。

 ずっと、そう思っていた。

 

 

「……サファイアミザールさん」

 

 

 だが。

 何てことはなかった。

 

 

「お名前……よく覚えておきますね」

 

 

 コイツは。

 ()()()()()()()()()――と。

 

 

「……次に勝つのは、私です」

「……」

 

 

 サファイアミザールの目に。

 もはや、可憐で可愛らしい少女の姿はなかった。

 差し出された手に。

 彼女もまた、応じた。

 

 

「……こちらこそ」

 

 

 その光景を見た観衆の歓声は。

 より一層、高まっていた。

 

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