16年度の卒業生   作:Ray May

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刑苦 p1

-◆◇◆-

 

 騒動から一夜明けた学園には、未だに不穏な空気が、僅かながらも漂っている。

 けれど、そんな空気に惑わされて、貴重な時間を浪費するわけにもいかない。

 そんな考えを証明するかのように、グラウンドでは、今日も多くのウマ娘が、トレーニングに励んでいる。

 

 私は一応、ジャージを着てはいて。

 いつでも走り出せる用意は整っているのだけれど。

 それを遠くからぼんやりと見つめてるばかりで……

 走ろう、という気には、なれなかった。

 

「……」

 

 それが、何に起因するかだなんて。

 確認するまでも無いのだけれど。

 その考えとは相反して、脳裏にはそれが思い浮かぶ。

 

 ……昨日、トレーナー室でみんなと交わした。

 物騒で、非情で、残忍な現実が、思い出される。……

 

 

-◆◇◆-

 

 

「――ち、ちょっと待ってください!!」

 

 理事長さんの言葉を聞いて、私は慌てて前に出ていた。

 

「し、処分!? 処分って……え!? 嘘、嘘ですよね!? 理事長、それって……!!」

「お、落ち着け落ち着けミザール。私だって困惑しているのだ。何から何まで初めてのことばかりで……」

「おい。理事長に詰め寄るのは違うだろ」

 

 シリウスさんに引きはがされ、一旦は椅子に落ち着く。けれど……気持ちまでもは落ち着かない。

 処分――処分。頭の出来は微妙な方であろう私でも。その単語が何を意味するものなのか、くらいは良く知っていた。

 

「……『処分』か。私も、このような場面で聞くのは初めてだな」

 

 会長さんも、視線を下げ。

 

「長いトレセンの歴史の中でも、類を見ないだろう。……それだけの事態、ということだ」

 

 ブライアンさんも言い。

 

「……ぞっとしない話ですね」

 

 ヒスイちゃんも、眼光を鋭く研ぎ澄ませていた。

 

「……えっと」

 

 ただ、唯一カペラちゃんだけは、気まずそうに頬を掻いていた。

 

「あの。すまん。みんな、何の話をしてんだ……?」

「ん? もしかして、ガーネットカペラは知らないのか」

「あー……えっと。一応、自主的に勉強はしてきたつもりなんだけど……」

「『処分』。……URAの規定する、ウマ娘に対する『処遇』のひとつだ」

 

 恥ずかしそうなカペラちゃんに、トレーナーさんが説明する。

「ウマ娘ってのは、普通の人間よりも何倍、事によっては何十倍にもなる力を備えている。そんな存在が、人間社会で好き放題に暴れ回ったらどうなる? ものの数日で、そこは瓦礫の山と化すだろう。そういう危険なウマ娘が確認された場合……そうなる前に、普通は『捕縛』して『指導』するんだが……」

「……『処分』は、それすらもはや無意味、あるいは不可能と判断されたウマ娘に下される、いわば最終手段」

 

 理事長さんが、トレーナーさんの言葉の先を引き継いでいた。

 

「ここまで言えば、もうわかるだろう。それが『どういうこと』か。……皆まで言わせてくれるなよ」

「……」

 

 カペラちゃんは、目を見開き、俯いていた。どうやら、その先の推測が着いたらしい。

 ……部屋に、何度目かの、重い沈黙が漂い始める。

 誰もが、それに組み付かれたみたいに、一言も言葉を発することも出来ない中。

 

「……まぁ、仕方ねぇんじゃねぇか」

 

 口を開いていたのは。

 シリウスさん、だった。

 

「……は?」

「はじゃねぇよ。お前もわかってんだろ。ここまで派手に暴れやがった上に、負傷者まで出したんだ。こんなのが外界に解き放たれたら、それこそ何するかわかったもんじゃねぇ」

 

 ……冷酷なまでに。

 現実的な、その言葉は。合理的ではあったけれど。

 

「今回以上の『災害』が引き起こされる前に、手を打った方がいい。その方が、周りの身のためだ」

「――っ」

 

 納得出来るかどうかとは。

 別問題だった。

 

「……シリウスさん」

 

 私は。

 立ち上がって、彼女に呼びかけていた。

 

「あ?」

「言って良いことと、悪いことがあるんじゃないですか」

「……、なんだお前」

 

 すると彼女も。

 同じように立ち上がり、私と相対する……

 

「私と張り合う気か」

「えぇ、張り合いますよ。張り合ってやりますよ!! 目の前でそんなこと言われて、簡単に受け入れられるわけないじゃないですか!!」

「お、おいミザール……」

「お前が受け入れるかどうかは問題じゃねぇ」

 

 カペラちゃんの言葉も、もう関係ない。私は、彼女に噛み付くように反論して――

 シリウスさんもまた。止まらずに、私に反論する。

 

「そうであろうとそうでなかろうと。アイツが引き起こした事態は無かったことには出来ねぇ。……アイツの危険性も無かったことには出来ねぇだろ」

「だからって、だからって処分するなんて性急だと思います! あの子だって、あの子だって必死に生きているのに、それを無視して処分だなんて、傲慢にもほどが――」

「――わかんねぇ奴だな」

 

 そこで、舌打ちをしたシリウスさんは。

 私の、胸ぐらを掴んでいた。

 

「っ――!!」

 

 否応なしに引き寄せられ。

 その、鋭い眼光に、間近から晒される――

 

「――もっと大局的にモノを見ろっつってんだ!! アツくなって周り見えなくなってんじゃねぇぞバカが!!」

 

 そして。

 激昂した彼女の言葉が――容赦なく、降り注ぐ。

 

「アイツを放置することそのものがリスクだっつってんだ! わかってんのか! アイツが今回暴れて、レースに支障がない程度で終わったのは単に運が良かっただけだ! 今にその程度じゃすまない事になったら、お前はその責任が取れんのか!!」

「で、でも、あの子だって望んでああなったわけじゃないです!! せめてあの子の意志を尊重してあげるべきなんじゃないんですか!?」

「それでなんだ、また無関係な命を危険に晒しやがるのか!? 一人の意志のために、何倍も何十倍も多くの生徒の意志を蔑ろにすんのか!!」

「っ……!!」

 

 わかってる。

 わかってるんだ、シリウスさんの言うことが、徹頭徹尾正しいってことくらい。

 でも、でも、受け入れられない。いや、いや、正しいからこそ、受け入れられない。

 そんな、非情で、無情で、非常で、無常な結末――

 受け入れられるわけ、ない。

 

「言ってんだろ!! 天秤を常に誤るな!! お前が大事なのはただ一人の未来か!? それとも他大多数の未来か!?」

 

 言葉に詰まる私に。

 畳み掛けるように、シリウスさんは続ける。

 

「答えはわかり切ってんだろうが!! わかったなら大人しく――」

「シリウス」

 

 ……そんな。

 止まる気配のない彼女に呼びかけたのは。

 

「そう結論を急くな」

 

 ……会長さん、だった。

 

「この案件は我々の手に余る。もっと情報を収集し、整理し、分析し……複合的に、判断を下すべきだ。少なくとも、今すぐに下すべきではない」

「……なんだお前。『皇帝』サマまでコイツの甘さに当てられたのか」

 

 そんな彼女にすらも。

 シリウスさんは、攻撃的に言う――

 

「今そういこと言ってる場合じゃ「黙れ」

 

 でも。

 それを上回る威圧で。

 会長さんは。

 言って、彼女を、横目で、睨みつけていた。

 

「結論を急くなと言ったのが――聞こえなかったか。シリウスシンボリ」

「――……」

 

 びり――と。

 私も、その圧を、肌で感じる。

 さしものシリウスさんも。

 それに、無理矢理に、納得したのか。

 

「――っ」

 

 荒々しく、私から手を離すと。

 

「……勝手にしろ」

 

 そのままの勢いで……トレーナー室から、出て行ってしまった。

 場は再びの沈黙に包まれたけれど。長くは続かなかった。

 

「……すまないな。シリウスはあぁいうところがあるから」

 

 会長さんは、言った。

 

「もう少し誰にでも寄り添った言い方が出来ればいいんだが。いや、悪人なわけじゃないぞ。ただ、嘘を言わないだけだ」

「……ヒスイちゃんに似てるね」

「余計なお世話です」

「だからこそ」

 

 気持ちを切り替えることも兼ねて、ヒスイちゃんと緩くやり取りした刹那。

 会長さんの声が、再び緊張感を孕んだ。

 

「彼女の言うことにも一理ある。……わかるね」

「……」

 

 ……私は。

 それに対して、何も言えなかった。

 

「理事長はもとより『そのつもり』のようだし、私も、そのような提言を手放しで受け入れるつもりはない。何か、この込み入った状況を打開するための方策が見つかるように、全力を尽くすつもりだ。……けれど、私も理事長も、神ではない。どうあがいても、どうにも出来ないものはある。……だから」

 

 会長さんは。

 そんな私に、優しく――しかし無慈悲に、言った。

 

「『覚悟』だけは――しておくんだ」

「……」

 

 ……私はそれに。

 無言を返すしか、出来なかった。

 

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