16年度の卒業生   作:Ray May

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刑苦 p3

-◆◇◆-

 

 トレセン学園の食堂は、まだ完全復旧には至っていない。

 特に被害がひどかった奥側にはブルーシートが張られており、日中は忙しない補修の音が響き続けている。

 それでも手前側はまだ被害が少なく、使えるテーブルと椅子を寄せ集め、不足しているならば生徒たちが自ら持ち寄り、なんとか利用再開にこぎつけた。

 肝要なキッチン部分がほとんど無傷だったのは、不幸中の幸いだったと言うべきか。

 

「……理事長の指示通り、一通り調べてはみましたが……」

 

 そんな食堂の隅の方に――ミザールのトレーナー、シンボリルドルフ、駿川たづなは集い、ひとまず集められた情報の整理に臨んでいた。

 机上のコップの中に敷き詰められた氷が、からん、と音を立てる中、たづなはそう前置きして、言った。

 

「やはり、対外的に明らかになっていること以上のことは、わかりませんでした」

「……まぁ、そうですよね」

 

 一連の出来事――ヒスイレグルスの語った物語が、どこまで正鵠を射ているのかはわからない。

 だが何にしても、そのような後ろ暗い事実が、不用意に大っぴらにされているはずもない。

 裏付けは難しいか、と、ルドルフは、苦い顔をする。

 

「私たちの方も、自分たちなりに調べてみたのですが。強盗致死傷以上には踏み込めません。一般人ではここまでが限界ということでしょう。……まるで見えない壁に阻まれているかのようです」

「ただ……あの子の身の上を、知りたいだけですのにね」

 

 三人の間に、沈黙が漂う。食堂内には、工具を扱う音がひっきりなしに響いている。

 

「……様子はどうなのですか? 落ち着いてはいるみたいですが」

「えぇ。今も職員二人体制で、動向を見守っています。『暴走』の兆候はありませんが……何が引き金になるかわからないのが大変ですね」

「確か、最初の『暴走』の時、たづなさんが間近にいたんですよね。彼女は……何か変わった言動をしていたのでしょうか」

「……暴走する瞬間、『あの子』が出てくるから縛ってくれ、と言っていました」

「別人格……ですか」

 

「本当に怯えているようでした。苛立っているから、出てきてしまうから、としきり訴えていましたが……ですが、『あの子』が最初に言ったのは、思い返してみれば、『遊んでくれよ』でしたね」

「……認識と言動に乖離がありますね。偶然でしょうか」

「わかりません。本人からしたら、本当にほんの遊びだった可能性もありますね……」

「ぞッとしない話ですね……」

 

 たづなは、年相応な『遊び』を脳裏に思い描く。あの子ならば、積み木遊びとかだと可愛げがあるな、とも。

 

「……もしかしたら」

 

 そこで、ルドルフが言う。

 

「単に本当に……遊んでほしいだけなのかも」

「そうなんでしょうか。その発露として、あの暴走ですか……?」

「生物の精神構造は、複雑かつ奇妙なものです。『誰かと遊びたい』という孤独な気持ちと、『『彼女』を守りたい』という庇護の感情とが入り混じった結果、あぁいった歪んだ暴走行為につながった可能性も、ゼロではありません」

「まぁ、確かに、生徒を襲いはしましたが、死者どころか、重傷者もいませんでしたからね……」

 

 コップの中の氷が、再び、からん、と音を立てた。

 

「……あなたの方はどうだったんです?」

「ん?」

 

 それまで無言だった担当に、ルドルフが問いかける。彼は、二人の会話中、ずっと何かを考えているようだった。

 話すべきことを、脳内で、整理しているようだった。

 

「個人的に調査をする、と言っていましたが」

「……」

 

 続けられた問いに、彼は再びの無言で応じる。対して二人は待ち、その空隙を埋めるように、補修の音が喧しく割り込んでいた。

 

「……まぁ、あんまり褒められたことをしたわけじゃないがな」

「……? どういうことです?」

「『サングラス』に会ってきた」

「――!」

 

 答えに、ルドルフは目を見開く。サングラス。それが誰を指すのか、は瞬時に分かった。

 

「それって……ガーネットカペラさんの言っていた、『サングラスのおっさん』ですか?」

 

 たづなが訊ねると、担当は頷いていた。

 

「えぇ。一応……個人的な付き合いがあったんっす。腐れ縁ってやつっすね。カペラの話の裏付けもしたかったので、知ってる限りの情報を引き出しました」

「……その結果は?」

「まぁ、だいたい『同じ』だったよ」

 

 ルドルフに、担当は、今度は間を置かずに答えた。

 

「明らかになっている情報以上のことはなかった。どうやら奴も、人伝に訊いた話らしいから、信憑性の確約も出来んらしい」

「どこまで信用していいんです? その男の言うことは……」

「アイツは根っからのクソ野郎だが、意味のない嘘も、得のない嘘も吐かない。このことの情報を隠すことで、アイツに利益が生じることもない。……まず真実と思っていいはずだ」

「そうですか……では……」

「ただな」

 

 では、やはり手詰まりに変わりはないか――とルドルフは締めようとしたが。担当の言葉は、続いていた。

 

「ただ、連中が離散する直前に『調教』していたウマ娘のことは知っていたよ。曰く――

 

 長い芦毛の、

 小柄なウマ娘だったそうだ」

 

「……」

「……」

 

 がたん、と、ブルーシートの奥から、大きめの物音が響く。

 気を付けろよー、という、工事を担当している人々の、注意喚起の声が聞こえた。

 

「……あの子は」

 

 たづなは。

 口を開いていた。

 

「あの子は……その一家の虚栄のために、望まぬ血を混じらされ、厳格なトレーニングをやらされ……大切な人と離れ離れになった上に、自己を守るために自我を分離せざるを得なくなって……更には親戚中を盥回しにされたんです」

 

 小刻みに震える声を。

 抑えようともせず。

 

「……その果てに、危険だから『管理』しよう、管理出来ないから『処分』しよう、だなんて……そんなの……あまりに、勝手過ぎます」

 

 そこで。

 音を立てて、その場に立ち上がっていた。

 

「――こんなのはッ!! 間違ってるッ!!」

「――……」

 

 駿川たづなは。

 普段、物腰柔らかであり。

 空気として怒気を醸し出すことはあっても、決して、それをあからさまに表出させることはなかった。

 誰かに怒る時も、決して、その優しい声色を、崩すことはなかった。

 ルドルフは。

 そんな彼女の、初めて見る、感情の発露に――

 努めて冷静に、諭すように、声を掛ける。

 

「……、たづなさん」

「……、……」

 

 たづなは、そうしてしばらく、激しく肩を上下させていたが。

 

「……、ごめんなさい。取り乱し、ました……」

 

 椅子に、ゆっくりと座り直していた。

 そこに、帽子の位置を整える仕草が入ったのは、それだけでは心が落ち着かなかったからか。

 

「お二人とも」

 

 ルドルフは――机上で手を組み、二人を見る。

 

「この件。何としてでも我々の手で解決しましょう。どんな意見を受けようとも、どんな言葉を投げかけられようとも、我々は屈しない」

 

 担当は真っ直ぐな目で。

 たづなは、泣き腫らしていながらも、迷いのない目で。

 それぞれ、彼女を見つめ返す。

 自分たちの考えに相違がないことを感じ、ルドルフはつづけた。

 

「……最後の最後まで。抵抗しましょう」

「……はい」

「あぁ」

 

 その言葉に。

 三人は、力強く、頷いていた。

 

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