16年度の卒業生   作:Ray May

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刑苦 p4

-◆◇◆-

 

 

 旧折檻部屋にて。

 

 今日の『世話係』として指定されたその職員の両手は、震えていた。

 それに応じて、その手に握られたトレーも、かたかたと小刻みに震えている。

 それを傍らから見ていた別の男性は、ため息を吐きながら声を掛けていた。

 

「……別に大丈夫だって。急に襲ったりしねーから。今んところは」

「今のところはだろ!? それは何も起きないことの証左にはならねーじゃねーか……!! もしかしたら、第一被害者が俺になっちまうかも……!!」

「申請すれば労災降りるし」

「受け取る側がそれでくたばったら世話ねーだろ!」

 

 トレーを持った男は怯え切っている。対応する男は、やれやれ、と肩を竦めると、これでは状況が進まない、とその手に握った『それ』を示していた。

 

「いいから行けって。いざとなりゃ『コレ』もある。滅多なことにはしねーさ」

「……狙い外すなよ。いいか!? 絶対外すなよ!?」

「それ振りか?」

 

 そんなやり取りをした末――

 トレーを持った男は、意を決して、地下へと降りていく。

 最下層、広くもなく、狭くもない踊り場に立ち。

 目の前の、無骨な鉄扉の上部。のぞき窓を開け、中を様子見した。

 

 六畳と少しほどしかないその部屋の隅で。

 芦毛の少女は、今日も、蹲っている。

 

「……こ、コハクダブルスターちゃーん……」

 

 呼びかけるも、彼女は反応しない。

 

「お、お食事ですよ。ここに、置いときますからねー……」

 

 それでも男は、扉の下部。トレー挿入用のスペースから、部屋の内部へと、『食事』を届ける。果たして、そろりそろりと、そこから立ち去ろうとする。

 

「――あの」

「!!」

 

 が。

 途端に、呼び止められていた。

 びくり、と身体を震わせ、背後に振り返ると。

 覗き窓から、少女が、彼を見つめていた。

 

「……な、なんすか……」

「……ぺんと、かみ」

「へ?」

 

 ぺんとかみ。

 ペンと、紙。

 頭の中で適切に変換出来た彼だったが。付き添いの男と目を合わせるばかりで、すぐには行動に移さない。

 

「ぺんと、かみ、ください……」

「……」

 

 そんな男を見かねてか、再度申し出た彼女に、男はまず無言を返し。

 

「……お、おぉ。ちょっと待ってろ」

 

 短髪の男と共に、一旦はそこから立ち去った。

 

 それからすぐ、A4サイズのコピー用紙と、ボールペンを持って戻ってくる。コハクは、その間ずっと覗き窓から外を伺っており、そうとは考えていなかった男は、思わず身体を震わせ、立ち止まってしまっていた。

 

「……ください」

「……」

 

 が、呼び掛けに応じ、再び、動き出す。戦々恐々と、慎重に距離を詰め。トレーと同じように、下側から、ペンと紙を挿入した。

 

「……ありがとう」

 

 それを受け取ったコハクダブルスターは、謝意を示し。

 

「あ……あぁ」

 

 男は、返事もほどほどに。

 その場から、逃げるように退散していた。

 

「……」

 

 覗き窓は高さがあり、身長の低い彼女は、そこに指をかけ、ぶら下がるしかなかった。

 

 飛び降りて。

 彼女は、受け取った紙を、部屋の中に設置された、小さな机の上に広げる。

 

 ボールペンの芯を出し。

 それと相対すると。

 

「…………」

 

 何かを。

 つらつらと、書き連ね始めた。

 

 時に、何かを考えるように、宙を見て。

 

 時に、何かを躊躇うように、停止し。

 

 時に、何かを思い出したように、息を吐き。

 

 時に。

 何かを決めたように、息を呑み。

 

 

 時に。

 何かを想うように。

 

 

 涙を。

 滴らせていた。

 

 

-◆◇◆-

 

 

 やがて、陽が傾き始める。

 職員たちが、何事かを外で話し。

 靴音が、遠ざかっていく。

 それを、コハクダブルスターは、その長い耳で、確かに感じ取っていた。

 

 

 

 靴音が小さくなり。

 完全に消えたことを、感じると。

 彼女は、その場に立ち上がる。

 

 

 

 それから、その部屋と外界とを隔てる、唯一の扉の前に立つと。

 

「……ごめんね」

 

 足を振り上げ――

 足裏を、それに打ち付けていた。

 扉は、ただのそれだけで。

 派手な音と共に吹き飛び、その用を為さなくなってしまった。

 

 

 

 ひたひたと。

 彼女は、そうして、部屋の外へと出て。

 地上へ繋がる階段を、上ろうとする。

 

「…………」

 

 が。

 その直前で、部屋の方へと振り返る。

 その視線の先には、机の上に畳んで放置した、一枚の――『手紙』があり。

 

 

 

 それを見た彼女は。

 

 

 

 笑っていた。

 

 

 

 これまでにないほど、無邪気で。

 

 可憐で。

 

 可愛らしい微笑みを。

 

 浮かべていた。

 

 

「……」

 

 

 そして。

 とうとう、階段を、上り始めた。……

 

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