16年度の卒業生   作:Ray May

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雷騰雲奔 p1

-◆◇◆-

 

 

 

「――ちゅうわけでぇ!!」

 

 

 京都ジュニアステークスでのプログラムが一通り終わって。

 競技場近くのファミレスで、タマちゃん先輩の威勢のいい声が響いた。

 

 

「サファイアミザール&サクラチヨノオー!! GⅢワンツーフィニッシュ!! おめでとさーん!!」

 

 

 それに続く、かちゃんという軽快な音。それぞれの頼んだドリンクバーのコップがかち合った音だった。

 目の前のテーブルには、タマちゃん先輩が適当に頼んだ料理が所狭しと並べられている。マックイーンさんが何か葛藤しているように見えるのは……気のせいじゃないだろう。

 

 

「いやぁー、ホンマごっついレースやったわぁ! もう勝負は決まったか! と思ったところからの予想外の事故!! ほんでもって追い上げ!! からの白熱の競り合い!! からのゴール!! いやホンマ、トレーナーに無理言って来た甲斐があったわぁー!!」

「うぅ~! あれは運が悪かっただけなんです!! 私がもっとちゃんと足元を確認出来ていれば……!!」

「まぁ実際、()()()バ場状態が良ければ、勝っていたのは間違いなくチヨノオーさんでしたでしょうね……じゅるり」

「……あの、我慢してないで食べたらどうですか」

 

 

 さっきからあふれ出る唾を飲み込み続けているマックイーンさんだけど、()()()減量中なのだろうか。それでも優しさのつもりで言った言葉に、彼女はぐりんっと首を向けていた。

 

 

「出来ませんわ!! さすがに!! トレーナーにも何にも言ってませんし!! こんなところで無駄にカロリーを摂取するわけには……!!」

「そう言う思て既にトレーナーから許可もらっとるで~」

「な、はぁ!? なんでですの!? いつの間に……!?」

「ウチのトレーナーとマックのトレーナー、個人的に付き合いがあんねーん」

 

 

 したり顔のタマちゃん先輩に、マックイーンさんはいかにも悔しげだ。……なんでそんな顔するのかわからないけれど。悪魔の誘惑に感じてるのかな、なら参加を断ればよかったのでは……

 いや、まぁ、東京から遠く離れた地で、そんな風に言うのも酷か。

 

 

「そういうわけやからほれ、あーん」

「なっ……、か、からかわないでくださいませっ!誰があなたにあーんなど――」

「あーーーん」

「……」

 

 

 ……なおも引かないタマちゃん先輩に押し負け、マックイーンさんは口を開く。

 ぱく、と、それを口にすると。

 

 

「……っ」

 

 

 喜びと苦しみの入り混じった複雑な表情を浮かべて。

 

 

「カロリーの……カロリーの味がしますわ……!!」

「その涙はうれし涙か? 悲しいんか……?」

「どっちもですわ!」

「あれ、そういえば……」

 

 

 そんなやり取りの傍らで、チヨノオーさんが私を見ていた。

 

 

「ミザールさんのトレーナーさんはいらっしゃらないんですか?」

「あ。せやせや。GⅢに勝ったんやで。さすがに姿現してんとちゃうか?」

「いや……それが」

 

 

 ……一応。

 一応、この祝勝会が始まる直前食らいに、非通知から連絡がありましてね。

 

 

「……『次』に備えて英気をちゃんと養っておけ、明後日からまたビシバシいくぞ……って」

「……そんだけ?」

「はい……」

 

 

 タマちゃん先輩に返すと、彼女は激しく頭を抱えていた。

 

 

「なんっ――でやねんっ!! GⅢやぞ、GⅢ!! 担当が初めて出た重賞で劇的勝利収めたんに、それに一切触れないってどういう了見やねんっ!!」

「ぶっちゃけ会話端折ってますわよね……本当はものすごく喜んでたのではないのですか?」

「えっと……端折りましたけど。だいたい会話の内容は同じです……」

「す、ストイックですね!」

「いやそんな言葉で済む次元やないねん!!」

 

 

 タマちゃん先輩がいそいそと動く様子は楽しいけれど、場の状況はそれどころじゃない。さすがの私も、トレーナーさんの言葉には『えっ』ってなったけど。やはりというかなんというか、その衝撃のほどは、それの比ではなかったみたいだ……

 そうだよね。

 本当なら、もっと喜ぶべきところ、だよね……

 

 

「はぁ……自分とこのトレーナー、ホンマは不感症なんちゃうか?」

「まぁチヨノオーさんの言うとおり、単に『次』を見据えているだけの話かもしれませんが……」

「あの。その『次』っていうのは、何のことなんですか? クラシック級の重賞とか……?」

「……えっと」

 

 

 状況に既視感を覚える。先に待ち受けるであろう阿鼻叫喚の事態を想像しながらも、私はそれを口にした……

 

 

 

「……ホープフルステークスっていうのに出る、って話には、なってます……」

 

 

 

 ……で。

 空気は。

 案の定、固まっていた。

 

 

「――ほ、」

 

 

 その空気を破っていたのは、タマちゃん先輩だった。

 

 

「ホープフルステークスゥ!? 『GⅠ』やん!! しかもあと一ヶ月くらい!! 自分呑気に飯食うとる場合とちゃうで!!」

「いや、祝勝会開こうって言ったのはあなたではありませんか……」

「本当に大丈夫なんですか? 何かの聞き間違いとかじゃ……」

「あははは……」

 

 

 ところがどっこい、LANEにもちゃんと履歴として残っている。一応、ちゃんと確認はするけど……

 ……うん。やっぱり、ちゃんと、ホープフルステークスって、書いてある……

 

 

「や……やっぱり。まずいです、かねぇ?」

「まずいっちゅーかなんちゅーか……身の程知らずっちゅーか……」

「まずいところで、私たちにあれこれ言う権利はありませんけれど」

「ちょっと……引っかかりますよね……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 

 空気はだんだんと重くなっていく。遠くでウェイトレスさんの溌溂とした声が聞こえた時、タマちゃん先輩が強めにテーブルを叩いていた。

 

 

「――食うたるか!」

「え」

「英気を養えっちゅーんやろ!? ほんなら、それに向けてぎょーさん食うたろ!!」

「え、いやでも、私そんな大食いじゃ」

「店員さーん! ちょいちょい!」

「いや話聞いて!?」

 

 

 そんな感じで。

 祝勝会だったはずのその集まりは、いつの間にか、大食い大会みたいなものと化してしまったのだった。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 ……で。

 タマちゃん先輩は、見事にダウンしていた。

 

 

「もう……小食なら無理しないでくださいよ……」

 

 

 すっかり夜も更けた路地。

 私の背中で、小柄な体躯が呻きに呻いている。

 さっきまでの元気はどこへやら、まるで悪夢に魘されているみたいだった。

 

 

「結局、頼んだものほとんど自分で食べてましたものね……私たちも決して大食いではありませんのに。無理をなさって」

「本当ですよ。後先考えて行動してほしいです……」

 

 

 ちなみに、チヨノオーさんは先に離脱した。トレーナーさんと別のところに宿を取っているようだ。またお会いしましょうね、と闘志満々で言われて、ちょっとビビったのは内緒。

 

 

「それで、お二人はどうするんです? 泊まるとことか……」

「タマモさんは『その辺の満喫でえぇやろ』とか言ってましたけれど。そんなのメジロのプライドが許しませんの」

 

 

 ……世に有名な家のご令嬢が、満喫で夜を明かす。それもそれで面白そうな画ではあった。

 

 

「ですので、」

「ので?」

「取ってありますわ。しっかり。宿」

 

 

 おぉ……さすがマックイーンさん。そこまで抜かりないんだな。

 

 

「ミザールさんはどうされましたの?」

「私は……その辺のビジネスホテルです」

「……簡素過ぎません?」

「トレーナーが一人ならそれでいいだろって」

「ケチですわね……」

「効率的って言ってあげてくださいせめて」

「……」

 

 

 そこで、マックイーンさんは何事か考える素振りをする。私が小首を傾げると、彼女は何かを決めたように頷いて、

 

 

「……では、こちらに泊まりませんか?」

「え」

「追加料金はお支払いしますので」

「え?」

「一人くらい増えても大丈夫でしょう」

「……え?」

 

 

 ……メジロ家というのはこうも押しが強いものなのか。

 私がさすがにそれは……と断ろうとしても、変なところで頑固で、彼女は聞く耳を持たなかった。

 

 ビジネスホテルのチェックアウト。

 宿へのチェックイン。

 全てがとんとん拍子で進んでいって……

 ……で、本当にその宿に泊まれる運びとなった。

 

 

「お話の分かるお方で良かったですわ」

「……」

 

 

 満足そうに言うマックイーンさんだけれど、こんな無茶苦茶、彼女だからこそ通ったと言えるのではないだろうか。

 名家ってすごい。私はそう考えずにはいられなかった。

 

 

「まぁ、タマちゃん先輩もこれで良しですね」

 

 

 未だ青い顔で呻いているタマちゃん先輩を、先にお布団に寝かせる。

 

 

「明日には治ってくれるといいですけど」

「大丈夫ですわ。以前も同じようなことがありましたけれど。翌日には快復してましたので」

「……ウマ娘の消化能力ってすごいですよね」

「あれだけの距離を走る私たちが、これだけのことも出来ずにどうします」

 

 

 自分で言うのも何だけど。驚きに言葉を漏らすと、彼女は当然のことのように返していた。

 

 

「でも、都合がよかったですわ」

「良かったんですか? 一緒に来たわけじゃないですし……」

「いえ、そうではなく」

 

 

 続けられた声に応じると、彼女は首を振っていた。

 

 

「個人的に少し……お話したいことがありまして」

「え……?」

 

 

 少し付き合ってくださいませ――そう言った彼女に連れられるまま、部屋を出て、お宿のロビー傍、休憩スペースに落ち着く。

 自販機にて、彼女は私に紅茶を奢ってくれた。

 

 

「……タマモさんのことですわ」

 

 

 しばらく二人、特に何も話さず、文字通りに『休憩』していたのだけれど。やがてマックイーンさんの方から、口を開いていた。

 

 

「タマモさんの振る舞い。ミザールさんからはどう映ってますの?」

「どうって……こう、騒がしいけど優しくて、楽しい先輩だなって」

「……私には」

 

 

 マックイーンさんの顔は、憂いを帯びたものになっていた。

 

 

「オグリさんを重ねているように見えてならないのです」

「……オグリキャップさんを?」

「彼女が年始頃、DTLへの参入を表明したのはご存じでしょう」

 

 

 それは……知っている。テレビでも食い入るように観ていたし、その後数日にわたって特集も組まれていたし。

 生憎、お父さんに中断させられちゃったけれど。

 

 

「あれからというもの、タマモさんは……言うなれば、『抜け殻』のようになってしまいました。もちろん、DTLへの参入後も、学園に籍は置いたままですし。寮も同室ですので。全く関わりがないわけではありませんが……シリーズが違う限り、彼女と公式の舞台で共に競うことは出来ない。

 その事実が陰ながら重くのしかかっているのでしょう。気丈に振舞っている彼女ですけれど。……最近は、レースでも思うような結果を出せていないのです」

「そう……なんですか?」

 

 

 マックイーンさんは、重々しく頷いていた。

 

 

「正しく……果たすべき目標を、失ったかのように」

「じ……じゃあ。タマちゃん先輩も、DTLに行こう、とはならないんですか……?」

「確かに、そう出来れば一番ですけれど……そう出来ない理由があるのでしょう。私も存じ上げませんが……

 彼女は、身体が強い方ではありませんからね。家族もいますし……色々、考えなくてはならないことが多いのでしょう」

 

 

 ……それに加えて、オグリキャップさんの、TSからの引退。

 その心理的負担は……察してもなお、余りある。

 

 

「……あれ。っていうか、オグリキャップさんって、まだ学園にいたんですね」

「えぇ、いますわよ。シリーズが変わっただけですからね。でも……直接会うことはないと思いますわ。

 学園そのものが巨大というのもありますけれど。シリーズの変わった彼女とは、トレーニングのサイクルも大きく変わることになります。学年も違いますし……よしんば会ってもすれ違うくらいで、腰を据えて話すようなことはないでしょう」

 

 

 お昼時の食堂に行けば確実に会えますけれどね、と彼女は語尾に付け足した。

 

 

「オグリさんは、自分から話すことはあまりありません。きっと同室内でも、必要最低限のコミュニケーションしか取っていないのではないでしょうか。お互いに……どう関わるのが正解なのか、測りかねているのかもしれませんわね」

「……つ、」

 

 

 それを聞いて。

 率直に思ったことが、口を衝いて出ていた。

 

 

「付き合いたての男女ですか……?」

「それ本人に言ったら駄目ですよ。絶対怒りますからね」

 

 

 気持ちはわかりますけれどね、とマックイーンさんは苦笑いしていた。

 

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