16年度の卒業生   作:Ray May

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異次元の逃亡者 p6

-◆◇◆-

 

 

 

 ――追ってくる。

 

 

 コハクは、そう感じていた。

 

 どれだけ逃げても。どれだけ走っても。

 あの人たちは……どこまでも追ってくる、と。

 

 これまでは違ったのに。

 誰も追ってこなかったのに。

 逃げて、逃げて、逃がされて、逃がされて。

 追ってくる人なんて……誰も、いなかったのに、と。

 

 

 どうして。

 どうして自由にしてくれないのか、と、彼女は思った。

 

 

 もう迷惑を掛けたくない。

 もう誰も傷つけたくない。

 そう思って、そういう配慮で、自分は、みんなから距離を置こうとしているのに。

 

 距離を縮めてはだめなのに。

 

 突き放さないといけないのに。

 

 そうしてずっと、ずっと、やってきたのに。

 

 どうして。――どうして、と。

 

 

「……はっ、はぁ、はぁ……」

 

 

 ぶっ通しで走り続けたせいで、彼女の息は、もうすっかり上がってしまっていた。

 それまでの速さも、すばしっこさもない。

 疲れた、と、その動きは、やがて徒歩にまで変わる。

 

 

 辺りはすっかり暗くなり。

 人っ子一人、見当たらない。

 あれだけいた追跡者も、振り切ったのか、見当たらず。

 

 文字通りに――今、自分一人だけとなる。

 

 

「……」

 

 

 そうなった時。

 彼女は、果たして自分は、どこへ向かうべきなのか、と考え始めていた。

 

 自由になる。それはいい。

 好きな場所へ行く。それがいい。

 

 それなのに、そうだというのに、肝心の自分の心は、どこへ行きたいのかを教えてはくれない。

 どこへ行けばいいのかもわからないし、どこへ行けるのかもわからない。

 

 自由になったはずなのに。

 

 自由を手にしたはずなのに。

 

 何故だか、苦しくて、辛くて、悲しくて――

 

 

 

 寂しい。

 

 

「……」

 

 

 ぐちゃぐちゃと。

 難しい事柄が、混沌と頭の中で回る中。

 やがて彼女の目に、『それ』が映る。

 

 

「……」

 

 

 それは。

 ある建造物。

 長大な壁を持つ、あまりに巨大に過ぎるせいで、その全貌が一目では把握しきれない、巨大な、建築。

 

 それを見た彼女は。

 惹かれるように、そちらへと、歩いていた。

 

 その施設の中へは、簡単には入れない。柵のようなもので囲われ、入り口のようなものも見当たらず、それに沿って歩いていくばかりでしかなかったが――

 やがて。

 無骨な門が、目の前に現れていた。

 

 

「……」

 

 

 当然ながら、その門は閉ざされており、その先へと到達することを、無言で拒んでいる。

 

 その威圧に圧倒されながらも、彼女は門に手を掛ける。

 

 がしゃがしゃと前後に揺らし、その気になれば壊して中に入れそうだ、などと物騒なことを考え始めた。

 

 その刹那。

 

 

「――中に入りたいの?」

「――っ!!」

 

 

 突如声を掛けられ、彼女は勢いよく振り返る。

 後ずさり、門を背中にぶつけるが。

 それ以上は、特段の動きはなく。コハクの目が、自然、上へと向く。

 

 

「……」

 

 

 そこに。

 人が立っていた。

 

 ウェーブのかかった黒髪に、夜だというのに日傘を差したその人物は、月明かりの下、妖艶な微笑みを浮かべている。

 

 その手は、徐に自身のポケットを弄り――

 

 

「……お待ちなさい」

 

 

 言葉と共に。

 何かを差し出していた。

 

 それは、個包装された飴玉であり、表面には『禁断の! 納豆×サイダー味!』と書かれている。

 

 コハクは恐れることもなく、それを開き、口の中で転がし始めた。

 

 さなかで――

 女性は、門の前にしゃがみ込む。

 

 そこで、何やらがしゃがしゃと作業をしたかと思うと。

 

 

「――さ、入りなさい」

 

 

 門は――あっけなく、開かれていた。

 軋みを上げた門を、コハクダブルスターは、恐る恐る、潜り抜ける。

 広大な敷地――ひっそりと静まり返ったその場所で。

 周りを見回しながらも、向かう先は――

 

『外』からでも見えた、最も大きな施設。

 

 間近で見ても、まだその全貌も、用途もわからない――巨大建築物。

 

 その施設もまた、物言わぬ扉によって、侵入が拒まれていたが。

 

 

「……」

 

 

 先の女性が、扉で何か作業したかと思うと。

 

 

「……どうぞ」

 

 

 あっさりと、開いていた。

 導かれるまま。

 案内されるまま。

 コハクダブルスターは、歩き続ける。

 

 彼女は――

 もちろん、『ここ』に来たことはない。

 こんな巨大な設備を、利用したことなどない。

 

 それでもなぜか、胸は昂り、鼓動は早まり。

 

 その早まりに従うまま、見知らぬ設備の中を歩いて、歩いて、歩き続けて――

 やがて。

 それが、目の前に、広がっていた。

 

 

「――……」

 

 

 新緑の芝が、隅々まで生えた。

 

 テレビの画面でしか見たことのなかった――

 

 幾度も、憧れ、訪れることを願った――

 

 あの場所。

 

 

 

 ――競技場、だった。

 

 

 

「……」

 

 

 心が休まる。

 想いが落ち着く。

 ラチの近くにまで歩いていって。

 吹く風に身を委ねる。

 

 

 目を閉じると。

 まるで、家に戻ってきたような。

 帰るべき場所に帰ってきたような。

 見果てた親の腕に抱かれたような。

 安堵で、胸がいっぱいになる。

 

 

 テレビの奥に観た音が。

 響いていないはずの歓声が。

 声援が。

 今、実際にそこで響いているかのように。

 頭の中で、反響し出した。

 

 

「……」

 

 

 思い描く。

 ここを走っている自分を。

 

 

 思い連ねる。

 ここで、頑張っている自分を。

 

 

 顔も知らない誰かと。

 名前もわからぬ誰かと。

 そのどちらもが、分かり切っている親友と。

 

 

 走っている光景を。

 思って――

 

 

「…………」

 

 

 暗闇の中。

 誰もいない世界の中で。

 

 

 どうしようもなく。

 走り出したくなる衝動に、駆られ始めた。

 

 

「――!」

 

 

 その時。

 そんな暗闇を、眩しい光が切り裂く。

 

 競技場に設置された巨大なライトが。

 突如として、一斉に点灯したのだ。

 

 

「……」

 

 

 それに驚くのも――束の間。

 

 どたどたと、騒がしい音は、背後から。

 

 勢いよく振り向いた――先に。

 

 

「――コハクちゃん!」

「よーやく追い付いたで……!!」

「もう逃がしませんわよ……!!」

「……」

 

 

 何人ものウマ娘が。

 現れていた。

 

 誰もが、これまで逃げてきた中で、会い、見て、声を掛けられ――

 

 追ってきた。

 

 執念深い、追跡者たち。

 

 

「…………」

 

 

 コハクダブルスターは。

 それまで、恐怖を覚えており。

 それに駆られるまま、逃げ続けていた。

 

 しかし不思議と、今、この場所で目の当たりにした彼女らには。

 そのような恐怖は、湧き上がらず。

 

 

「……」

 

 

 代わりに。

 

 というように。

 

 

「……っ」

 

 

 その口元を。

 

 楽しそうに、吊り上げると。

 

 

「――やってみな」

 

 

 彼女らに。

 

 背を向けていた。

 

 

「――そう思うなら――捕まえてみなっ!!」

 

 

 それから。

 

 挑発的に呼びかけると――

 

 

 走り出す。

 

 

 広大な――その場所を。

 

 

 東京競技場の中を。

 

 

 一目散に、走り始める。……

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「……」

 

 

 顔を見合わせた、ミザールたち追手は。

 しばし、その場に立ち尽くす。

 それが何を意味するのか。何を意図してのことか。いまいち、測り兼ねているようにも見えたが。

 

 

「――はは」

 

 

 楽しそうに、笑っていたのは。

 トウカイテイオーだった。

 

 

「いいじゃん。いいじゃん! そういうことなら、追ってあげるよ!」

 

 

 次いで、そう言い。

 走り出したコハクダブルスターの背を、追い始める。

 

 

「……せやな」

 

 

 それに。

 

 

「仕方ありませんわね……」

 

 

 他のメンバーも。

 

 

「おし! 生意気言ったこと、後悔させてやるぜっ!」

 

 

 次々と――呼応していた。

 

 それぞれ持ち寄った道具や武器の数々を、その場に投げ捨て――

 

 

『待てぇーッ!!』

 

 

 一斉に。

 

 彼女を追って、駆け出していた。

 

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