16年度の卒業生   作:Ray May

122 / 163
異次元の逃亡者 p7

-◆◇◆-

 

 

 

 それまで、理事長室で執務に勤しんでいた秋川やよいは、大きく背伸びをしていた。

 ここのところイレギュラーなことも多く、書類が溜まりに溜まっていたのだ。

 ようやく一段落ついた、とばかりに伸び切って。

 

 

「――、」

 

 

 深く息を吐いた時。

 彼女の携帯電話が、鳴る。

 

 

「……はい、こちら秋川……」

 

 

 何ともなしに。

 彼女は応じたが。

 

 

「……」

 

 

 告げられた『話』に。

 

 

「……は?」

 

 

 目を見開き。

 頓狂な声を、上げていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 走っている。

 

 彼女らは、走っている。

 

 無許可で侵入した、広大な芝生の上を――

 

 それでも。

 

 心底楽しげに、走っている。……

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

『――なるほど。やはり把握していませんでしたか』

「えぇ……仕事に集中していたもので」

 

 

 秋川は、その『報告』を受けてなお、平静を保つように努める。しかし、その言葉の端々には、抑え切れない苛立ちが見え隠れしていた。

 あいつら……と。

 せめて相談くらいしろ、と、様々な類の怒りが込み上げてくる。

 

 

「……、しかし、コハクダブルスターはそこにいるのでしょう?」

『えぇ。情報ではそういう話になっています』

「そうですか。ならこの件は――」

『秋川理事長』

 

 

 こちらで預かれば、と考え。

 秋川は、それを伝えようとした。

 通話相手――URA事務総長である女性は。

 しかしそれに対し、冷え切ったナイフのような声色で、応じていた。

 

 

『その必要はございません』

「……はい?」

『URAの職員を、現場に急行させます』

「――!」

 

 

 告げられた言葉に。

 秋川は、勢いよく立ち上がる。

 

 

『……コハクダブルスターは、特級の『危険存在』であると判断しています』

 

 

 そんな彼女を諭すように。

 事務総長は、続ける。

 

 

『彼女がひとつところに留まっているのならば、これ以上のチャンスはございません。直ちに我が職員に急行してもらい……事態を『収拾』してもらいます』

「ち、ちょっと待ってください!!」

 

 

 だが。

 秋川は、それを手放しで受け入れるわけにはいかなかった。

 

 

「確かに総長の言い分はわかります。ですが納得は出来ません! 今、コハクダブルスターは、我らの推測の範囲内で行動しているはず。暴走状態には陥っていません!」

 

 

 事態の『収拾』。

 それが何を意味するのかを。

 彼女は、よく理解していたからだ。

 

 

「そのような判断を下すのは性急です! ここは現場の生徒たちに――」

『……では、その彼女が直ちに暴走し、危害を加えない保証があると?』

「……それは」

 

 

 ないが、と口籠ると。総長は、嘆きに近い息を吐いていた。

 

 

『そもそも事態は、あなたの非合理な判断が原因であるはずです。そのあなたの、再びの軽率な判断で、更なる多くの人類を危険に晒すわけにはいきません』

 

 

 反論出来ず。

 過ちを、噛み締め。

 秋川は、その言葉を聞き続ける。

 

 

『……彼女らは生きていますが。その力は人類にとって、明示的に驚異的です。適切に『管理』されなくては、絶滅するのは我々の方です』

「し――しかし総長!」

 

 

 それでも。

 それでも、と、秋川は、食い下がる。

 

 

「確かに総長の言い分は正しいかもしれませんが、それでも、それ以上に、彼女らは生きているのです!! 極限まで様子を見てやるべきではないのですか!? そのような残忍な判断は、かように容易く下されるべきでは――!!」

『その様子見の結果が、『今』ではないのですか?』

「……っ」

『秋川理事長。あなたは……誰にモノを言っているか、理解しているでしょうか』

 

 

 歯を食いしばる秋川に。

 畳み掛けるように、総長は言う。

 

 

『私はURA事務総長。傘下の組織であるトレセン学園総理事長の解任など、いつでも可能です。そして私も……あまり、そういった手荒な真似はしたくありません。あなたは『有能』ですからね』

「……総長」

『ご理解いただけたのなら、どうぞご協力ください』

 

 

 感情を持たない機械のように

 言葉は告げられ。

 

 

『彼女らを――適切に、『管理』するために』

「……」

 

 

 それを受けた秋川は。

 無言を返すしか、なかった。

 

 

『……それでは』

 

 

 総長は。

 黙り込む秋川をよそに。

 通話を切る――

 

 

「――待て」

 

 

 が。

 秋川が、直前で口を開いたことで、止まっていた。

 

 

『……なんでしょうか』

 

 

 総長が。

 変わらぬ調子で、秋川に返すと。

 

 

「――貴様こそ」

 

 

 秋川は。

 静かに、言っていた。

 

 

「貴様こそ……誰にモノを言っているのか、わかっているのか」

『……はい?』

「私は――秋川やよい。『他の誰でもない』、秋川やよいだ」

 

 

 空いていた片手を強く握り。

 

 

「私がここにいる以上――その傘下の生徒たちの命運は、私の手中にある」

 

 

 相反する。

 熱く、激情に満ちた声で――

 

 

「そして!! コハクダブルスターの身柄を我らが引き取った以上!! その行く末の是非も!! 我らの手中にある!!」

 

 

 怒号に似た声に。

 今度は、事務総長が、黙り込む番だった。

 

 圧倒されたように。

 無言になる彼女に、秋川は言う。

 

 

「……確かに。確かに地球人類が、平穏無事に暮らすことは重要だ」

 

 

 言う。

 

 

「だがそのために、他の種族の権利が、不当に蔑ろにされるようなことなど、あってはならない」

 

 

 言う。

 

 

「……私の使命は。これまでも、これからも決して変わらぬ、私の果たすべき責務は。全てのウマ娘が――安寧に、自由に暮らせるよう、適切に『導く』ことだ」

 

 

 ――

 

 

「――ッ」

 

 

 言った。

 

 

「――決して!! 仮初の平穏のために!! 『管理』することなどではないッ!!」

 

 

『……』

 

 

 総長は。

 何も言わない。

 その無言は、執行猶予のようにも思われ。

 怖気すらも感じられるものだったが。

 

 

「……ですので」

 

 

 秋川は、それに気圧されることなく、一転して柔らかな声色で――続けた。

 

 

「URAの皆様に付きましては。どうぞ安心して、我らの『邁進』を見守りいただきますよう」

 

 

 続けて――

 

 

「――では」

 

 

 そして、反論の隙も与えずに。

 無慈悲なまでに、通話を切っていた。

 携帯電話は、折り返し鳴らないが。

 秋川やよいは、息を吐くと、呆然と、中空を見つめる。

 

 ――嗚呼。

 

 懲戒になるかもなー……などと、ぼんやりと、考える。

 しかし同時に。

 まぁ、それでもいいか、とも。

 

 

「……」

 

 

 彼女は、背後の大窓に立ち。

 カーテンを少し開くと、窓越しの夜空を見上げる。

 

 そこには、星々の光を抱くように、闇が広がっており。

 闇と溶け合うように、星々の光が輝いている。

 それを遮る雲なぞ――一寸もない。

 

 

「……走れ、皆の者」

 

 

 秋川は、ぽつりと言った。

 

 

「どこまでも……走ってしまえ」

 

 

 遠くにいる――自分の『娘』たちを想って。

 

 

「……安心せよ」

 

 

 安堵させるように。

 優しく、柔らかく――

 言っていた。

 

 

「今宵……この空の下にいる限り。

 

 

 君たちの命は――『極北』(我が名)の庇護の下にある」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。