とても とてもあついなつのひに
むしかごをみつめていると とれーなーさんが きいてきました
「……どう? 飛びそう?」
「ん……ぜんぜん……」
「そっか。まぁー、そういうこともあるよ」
むしかごのなかには ちょうちょがいますが
きに くっついてるだけで
ぜんぜん とんで くれません
ふたもあけて いつでもとべるはずなのに
どうしてとばないのかと わたしは ふしぎでなりませんでした
「……どうして、とばないんだろ」
「さすがに蝶の気持ちはわからないからね……何とも言えないけど」
わたしのこえに とれーなーさんは
うーん と うなってから こたえました
「きっと、決めてるんだろうね」
「きめてる?」
「そう。自分の行き先を決めてるんだ」
とれーなーさんは いいました
「自分がどこへ行くべきなのか。自分がどこへ行きたいのかを、うーんて、考えて、考えて、考えてるんだよ」
「……よくわかんない」
「そっか。まぁ、心配しなくても大丈夫だよ。きっといつか飛んでくれる」
わたしが くびをかしげると
とれーなーさんは わらって
また こたえました
「行く先を見つけて、
飛ぶための勇気をもって
……恐怖を振り払ったなら。
きっと、ね。……」
「――あぁーもう、あいつら滅茶苦茶しやがって……」
コースの現況を実況席から確認した西崎は、呆れ切ったため息を吐いていた。
コハクダブルスターを捕まえるため、血気盛んに走っていたはずの彼女らは――今やこうして、東京競技場というれっきとした公共施設に不法侵入し。
あろうことか、そのターフの上を走っている。
それが、コハクダブルスターを捕まえるために必要なことなのであれば、まだ納得は出来たが。
彼女らのその走り方は、どう見てもそうは見えない、ふんわりとしたそれだった。
「あれ……どう見ても本気で走ってねぇだろ」
「そうねぇ。見るからに明らかに、ただの追いかけっこって感じねぇ」
呼応する声は、隣からだ。ウェーブのかかった黒髪の彼女は、妖艶な笑みを口元に張り付けながら、同じようにコース内を見つめている。
その瞳には、母のような慈愛が灯っており、何一つ恐れてなどいないように見える。
「会長もコース傍で見てるだけだし……かといってこれを止めるのもな……っつーかそもそも止める方法がねぇか。あぁー、どうすっかなぁ」
「いいじゃない。それなら、『それ』を利用すればいいだけのお話よ」
困り果てた様子の西崎に、女性は言い、前へと出る。彼女は雑多な実況席の機器類を、何やらごそごそと操作したかと思うと、
「――さ。あとはこのレバーを上げるだけよ」
「……はい?」
あまりに唐突な進言に、西崎が呆然と声を漏らすと。彼女は口元の笑みを更に深める。
「『煽って』あげるのよ。あの子らを。実況の心得くらいあるでしょう? トレーナーなんだから」
「い……いやいや。それって思い込みじゃ……それにみんな同じ色のジャージだし。実況なんてとても」
「じゃ、このまま放置するしかないわね。さて、あの子らが疲れ果ててぶっ倒れるまで、あとどれくらいかかるかしらねぇ」
「……」
女性の言った推測に。
西崎は何も言えなくなる。
深いため息を吐くと。
覚悟を決めたように、放送用マイクの前に立った。
「――」
レバーに手を掛け。
息を吸ったが。
「……なぁ、あんた」
「ん?」
その直前に、女性へと問いかけていた。
「こんなでっけぇ施設の鍵、平然と開けたり……実況席の操作方法知ってたり。どう見ても……普通じゃねぇよな」
「そうねぇ。一般人からしたら、そうかもしれないわねぇ」
「……あんた『ら』一体、何者なんだ?」
「知らぬが仏」
「……」
西崎は追及しようとしたが。
彼女の雰囲気は、それを一切許さなそうなそれであり。
正直――彼も、この状況を作ってくれたことには、少なからず感謝していたため。
言葉に甘え、それ以上は何も言わないことにした。
「――」
そして。
言われた通り、レバーを引き上げると。
『――さぁ! 始まりましたぁ! えー……、と、東京ゲリラステークスの幕開けですッ!!』
高らかに、宣言していた。