16年度の卒業生   作:Ray May

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Shadow Break p2

-◆◇◆-

 

 

 

『舞台は東京競技場! この栄えある舞台において、その栄光を勝ち取るのは、一体誰なのでしょうかッ!!』

 

「な、なんやなんや。何の騒ぎや?」

 

 それまで、集団の中ほど、これからどうするべきかを、隣のオグリキャップと話しながら走っていたタマモクロスは、困惑の声を上げていた。

 

「この声は……西崎トレーナーか」

 

 オグリキャップもまた、そう言い、実況席の方へと目を向ける。そこには薄っすらと、見慣れた茶髪が見えた。

 

「……いいのか? こんな時間に実況席なんか使って」

「いやいや。もう勝手にコース使うてもうてるし。今更やん……?」

 

 もうどうとでもなれ、とタマモクロスは、もはや複雑な思考を放棄していた。それよりもそれ以上に、気になって仕方がない。このような放送が、なぜ唐突に行われ始めたのか。

 何かの考えあってのことか――と思ったと同時、

 

『――えっと、見事、一着を勝ち取った強者には!』

 

 西崎は、確かに宣言していた。

 

『カフェ・ショコラティエのスイーツビュッフェ、一日無料券を進呈しますッ!!』

「――ちょ、またスイーツで釣っとるやん!」

 

 タマモクロスは、それに怒りに近い声を上げていた。

 

「あかんやろ! そないなことしたら――」

 

 と。

 その声色のまま、続けようとしたが。

 

「――!」

 

 脇を。

 高速の、薄紫の影が通り抜けたことで、中断していた。

 言うまでもなく――それは、完全にスイッチの入った、メジロマックイーンだった。

 

「あぁーもう、スイッチ入ってもうたわ……」

 

 彼女だけではない。周囲を取り巻く空気が、一気にピリッと緊張感あるものになる。そうでなければ、動揺に包まれたものになる。どちらにせよ――コース上を走るウマ娘の動きは。

 

 スイーツの為、本気で走り始める者と。

 それに引っ張られ、とりあえず走ろうと思う者とに、二分され始めた。

 

『きょ――距離はえー、っと……ご、ゴール板をもう一度通り抜けたら! つまりは2,000mくらいだ! さぁ頑張れみんな! スイーツのために頑張れ!!』

「もう無茶苦茶やな……」

「ははは。いいじゃないか。いかにもあの人らしい」

 

 実況としてはあまりに頼りないその声に、苦笑いをするタマモクロスと、楽しそうに笑うオグリキャップ。

 二人はそれから、目線を合わせ。

 

「ほんならいっちょ――やるか!」

「あぁ!」

 

 そして、二人もまた――前へと、走り出す。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 コハクダブルスターもまた。

 その空気の変化を、肌で感じていた。

 

「……!」

 

 今まで、自分を追ってきていたウマ娘たちが――

 

 追い縋り。

 追いつき。

 ――追い抜いていく。

 

「……」

 

 誰もが、野獣のような瞳を宿し。

 ターフの上を、一心に駆け抜けていく。

 それは、彼女が、今まで何度も見てきた景色であり。

 何度も憧れてきた光景でもあった。

 

 画面を通してでしか、見ることの許されなかった。

 幾度も、そこに立つことを夢見た、光景――

 

「――コハクさん!」

 

 そのさなかで――

 聞き覚えのある声が、掛けられる。

 

「行きますよ!」

「……!」

 

 緑がかった黒髪が。

 

「ぼやっとしてんな!」

 

 短めの赤髪が。

 

「――コハクちゃん!」

 

 そして。

 

「……ぁ」

「あっちのゴール板まで! 競争だよっ!」

 

 ……栗毛のポニーテールが。

 自分を、追い越していく。

 そうして、あっという間に抜かれ尽くし。

 彼女の位置は、既に集団の最後方。

 背後には、スイーツに興味がない、あるいはこの空気についていけない数人が、走るばかりである。

 それを見て。

 その事実を認識して。

 目の前を走る彼女らに、影響されて――

 

「――っ」

 

 彼女もまた。

 自分も、また、と。

 脚に、改めて、力を入れようとした。

 

 

「――」

 

 

 瞬間。

 脳裏に。

 映像が。

 過ぎる。

 

 

 それは、これまで幾度も、繰り返されてきたこと。

 幾度も犯してきた、過ちの記憶。

 

 

 誰かを襲い。

 誰かを傷つけ。

 誰かを不幸にした――

 鮮血の、記憶。

 

 

 

「――!? お、お館様!? これは……!!」「ちょ、ちょっとお父様!? どういうこと!? その人、し、死んで……!!」「救急車!! 早く救急車を!!」「待て!! 呼ぶな!! 呼んで大事になったら取り返しのつかないことに――!!」

 

 

「オレガオマエヲマモッテヤル」

 

 

 

きみょうなかんしょくがしてわたしはじぶんのてをみつめましたそのては

 

 

 

あかく

 

 

 

 

 

そまっていました

 

 

 

 

 

「……ぁ」

 

 

 

 駄目だ、と。

 

 彼女は、あしから 力を抜いていた。

 

 

 走りたいのに。

 

 

 はしりだしたいのに

 

 あしはちからをいれてはくれず

 

 まえへと すすむことすらも

 

 すこしずつ こばんでいきます

 

 

「……」

 

 

 こわい

 

 やがてわたしは そう おもうようになりました

 

 こわい

 

 みんなとはしりたい みんなと きょうそうしたい

 

 こわい

 

 でも また こわしてしまう ほんきになれば

 かれが また でてきてしまう

 

 こわい こわい

 

 こわしたくない

 

 こわい こわい こわい

 

 こわしたくない――

 

 こわい こわい こわい こわい

 

 

 ――こわい

 

 

 はしりたいのに

 こわいよ

 

 はしれないよ

 こわくて

 

 まえに

 

 

 すすめない

 

 

 

 よ―― ……

 

 

 

 

 

「――恐れるな」

 

 

 

 

 

 そのとき

 

 そんなこえといっしょに

 

 だれかが ならんでいました

 

 

「私たちを、誰だと思っている」

 

 

 それは

 くろい ぽにーてーる

 

 うっすらとのこっている しょくどうの さわぎのきおくの なかで

 

 ゆいいつ わたしと あそんでくれた ひと

 

 

「そこらの人間とは違う。我々は身体の出来が違う。少しくらい暴れ回ったところで、何の問題にもならん。それに――お前には、誰かを殺めようとする気持ちは、元よりない」

 

 

 そのひとは すこし むずかしいはなしをしましたが

 

 

「――そうだろう。事実。お前はこれまで幾度も暴れたかもしれないが。それで、誰かを本当に殺めたことが、一度でもあったか?」

「……」

 

 

 いいたいことは

 なんとなく わかったような きがしました

 

 

「我々を嘗めるな」

 

 

 いいます

 

 

「お前の全力なぞ、簡単に受け止めてやる」

 

 

 いいます

 

 

「だから――もう躊躇うな。もう迷うな。もう恐れるな。恐れず、迷わず、躊躇わず――我々に追い縋れ」

 

 

 いい

 ました――

 

 

「そして、

 

 今度は、

 

 我々を――捕まえてみせろ!」

 

 

 

 

 

 そのひとは

 

 いいおえると わたしをおいぬいて はしりだします

 

 そのせなかに ことばに

 

 いきが はやく

 

 くるしく

 

 なる――

 

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