身体が軽い。
これまでに感じたことがないくらい、身体が軽い。
鎖か何か――自分を縛っていたものが砕け、そこから解き放たれたような感覚。
遠かったいくつもの背中が。望むだけだったいくつもの姿が。
次々と、自分の脇へと流れていく。
「――!」
「――!?」
「――……!!」
彼女らが、口々に何かを言っているような気がしたけれど。
なんかもう、ごめんだけど、全然聞こえない。
聞き取れない! ごめんなさい! あとでゆっくりお話しよう!!
今は……
今は!!
「あっははははっ……!!」
ただただ。
走りたい。
ただただ。
前に、向かいたい……!
「――コハクさん!!」
でも――そんな中でも。
わたしが散々聞いてきた声だけは、そんな感情を掻き分けて、響いていた。
揺れる、緑がかった、長い黒髪。
「!」
ひすいちゃんは。
走りながらも、こちらに掌を差し出していた。
わたしは――その掌に。
「――っ!」
自分の掌を打ち付けて。
彼女の、先へと走る。
「コハク!!」
それからさらに走ると。
また別の声。
かぺらちゃんもまた――わたしに、掌を差し出している。
それを同じように、掌で打つと。
不思議と――力が、強まったような気がする。
「――」
そして、そうして、更に、更に、走った先で――
「コハクちゃんッ!!」
栗毛のポニーテールが。
……みざーるちゃんが。
手を、差し出している――……
「――っ」
だから。
彼女の手も、同じように、打って。
「――コハクちゃん」
刹那。
彼女は――確かに、言っていた。
「行ってらっしゃいっ」
「――」
私は――それに、少し微笑んで。
「――ん!」
短く返すと。
前へと、前へと、ただ、ひた走る――!
『と、とんでもない追い上げ! とんでもない追い上げだぁー!! コハクダブルスター、まさかの下克上か! 先頭までぶち抜いてしまうのかぁーっ!!』
えーっと、でもえーっと……
なんだったっけ。確かゴール板まで、って話をしてたはず。
ゴール板……ゴール板って……あぁ、みざーるちゃんが言ってた。たぶん、あのおっきな看板のことだ。
あそこまで……あそこまで行けば、ゴール?
「……!」
困惑しながらも――そっちを見てみると。
そこには、見覚えのある姿がある。
忙しなく揺れる、黒いポニーテール。
あの激しいレースの中でも、わたしに話しかけてくれた――
――あの人。
名前は――
――わかんない!
「――ッ!!」
でも、とにかく。
とにかく、その背を目指して。
その背を見つめて、ただ走る、走る、走る。
悠然と、超然と――譲らない、とばかりに、走り続けていた、その背中は――
「――!」
しかし、やがて。
ゴール板を、通り過ぎる。
『――おーっと、しかし決めたぁー!! 一着は、ナリタブライアン! その圧倒的な速さで、無慈悲に勝負を決めて見せたぁー!!』
実況が、歓喜に湧く中――
わたしは、終わりを、感じるけれど。
「――っ!」
でも、
でも。
その姿は。
まだ、ターフの上にあって。
私の方を――ちょうど、振り返っていた。
「――……」
急速に。
目前に。
迫るその人は。何事かを、私に言った気がしたけれど――
「――!?」
……気にせずに。
構わずに。
わたしは――その人の元へ。
「――っ」
その胸の中に。
飛び込んでいた。
「――つか、」
飛び込んで、
「まえっ――」
両腕で。
抱き締めて、いた。
「――ったっ!」
――捕まえた。
彼女を。
捕まえていた。