「――うむ。事の顛末は理解した」
晴天の、トレセン学園第一グラウンドにて。
秋川やよいは、一連の報告を聞き、そう言っていた。
「無事にコハクダブルスターの人格は統合され、危険判定も外され、先に出された処分要請も取り下げられた。彼女は晴れて、我が校の一員として迎えられることとなった。うむ! これにて、一件落着だな!」
その言葉は、一見心底に嬉しそうに見える。
しかし――声色の方はというと。一辺倒に嬉しげ、というわけではなく。
「……で?」
証拠に。
一気に、その声を、威圧的に低めていた。
「その落とし前、どう着けるつもりだ……?」
『……』
訊ねられた一同は。
例の一件にて、コハクダブルスターの捕獲のため、街中を走り回ったウマ娘、並びにトレーナー一同は。
誰一人の例外なく、そこに、正座させられていた。
ずーん……と。
一般的なウマ娘はもちろんのこと。
生徒会であるルドルフ、ブライアンですらも、正座を、させられていた。
「――わかっとるのか!」
答えない彼女らに。
秋川は、我慢の限界、とばかりに声を張り上げていた。
「街中を勝手に走り抜けたことによる民衆の混乱! 交差点内に無断で侵入したことによる交通障害! 公共施設への無断侵入、設備の無断使用、更にそれによる近隣住民の苦情!! 君らはもしかしたら私が神か何かだと思ってるかもしれんがな、私にも庇える範囲には限度があるのだぞ!!」
「い――いやいや、でもちょっと待ってくださいよ理事長……」
そんな声に、西崎が中腰で立ち上がり、戦々恐々ながら反論する。
「た、確かに俺ら、許されないことやったかもしれませんけど……結果として、『あの子』の危険要素は排除できたんですし。少しくらいは情状酌量n「じゃかぁしぃッ!!」
が。そんな取ってつけたような反論に、秋川が納得するわけがなく。
むしろ神経を逆撫でしたとばかりに、彼女愛用の扇子が飛来し、西崎の顔面を強打していた。
暴力によって黙らされた西崎は、潔くその場に座り直し。
投擲された扇子は駿川たづなによって回収され、再び秋川の手に戻っていた。
「……、」
それで落ち着きを取り戻したのか。
秋川やよいは、深く息を吐き、言う。
「……まぁ。君の言うことにも一理ある」
それまでとは打って変わっての。
静かな声色で、言う。
「手段はどうあれ……一人のウマ娘は、命の危機から逃れた。君らの尽力がなかったら……君らの行動がなかったなら、危うく我々は、史上初めての『処分者』を出すやもしれなかった。……その事実は認めなくてはならん」
そこで、言葉を切ると。
何事かを思案する素振りをし。
「――わかった」
やがて、言った。
「その功績に免じて、生徒に関しては。今回の件、不問とする!」
『――!』
下された判断に――
生徒たちは、控えめな歓喜に湧き。
「……!」
トレーナー陣も、立ち上がりかける――が。
「――ただし! トレーナーは向こう三ヶ月、減給!!」
「え、そ、そんなぁ~……!」
その判断に、楽しげな笑いが、グラウンドに響いていた。
『お説教』が終わり。
コハクダブルスターは、学園内を歩いていた。
その視線の先には、健気に羽をはためかせている蝶がおり。
「……」
彼女はそれを追っていたが。
やがては、立ち止まってしまう。
なぜなら、蝶が、自分では手が届かない場所。
学園エントランス付近の、巨大な像の頂点に、止まってしまったからだ。
「……」
尊大で、壮大なその像を見上げる彼女に。
「――三女神像」
声が掛けられる。
コハクが振り向くと――そこには、黒色のポニーテールが揺れていた。
ナリタブライアンは。
彼女の隣に立ち、同じように、像を見上げる。
「この世のウマ娘の始祖となった、三女神と呼ばれるウマ娘を象った像だ」
「……聞いたこと、ある」
「誰もが一度は耳にする神話だろうからな。当然だ」
そっか、とコハクは返し、三女神像を改めて見る。蝶は、未だにその頂点にて羽を休めている。
「……考えたことがあるの」
さなかで、ぽつりと、話し始める。
「なんで……みんな、いいとか悪いとか、凄いとか凄くないとか、いちいち、決めるのかなって」
「不満か?」
「不満というか……不思議、なのかな。だって、みんな、同じウマ娘なんだよ」
これまでの生活の中。
これまでの日々の中で――常、思っていたことを。
「みんな同じ場所からくる。みんな同じところが始まりなのに……どうして、わざわざ、優劣を着けたがるんだろうって」
常。
考えていることを。
「……みんな、同じなんだから。みんな凄い、でいいのに……」
「……」
血統。
誉れ。
そういった、形のない光に振り回された彼女だからこそ、の哲学なのだろう、とブライアンは思う。
誰が凄く、凄くないのか。
確かに、そんな観点がなければ、こんな風に、自分達が、齷齪走り回ることも無かったろうと。
こんな風な、騒動が起きることもなかったろうと。
全てが平穏で、安寧に、過ごせていたことだろう――と。
しかし、と。
ブライアンは、思う。
「……私は、そうは思わない」
「え……?」
「『競争』のない世界なぞ、退屈なだけだ」
不思議そうに見上げる彼女に。
ブライアンは言う。
「今よりも優れた世界を。誰よりも優れた力を。いつだってそういった思いが、世界を前進させてきた。誰もが凄い、誰も彼もが優秀――そう信じあえる世界は平和かもしれないが。誰もが誰をも目指さない、誰もが誰とも競わない世界なぞ、ただただ、退屈なだけだ。
そこには、進化も、進歩もない。平坦な、何も起こらない世界があるだけだ。そんな世界こそ……私は、忌避するよ。もちろん、限度はあるがな」
「……わかんない」
「直にわかる」
純粋で。
純朴な、その瞳を見つめて。ブライアンは言った。
「『追われる側』になれば……今にわかるさ」
「……」
「行くぞ」
不思議そうに。
ただただ不思議そうに見つめる彼女に、ブライアンは手を差し伸べる。
「今日は、学園を案内する日だ」
「そうだっけ」
「そうだ」
「ん」
コハクは、その手を取り。
二人、歩き出す。
「――そういえば」
「なんだ」
「あなたのお名前、まだ聞いてない」
「ナリタブライアンだ」
「……なりた……ぶあん?」
「ナリタブライアン」
「なりた……りあん」
「ナリタ」
「なりた」
「ブライアン」
「ぶらいあん」
「ナリタブライアン」
「なりたりあん」
「……もうそれでいい」
「ん。わかった」
蝶は。
そんな二人が、立ち去った後。
像の頂点から、どこかへと。再び、羽ばたいていた。