「……なんで泣いてんだよオメーは」
トレーナー室で。
カペラちゃんが、呆れたように言っていた。
その表情は、涙で滲んでしまっていてろくに確認することも出来ない。きっと、その声色に相応しいような顔色になっていることだろう。
でも……でもしょうがない。
だって。
だって……
「――っ、だってぇ~!!」
「だっても何もねーだろ!! 泣いてるとあたしらがなんかしたみてぇじゃねぇか!!」
「あなたの顔が恐ろしいからですよ。もっと穏やかな顔になったらどうです?」
「無茶苦茶言うな!! あたしは生まれつきこの顔だっての!! なんだ!? 整形しろってのか今から!?」
「ん。大丈夫。ペンならある」
「大丈夫じゃねぇよ!! 落書きする気満々じゃねーか!! 近寄るな! 許可もしてねぇだろ!!」
「……、……」
……室内を満たす喧騒は。
その騒がしさは。
私がずっと、ずっと追い求めていたもので。
ずっと、ずっと。
探し求めていたもので。
それを求め始めてから。だいたい、三ヶ月。
いや、四か月、かな。とにかく、それくらい……
「待てぇー、大人しくお縄につきなさぁーい」
コハクちゃん。
「狭い室内で暴れないでもらっていいですか。鬱陶しいです」
ヒスイちゃん。
「だったらコイツを止めろっての!! なんであたしが一番悪いみたいになってんだよ!!」
カペラちゃん。
いる。
確かにみんな、ここにいる。
離れ離れになって、散り散りになって、バラバラになって、もう、一つ所に集まることはないのかもしれない、なんて思ったこともあったけれど。
いる。
今日ここで。
確かに、再会できた。
……
……そう思うと。
「……~~」
「だから泣くなっつーのオメーも!! そろそろあたしのキャパ越えんぞマジで!! 誰かなんとかしろぉ!!」
と、まぁ。
そんな、乱痴気じみた騒ぎがしばらく続いて。
「はぁー……」
ようやく落ち着いた。
カペラちゃんが、疲労に似た息を吐く中で。
私たちはいつもと変わらない様子だったので、さすがにちょっと申し訳なかった。
「それでさ……お前はどうすんだよコハク」
でもそれでも彼女は、会話の舵を進んで取ってくれていた。ところで――とばかりに言う。
「あたしらチームに入ってるけど……お前もチームに入ることになるんじゃねぇか?」
「そうでしょうね。私たちはチームに入って、あなただけは入らずに指導を受ける……なんておかしな話もありませんから」
「……お前なんでちょっと不満そうなんだよ」
ヒスイちゃん、確かに少し黒いオーラが滲み出ていた。特別扱いが嫌なんだろうか。
「ん……大丈夫。もう決まってる」
そんな私たちに、コハクちゃんはあっけらかんと答える。それに……私たちは顔を見合わせた。
「……決まってるの?」
「ん。かいちょーさんが、いいところがあるって教えてくれた」
問いかけると、彼女は変わらぬ表情で続ける。会長さんが……教えてくれたチーム。もしかしてそれって……
「どこだ? もしかしてあたしんとこか?」
「んーん」
カペラちゃんは、チームスピカが受け入れてくれた時のことを思い出したんだろうか。その推測に、しかし彼女は首を横に振り、答えていた。
「りぎる」
「――!?」
それに。
思わず、息を呑んでいた。
「リ――リギル!? え!? あのリギル!?」
「ん」
……思わず立ち上がりながら復唱すると、彼女は何ともなしに頷く。いや本当に。どうしてこんなことに動揺してるのか、と言わんばかりに動じていないけれど。
あのね君。これは結構衝撃的な事実なんですよ。私たちからしたら、予想外も予想外過ぎることなんですよ、実際は……!!
チームリギル。
チームの中でもエリート集団、と言われている彼女らに――
コハクちゃんが入るだなんて……!
「なりたいあんもいるっていうから、受けた」
「なりたいあん……? 誰……?」
「ぶらいあん」
あぁ……ブライアンさんね。絶妙に珍妙な名前だったから全然わからなかった。あの人、本当にすっかりこの子に懐かれちゃったんだな……
「な……なんつーか会長って、普段は威厳があって真面目だけど、こういう変なとこずぼらっていうか、テキトーだよな……」
「まぁ、あのお方のことです。何か考えあってのことでしょう。あまり悪く言わないことですよ」
「あぁまぁ、別に批判してるわけじゃねぇけどさぁ……」
釈然としない様子のカペラちゃん。気持ちはわかる気がする。以前の競技場での走りを見て、素質はあるとは思っているけれど。
彼女が果たしてちゃんとやっていけるんだろうか、という親心じみた心配もある……
「……」
……でも、まぁ。
それも含めて、この子が決めたことなのだから。
私たちが、外からとやかく言うことはないか……
ならば。
それならば……
「……なら、あとは」
「あとは?」
「……何もないね!」
「そ――う、だな」
カペラちゃん、そんなことはねぇと言いたかったのか、勢いづいた言葉は、急速に萎んでいた。
そう。
もはや何もない。
私たちの間に――
問題は、なかった。
もうあとは。
あとは――
「あとは、やるだけ!」
「『目標』に向けて、か」
「ありまー!」
「すみません。前々から思ってたのですが」
何て言っていると、ヒスイちゃんが控えめに手を挙げていた。
「どうして有マなのです?」
「へ?」
「
「あー……まぁ、それは……」
「ひすいちゃん……おやじぎゃぐ! あははー!」
「……五月蝿いですよ」
あ。確かに親父ギャグになってた。今気が付いた……じゃない。えっと。そうだよね。確かにそうだ。
その理由。まだみんなに話していなかった。理由って言っても――
そこまで大層なものじゃないんだけれど。
「まぁその……私の中で、有名な大会で……全員が出られそうで、ほどよく準備期間もありそうだったのがそれってだけで……あはは。深い意味はそんなないですー……」
「そうですか。そんなところだろうと思っていました」
言外に浅い女って言われた気がする。なんか、ごめんなさい。
「別にシニアまで待つって選択肢もあったんじゃねぇか? 準備云々って話なら」
「まさか! そんなに悠長に待ってられないよ! 『全盛期』だって過ぎちゃうかもしんないし!」
「ん。遊ぶなら、早い方がいい」
「いや、あたしら別に遊びに行くわけじゃねぇからな?」
「いいのではないですか。クラシックシニア級なら、ここで負けても、次にリベンジもしやすいですしね」
まぁそういうわけだ。要は私の自己満足でしかない。そこに、深い意味も難しい理由もない。
目標を、無理にそれだけに絞ることもない。
「……変えたいなら、変えるでもいいよ」
だから。念のため、と問いかける。
「そこに拘ることもないから。みんなが望むなら……」
「何を仰います」
でも、ヒスイちゃんは眼鏡を指で押し上げて、言っていた。
「元々私たちは、『その名』の元に集まったのです。ここで曲げる理由はありません」
「だな。こっちも『その気』で準備してんだから。今更曲げるなんて、こっちから願い下げだ」
「ん。逃げない」
「……そっか」
結局。
想いは一緒で、変わることもなさそうだった。
それを確認出来て。
「……よし」
私は、もう一度、確認も兼ねて、言う。
「それじゃあ、目標は『来年』の、有マ記念大会。それまでちょっとの間……お別れになるかな、また」
「そうですね。各々、指導方針などもありますから。別の大会でぶつかるかもしれませんけれど」
でも、実際は基本的に、別々の練習、別々の場所で、頑張ることになると思う。ようやく一緒になれたのに、再び散り散りになってしまう。それは少し寂しかったけれど。
けれどそれは。
今までの『別れ』とは――根本的に違っていた。
今回のそれは。
明確に、目標地点が同じだから――
……最果てで。
再会出来ると、保証があるから。
「……一年後、ですね」
「はっ、一年ありゃあ追い越すのなんて訳ねぇぜ」
「ん。半年でもいい」
「いや、さすがに半年は短ぇだろ……」
「あはは……ま、まぁ、私が一年早く来ちゃってるしね」
どうしても、そこのとこのアドバンテージは消せない。
消せないから――もしかしたら、この大会は。
「……私が、ぶっちぎっちゃうかもしれないけど」
「言っとけ。吠え面かかせてやる」
「いいえ。吠え面かくのはあなたたちですよ」
「んーん。わたしが一番」
「……はは」
……やる気も闘志も、満ち満ちていて。
もう、躊躇う理由はどこにもない。
だから、私は、目の前の机の上に、手を差し出す。
手の甲を上に、手のひらを下にして。
「それじゃ、みんな……それぞれの場所で、頑張ろう」
「……おう」
そこに、カペラちゃんが手を重ね。
「望むところです」
ヒスイちゃんが続き。
「ん。頑張る」
コハクちゃんが、締めた。
各々、お互いに。
顔を見合わせて。
意志に。
想いに。
願いに。
望みに――
寸分の違いも、ほんの少しの揺らぎもないことを。
改めて、確認して。
……そして。
「――中山の舞台で、会おう」
私は。
言った。
「また――一年後に!」
それに、呼応して。
『――おーっ!!』
威勢のいい声が。
その部屋の中いっぱいに、響き渡っていた。