16年度の卒業生   作:Ray May

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雷騰雲奔 p2

「……、デビュー戦を機に、あなたの走り方は大きく知られるようになりました。『怪物』の再来と持て囃されたのも記憶に新しいでしょう。その割にあまり警戒されませんでしたが。

 それを聞いてタマモさんは、あなたに無意識に重ねてしまっているのかもしれませんわ。親友の姿を。世間をにぎわせた、あの『怪物』の姿を」

「……、まぁ、お話は分かりましたけれど」

 

 

 うん。なんとなく、タマちゃん先輩の現状とか、あの、違和感極まりない関わり方とか、その理由とか……合点はいった。けれどそれでも、ひとつ、わからないことがある。

 

 

「私に……どうして、ほしいんですか?」

「……」

 

 

 問いかけに、マックイーンさんは躊躇ったようだけれど。やがて言っていた。

 

 

「……タイミングが合ったら。言うべきだと思いますの。『自分はオグリキャップではない』、と」

「……」

 

 

 それは。

 彼女にとっては……この推測が正しければ……残酷な、言葉。

 

 

「冷酷かもしれませんけれど。色々と重要な時期の彼女にとって、こうして立ち止まっている時間は、無駄以外の何物でもありませんわ」

 

 

 マックイーンさんも、心苦しそうだったけれど。

 その端々に、友愛の情が滲み出る。

 

 

「酷な役目かもしれませんが……」

「……まぁ、本人が言わなきゃ、意味ないですからね」

 

 

 突っ撥ねることは出来たけど。

 彼女の言いたいこと、考えていることも……私は、また理解出来た。

 

 

「……、わかりました。やって、みますね」

「……、ありがとうございます」

 

 

 苦しいながらも、笑みに口元を綻ばせるマックイーンさん。途端、つきものが取れたように息を吐いていた。

 

 

「では、私はちょっと温泉に行ってきますわね。まだ開いてるようですので」

「あ……はい。じゃ、先に戻ってますね」

 

 

 優雅に手を振る彼女を見送り、先に部屋へと戻る。

 並べられた布団には、依然としてタマちゃん先輩が眠っていて、未だ魘されてるみたいだけれど、顔色はだいぶマシになっているみたいだった。

 それを見て、口元が綻ぶのを感じながら、広縁の方へと足を向ける。

 

 

「……グリ」

 

 

 その時だった。

 タマちゃん先輩の、唸りに似た声が聞こえたのは。

 

 

「オグ……リ……」

「……タマちゃん先輩」

「行かんで……くれ……」

 

 

 その声には。

 やがて、涙声が混じり始めて。

 

 

「ウチを置いて……行かんでくれ……」

「……」

 ……その言葉に。

 

 

 きゅっと、胸を締め付けられた感じがした。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 時間というのは無情で。

 私たちがいくら悩もうと、苦しもうと、『その時』を運んでくる。

 中山競技場は。

 京都ジュニアステークスを遥かに上回る熱気に包まれている。

 

 

『――! ――!!』

 

 

 白熱する実況。

 

 

「――、――!!」

 

 

 熱狂する観衆。

 

 

「――、――……」

 

 

 死に物狂いで。

 走る、私達――

 

 

『さぁ最終直線! 先頭を走るのは6番サファイアミザール!! そのすぐ後ろ、1バ身もない距離から、14番フランジアが追い縋る!!』

 

 

 もう最後まで来れば、設計も計画も関係ない。

 走るだけ。

 走るだけ。

 とにかく、前へと、走るだけ――

 

 

『どっちだ! どっちだ!! 今年のホープフルステークス、決めたのは――……』

 

 

 ゴールラインを過ぎて。

 栄光を齎されたのは。

 

 

『――サファイアミザール!! 6番サファイアミザールだ!! 京都ジュニアステークスでの快勝から、堂々の二連勝を決めたぁー!!』

 

 

 ……自分だと知って。

 叫ぶことも出来なかったのは……

 単なる疲労だけでなく。

 

 

「……、……」

 

 

 快感が。

 楽しさが。

 その行動をも、飲み込んでしまっていたからだろう。きっと。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 ――その一方。

 

 

『メジロマックイーン速い!! メジロマックイーンさすがの豪脚!! 他を寄せ付けない――!!』

 

 

 裏舞台――もとい、表舞台にて。

 

 

『決めたぁー!! これが名優! これが女王!! メジロマックイーン!! 危なげなく、有マ記念を連破してみせました!!』

 

 

 明暗は。

 明確に、別れた。

 

 

『――12着、ズールセブンジーンズ。13着、アスラック。14着――

 

 

 

 タマモクロス。15着――』

 

 

 

「……、……」

 

 

 タマモクロスは。

 膝に両手を突き、息を整える。

 

 悔しさ。

 悲しさ。

 苦しさ。

 不甲斐なさ。

 ――何よりも。

 

 虚しさ。

 

 その全ての同居する、ぐちゃぐちゃな感情の中――

 目の前に。

 誰かがやって来たのを感じて、彼女は顔を上げる。

 

 

「……」

 

 

 メジロマックイーンは。

 そんなタマモクロスを、冷たく見下ろしていたが。

 

 

「……、」

 

 

 やがてそんな視線すらも切り、背を向け、その場から歩き去る。

 タマモクロスは、その背を追う余力も、呼びかける気力もなかった。

 ただそこで、一人、歯を噛み締めるしか出来なかった。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 年末年始のあれこれが収まり。

 時間が出来て、グラウンドまで来ている。

 休業中――特別『やること』がなくて。

 走ろうと思って、準備運動をしているところ。

 突き抜けるような青空に。

 そよ風が渦を巻いていく。

 嘘偽りなく美しい。

 冬の日の一日だ。

 

 

「……」

 

 

 でも、自分の胸の内が、それと同じくらい晴れやかか、と言われると……

 正直、そうではなくて――

 

 

「――おーい、ミザールー!」

「!」

 

 

 ボーっとしていると。

 背後から、もうすっかり聞き慣れた声が、私を呼んでいることに気が付いた。

 その影は……制服姿で、私の方へと、駆け寄ってくる。

 ……タマちゃん先輩だった。

 

 

「なんやなんや。自主練かぁ? まだ冬休みなんに真面目やーん。あ、それとも単に暇なんか?」

「あぁー、まぁ。気晴らしにはなるかなって」

「気晴らし? なんや困ったことでもあるんか」

「無いと言えば……嘘になるというか」

「……なんやなんや」

 

 

 にんまり、と笑みを深めたタマちゃん先輩は、バシバシと腰辺りを12ビートくらいで叩き始める……

 

 

「いっちょ前に悩み事かー? 可愛いとこあんねんなー、自分! ほんなら、ウチが聞いてあげんこともないでー?」

「いやー……えっと」

「?」

 

 

 あどけない顔で小首を傾げるタマちゃん先輩。その透き通った瞳に捉えられると、やっぱり……言葉が詰まってしまった。

 悩みの一端を。

 自分が握っているだなんて、夢にも思ってなさそうな目。

 

 

「……、」

 

 

 さすがに、それを今ここで砕く勇気は、私には無かった。

 だから――代わりに、と。私が今ぶち当たっている悩みのもう一つ。

 ぶっちゃけ、タマちゃん先輩よりも大きめの悩みを、口にすることに決める……

 

 

「……実は」

「ん?」

 

 

 ……果たして。

 

 

「――はぁ!?」

 

 

 タマちゃん先輩は、いかにも信じられない、と声を上げていた。

 

 

「トレーナーと連絡がつかない!?」

「はい……」

 

 

 残念ながらそれは、本当の話だった。……そう。

 

 年末のホープフルステークスが終わってからというもの、彼から、一切の連絡が来なくなってしまったのだ。

 

 いつもなら学園内の『いつものとこ』で、ラジコンがどこからともなく現れ、レースの復習やらフィードバックやらトレーニング計画やらを申し付けられるっていうのに。

 今回は……いつまで経っても。より正確に言うならば、一週間以上経っても。

 ラジコンどころか……電話の一つもないのだ。

 

 こちらから連絡を取ろうにも……彼の着信は常に非通知。

 折り返そうにも、折り返しようがない。

 理事長さんにも掛け合ったけど、提出された番号もアドレスも全て繋がらず。

 手詰まり、というわけである。

 

 

「なんやねんそれ……」

 

 

 タマちゃん先輩は、ありえないものを目の当たりにしたみたいに、というか実際に目の当たりにし、絶句する。

 

 

「た……確かに自分、まだジュニア級やけど、仮にもGⅠ勝ってんねんぞ……? 一緒に喜ばんトレーナーがどこの世界におんねん……いや、目の前におるけど実際……」

「実際現れたことはないですけどね」

「ま、まぁ。世の中広いしな。そういうトレーナーが一人や二人おってもえぇって思うけど……な……なんやろな……この感じ……」

 

 

 ぶつぶつと言うタマちゃん先輩は、胸の辺りに手を当てる。その表情が、今までにないくらい、曇る。

 

 

「なんか……ざわざわするわ……」

「……実は私もなんです」

 

 

 その感覚に、共感する。

 胸がざわざわする。確かにそうだった。

 こんなこと、あの乱雑なトレーナーさんなのだから。別にいちいち、気にしなきゃいいのに……

 ……なんなんだろう。

 この感じ。いつもと違う。

 今までと、違う。

 なんというか、な、何か……

 

 

 

 とてつもなく悪いことが、

 これから起きるような。

 

 

 

「――あぁぁぁ、もぉっ!!」

 

 

 刹那。

 タマちゃん先輩が、荒々しく絶叫する。

 

 

「こんなうじうじ考えとってもキリないわ! 走ろ!!」

「え」

「今準備してくるさかい待っとけ!!」

「あ、あの、ちょっと!?」

 

 

 ……引き止める間もなく、タマちゃん先輩はドドドドドー……と姿を消す。言われるがまま、待つこと十分ほど。またドドドドド、とタマちゃん先輩は、ジャージ姿で戻ってきていた。

 

 

「ほんなら、軽く『2000m』くらいいっとこか」

 

 

 体操をしつつ、タマちゃん先輩は提案してくる。別に大丈夫だけど……まさか、こんな思い付きで、偉大な先輩方と併走することになるとは思ってもみなかった。

 そう、偉大な先輩と……

 偉大な……

 ……

 

 

 

『タイミングが合ったら。言うべきだと思いますの。『自分はオグリキャップではない』、と』

 

 

 

「……」

「なんや、そないに暗い顔するくらいなら、とっとと走るで」

「……、はい」

 

 

 マックイーンさんの言葉が脳裏に過ぎっても。

 私はそれを口に出せないまま、タマちゃん先輩に促されるまま。

 共に、走り始める。

 

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