今ひとつに重なる
手を取り 始めよう
僕たちの物語
先達に献ぐ祈りの頌 p1
中山競技場は、分厚い歓声に包まれている。
この類の歓声は、これまでに何度も浴びてきたので。さすがに少しは慣れてきた。
新緑の芝、ターフの上。これから共に走る、ライバルたちの目は。
決して先を譲らない、とばかりに、ぎらぎらとした闘志に光っている。
そのほとんどは、私とそう関わりのない子のもので……
「……」
……有マ記念、迎えた、その大舞台に。
私がよく見知った、『彼女ら』の姿はなかった。
見慣れた、『同級生』の姿は。
そこには、なかった。
「…………」
息を吐き。
今のこの状況と向き合う。
そう。大丈夫。別に――何も、哀しくなんかない。
そこに、『彼女ら』の姿がなくたって。
全然――悲しくないし、辛くもない。
だって。
だって――
それは。
彼女らが、出走の抽選に漏れたとか。
そういう話――
……では、なく。
「……、」
……単に。
その資格を、『まだ』持っていない、というだけの話で。
「――ミザールー!」
歓声を切り裂いて聞こえてきた声に、振り向くと。
幼馴染、三人組――カペラちゃん、ヒスイちゃん、コハクちゃんが。
チームスピカ――スペさんとテイオーさん、
チームカノープス――ターボさんとイクノさん、
そしてチームリギル――ブライアンさんとシービーさんたちと、共にこちらを見ていて。
私は、それに手を振っていた。
……というわけで。
「――ふぅ」
えへへ。驚きました?
そう、私が今立っているのは、確かに、有マ記念の大舞台。
年末の総決算――多様な想いの集う、中山競技場。
でもそれは――私たち、16年度の卒業生を巡るいざこざのあった、その年の暮れのもの。
彼女らはジュニア級で。
私はクラシック級。
――私たちが目標とするものとは、別のもの。
一年早い方の、有マ記念大会なのです。
……本当は、トレーナーさんとのミーティングで。散々回避する、という話になっていた。
なっていたし、実際私も、その方がいいだろうとも思っていた。
けれど。だけれども。今回、この大会は絶対に外せないと思い直したし。
外してはいけない、やっぱり絶対、参加したい――と考えて、
まぁいい下見になるし、ということで、結局、出走することとなったのだ。
なぜ、そうまで出走したがったのか。
なぜ、そこまで拘るのか。
その理由。その目的は――
……ほかならぬ。
私の、視線の先。
「――いやぁしかし、ホンマにここでやり合うことになるとは思っとらんかったで」
「……、やってみたいって言ってたじゃないですか。要望通り来ましたよ――」
揺れる芦毛。
小柄な体躯ながら。
これまでにない威圧感に。私は、口角が吊り上がる感覚を覚えながら、言った。
「――タマちゃん先輩」
「……」
タマちゃん先輩。
白い稲妻――タマモクロスさんは。
私の目の前に辿り着くと、不敵な笑みで、応じていた。
……そう。
この有マ記念は。何を隠そう――彼女、タマちゃん先輩の、栄えあるラストランなのだ。
これがどんな結果に終わろうとも、彼女はもう、今後公式のレースでは走らない。DTLにも移籍せず、正真正銘、一線から身を引いてしまう。
併走、くらいはそれでも付き合ってくれるかもしれないけれど――
本気の彼女と。
正式なレースとして、ターフの上で走れるのは――もう、今日で、最後となってしまう。
だから。
だから、無理言ってここまで来たのだ。
なんだかんだ言って私、本気の彼女と、走り合ったこと、なかったから。
一度だけでいい。
勝っても、負けてもいい――
本気の彼女と。
走り合いたい、と思ったのだ――
「はは」
遠い昔に見た気がする。
タマちゃん先輩は、ぞっとするような冷えた声色で笑っていた。
「先輩の引退試合に、花添えてくれるっちゅうんか。今どきの後輩はホンマに優しいなぁ」
「どうでしょうね。もしかしたらその花、奪っちゃうかもしれませんけど」
「はっ――ちぃと見ん間に、生意気言うようになったやん」
「お陰様で」
……自分で炊きつけといてなんだけど、視線が、バチバチと音を立ててぶつかり合ってる感覚がする。でも、それを怖いとか、嫌とかは感じない。
同じ舞台、同じ世界。同じレベルに、立てている事実が。
嬉しくて――たまらない。
楽しくて。
たまらない……
「ふ、二人とも……」
……しかし。
ここは、有マの大舞台。
警戒すべき、戦うべき『大物』は。
何も、タマちゃん先輩だけじゃない……
「ま、まだ試合、始まってないよ……? そんなにバチバチにならなくても……」
「……ごめんなさい。私ったら昂っちゃって」
「えぇやんえぇやん。別に取って食おうっちゅうわけやないしな」
けらけら笑う私たちに。
困ったようにおどおどしているのは――
豪奢な黒色のドレスに、黒いミニハット。アクセントのような、青い薔薇――
――ライスシャワーさん。
「――お気持ちはわからないでもないですけれどね、お二人とも」
……そして。
そして。もう一人。
「せめて出走までは、礼儀正しく。淑やかにいるべきだと思いますわ?」
「……ご忠告どうもです」
ライスシャワーさんに、勝るとも劣らない豪奢さの、漆黒のコートドレス。
そして。薄紫色の、ロングヘアー。
「マックイーンさん」
……メジロマックイーンさん。
例の模擬レースの時。辛酸を舐めた――苦い思い出が、蘇る。
それを噛み締めながら、改めて、そこに集った姿を認めた。
『黒い刺客』。
『ターフの名優』。
そして……『白い稲妻』。
今日この場で、私が一番に注目すべき、警戒すべき――
三人の、『怪物』。
もちろん、他の子たちを軽視してる、ってことではないけど。
特にこの人たちから、目を離さないようにしなくては……
勝負は。
一瞬で、終わってしまうだろう。
「……なんやなんや。もしかしてビビっとるんか? 『名優』はんは?」
「まさか。むしろビビってるからこそ、そういった攻撃的な言葉が出てくるのではなくて?」
「マックイーンさん。肩震えてますよ。素直になったらどうです?」
「あらあら。本当に小生意気な口を叩くようになりましたわねぇ。震えて見えるのは、あなたが震えているからではなくて?」
「も、もーっ、みんな仲良くしようよっ」
周りからはバチバチに見えるだろうか。
穏やかじゃないように映るだろうか。
不敵なタマちゃん先輩。
淑やかさの欠片もないマックイーンさん。
おどおどするライスさん。
そして、負けじと対抗する私。
それを、客観視して……
「――ぷっ」
思わず。
「あははははっ」
笑っちゃっていた。
「……何笑ろてんねん自分」
「い、いやいや。なんかもう、出走直前なのに、ここまでバチバチなのが可笑しくって」
「ふふっ、出走前のバチバチは、淑女の嗜みですわね」
「そんな嗜みあってたまっかい!」
「そ、そうだよっ、出走前くらい、仲良くしなくちゃっ」
「バチバチやのうて、ガチガチにやるのが嗜みやろっ!」
「が、ガチガチ!? ら、ライス、着いていけないよぉっ」
「あ、あのー、皆様方?」
なんて。
冗談交じりの言い合いをしている私たちに、申し訳なさそうな声が掛けられた。
「……そ、そろそろゲートへ……」
「あ。ごめんなさい」
それは、係員さんだった。マックイーンさんが、優雅に笑いながらそれに対応してくれる……
……いけないいけない。そうだった。もうお披露目も済んでるんだから。あとはゲートに入って、出走するだけ。
こんなとこで、いつまでもやり合ってるわけにもいかない。
「――では、皆さま?」
と。走り出そうとした時。
マックイーンさんが、拳を前に差し出していた。
「いい勝負に、致しましょう?」
「……」
それを聞いて。
私と、タマちゃん先輩と、ライスさんは。一瞬だけ、顔を見合わせて。
「――おう!」
「言われなくとも!」
「が、頑張りましょうっ」
彼女の拳に。
自分たちの拳を、軽く打ち付けていた。