16年度の卒業生   作:Ray May

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先達に献ぐ祈りの頌 p2

-◆◇◆-

 

 

 

 さて、それよりも少し前。

 

「さぁ、だいぶゲートインが遅れていますが、何やらターフ内で軽く言い争いをしているようですね……」

 

 実況席にて、実況を担当する男性は、遅々として進まない状況に、しかし大きくは焦らない。むしろ恒例、とも言えるそのバチバチとした状況に、余裕に似た微笑ましさすらも感じていた。

 

「今回の有マ記念大会も粒揃いのようですが、果たして誰がその栄光を勝ち取るのでしょうか! 解説の中村さん、いかがでしょう?」

「そうですね~、どの子も目が離せないですが、私が特に注目しているのは――」

 

 名を呼ばれた解説の男性は、その目を、自身の注目するウマ娘へと向けていた。それは――黒いミニハットでも、薄紫の長髪でも、白い芦毛の小柄でもなかった。

 

「5番のサファイアミザールですね」

「おぉ、それは意外ですね! 理由を聞いてもよろしいでしょうか」

「えぇ、もちろん3番ライスシャワー、7番メジロマックイーン、10番タマモクロスからも目が離せませんが……ここ最近の彼女の伸び具合は凄まじいものがありますからね」

 

 解説の男性は、これまでの彼女の活躍を脳裏に思い出しながら、続ける。

 

「何らかの事情で、三月の弥生賞以降動きを見せていなかった彼女ですが――九月の紫苑ステークスに突如として出走し、トップを掻っ攫って以降、続くセントライト記念をも制覇、更には菊花賞でも上位入賞を果たし、その名を一気に轟かせました。今回のレース、ダークホースとなる可能性は十分にありますよ!

 

 とはいえ、10番タマモクロス、並びに7番メジロマックイーンは、今回をラストランとすることを表明しています。そう簡単に前は譲らないでしょうけれどね……どちらにせよ、面白いレースになると思いますよ!」

「そうですか~――おっと! さぁ、各ウマ娘、少々遅れましたが、ゲートインが済んだようです!」

 

 果たして――

 ターフ上の彼女らが、ようやく全員、ゲートに収まる。

 

「――、――」

 

 通例通り。それから、一番人気から三番人気のウマ娘の、簡単な紹介が入り――

 

「――さぁ、出走の準備が整いました!」

 

 実況の声が迸り。

 一瞬にも。

 永遠にも見紛う静寂が、競技場を満たした。

 そして。

 そして――

 

「――さぁゲートが開いた!! 出走です!!」

 

 ゲートが開き。

 ウマ娘たちが、一斉に、ターフを駆け始めた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「さぁーて始まったね!」

 

 レースの開始を見届けて、まず口を開いていたのはミスターシービーだ。

 

「さてさて誰が勝つのかなぁー? 順当にマックイーンかな? それともタマモがぶち抜くかな? ライスが掻っ攫うかな? はたまたミザールが喰らうのかな……!」

「けど、クラシック級ってアイツだけだろ? さすがに一着は無理なんじゃねぇか」

 

 カペラは、それに冷静な分析を口にするが、シービーはにやりと微笑むだけだった。

 

「わかってないなぁ。レースの実力は、単純なキャリアだけじゃ測れないもんだよ。っていうかもしかして、あの子に勝って欲しくないの?」

「は!? い、いや、そういうわけじゃねぇけどさ……」

「ちなみに私は勝って欲しくないですよ。なんか虫唾が走るので」

「オメーってやっぱ結構ガサツな性格してるよな……」

「それ普通に悪口ではないですか……?」

 

 カペラのヒスイへの評価に、イクノは冷静に口を挟む。その傍ら、コハクはブライアンに両手を伸ばしていた。

 

「んー、ぶらいあん、肩車」

「もう試合は始まってるぞ。集中しろ」

「んー! かーたーぐーるーまー!!」

「……今日だけだぞ」

「はは。その台詞、もう一週間くらい聞いてるよブライアン」

「ブライアンに肩車頼む子初めて見た……」

「ですよね! ちょっと羨ましいです!」

「いや、羨ましくはないかなボクは……」

「おい、なんか起こりそうだぞ!」

 

 コハク、ブライアン、シービー。そしてテイオーとスペがやり取りをする中。

 指を差して言っていたのは、ターボだった。

 それに応じて――全員の注目が、ターフ上に集まる。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 ……いやぁ。

 すごいなぁ、これ。

 自分一人だけクラシック級だから、『特別扱い』されることは、正直ちょっと予測していた。

 思い通りに走らせてはくれないだろうなと、タカを括ってもいた。

 だから、衝撃も驚きも、最小限に済んだけれど――

 

「……」

 

 クラシック級にぶち抜かれるのが、そんなに嫌なんだろうか。

 出走早々、私の周囲には、もうなんか、団子にも見紛うほど、選手たちが密集していた。

 全員が口裏合わせて、私を潰すために力を合わせています……そう言われても信じちゃうくらいの密度。

 お陰様で、私は『差す』ことが上手く出来ないし。

 流れに乗って、順当に走るしか出来ずにいる。

 

 まぁ、仕方のない話ではある。

 ここ最近、結構『活躍』してたからな。

 生憎と菊花賞は一着を逃したけど、それ以外の二つでは、危なげない一着。

 調子を取り戻す――という意味では、絶妙にうまくいったと思う。

 

 これはその代償か。人気者の性か。

 有名人となれば――誰もが、一度は辿らなければならない道か。それでも、菊花賞なんかは、ここまでマークきつくなかったんだけどなぁ。

 

「……」

 

 ……まぁでも。

 悪くは思わない。

 いいね。この緊張感。ピリピリする。

 これくらいやってくれないと――

 面白くない、ってもんだよ。

 

 でも、このまま走り続けていても、何にもならないのもまた事実。

 本当の目標が来年とは言え、無様にぶっちぎりの下位、なんていうのも格好がつかない。

 せめて少しでも外に出られれば、と思うんだけど、それすらも許してくれなさそうだ。

 はは。

 世知辛いレースだ。

 

「……でも」

 

 でも。

 みんな、いいのかな、そんな立ち回りで。

 

 確かに重要だと思う。自分に、自分たちにとって、直接驚異的な要素を排除しようという考えは。

 誰もが取る、基本的な戦術だろう。だから別に、それ自体に不満を漏らすつもりはない。

 

 でも。

 でもさ。

 みんな――本当にいいのかな。

 私『なんぞ』に、そんなにかまけていて。

 

 ……だって。

 確かに私は、世間様には、すっかり『栗毛の怪物』なんて異名が、板についてるみたいだけど。

 こと、今回のレースに関していえば――……

 

 

 怪物は、

 ()()()()()()()

 

 

「――快適ですわね」

 

 

 それを証明するように。

 それは――バ群から突き出ていた。

 

「隙だらけですわ?」

 

 宙を踊る薄紫――

 マックイーンさんが。

 最初の坂路手前で、悠然と、先頭に躍り出ていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

『さぁ最初の坂路手前、7番メジロマックイーン一気に先頭に躍り出た!』

 

 バ群全体に衝撃が走る。

 敢えて言葉にするならば、『しまった』、だろうか。

 誰もが意識していないわけではなかった。意識せざるを得ない存在ではあった。その認識から、除外したわけが、あるはずがなかった。

 それでも、彼女の先行を許してしまったのは、その意識があまりに希薄だったからに他ならない。

 

 優雅なまでに、その姿は疾走する。

 誰もがそれに反応し、逃すまいと速度を上げる。

 しかし――その反応速度には、一人一人差異がある。

 全員が完全に、完璧に反応出来るわけではない。

 

 必然――そうなれば、出走者ごとに速度の差異が出来る。

 必然――そうなれば、出走者間に距離が出来る。

 必然――そうなれば、バ群が前後に伸び。

 必然――そうなれば。

 

『抜け出す』ための『隙間』が出来る――

 

「――ッ」

 

 それを。

 サファイアミザールは――

 冷静に、刈り取っていた。

 

「――!」

 

 そうして彼女は――

 固められた集団からすんなり抜け出し、2番目に着いていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「おっ――っははははっ!」

 

 それを見ていたシービーは、いかにも楽しげな笑い声を上げていた。

 

「いいねいいね! お手本みたいな抜け出し方だ!」

「マックイーンをマークしていなかったのはそういうことか……」

「あれだけ『固め』られたのですから、単に出来なかっただけかもしれませんが。結果は同じですね」

 

 それに、ブライアンとイクノディクタスが続く。

 メジロマックイーン――最強格と名高い『長距離の女王』(ステイヤー)

 

 一度独走を許せば、その底抜けのスタミナと速度で、誰も追いつけなくなってしまう。

 

 だからこそ、本来なら強くマークすべき存在であったのだが。

 サファイアミザールは、それを敢えて選ばなかった――なぜなら。

 

「え? マークしなかったってどういうことだ?」

「マックイーンさんを敢えてマークせず、自由にさせることで、抜け出すための『きっかけ』としたんですよ。尤もその作戦も、自分がマークされているという確信がなければ、打てない手ではありましたが」

「……? よくわかんないけど、とにかく凄いんだな!」

 

 ツインターボの天真爛漫な返事に、イクノディクタスは、そうですよ、と答えるに留まっていた。

 

「でもでも、的確に隙間を縫える技術がないと難しかったですよね! すらすら行って、すごいですよ!」

「ってかアレ、まんま『帝王ステップ』(ボクの技)だよね……もしかしてパクられた?」

 

 うきうきと話すスペシャルウィークに、苦笑いするテイオー。各々、感想を口にする中で――

 

「……」

 

 ガーネットカペラは。

 

「……」

 

 ヒスイレグルスは。

 

「……」

 

 コハクダブルスターは。

 口を開いていなかった。

 

 親友が、思いのままにターフを駆け巡る姿に――

 完全に、釘付けになっていた。

 

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