16年度の卒業生   作:Ray May

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先達に献ぐ祈りの頌 p3

-◆◇◆-

 

 

 

 ――でも、と。

 私は、気を取り直していた。

 試合が思い通りに運んだのはいい。けれど喜ぶのはほどほどにしておかなくては。

 

 だってここは――有マの舞台。

 クラシック級とシニア級の入り乱れる、混沌とした戦場。

 誰もが、その栄冠を求めて、本気の本気で食らいついてくる。

 況してや――私以外の出走者たちは、みんなシニア級だ。

 こんなもんで。

 こんなもんで、終わるわけがない。

 

 そう――彼女らが。

 終わらせるわけがないんだ。

 

「――」

 

 ……ね。

 そうでしょう――と。

 私は、すぐ斜め後ろの方に目をやる。

 そこには――想像通り。

 漆黒のドレスと。

 青薔薇の映える、黒いミニハットがあった。

 

「――『大先輩』(ライス先輩)!!」

 

 ライスさんは。

 冷静に、冷徹に、冷酷に――私に、追い縋っていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 何の因果だろうか、とライスシャワーは考えていた。

 

 かつて自分は、ほかならぬメジロマックイーンの背を追い続けていた。

 あまりにその意識が先行し過ぎて、私生活にまで踏み入ったこともあったが。

 その甲斐もあってか、最終的に、彼女を打ち破ることが出来ていた。

 今、自分はその務めから解放されて。

 自由に『戦う』ことが出来る。

 その意志の赴くまま、選んだ結果として――

 

 今度は。

『後輩』に『ついていく』ことになろうとは。

 

「……」

 

 彼女の頭の中には、既に勝利のパターンが組み上げられていた。

 このままマックイーンを放置していても、何にもならない。

 ミザールもそれをよく理解しているはず――ならば、遠からずマックイーンに追い縋ることになるはずだ。

 

 マックイーンは確かに、最強のステイヤーとしてその能力が磨き上げられ。

 常識外れのスタミナと速度は、他を寄せ付けない。

 それでも完全にいつまでも走り続けられるはずもなく――実際、自分が『ついていった』結果として、彼女はペースを乱し、その栄光を自分に譲り渡していた。

 今の彼女が、どれだけ動揺してくれるのかは読めない。

 それでも、自分とミザール、両方に詰め寄られれば、少しは動揺してくれるはず。

 そして――ミザールも。最近の成長は目覚ましいが。それでもまだクラシック級。

 追い抜こうと思えば、追い抜くことは出来るはずだ。

 つまりは――二人が『垂れて』きたところを狙って、抜き去ってトップを掻っ攫う。

 自分と他。双方の実力を信頼しているからこその――作戦。

 

 だから、ライスは追い縋る。見逃さずに、ミザールを捉え続ける。

 来るべき時に備え、注意を向け続ける。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「さぁレースは中盤に差し掛かり、先頭を走るのは7番メジロマックイーン!」

 

 レースが進むのに比例して、実況にも熱が入る。

 

「その後ろに5番サファイアミザール、3番ライスシャワーと続きます!」

 

 それを間近で耳にしながら、解説は目を見開いており、気付けば口元に笑みすらも浮かべていた。

 

「いやぁー、面白い展開になってきましたね! まさか本当に『クラシック級』が前に出てくるとは……!!」

「これはなかなか想定外の事態ではないでしょうか。背後の出走者たちも、心なしか『掛かって』見えます!」

 

 想定外。それは解説にとっても同じだった。出走前にあぁは言ったものの、飽くまで『彼女』は、ダークホースになる『可能性がある』というだけだった。

 まさか、本当にダークホースになるなぞ、考えてもいなかった。

 それは決して、彼女を嘗めていたとか、見下していたとかではなく――

 彼女が。

 自分たちの想像するよりも、ずっとしっかりと、『仕上げて』きていたからに他ならない。

 

「……」

 

 何があったのか。

 解説は、冷汗を垂らしながら、刹那の思考を巡らす。

 彼女の爆発的な成長は把握していたつもりだったが、実際に目にしたそれは、それこそその想定をはるかに上回るものだった。

 それはまるで――

 彼女が、まだ何かを。

 その先に、まだ底知れない何かを、目指しているように見えてならなかった。

 

「これは……まさかがあるかもしれませんね……!」

「そうですね~……!!」

 

 解説の、手に汗握る言葉に。

 同調する実況。

 だが――レースの状況は。

 

「――!」

 

 そんな彼らの予想を、更に裏切るように。

 動いていた。

 間もなく終盤に差し掛かろうというタイミングで――

 

 

 稲妻が、

 迸っていたのだ。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 青天の霹靂。

 

 晴れ渡った空に、突然走る雷のこと。

 転じて、急に起きる変動、大事件を指す。

 そのレースは――

 だいたいの下バ評を裏切っていた。

 もちろん、一番人気から三番人気は、よく名の知れた、歴戦の猛者が名を連ねた。

 そのため、上位に彼女らが上がってきていることは、大多数の観客にとっては想定内のことだ。

 想定外だったのは――

 それよりも、下。

 入賞ラインよりも、下――つまりは四位以下。

 そのラインを巡る攻防だ――

 

『――!!』

 

 観客は熱狂する。

 これだから勝負はわからない、と、熱は湧き上がっていく。

 誰が予想しただろうか――いや、誰かは予想していたかもしれない。

 今回の有マ記念、唯一のクラシック級出走者が――

 三位争いに加わる構図が出来上がるなど。

 

「っ……!」

 

 歯痒く。

 歯痒く、あるウマ娘は、歯を食いしばる。

 もちろん、『彼女』を甘く見ていたわけではない。警戒すべき相手だと踏んでいた――だからこそ、最初こそ強くマークしていたのだ。

 絶対に前には出さない、出られても『掛からせて』やると、強く意気込んでいたのだ。

 にも関わらず――

 目の前にした現実は、非情で無常。

 気付けば、その彼女は、自分たちよりも遥か前方を走っており。

 あの、『黒い刺客』との競り合いに臨んでいる。

 

 ――レベルが違う。

 

 ぞっと、悪寒すら覚える。

 これでまだクラシック級、というのが、にわかには信じがたい。

 もし彼女が、このまま順当に育ち、完璧に仕上がったのだとしたら――

 一体。

 どんな『怪物』になるのか。

 期待と恐怖で、身震いしていた。

 

「――、」

 

 だからといって。

 だからといって、みすみす、勝利を渡すわけにはいかない。

 自分だって、腐ってもシニア級なのだ。地力では勝っているはず。

 無様でも、泥臭くとも――

 追い越そうと思えば、追い越せるはず――!

 

 だから、彼女は力を入れた。

 だから、彼女は強く踏み込んだ。

 目の前で、次元の違う争いを繰り広げる二人に、

 割り込もうとした――

 

 ――レースの、終盤戦。

 

 第三コーナーにて――

 結果として。

 それは叶わなかった。

 

「――!?」

 

 ――突き抜けるような、青空の真下で。

 新緑の芝の上を。

 白い霹靂が――走っていた。

 

「なっ――!!」

 

 それは。

 次々と、出走者を追い抜き。

 みるみるうちに。

 前へと躍り出て。

 コーナーの中ごろを過ぎた頃には――

 

「――!」

 

 先頭――

 優雅に踊る薄紫。

 メジロマックイーンの姿を。

 捉えていた。

 

『――捉えたッ!! 10番タマモクロス!! ここで驚異の追い上げ!! 先頭の7番メジロマックイーンを、あっという間に射程に収めたぁッ!!』

「――ッ」

 

 メジロマックイーンは、背中越しにそちらに目を向ける。

 そこで揺れる白髪の間、見えた瞳は――

 確かに、彼女の瞳を捉え。

 

「――」

「――」

 

 お互い。

 まるで示し合わせたように。

 不敵に、笑い合っていた。

 

『さぁレースは間もなく第四コーナー!! 勝負の行方は、最終直線に託されましたッ!!』

 

 熱のピークに達した実況が、競技場内に響き渡る。

 

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