それに弾かれて、振り返ると。
そこに、ライスさんが立っていた。
彼女は……どうやら、ちょっと泣いていたみたいで。目元が、若干、赤らんでいた。
「……3着、おめでとう」
「あ……ありがとう、ございます。あはは。な、なんか3着で祝福されるのって、変な感じですね……」
「そんなことないよ? クラシック級なのに、入賞したんだもの。胸を張るべき成果だよ」
「そ、そうですか……」
ライスさんは、あどけなく笑う。その笑顔が……なんだか、いつもよりも、痛々しく見えてしまった。
「――で、でも、私たち、まだまだこれからですよ!」
なんだか、そんな彼女が、今にも消えてしまいそうで――
ちょっと慌てて、そう声を掛ける。
「まだ来年もあるんですから! っていうか、そこが目標なんですから! そこで今度こそ! 今度こそは1着取ってやりますよ! ね、ライスさん!」
「……」
激励のつもりだった。
我武者羅に投げかけた言葉に。
ライスさんは、視線を落としていた。
「……うぅん」
そして。
なぜか、それを否定していた。
「ライスは……出来ないよ」
「え……な、何言ってるんですか。全然――」
柄にもない卑下だと思った。
だから、そんなことない、と言おうと思った。
「ライス、」
でも。
それを遮って。
彼女は――
言っていた。
「……来年の有マまでに、引退するから」
「……」
……それは。
私にとって――思ってもみない、言葉だった。
「ま、まぁ、まだお兄さまにも相談しないといけないから。なんとも言えないけど……」
「え……え!? ちょっと待ってくださいよ! だって出走前までは……!!」
「うん。ライスもね。そういうつもりじゃなかった。でもね……今日、あなたの走りを、間近で観ていて、思ったの」
詰め寄るも、彼女は動じずに、答える。
「今まで……何人も、先輩を見送ってきた。何人も、後輩を見送ってきた。ライスにも、いつかそういう日が来るんだなって、ぼんやり考えてたんだけど。
終盤……タマモさんに煽られて、走ったミザールちゃんに、追い付けないのを感じて……あぁ、その日が来たんだなって」
「で、でも、いくらなんでも突然すぎじゃ……」
「お別れは突然来るものだよ、ミザールちゃん?」
儚げに笑うライスさん。心に、ぽっかりと、穴が空くような感覚がしたけれど。
「……、」
それを感じてか、感じずか。
彼女は、握りこぶしを、私の目の前に、掲げていた。
「……ミザールちゃん」
「……はい」
「ライスの想い。あなたに託すね」
「え……」
呆然とする私に。
ライスさんは、にこり、と三度笑った。
「……いつか有マで勝ちたかったけど。ライスの身体は、もう着いていけないみたい。だから……あなたに、託す。うぅん――託させて。お願い。ライスの想いも……一緒に、連れて行って」
「……」
その、小さな手を。
小さくとも、大きな手を。
見て。脳裏に――
テイオーさんの、いつかの言葉が、思い出された。
『……勝つっていうのは、負けた人の想いを背負うこと。その重さは、名誉の大きさに比例して増していく』
『相手を思う気持ちがあるのはわかるけど――思うからこそ、しっかり勝利の重圧を背負っていかなくちゃ』
『……勝負に勝つっていうのは、そういうことだよ』
「……」
……きっと。
あの日の私じゃ。こんな思い、背負えなかったろう。
いやいや、とか、まぁまぁ、とか。冗談っぽく笑って、逃げていたかもしれない。
避けていたかもしれない。
……でも。
でも、今なら。
今の、私なら――……
「……はい」
それを。
背負えるような、気がした。
「――任せてください!」
だから。
そう言いながら。
彼女の拳に――自分の拳を、軽く、打ち付けた。
すると、彼女は、心底、満足そうな笑顔を浮かべてくれて。
それを見て――手を伝って。
とても熱くて、暖かい何かが。胸の内に、溶けていったような感覚がした。
ウィニングサークルでのインタビューを終え。
タマモクロスは、地下バ場道を歩いていた。
大役を終えた気がして、重荷を下ろした気がして、身体は脱力感に満ちている。
節々が痛んでいるが。
歩けないほどではないのは幸いだったな、とも思う。
「……」
達成感と同時に。
頭が、すっかり空っぽになったとも思う。
立ち込めていた霧や雲が晴れ、青空が見えたようで。
故に、これからどうするか、という考えが浮かび上がる。
やりたいことに窮しているわけではない。
何から手を付けるべきか、と悩む。
贅沢な悩みだな、と苦笑いした時。
その視界に、見覚えのある姿が入った。
「……あ」
長い芦毛。
特徴的なカチューシャ。
凛とした顔つき。
「……オグリ」
「タマ」
その姿を見て。
様々な感情が湧き上がる。
それをどう言葉にするか、どう発散すべきか、思考を奪われた彼女は。
「――っ」
歩行を疎かにしてしまい。
片足を、地面に躓かせていた。
「タマ!」
その姿を、
駆け寄ったオグリキャップが、受け止める。
彼女の腕の中で。
タマモクロスは、暖かな安堵に包まれていた。
「タマ、大丈夫か?」
「……」
「タマ……?」
「……ん」
心配そうに声を掛けるオグリキャップに、タマモクロスは短く答える。
顔も上げないまま。
その胸の中に、顔を埋める。
「……オグリ」
「……うん」
「ウチ、やったで……」
「うん。……観てた」
そんな彼女の頭を。
オグリキャップは、優しく撫でていた。
「……お疲れ様、タマ」
「……、うん……」
それに、タマモクロスは。
小さく、身体を震わせていた。
……その後行われた会見で。
タマちゃん先輩とマックイーンさんは、正式に競技シーンからの引退を表明――
が、マックイーンさんは、まさかのDTLへの移籍を電撃発表し。
タマちゃん先輩に『食い物にされたー!』とかって顰蹙を買いながらも。
優雅に笑い。しばらく、世間を賑わせた。……
そうして。
盛況のうちに、有マ記念大会は、幕を閉じ。
……そしてまた。
時は過ぎ。
季節は、
巡る――……
「……ん」
控室で、自分の勝負服やら身体の状態やらの最終確認をしていると、控えめなノックの音が聞こえてきた。
「はい」
「入るぞ」
答えると、もう見飽きるほどに見知ったトレーナーさんが、中へと入ってくる。彼は私の姿を一瞥すると、満足そうに頷いていた。
「
「ちょうど」
「調子は?」
「……」
それに。
私は、掌に拳を打ち付けて、答える。
「――快調!」
「結構だ」
それを聞いたトレーナーさんは。
「それじゃ、始めるぞ」
不敵な笑みと共に。
私に、言っていた。
「お前の目指した、夢の舞台――
――最後の、