16年度の卒業生   作:Ray May

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先達に献ぐ祈りの頌 p7

-◆◇◆-

 

 

 

 それに弾かれて、振り返ると。

 そこに、ライスさんが立っていた。

 彼女は……どうやら、ちょっと泣いていたみたいで。目元が、若干、赤らんでいた。

 

「……3着、おめでとう」

「あ……ありがとう、ございます。あはは。な、なんか3着で祝福されるのって、変な感じですね……」

「そんなことないよ? クラシック級なのに、入賞したんだもの。胸を張るべき成果だよ」

「そ、そうですか……」

 

 ライスさんは、あどけなく笑う。その笑顔が……なんだか、いつもよりも、痛々しく見えてしまった。

 

「――で、でも、私たち、まだまだこれからですよ!」

 

 なんだか、そんな彼女が、今にも消えてしまいそうで――

 ちょっと慌てて、そう声を掛ける。

 

「まだ来年もあるんですから! っていうか、そこが目標なんですから! そこで今度こそ! 今度こそは1着取ってやりますよ! ね、ライスさん!」

「……」

 

 激励のつもりだった。

 我武者羅に投げかけた言葉に。

 ライスさんは、視線を落としていた。

 

「……うぅん」

 

 そして。

 なぜか、それを否定していた。

 

「ライスは……出来ないよ」

「え……な、何言ってるんですか。全然――」

 

 柄にもない卑下だと思った。

 だから、そんなことない、と言おうと思った。

 

「ライス、」

 

 でも。

 それを遮って。

 彼女は――

 言っていた。

 

「……来年の有マまでに、引退するから」

「……」

 

 ……それは。

 私にとって――思ってもみない、言葉だった。

 

「ま、まぁ、まだお兄さまにも相談しないといけないから。なんとも言えないけど……」

「え……え!? ちょっと待ってくださいよ! だって出走前までは……!!」

「うん。ライスもね。そういうつもりじゃなかった。でもね……今日、あなたの走りを、間近で観ていて、思ったの」

 

 詰め寄るも、彼女は動じずに、答える。

 

「今まで……何人も、先輩を見送ってきた。何人も、後輩を見送ってきた。ライスにも、いつかそういう日が来るんだなって、ぼんやり考えてたんだけど。

 終盤……タマモさんに煽られて、走ったミザールちゃんに、追い付けないのを感じて……あぁ、その日が来たんだなって」

「で、でも、いくらなんでも突然すぎじゃ……」

「お別れは突然来るものだよ、ミザールちゃん?」

 

 儚げに笑うライスさん。心に、ぽっかりと、穴が空くような感覚がしたけれど。

 

「……、」

 

 それを感じてか、感じずか。

 彼女は、握りこぶしを、私の目の前に、掲げていた。

 

「……ミザールちゃん」

「……はい」

「ライスの想い。あなたに託すね」

「え……」

 

 呆然とする私に。

 ライスさんは、にこり、と三度笑った。

 

「……いつか有マで勝ちたかったけど。ライスの身体は、もう着いていけないみたい。だから……あなたに、託す。うぅん――託させて。お願い。ライスの想いも……一緒に、連れて行って」

「……」

 

 その、小さな手を。

 小さくとも、大きな手を。

 見て。脳裏に――

 テイオーさんの、いつかの言葉が、思い出された。

 

 

 

『……勝つっていうのは、負けた人の想いを背負うこと。その重さは、名誉の大きさに比例して増していく』

 

『相手を思う気持ちがあるのはわかるけど――思うからこそ、しっかり勝利の重圧を背負っていかなくちゃ』

 

『……勝負に勝つっていうのは、そういうことだよ』

 

 

 

「……」

 

 ……きっと。

 あの日の私じゃ。こんな思い、背負えなかったろう。

 いやいや、とか、まぁまぁ、とか。冗談っぽく笑って、逃げていたかもしれない。

 避けていたかもしれない。

 

 ……でも。

 でも、今なら。

 今の、私なら――……

 

「……はい」

 

 それを。

 背負えるような、気がした。

 

「――任せてください!」

 

 だから。

 そう言いながら。

 彼女の拳に――自分の拳を、軽く、打ち付けた。

 すると、彼女は、心底、満足そうな笑顔を浮かべてくれて。

 それを見て――手を伝って。

 とても熱くて、暖かい何かが。胸の内に、溶けていったような感覚がした。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 ウィニングサークルでのインタビューを終え。

 タマモクロスは、地下バ場道を歩いていた。

 大役を終えた気がして、重荷を下ろした気がして、身体は脱力感に満ちている。

 節々が痛んでいるが。

 歩けないほどではないのは幸いだったな、とも思う。

 

「……」

 

 達成感と同時に。

 頭が、すっかり空っぽになったとも思う。

 立ち込めていた霧や雲が晴れ、青空が見えたようで。

 故に、これからどうするか、という考えが浮かび上がる。

 

 やりたいことに窮しているわけではない。

 何から手を付けるべきか、と悩む。

 贅沢な悩みだな、と苦笑いした時。

 その視界に、見覚えのある姿が入った。

 

「……あ」

 

 長い芦毛。

 特徴的なカチューシャ。

 凛とした顔つき。

 

「……オグリ」

「タマ」

 

 その姿を見て。

 様々な感情が湧き上がる。

 それをどう言葉にするか、どう発散すべきか、思考を奪われた彼女は。

 

「――っ」

 

 歩行を疎かにしてしまい。

 片足を、地面に躓かせていた。

 

「タマ!」

 

 その姿を、

 駆け寄ったオグリキャップが、受け止める。

 彼女の腕の中で。

 タマモクロスは、暖かな安堵に包まれていた。

 

「タマ、大丈夫か?」

「……」

「タマ……?」

「……ん」

 

 心配そうに声を掛けるオグリキャップに、タマモクロスは短く答える。

 顔も上げないまま。

 その胸の中に、顔を埋める。

 

「……オグリ」

「……うん」

「ウチ、やったで……」

「うん。……観てた」

 

 そんな彼女の頭を。

 オグリキャップは、優しく撫でていた。

 

「……お疲れ様、タマ」

「……、うん……」

 

 それに、タマモクロスは。

 小さく、身体を震わせていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 ……その後行われた会見で。

 タマちゃん先輩とマックイーンさんは、正式に競技シーンからの引退を表明――

 

 が、マックイーンさんは、まさかのDTLへの移籍を電撃発表し。

 

 タマちゃん先輩に『食い物にされたー!』とかって顰蹙を買いながらも。

 優雅に笑い。しばらく、世間を賑わせた。……

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 

 そうして。

 盛況のうちに、有マ記念大会は、幕を閉じ。

 

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 

 

 

 ……そしてまた。

 

 

 

 時は過ぎ。

 

 

 

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 

 

 

 季節は、

 

 

 

 巡る――……

 

 

 

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「……ん」

 

 控室で、自分の勝負服やら身体の状態やらの最終確認をしていると、控えめなノックの音が聞こえてきた。

 

「はい」

「入るぞ」

 

 答えると、もう見飽きるほどに見知ったトレーナーさんが、中へと入ってくる。彼は私の姿を一瞥すると、満足そうに頷いていた。

 

()()()()は済んだか?」

「ちょうど」

「調子は?」

「……」

 

 それに。

 私は、掌に拳を打ち付けて、答える。

 

「――快調!」

「結構だ」

 

 それを聞いたトレーナーさんは。

 

「それじゃ、始めるぞ」

 

 不敵な笑みと共に。

 私に、言っていた。

 

 

 

「お前の目指した、夢の舞台――

 

 

 

 ――最後の、『作戦会議』(ミーティング)だ!」

 

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