「ミザールくん?」
暖かな春の陽気の下。
『ご神木』の前に立っていると、校長先生は、そう話し掛けてきていた。
「何してるのかね? こんなところで」
「うん。あのね、えっと……『約束』してたの!」
「約束?」
振り返って答えると、校長先生は不思議そうに首を傾げていた。
「うん! ご神木って、ずーっと前からあるんでしょ。だから、これからもずーっとあるだろうから、約束してたんだ!
私、
絶対、
すっごいウマ娘になってみせます、
って!」
「それはいいねぇ」
校長先生は、私の隣に並ぶ。
桃色の花びらで豪奢に着飾ったそれは、相変わらず一言も言葉を発しないけど。
何故だか――私を、応援してくれているように見えた。
「……うん。先生! 私、絶対になるからね! 期待しててね!」
「うむ。期待しているよ。それじゃ、今からいっぱい、いっぱいお勉強しなきゃな!」
「……それとこれとはお話が別です!」
「別じゃあない! さ、教室戻るぞ!」
差し出された先生の手は、私にとって、悪魔の魔手に見えたけれど。
観念して、その手を取る。
歩き出す私たちの背後で。
朗らかに笑うみたいに、ご神木は、風に揺れていた。
……聞こえる。
遠くから、聞こえる。
何度も、耳にしてきた声。
何度も、この身に浴びてきた音。
「……」
道を歩いていくたびに。
その音は近くなっていく。
音が近くなるにつれて。
鼓動も早くなっていく。
歩きながら。
私は、掌を見つめる。
武者震いを。
思い出を。
……想いを。
そこに確かめて。
強く――握った。
「――っ」
大丈夫。
怖がっていない。
怯えてもいない。
躊躇いもない。
もう。
もう。
あとは、
行くだけ。
だから――
だから。私は、足を速める。
だから、私は。
眼前に広がる。
光の中へと、
駆け出す――
『――!!』
……会場は。
中山競技場は。
相も変わらず、とんでもない分厚さの歓声が響いていて。
ただでさえ昂っている心が。
更に、更に昂っていく。
目の前には。
幾人もの、ウマ娘が立っていて。
その中には――
確かに――
見知った。
見慣れた。
見果てた――姿も。
ある。
「……」
来た。
遂に、来た。
遂に、遂に、ここまで来た。
ここまで、来たんだ……
私の、私たちの、夢の舞台に……!!
「――、」
と、
いう思いのまま、叫びそうになって、踏み止まる。
いやいや、さすがにまだ早い、私。まだ出走どころか、ゲートインも済んでないのに。
まるで勝ったかのような感情出すのはまずいって。
「……ステーイ、ステーイ」
自分で自分を落ち着かせるため、呟く。そして改めて……
改めて、周囲を見回す。
見間違えるはずはない。頬を抓っても……ちゃんと痛い。うん。大丈夫。夢でもない。
とうとう来た。ここまで来たんだ。私の、私たちの望む状態で。
中山競技場――有マ記念大会に……!!
私も、今年でシニア級。
ここまで、色々苦難があったけれど、体調は万全、調子も快調だ。
あとはやるだけ。あとは……走るだけ。
この大会で――
1着を、もぎ取るだけ――!
「……」
しかし、当然だけれど。
簡単な話ではない。
私は、そこに集った『出走者たち』を見ながら。
控室で交わした、トレーナーさんとの会話を思い出す。……