16年度の卒業生   作:Ray May

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最高峰の夢 p2

『いいか。まず結論から言うが』

『今回もだいぶ、熾烈な戦いになるぞ』

『何せ、出走者全員、目が離せない猛者ばかりだ』

『……正直、何かの冗談じゃないかとすら思ってる』

 

「……」

 

『だが、ここまで来た以上、もう引くわけにもいかない』

『とりあえず一人一人確認してくから、頑張って頭に叩き込んでくれ』

『まずは――一人目』

 

「――お久しぶりです、ミザールさん……」

 

 さなかで。

 声を掛けられる。

 女性にしてはかなり低めで。

 ゆっくりとした、特徴的な声。

 

「こうして、ターフでお話するのは……『菊花賞』以来でしょうか……?」

「あー、まぁ。確かにそうですね」

 

 菊花賞。

 あれもあれで熾烈を極めたレースを思い出しつつ。私は、その人に改めて目を向ける。

 艶のある黒い長髪。

 ロングコート。かっちりとしたスーツみたいな服に、黄色いネクタイが映える。

 

「……カフェさん」

 

 その丸い金色の瞳は。

 恥ずかしがるでも、懐かしがるでもなく。朴訥と、私を見つめていた。

 

『――『漆黒の幻影』、マンハッタンカフェ

『前の菊花賞で一度だけやり合ったな。覚えてるか? あの時は、あいつとタキオンの独擅場だったから、あんまりわからなかったかもしれないが』

『文字通り、影から忍び寄るような、隠密的な差し方は、その気配を察知するのも難しい』

『くれぐれも『死角』に用心しろよ。気が付いたら前に出られてる、なんてことも往々にしてあるからな』

 

「……お元気でしたか? また共に走れること、嬉しく思います……」

「出来れば、もっと心穏やかな時に会いたかったですけどね」

「いつでも『実験室』にお越しください……おもてなししますよ……まぁ、

 

 タキオンさんがいない時、をお勧めしますが……」

 

「――おいおい、ちょっと待ちたまえよカフェ」

 

 そんな風に、会話する私たちに。

 また別の影が、現れる。

 

「人の与り知らない場所で、イメージダウンを図るのはいただけないなぁ」

「イメージダウンではありません……れっきとした警告です……」

「それをイメージダウンと言うんだよ! ひどいなぁ。私がまるで人でなしみたいに」

「そう言っているつもりですが……」

「あはは……」

 

 苦笑いを返す先には。

 袖の長い白衣に、栗毛のふわふわボブカット。ハイライトの見られない、特徴的な瞳。

 

『――二人目。『光速の探求者』、アグネスタキオン

『菊花賞でカフェと競り合っていたやつだ。まぁーこいつはとにかく速い。その一言に尽きるな。それだけじゃなく、見た目通り頭も回る。こちらが先行していたはずが、全ては向こうの手のうちだった……なんていうことがザラにある』

『近くにいたら、その挙動からはくれぐれも目を離すな。奴の一挙手一投足が、全て計算のうちだと思っておけ』

 

「やれやれ、キミ、くれぐれもカフェの言うことは、鵜呑みにするんじゃないよ。私は見た目通りの善良な市民! なんだからねぇ」

「すべての善良な市民に……謝った方がいいですよ……」

「オーケイ、その是非はレースで示そうじゃないか! ……そういうわけで、くれぐれもよろしく頼むよ、『怪物』クン?」

「……お、お手柔らかに、どうぞ」

 

 ……カフェさんと同じく、タキオンさんとまともに絡むのも初めてだなそういえば。っていうか、世間的に強いって言われる人って、なんかこう、一癖も二癖もある人ばっかりだな。

 もっとこう……マックイーンさんくらい、『普通』っぽい人って、いないのかなぁ……

 

 

「――あ~、先輩が後輩いじめてる~」

 

 

 と、思っていると。

 そんな、のんびりした声と。

 

「ふふっ、盤外戦術はほどほどにしてくださいね、皆さま」

 

 落ち着いた声。

 

「ン~! デスが、ゲートイン前の檄の飛ばし合いは、淑女の嗜み、とマックイーンさんが言ってマシたー!」

 

 騒がしい声に。

 

「それ、だいぶ誇張入ってない?」

 

 呆れた声。

 

「大丈夫ですよ、ミザールさん! いざとなったら、私たちが守ります!」

 

 楽しげな、声――

 

「……お変わりないようで、皆さんも」

 

 その集団に。

 私は、冷汗を垂らしながら答えた。

 何せ彼女ら、言葉は優しいながらも――

 威圧感は、とんでもなかったからだ。

 

『三人目。『トリックスター』、セイウンスカイ。――』

『四人目。『不死鳥』。グラスワンダー。――』

『五人目。『怪鳥』。エルコンドルパサー。――』

『六人目。『不屈の帝王』。トウカイテイオー。――』

『七人目。『日本総大将』。スペシャルウィーク。――』

 

 ……あぁもう。

 もう、情報過多だ。凄すぎる。

 こうまでずらっと、名だたる猛者が並んでなお。

 まだ、出走者は半分くらいだもんな……

 

「もう~、風評被害甚だしいな! 付き合いきれん! では私はこれで!」

「逃げましたね……」

「完全に何かしてる時の逃げ方だね~」

「待ちなサーイ! 悪人はエルが逃がしマセんよーっ!」

「もう、エルったら、出走前なんですから、セーブしてくださいよ……」

「あははは……まぁ、変に緊張してるよりはいいですよねっ」

 

 ……そうは言っても、限度ってもんがありそうだけど。本当にG1レースの出走前なのか、これが……

 

「――本当に重賞レースの出走前なの? これが」

 

 とか思ってたら。

 更に現れる、別の影。

 

「アンタたち、さすがに緊張感無さ過ぎじゃない?」

「そうか? 俺の目には、スカーレットがビビってるように見えるぜ?」

「う、うっさいわね! ビビってないわよ全然!」

 

 ――走ってみたい。

 かつて、そんな風に小さく願っていた、橙のツインテールと、外ハネしている鹿毛。

 

『八人目。『ミス・パーフェクト』。ダイワスカーレット。――』

『九人目。『常識破りの女帝』。ウオッカ。――』

 

「――っていうか、アンタの方こそビビってるんじゃないの? そんな風に炊きつけて。そんなことしたってアタシには無駄なんだからね!」

「へっ、どうだかな。後で吠え面かかないように、精々準備しとけよ!」

「ふん、そっちこそね!」

「今日も夫婦漫才が微笑ましいですな~」

『誰が夫婦か!!』

「あはは……」

 

 スカーレットさんとウオッカさん、スカイさんのひと言にも息ぴったりで、なんか、夫婦かどうかは別として。微笑ましいのは確かだった。

 

「――なんだなんだ!? なんか楽しいことやってないかそこ! ターボも混ぜろ!」

 

 そして、更に。

 

「でもいいのかしらね。出走前にこんなことしてて。係員さんに怒られないかしら」

 

 近づいてくる、もう二つの影――

 

『十人目。『全力大逃げ娘』。ツインターボ。――』

『十一人目。『異次元の逃亡者』。サイレンススズカ。――』

 

「まぁー、いいんじゃないの別に? 言い争ってるわけじゃないし~」

「おぉー! ばんがいせんじゅつってやつだな! よし! ターボも頑張るぞ!」

「頑張らなくていいのよ、別に……」

 

 スズカさん、苦笑いしている。なんかこの二人の取り合わせ、珍しいな。

 

「そういえば、ミザールちゃん」

「え、なんですか?」

 

 とか思っていると。スズカさんが言っていた。

 

「……あそこ。何か話したげにしてたわよ――」

 

 その指が。

 指し示す先には――

 

「『お友だち』が」

「……」

 

 ……見知った姿が。

 見慣れた姿が。

 そこに、ある。

 

「……ちょっと行ってきますね」

 

 それだけ言って、私はそちらへ駆け寄る。彼女らは……

 その服装が、『いつもと違う』こともあって。

 がらりと、印象が違って見えた。

 

「おーおーなんだ、人気者。そっちで話してなくていいのか?」

「い、いやいや。来たら勝手に寄って来たって言うか」

「虫みたいな言い草ですね」

「へ!? いや、別にそんなつもりで言ったんじゃ……!!」

「むしー!」

「虫じゃないって!」

 

 いつも通り。

 緩くて、どこか懐かしさすらあるやり取りをする。

 嬉しさを噛み締めながらも。

 同時に――警戒も、解かなかった。……

 

『十二人目。『紅い閃光』。ガーネットカペラ。――』

『十三人目。『百獣の王』。ヒスイレグルス。――』

『十四人目。『芦毛の彗星』。コハクダブルスター。――』

 

 ……クラシック級。

 今日集まった仲では、彼女らは、ただ三人だけのクラシック級だ。

 それでも――既に、そんな呼ばれ方が定着している。

 実力のほどは――言うに及ばず、といったところだろう。

 

「……もう、みんな……」

 

 だからか。

 出てくる言葉も――ちょっと、火力が高めだ。

 

「そんなこと言っても……先は譲らないからね?」

「はっ。どうだかな。今にそんなこと言えねぇようにしてやるぜ」

「なるほど。今ここでボコボコにするわけですね。あなたらしい戦術です」

「オメーはなんで毎回そんな物騒な方向に考えが行くんだよ! 普通に怖いわ!」

「ぼこぼこー!」

「オメーも復唱してないで否定するなりしろ! 自主性どこいった!」

「……、」

 

 ……でもまぁ。

 いつも通りで、良かった。

 それこそ、緊張で動けない、とかだったらどうしようかと思ったけど。

 どうやら、杞憂に終わりそうだ。

 

「……あれ」

 

 でも。

 私は、そこで気が付いた。

 

「カペラちゃん、そのパーカー……」

「ん? あぁー……」

 

 そう。

 カペラちゃんは、勝負服の上に、見覚えのあるパーカーを着ていたのだ。

 ところどころ薄汚れた――『フード』の乱雑に取り外された。

 真っ赤なパーカー。

 

「……まぁ、色々あってな。着ることにした」

「え……?」

「さ。無駄話はここまでにして、行きましょう」

 

 意味深に彼女が言う中。

 容赦なく、ヒスイちゃんが言う。

 

「ん。時間の無駄~」

 

 それにコハクちゃんが着いていき。

 

「はぁ!? おいこら! 別にあたしだけのせいじゃねぇだろ! 待てこら!」

 

 カペラちゃんも、怒号と共に同調していた。

 

「……」

 

 なんだかんだで、そんな感じで。

 ゲートに向けて、歩き出す三人。

 ……気になることはあったけど。

 ひとまず私も、それに着いて。

 歩いていこうとした。

 

 

「――……」

 

 

 その時。

 一陣の風が吹く。

 

 漂う、張りつめた空気に。

 自然と、私は、そちらを見ていた。

 

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