16年度の卒業生   作:Ray May

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雷騰雲奔 p3

「ほんなら、抜いてもうてもかまわんからな」

「はは……冗談」

 

 

 白い稲妻、とまで言われるお方をそう簡単に抜けるものか……そう思いながら始まった併走だけど……

 

 

「……」

「……?」

 

 

 ……?

 あれ。

 なんか、タマちゃん先輩……遅くない?

 まさか本気で走ってる、とは思わないけど。これくらいの速さなら――

 

 

「――っ」

 

 

 本当に抜け――

 

 

「――」

 

 

 ……る、と思って。

 グッと力を入れて、加速しようとした瞬間。タマちゃん先輩も、同じタイミングで加速する。

 ぬ――抜けない。

 

 

「……っ」

 

 

 絶妙に抜けない距離を保たれて、もどかしい気持ちになる。ペースを上げつつも、もう一度、力を入れ、抜こうと試みるが、

 

 

「――っ!」

 

 

 やはり同じタイミングで加速され、抜けない。

 そういう親心、ならぬ先輩心なのか。こうして直々にトレーニングをつけてもらっているのか、ただ、こちらにちらと目をやった彼女の目は――悪戯っぽく綻んでいて。

 ……やばい。

 もしかして私、弄ばれてる……!?

 

 

「――くっそ……!!」

 

 

 その悪態が聞こえたかはわからない。何しろ何度も、彼女を抜こうと試みるも……やはり抜けない、もどかしい状態が何度か続き……

 1000mは、あっという間に終わり際に近づいてきた。

 

 

「へいへいっ、どしたんどしたん? こんなんでもうグロッキーかっ?」

「も、もぉ! あんまりいじめないでくださいよーっ!」

「ごめんごめん、なんかだんだん楽しゅうなってもーてなぁ」

 

 

 って、っていうかこんな無茶苦茶な走りしといて、まだそんな話せる余裕あるのか。や、やはり稲妻の名は伊達じゃないな……!

 

 

「ほんなら、もう一周いくで! 辛いんなら――」

 

 

 とか思ううちに。

 併走は残りの1000m、に差し掛かるが。

 

 

「――楽しそうですわね」

 

 

 その時。

 別の聞き慣れた声が、そこに介入してきていた。

 

 

「私も混ぜてくださいな」

「――!」

 

 

 目の前のタマちゃん先輩の隣に。

 薄紫の髪が躍る。

 

 

「――マックイーンさん!?」

「マック!? な、なんでこないなとこに……!」

「ふふっ、私もちょっと退屈でして。走りに来たんですけれど。居ても立ってもいられなくなって」

「ははっ、とんだ暇人やな!」

「お互い様ですわ!」

 

 

 ――や。

 やばい。なんだこれ。

 ターフの名優、白い稲妻。テレビの奥でしか観たことのなかった、異名コンビと――

 私、今、併走してる!?

 否。

 併走させて、いただいてる……!?

 

 

「――しかしびっくりしましたわ。私ここに来て、目を疑いましたの」

 

 

 雰囲気は柔らかい。

 

 

「あぁ? なんでや。そないに珍しいか併走が」

 

 

 私もそれに押されて、ちょっと楽しかったけれど。

 

 

「えぇ、珍しいですわ。だって――」

 

 

 その気持ちは――

 刹那。

 ……吹き飛ばされることとなった。

 

 

「――有マで惨敗した負け犬が、新人さんをいびって遊んでるんですもの」

 

 

「――……」

「……」

 

 

 ピシ。

 空気が、固まる。

 走っているさなか。固まった空気に、肌が引き裂かれるかと思った。

 

 

「……」

 

 

 しばしの沈黙。

 タマちゃん先輩は……何も、言わなかったけれど。

 

 

「――あ?」

 

 

 その声が。

 低く、威圧的なものに変わる。

 ……()()()()()()()()は。

 背後からでもわかるくらいに、怒りに、染まっていた。

 

 

「あらあら。失言でしたか?」

 

 

 にも関わらず。

 マックイーンさんは、けらけらと笑っている。

 

 

「なんや自分。ウチに喧嘩売りに来たんか?」

「いえいえそんな。私はただ事実を言っただけですわ」

「最近のご令嬢っちゅーんは、言っていいことと悪いことの区別もつかんのかい」

「ついていますわよ? ついているからこそ、今こうして言ったわけではないですか」

「……ホンマえぇ加減にせぇよ自分」

「そう思うのでしたら、」

 

 

 その時。

 マックイーンさんが、力を入れたのが分かった。

 ぴり、と。

 再度、空気が、変わる。

 

 

「――追い付いてみなさい」

 

 

 そして。

 彼女は、一人、疾走を始める。

 

 

「――ジョートーや!!」

 

 

 そして、タマモクロスさんもまた――煽られるまま、疾走する。

 私は呆然として。

 しばし、ジョギングみたいな走りしか出来ていなかったけど。

 

 

「――ちょ」

 

 

 ――ヤバいことになった!!

 と、ようやく自覚して。慌てて、二人を追いかけ始めた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 タマモクロスは、同じシニア級として、メジロマックイーンの走る姿など、これまで何度も目にしてきていた。

 その光景を目に焼き付けてきたし、共にレースを走ったこともあった。

 そのうちの何回かでは、自分が追い抜き、追い越し、勝利をもぎ取っていた。

 

 確かに、直近の有マでは、自分は目も当てられない結果を残してしまった。

 いつもは温厚なトレーナーにすら、苦言を呈されてしまったほどだ。

 だがあれは本調子ではなかった。本気を出し切れていなかった。今ならば。今走ったならば。あそこまで無様な姿をさらすことはないだろうし、それゆえにもっといい結果を出せるだろう。

 何なら、目の前の彼女から、一着をもぎ取ることだって可能なはずだろう。

 なのに。

 それ、なのに――

 

 

「――、……」

 

 

 なんやこれ、と、タマモクロスは歯を食いしばる。

 自分は手を抜いていない。むしろ、先ほどまでの併走で、身体は暖まっている方だ。

 本当なら、追い付くどころか、追い抜けるくらいの勢いのはずなのに、

 

 追いつけへん、と。

 目の前を走る女王との距離が。

 全く縮まらない――と。

 

 トレーニングを疎かにしたつもりはない。身体が鈍っている感覚もない。

 そうなる要素などないはずなのに。

 

 何故。

 何故追い付けない。

 何故追い抜けない。

 何故、

 勝てない。

 

 

「――っ、」

 

 

 どうすれば、と彼女が考え始めた時、マックイーンの姿が、急に近づく。

 追いつけたのか、と彼女は一瞬は考えるが、その要因について、ひとつ思い至る。

 不自然なくらいの接近、突然の距離の縮まり。

 考えられるのは――

 

 

「――詰まらないですわ」

 

 

 彼女が。

『手を抜いた』ことだった。

 

 

「あ……!?」

「こんなにぶっちぎりで走っても詰まらない。全盛期の勢いはどこいきましたの?」

「うっさいねんッ……黙っとけ……!!」

「……、本当に、詰まらない」

 

 

 タマモクロスの決死の呼びかけにも関わらず。

 マックイーンは、黙らなかった。

 

 

「今のあなたになら……『八割』くらいの力でも勝てそうですわ」

「――! この……!!」

 

 

 実際。

 それだけ減速されても、タマモクロスは追い抜けない。

 先ほど自分がしたように。先ほどのサファイアミザールのように。

 追い抜こうとしても――絶妙に距離を保たれ。

 追い抜くことが――出来ない――

 

 

「――わかりますよ、あなたがなぜそんなに弱くなったのか」

 

 

 そのさなかで。

 マックイーンは、なおも言う。

 

 

「オグリさんでしょう?」

「――ッ」

 

 

 それを聞き。

 タマモクロスの歯ぎしりは、更に強くなる。

 

 

「今のあなたは、宛ら親を無くして彷徨う赤ん坊ですわ。そんなに怖いのですか? 目標がなくなるのが」

「黙っとけッ、言うたのがッ、聞こえんかったかッ……!!」

「DTLに行こうにも、身体の限界と家庭の事情が重なり、追うことも出来ない。自分も知らない場所へ行ってしまう親友に、まるで拒絶されたようで、あなたは何も出来ずに腐るしかない」

「ホンマに!! 舌噛むで自分!!」

「本当にくだらない」

 

 

 マックイーンは。

 止まらない。

 停まらない。

 止まらずに――

 

 

「過去に縋って未来にも行けず。現実に腐るあなたが新人に先輩気取り? ……片腹痛いですわ」

「――……」

 

 

 タマモクロスの息が。

 上がり始めたのは。疲労からだけではなかった。

 

 

「今のオグリさんがあなたとろくに話さないのは、失望しているからかもしれませんわね」

「……黙れや……」

「本当は胸の内を明かし合いたいのに。勝手に突き放して勝手に落ち込んでるあなたに、幻滅しているからかもしれませんわね」

「黙れや……!!」

「お互い別々の道でも頑張れるように。本当は励まし合いたいかもしれないのに――」

「黙れっちゅうんが、聞こえんかッ!!」

 

 

 タマモクロスは。

 力の限り、地を踏みしめる。

 お互いの距離は――それによって、少しだが、縮まる。

 

 

「わかっとるわ、わかっとるわウチかて!! こんなことじゃ駄目いうことくらい、自分に言われんでも!! でもしゃあないやんけ!! 何にもならへんねん!! どないすればいいかもわからへんねん!! 目標立てても!! それ目指してみても……!!

 全部……虚しくなんねん……!!」

 

 

 だが。

 その距離も――また、少しずつ、開いていく。

 

 

「……どないすりゃえぇんやウチは」

 

 

 それでも、彼女は追い縋るが。

 

 

「ウチはこれから……何目指して走ってけばえぇねん……」

 

 

 その走りに、先ほどまでの覇気は、もうない。

 

 

「なぁ、教えてくれ……マック……」

 

 

 それはもはや。

 追い縋るというよりも。

 彼女に――()()ように。

 

 

「ウチは……どないすりゃえぇんや……?」

「……」

 

 

 マックイーンは応じない。

 横目で見ていた彼女を、最後まで見届けて。

 

 前を向く。

 

 そんなことに――答えなどない。

 ただ終わりがあるだけだ――残酷で冷酷な。

 それが終わり、という終わりだけが。

 

 

「――、」

 

 

 だから。

 マックイーンは走る。

 ただ前だけを向き。

 後ろは振り返らず。

 ならば先へ行く――とばかりに。

 足に、力を入れ――

 

 

「――!?」

 

 

 ――その時だった。

 そんな二人の間を、一陣の風が通り過ぎる。

 それは、二人の前にたちどころに躍り出ると。

 彼女らが、その正体を認識するより前に。

 

 

「――喧嘩はッ、止めてくださぁぁぁいッ!!」

 

 

 それは。

 精一杯の力で絶叫していた。

 ――サファイアミザールだった。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 私の絶叫のお陰か、二人はやがて停止してくれていた。

 呆然とした目で……なんならタマモクロスさんは、薄っすらと涙目で、私を見ている。

 私は……私は。瞬間的、かつ爆発的な加速のために上がった息を整えながら、立ち止まってくれた二人と、相対していた。

 

 

「け、喧嘩……しないでください、二人とも……!!」

「……ミザールさん」

「マックイーンさん!!」

「は、はいっ!!」

 

 

 何が何だかわからない、とでも言いたげに言う彼女に。

 私は、思いの丈をぶつける。

 

 

「メジロ家のお嬢様なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!! 発破かけるためって言ったって、あの言い方はさすがにひどすぎます!! ちょっと引きました!!」

「は――はいっ!!」

「タマちゃん先輩!!」

「……え」

 

 

 文字通り、抜け殻のように。

 呆と立っていたタマモクロスさんにも、私は、ぶつける。

 

 

「オグリさんと話しましょう!!」

「――は!?」

 

 

 思いの丈を。

 同じように。すると。

 彼女は我に返り。頓狂な声を上げていた。

 

 

「こんなしょぼい走り方するタマちゃん先輩、見たくないです!! オグリさんがいるならちゃんと話し合って、お互いの想いを確認しましょう!!」

「しょ、しょぼいて……」

「それともなんですか!? 怖いんですか!? オグリさんと話すのが!! 唯一無二の親友が、確かに自分とは違う場所に行ってしまったと実感してしまうのが、怖くて仕方がないんですか!!」

「……」

 

 

 ……図星なのか、俯いてしまうタマモクロスさん。

 私は、そんな彼女に近づいて。

 ガっと、両肩を掴んだ。

 

 

「――なんで怖いんですか。怖くないじゃないですか、全然」

「……へ」

「親友が更なる大舞台に行くんですよ!! すごいことじゃないですか!! 祝福してあげましょうよ!! 盛大に!! ……いや、もう一年くらい経っちゃってますけどなんだかんだで!! それでも、それでも!! 笑顔で送り出してあげるのが、親友の役目だって私は思います!!」

「……」

 

 

 でも。

 呼びかけにも関わらず。彼女はまだ不安を拭えないようで。私は……記憶の棚から、昔にお父さんに聞かされた言葉を引っ張り出した。

 

 

「……昔、お父さんが言ってたんです。出会いがある以上、別れは絶対にあるものだって。別れは辛いことだし、哀しいことです……でもそれは、決してそればっかりじゃない、って言ってました。それは……」

 

 

 それは、

 

 

「……神様が、また別の素敵な出会いのために用意してくれた、『祝福』なんだって」

「――……」

「だから大事なのは、別れた時に何をするかじゃなくて、別れるまでに何をするか、なんだって!!」

 

 

 私は、彼女の両頬に手を添える。

 思ってた以上に弱々しい顔に、正面から相対して、目を、逸らさない。

 

 

「先輩!! いいんですか!? このまま本当に、本当の意味で別れが来ても!! あなたは幸せものです!! まだ本人が手の届くところにいてくれてるんですから!!

 恐れてたら何も始まりません!! 怯えてても何も起こりません!! 恐れずに、怯えずに、話をして、()()()()をつけてきてください!! それでもう一度……もう一度!!」

 

 

 そう。

 もう一度――

 

 

「最高にカッコいいタマちゃん先輩を!! 見せてください!!」

 

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